5.事務所
国務館の2階の考案税調査部門の部屋には、机と椅子が一つだけです。
広い部屋にポツンとあるだけです。
とりあえず、席に着いて、考えることにしました。
さて、どこから手を付けましょうか?
そもそも、考案税の申請は、領地で確認した上で、王宮に申請することになっています。
それが、上手くいっていないみたいですから、どうにかしないとなりません。
とりあえず、1階の管理部門へ行って相談することにしましょう。
管理部門に行くと、官舎まで案内してくれた男性が応対してくれました。
「昨日は、お世話になりました。」
「いいえ。それが仕事ですから。今日はどういったご用件ですか?」
「今日から、考案税申請書の調査業務を始めるようと思っているのですが、何方に相談すれば良いのでしょうか?」
「あっ、それなら、担当は私です。ご挨拶していませんでしたね。ゼカリア・パリーノと申します。」
名前に姓があるので、王宮の文官で、王都から異動してきた人のようです。
昨日は、黙々と私の荷物を運んでくれたので、てっきり、雑用係かな、ぐらいにしか思っていませんでした。
担当者の方だったのですね。
歳の頃は私より上の30歳ぐらいで、背が高く筋肉質の人です。私の荷物を軽々と持っていましたから、かなり力が強そうです。
茶色の髪に茶色の目の色の優しそうな面立ちの人です。
「こちらこそ。ジーナ・モーリです。考案税申請書の調査官です。」
「ええ。存じ上げています。若くして管理官になられた優秀な方だとも伺っています。
それで、ご相談との事ですが、どのようなご相談でしょう?」
今の考案税申請の状況について、パリーノさんに説明をします。
アイルさんとニケさんの考案税申請書以外の申請書には問題がある申請書が多く、王宮では処理が出来ないことや、アトラス領でそれを是正しなければならないことを説明しました。
「それでしたら、まず、アトラス領の考案税を担当している人に相談する必要がありそうですね。
ただ、今、事務作業の変更を伝えると、こちらでの処理が出来ないでしょう。
まず、こちらの体勢を整えてからの方が良いかもしれません。」
それもそうです。下手にこちらで引き受けると伝えると、それだけで処理不能に陥いってしまうかもしれません。
作業するためには、必要な人員を準備しないとなりませんね。
アトラス領からの考案税の申請書は、今は、年間d7,000(=12,096)件ぐらいにはなります。
1日あたりでは、28件になります。
そのうち、アイルさんとニケさんからの申請で、私達がアイニーケ申請と呼んでいるものは半分ぐらいです。
1日に内容の修正をしなければならない件数は1日14件ぐらいでしょうか。
それらの大半は、内容を修正しなければならないでしょう。
申請者に質問して、私が書き直してしまった方が早かったりしますが……。
対応するのに、5人で間に合いますかねぇ。
能力のムラを考えると、1日一人2件として7人の人手とした方が良いかもしれません。
他に留意点を聞いたところ、定期船が運行を始めたので、文書類は船で送っていると聞きました。
船の輸送の場合には、商業ギルドから、万が一、座礁などした場合の為に、保険を掛けるように勧められているのだそうです。
ただ、文書類は、商品と違って、失なわれてしまった場合に金銭的な補填をしてもらってもどうにもなりません。
船で送る場合には、写しを保管しておく必要がありそうですね。
そうなると、申請書の写しを作成する人が必要になります。
1日あたり28件になります。
これの写しを作るだけで、人手がどのぐらい必要になるのでしょうか。
ただ文書を写すのではなく、図が入っているものもありますね。
4人ぐらい必要でしょうか……。
私も作業するとして、最低でも10人の人員を手当しなければならなそうです。
私は管理官の仕事や、送付する文書の最終確認の作業をしなければならないでしょう。そうすると、10人で足りるかどうかというところでしょうか。
「ちなみに、新たに10人の読み書きの出来る人員を確保することは、出来るものなのでしょうか?」
「難しいですね。
今は、国務館全体で募集を掛けていますが、まだほとんど集まっていないのが実態です。
あとは、精鋭養成学校というものが、アトラス領にはあって、毎年平民でd300(=432)人ほどの卒業生が居ます。
そこの学生は10歳になると卒業します。卒業者は、皆優秀で、商店やアトラス領の文官として取り合いになっているそうです。
国務館でも学校に募集を掛けていますが、今年の卒業者は、既にどこかに職を得ているので難しいです。
こちらは、来年に期待です。」
「そうすると、直ぐには無理そうですね?」
「そうです。少し時間を掛けて人を増やすしかありません。
何かに伝手でも有れば別ですけれども。」
困りました。
私一人で、どうにか成るような業務量じゃないですから、絶対に部門に人が必要です。
どうしたら良いのでしょう……。
取り敢えず、船便への対応で、万一の為の写しを作成するのは、後回しでしょうか。
魔法で紙に写し取れる方法なんかが有れば良いんですけどね。
そんな事を考えていたら、博覧会の時のニケさんの魔法を思い出しました。
ニケさんは、大きな紙に、一瞬で展示説明を魔法で描いてました。
あれは、凄かったです。
そう言えば、私も魔法使えるようになりました。
あまりに大した魔法じゃなかったんで忘れてました。
でも……流石にこの魔法は、ニケさんじゃなきゃムリですよね。
でも、これが出来れば、何人かの手を必要としなくなります。
うーん。この魔法は、私にも出来るようなものなのでしょうか?
私は、自慢じゃないですが、魔法についての知識は全く有りません……。
国務館の中に魔法について詳しい人は居ないでしょうか?
王宮の文官は、大抵は魔法が使えませんから、魔法に詳しい人を期待するのは無理そうです。
ニケさんに直接聞くのも……昨日、話した感じでは、とても忙しそうでした。
あれ?そう言えば、館長のウィリッテさんって、有名な1級魔法使いじゃなかったでしたっけ?
博覧会の時に、アイルさんの変形の魔法やニケさんの分離の魔法を目の当たりにした事もあって、伝承魔法の分離の魔法に成功して昇格した1級魔法使いになった人の事を、知人の文官仲間に聞いてみたことがあります。
その時に出てきた名前は、ウィリッテ・ランダンでした。
貴族家の人ですから、同姓同名という事は、考えにくいです。
「少し別な話になるのですが、館長のウィリッテ・ランダンさんは、有名な1級魔法使いではありませんか?」
「モーリさん。良くご存知ですね。館長があまり口外しないので、国務館でも知っている人は少ないんですよ。
多分、知っているのは、5階に居るその筋の者と、人事データを見ることのできる管理部門の者だけですよ。」
やっぱりそうだったんですね。
この件はウィリッテさんに聞いてみるのが良いのかもしれません。
「ひょっとして、パリーノさんは、魔法に詳しかったりしませんか?」
「いやぁ、ボクは、魔法はからっきしだからね。全く分らないよ。」
「まあ、普通に王宮の文官だったら、そんなもんですよね。」
「そうだね。で、突然魔法の話になったのは何故?」
そうですよね。不思議に思うのは当然です。
どうしましょう。これから同僚として働くんですから、教えても大丈夫ですよね。
「私、昨日、突然魔法が使えるようになったんです。」
「えっ?えーと。魔法は使えなかったのに使えるようになった?」
「ええ。そうなんです。もう、吃驚ですよね。でも、大した魔法が使える訳じゃないんですよ。」
そう言ってから、目の前に親指大ぐらいの水球を魔法で出してみました。
今は、これが限界です。
「本当に、以前は魔法が使えなかったんですか?
ちゃんと使えているじゃないですか。
何故使えるようになったんですか?」
「ニケさんと一緒に踊っていたら使えるようになりました。」
「……意味が……ちょっと……分りませんが……」
「そうですよねぇ。
私にも分らないので。
それで、ウィリッテさんはいらっしゃいますか?」
「ええ、先程執務室に入っていきました。お客様もいらっしゃってませんので執務室で執務をしていると思います。」
「少しお話をしても大丈夫なものでしょうか?」
「ええ。管理官なら、何時でも館長執務室へ入ることができますよ。」
「じゃあ、ちょっと、相談をしてきます。」
館長執務室の扉をノックしたら、返事がありました。
中に入ると、ウィリッテ館長は、机で書類を読んでいました。