3.王国国務館
異動の通知を受けた翌週に私はマリムに移動しました。
今は、アトラス領の船が、王都とマリムの間を往復しています。
4艘の船で往復していますから、3日に2日、マリムへ向う船が出港しています。
これも、最初は1艘で6日毎に運行していたそうなのですが、あまりに乗船希望が多く、輸送する荷物も多くて、捌ききれなくなったのだそうです。
私の乗る船には、「アトラス3」と船頭船腹に描かれてありました。
今の王都とマリムの直通定期船は、アトラス1からアトラス4まであるらしいです。
以前、博覧会の時に乗った船より一回り大きな船です。
船底には大きな貨物室があり、甲板の下が3等船室、甲板の上が2等船室、さらに上が1等船室になっています。
食堂は各等級別です。
文官の管理官の場合、アトラス領への出張の場合は2等船室、転勤を伴なう移動の場合は1等船室を利用することに決まったのだそうです。
国務館に管理官として異動となった私は1等船室の利用が許されました。
博覧会の時に船で移動する際に、部屋の大きさに驚いたのですが、その倍ぐらいの部屋の広さがありました。
流石、1等船室です。
乗船して荷物を部屋に置いてから甲板に出て海を眺めていたら、ガラリア湾をこちらに向ってくる船が見えてきました。
あの船が港に着く前に、私が乗っている船は出港します。
この大きさの船が泊れる埠頭は、まだ1ヶ所しかないので、埠頭は交代で利用しています。
運行する船を増やすため、港では、埠頭の拡張工事をしていました。
この本数の船便でも、移動する人や貨物は捌けていないのでしょうか?
この船は、マリムに丸一日停泊して、その間に整備して、2日かけて王都へ移動して、王都で丸一日停泊して整備してマリムに戻るというのを繰り返すのだそうです。
今日は、天気が良くて、波もあまりないので、港を出港した船は穏かに海を進んでいきます。
これから2日間の船旅です。
1等船室の夕食は、豪華なものです。
コース料理というらしいです。前菜やスープの後、小振りの豚肉料理、魚料理の後に、焼いた牛肉の厚切りが出てきました。
フワフワパンは食べ放題でした。船の中で、パンを焼いていて、焼き立ての良い香りのするパンです。
最後はデザートが出てきました。見たこともない、とても甘いお菓子です。
朝食は、フワフワパンと小振りのステーキと卵でした。
昼食は、複数のパスタを選ぶことができました。私は海鮮スープスパゲッティを選択しました。
船の旅というのは、存外、暇なものです。一人だと特にする事がありません。
甲板で外を見ているか、船の大ホールで、大道芸人の見世物を見るぐらいです。
そういう意味で、食事というのが唯一の楽しみです。
最初に船でマリムに移動した時は、船を見学して周りましたし、感激で胸がいっぱいで、暇を感じる事も無かったのです。
そうそう、同期の仲間も居ましたね。
2日目の夕食は、前菜やスープの後、鶏の唐揚げという料理と、魚料理、最後は鶏肉のローストでした。
同じものは出さないようにして、飽きが出ないようにしているみたいです。
デザートは、アイスクリームというものでした。
これは、ニケさんが考えたものだそうです。
初めて食べましたが、とても美味しかったです。
ニケさんは、食べ物に関しての考案は、あまり考案税申請をしないみたいです。
アイスクリームの作り方を申請書で見たことがありません。
3日目の朝食は、フワフワパンに、串焼き肉が挟んだものが出ました。海浜公園の屋台で食べたものと同じです。タレの味が少し違っていましたが、これも、美味しかったです。
昼食は、パスタを選択するのは一緒でした。ペペロンチーノというオリーブオイルが掛っている、パスタにしました。
船の中で、ほとんど動く事無く食事だけしていたので、段々食べられなくなってきてます。
昼食が終って1時もすると、マリム港に到着です。
荷物を纏め直して、下船の準備をしました。
甲板で下船するまで海越しに陸地を見ていると、船がマリム港に入るあたりで、マリム大橋が見えてきました。
何度見ても、信じられないほど大きな橋です。
マリム大橋が左舷の間近に見えてきました。
間も無くマリム港に着きますね。
マリム港に着きました。
マリム港は大きくて、ガリア港と違って、何艘も大型の船が泊まっています。
博覧会の時に乗った船もありました。
船頭船腹に、アトラス侯爵1世号と記載されています。
私が乗った時には、名前が無かったように記憶してます。
船が増えたので、名前を着けたのでしょうか?
マリムに着いて、最初に向かったのは、領主館です。
アトラス領のセメル宰相閣下に赴任の挨拶をする為です。
領主館へは、国務館から迎えに来ていた馬車に乗り込みました。
馬車は、マリムの街を北上していきます。
街を馬車で移動するのは博覧会以来ですが、何となく懐しく感じます。
左手後方に、マリム大橋が見えています。
多分、この道は、巡回馬車では通った事の無い道です。
中央の大通りの西側を走っています。
マリムの道は、どこも広くて、馬車がすれ違うのに十分な幅があります。
どの道にも街路樹があって、人は街路樹の建物側を歩いています。
馬車が走るのには都合が良くできています。
しばらくして、領主館の入口まで馬車が辿り着きました。
旅の荷物を馬車に預けます。
国務館は、領主館のすぐ側にあります。
馬車は、そのまま国務館に戻ってもらいます。
領主館を警護している騎士の人に、王都から赴任した文官である事を告げると、領主館から出てきた若い文官に応接室に案内されました。
ほどなくして、40歳後半の恰幅の良い男性が応接室に入ってきました。
「ようこそマリムにお越し下さいました。私はグルム・セメルです。アトラス領の宰相を任じられております。」
「初めまして、グルム宰相閣下。国務館の考案税調査部門の管理官として赴任しましたジーナ・モーリと申します。よろしくお願いいたします。」
「ん?今、あなた、ジーナ・モーリと申されましたか?」
「はい。ジーナ・モーリです。」
「聞き覚えがあるのだが……あっ、リリスが紹介していた王都の文官の方ですね。そうですか。国務館に異動されたのですか。
うーん。残念です。リリスから話を聞いて、是非、アトラス領に来ていただきたかった。
今からでも、アトラス領に出仕しなおされませんか?
手当の方は、手厚くさせていただきますが、如何ですか?」
「えっ?それは……。
……今日は、赴任のご挨拶に伺っただけですので、そういった話は……。」
「あっ。申し訳ないです。困らせてしまいましたか?
返事は、何時でも良いですから。出来れば良い返事を頂きたいですな。」
「えぇっと。実は、考案税調査部門を国務館に設置したのには訳がありまして……。」
それから私は、セメル宰相に、現状の考案税の申請の状況を説明しました。
今や、王国中の考案税の申請の殆どがアトラス領からのものになっていること。
アイルさんやニケさんだけでなく、他の申請者からの考案税の件数が最近、非常に増えていること。
そして、その申請書は、考案税の申請内容を読み取ることが出来ないほどに稚拙な文書の場合がとても多いこと。
王宮で対応するのでは、やり取りだけで、多大の時間と労力が必要になってしまっていること等です。
「そんな理由から、せめて、申請内容がきちんと理解できる程度には文書を整えて申請してほしいので、国務館に部門を設置して、申請書の内容確認をすることになったのです。」
「なんと。そんな事になっていたのですか。
アトラス領でも人手が足らず、領民からの申請書を、そのまま王宮に提出していたのでしょう。
大分迷惑を掛けてしまったようです。申し訳ない。」
「いえ、いえ、とんでもないです。
そんな訳で、アトラス領の部門で、必要な要件が不足している申請書や、解読困難な申請書については、申請者に直接確認するなどして、申請書の修正、加筆などの作業を行なう必要があるんです。
その業務で忙殺されそうなので、お誘いはありがたいのですが、当面はそちらに集中したいと考えています。
そうしないと、王宮の事務作業が破綻してしまいそうな状況にあります。」
「それは、大変ですな。
もし、困ったことがあったら、領主館で相談に乗ります。
そうそう。赴任された方には、領主館で夕食を振る舞うことになっているのです。夕食の時に、侯爵様や子爵様のご家族を紹介しますので、是非お越しください。」
「ありがとうございます。ニケさんや、アイルさんと再会できるのですね。楽しみです。」
「おや、お二人を……そう言えば、博覧会の時に、研究所を何度も訪問されていた調査官の話を聞きましたが、それがモーリさんでしたか?」
「ええ。あの時には、とてもお世話になって、色々教えていただきました。
爵位授与式や婚約式にも参加させていただいたんです。
晩餐会の時には、お話をさせていただきました。」
「そうだったんですね。それなら、アイル様やニケ様も喜ばれることでしょう。」
「そうだと嬉しいです。では、これで失礼します。」
セメル宰相と別れて、国務館に向います。
国務館は、領主館と隣り合った場所にあります。
領主館は丘の上にあるのですが、その丘の中腹に、5階建ての大きな建物があります。
それが国務館です。
聞いた話では、国務館の主要業務は、他国からマリムへの干渉を防いだり、アイルさんとニケさんの安全を守るための様々な支援活動だそうです。
アトラス領騎士団との連携が必要になります。そのため、未整地だった、丘の中腹に場所を決めたということらしいです。
私とは関係は無いんですけどね。
国務館の建物に入って、まずは、館長に赴任の挨拶をします。
事務員の人に、赴任した事を伝えると、館長室に案内されました。
建物の1階の奥に、館長室はありました。
館長室に入ると、そこには、私より少し年齢が上ぐらいの女性が机に向かって作業をして居ました。
「本日より、考案税調査部門の管理官として国務館に配属になったジーナ・モーリです。」
私は、その女性に挨拶をします。
「考案税調査部門ね。ジーナ・モーリさんですね。よろしくお願いします。この国務館で館長をしているウィリッテ・ランダンです。ウィリッテと呼んでくださいね。
私もジーナ・モーリさんの事をジーナさんとお呼びしても良いかしら?」
「あっ、はい。ウィリッテさん、宜くお願いします。」
「こちらこそ。確か、考案税調査部門では、領都民との会談をする機会が多いと聞いていましたので、会議室のある2階に事務室を設けました。
様々な事については、この階の管理部門の人に聞いてください。」
「はい。分りました。それでは、失礼します。」
館長室を出ます。
予定していた挨拶は終りです。
あとは、今日の夕刻に、侯爵様家族と子爵様家族との顔合わせですね……。
管理部門に行くと、私の荷物を預ってくれていました。
管理部門の管理官のコムネ・フェネーリさんと赴任の挨拶をします。
荷物はそのままにして、フェネーリさんに、国務館の中を案内してもらいました。
1階は、大きなホールがあって、そのホールの端には打ち合わせの場所がありました。秘匿する必要の無いような打ち合わせは、この場所で行なうのだそうです。
具体的には、備品の納入業者さんとの打ち合わせなどに使うのだそうです。
奥の方で、入口からは見えないようになっていた別棟と繋がっていました。
そこには、食堂と風呂があるのだそうです。
食堂では、昼食以外にも、仕事が徹夜になるような場合に依頼すれば、朝食や夕食も出ると言っていました。
私の事務室は、2階の奥の部屋で、南東の角部屋でした。いい場所です。
国務館が丘の中程にあるため、マリム大橋もマリムの街も良く見えます。
この階は、私の事務室以外は、全て会議室でした。
3階の場所は、全て交通管理部門でした。この部門は、この国務館にある組織が本部です。王国中の物流に係わることを管理するのが主業務です。
今日乗ってきた船の運行や今後敷設予定の鉄道などの計画を立てるところです。
アトラス領の文官の人達が主体で運営しています。
4階には、様々な管理部門の分室がありました。産業管理部門、貨幣管理部門、農作物管理部門などです。
まだ、部屋には余裕があるようでした。今後必要に応じて、移動してくる管理部門が出てくるのかもしれませんね。
5階は、通信装置や関係者以外立ち入り禁止の部屋だらけでした。
特段の理由が無いかぎり、5階には立ち入らないようにと説明を受けます。
ここが、噂の諜報機関なのでしょうか?
幸い、階も離れていますから、なるべく関わらない方向で行きましょう。それが良いです。
一通り案内してもらって、今日の業務について聞かれました。
今日は、荷物を解いて、夕刻の領主館への訪問の準備をしたいと伝えたら、私の家となる官舎へ案内してもらえました。
官舎は、国務館の隣の領域にありました。どの家も平屋の家です。庭もあります。
入口から4棟目を3つ入ったところが私の官舎でした。
1棟まるまる私の家だと聞いて、吃驚しました。
私に鍵を渡すと、荷運びをしてくれた人は帰っていきました。
家に入ると、広い玄関があり、その奥に、大きな部屋が4部屋ありました。
広い台所やトイレ、そして、お風呂もありました。蛇口を捻ると水が出ます。
お風呂のお湯を沸かすためのボイラーもあります。
不思議な事に、一番奥に大きな部屋とは別に、小さなトイレと風呂が付いている少し小さめの部屋があります。ベッドもありました。この部屋は何なのでしょうか?
お客さん用でしょうか?こんな部屋は見たことがありません。
各部屋の壁にはボタンがあって、それを押すと照明が灯ります。
ベッドや、テーブル、チェスト、椅子など、当面必要になる家具や寝具は備え付けのようです。
台所の棚には、鍋や包丁、皿やカトラリーなど、そのまま生活できる調理器具もあります。
電気を使うコンロや薪を使う窯、そして、電気オーブンもあります。
そして、驚くことに、小麦粉などの食料がありました。
台所に、扉の付いている四角いものがあったので、開けてみたら、中はひんやりしています。
ひょっとすると、これが、冷蔵庫というものでしょうか?
これも備え付けなんですか……。
冷蔵庫が有ったことも驚きでしたが、何食分かの食材が冷されて置いてありました。
卵や肉、野菜などがあります。食品の鮮度は問題無いみたいです。
明日の朝食の心配はしなくても良い様ですが……。
一体、これはどういう事なのでしょうか……理由を想像する事が出来ません……。
家の中を見て、吃驚していたら、ドアをノックする音が聞こえてきました。
私は、今日、マリムに来たばかりです。
仕事関係の知り合いも、領都の知り合いも居ませんよね……。