2.マリム航路
爵位授与式の後、私達はマリムに戻る船に乗った。
婚約式なんてものもやった。
ふふふ。私はアイルと婚約したよ。
思っていたとおり、あの指輪は、あの事故の時に恭平が準備していたものを出来る限り複製したものだって。
指の太さが違うから、そのまま同じという訳じゃないけどね。ダイヤモンドの大きさは同じだと言っていた。
憧れの婚約指輪。
恭平が準備していたのは、こんな指輪だったんだね。
アイルが成長に合わせて指輪の大きさを変えてくれるって言っていた。
私が調整すると悲惨な光景しか浮かばないから、アイルにおまかせだね。
今はまだ実験器具を扱ったりしないから、なるべく着けていよう。
そのうち邪魔になりそうだけど。
陛下から貰ったメダルには、片面に王国の紋章、もう片面にデザインされた文字で「特級魔導素材学者」と記載されていた。
獣紙には、認定した日付と国王陛下の名前、特級魔導師と認定すると記載があった。
アイルのメダルとは同じだったね。
船中で、ウィリッテさんに聞いたら、ウィリッテさんも、メダルと獣紙の認定書をもらっていると言っていた。
「これって、何かに使えるんですか?」
「さぁ、一応大切に保管しているけれど、何かに使うって事は無いわね。人に依っては、自宅に飾っているそうだけど。
メダルは、ややこしい人と会う時に着けておけば、面倒を避けられたりするわ。」
なるほど、証書は必要になる事はまず無いんだね。
大学の卒業証書みたいなものか?
まあ、折角だから、私も自分の部屋にでも飾っておこう。
メダルは大人なら着けておけるかもしれないけど、私にはムリだな。
ちなみに、等級によって色味が違っているらしい。
等級が低いほど赤みがかっていて、等級が高くなるほど金色になっていくらしい。
多分、銅と金の合金なんだろう。ウィリッテさんの1級は金色。特級も同じだったけれど、メダルの大きさが大きくなっているらしい。
船の旅は、途中寄り道をしなかったので、2日で帰ることが出来た。
自分の部屋に戻れてほっとした。やれやれ。やっぱり慣れ親しんだ場所が一番だよ。
マリムに辿り着いて、早々に、ウィリッテさんは、王国国務館の場所探しを始めている。
私達は、陛下からの依頼の検討を開始することにした。
陛下から依頼されたのは、マリムと王都の間の定期船の運行、鉄道の王都までの延長だった。
あとは、アイルから希望を出した王国立の研究所か。名前はメーテスと言ったっけ。知識の神殿みたいな意味だ。
一応、優先順位は、定期船の運行、鉄道の延長、王国立研究所の順だ。
まあ、定期船は、船を作れば、あとは運行するだけ。
鉄道は、線路を引きさえすれば、勝手に走ってくれるだろう。
どっちも運行自体は、私達の仕事じゃぁない。
問題は、研究所、元い、メーテスだよな。
何を研究テーマにするのか。高等教育のカリキュラムはどうするのか。それらは、私達が考えて提案しなきゃならない。
船と鉄道の運行に関しては、アウドおじさん達と話し合った。
まずは、船を作って、マリムー王都間の定期船の運行をすることにした。
とりあえず、王都との間に輸送や移動方法があれば、鉄道の敷設に多少時間が掛っても、目溢ししてもらえるんじゃぁないかって事だった。
それが妥当なところなんだろうな。
これまで、アトラス家が船を出さなければ、王都との間での移動は陸を移動して1ヶ月ぐらい掛る。
それが、定期船があれば2日で移動可能だ。
これは大きいよね。
アイルに超伝導材料の在庫を聞いたら、もうあまり無いらしい。
超伝導素材の追加生産は……確定だな……。
帰って来てからは、負担にならない程度の作業時間を費して、超伝導素材を作った。
なんか……毎日の日課になりそうだよ。
私達は、どんな船を作れば良いのかと、船の運行に必要になる知識を文官の人達と相談した。
旅客船を運行するのにあたって、決めなければならない事は、
・どんな船にするのか
・航路をどうするのか
といった事だ。
収容人数や貨物の量などによって船の形が変わるので、商業ギルドを交えて相談する事にした。
「アイル様、ニケ様、この度は、特級魔導師に認定されたそうで、お目出当ございます。」
エスエリーナさんがお祝いを言ってくれた。
「他には無い等級と聞いてますわ。素晴しいですわね。」
とリリスさん。
「やっぱり、王国一の魔法使いだったんだな。」
とボロスさん。
ふふふ。照れるね。
相談に呼んだのは、商業ギルドのエスエリーナさんと、ボーナ商店のリリスさん、エクゴ商店のボロスさんだ。
別に、船で運送できる量を勝手に決めてもかまわないのだけれど、まあ、利用する人の意見を聞いておいた方が良いだろう。
そうは言っても、色々な人を呼ぶと意見が纏まらないかもしれない。
気心が知れた人達と相談するのが一番だよ。
「国王陛下からの依頼として、マリムと王都との間の定期船を運行することになったんです。
その為の船を作らないとならないので、輸送する人や物の量を相談したいんです。」
「やっぱり噂は本当だったんですね。ひょっとすると鉄道も王都まで伸ばしたりするんですかい?」
「ええ、ただ、鉄道の敷設には時間が掛るので、最初は旅客貨物船からですね。」
「それは、素晴しいですね。これまで以上に商売が盛んになりますよ。」
エスエリーナさんは、満面の笑みだ。
「ふふふ。本当だわ。アイルさんとニケさんは、王都の支店を見てみました?」
「ええ。王都の支店を覗いて見ました。凄く流行ってましたけれど、吃驚するぐらい金額が高かったですね。」
興味が無いのかと思っていたアイルが応えた。
「そう。高かったわ。アトラス領の金額の8倍以上していたわ。」
ふふふ。私はどのぐらい高かったか知っているぞ。あっ、リリスさんが一番詳しいから、意味無いか。
「そう。そうなのよ。その高いのは、殆どが運送費用なのよ。もっと安く供給したいんだけど、こればかりはどうにもならないのよ。」
とリリスさん。
「そう、そう。運送費が低く抑えられたら、王都でももっと売れるんでさ。
定期船で貨物を運ぶと、どのぐらいの金額になるですかい?」
ボロスさんも、費用に関心があるみたいだ。
でも、ボロスさんって、船を持ってるって聞いたけど……。
それでも、やっぱり、運賃が気になるんだね。
でもねぇ。船で運ぶ荷物の量次第だよね。
停泊の都合もあるから、無闇に大きくもできないし。
「運賃は、1回に運ぶ荷物の量に関係します。定期船となれば、人を雇って運行しなければならないので、費用がそれなりに掛ります。
それで、どのぐらいの大きさの船にするかの相談なんです。」
「じゃぁ、物凄くデカい船にしたら、安くなるんですかい?」
「いえ、そうなると、停泊する港も作り直さなきゃならなくなりますし、座礁の危険も増えます。」
それから、アイルは、船の大きさと、概算の荷物の量を計算尺を使って、算出していた。
やはり、船の貨物の量が増えるほど安くはなるみたいだね。
「やはり、いくら大きくしたとしても、今のアトラス侯爵1世号の3/2ぐらいの大きさでしょうね。
あとは、どのぐらいを貨物にして、どのぐらいを旅客に振り分けるかでしょうか。
人の往来は、どのぐらいあるのでしょう?」
「商業ギルドに、為替の確認に来る商人は、1日d300(=432)人ぐらいですね。大体は王都からの商人です。」
「そうすると、旅客もそれなりに考えないとならないってことですね。」
それから、あれこれ相談して、旅客をd500(720)人、船の大きさはアトラス侯爵1世号の2/3、あとは積めるだけの貨物とすることにした。
とりあえず、週1回の往復で様子を見ることになった。
あれ?そう言えば、座礁なんて事をアイルが言っていたな。
「ねえ、アイル。座礁なんて事も起こるの?」
「それは、そうだろ。定期運行だったら、天候が多少悪いぐらいだったら船を運行する。あまり酷かったら運休するだろうけど、途中で急に海が酷く荒れる事もあるんじゃないかな?」
「座礁したら、荷物や人はどうなるの?」
「船底に穴が空くと、荷物はダメになるかな?最悪沈没すると、全てダメになるな。旅客は小型の船に収容する必要があるね。」
「その場合には、どうするの?領地で運行しているのなら、補償するのかしら?」
「うーん。そうだね。定期運行するんだったら、安全の為の措置が必要か……。」
その時に、保険というものを思い出した。確か、保険制度って、船で必要だったんじゃないかしら?
前世では、火災海上なんて名前の付いていた会社もあったわね。
「安全に航行するために出来ることをした上で、『保険』が必要よね?」
「あぁ、『保険』なんてものがあったな。」
「何ですかい?そのホケンってやつは?」
「運送する荷物の金額に応じて、お金を出してもらって、万一の時にその金額の補償をするんです。」
それから私は、保険のあらましを説明した。
「へぇ。そんな事も出来るんですかい?」
「そうです。でも、保険の費用については、掛け捨てになります。保険金を払わなければ、その分安上りになりますけど、万一の時には、商品金額を失うことになります。
保険金を支払っていれば、商品自体は失ないますが、相当額の金額を受け取ることで、金銭的な被害を最小限にすることができます。」
「ふふふ。ニケさんは、そういう事を良く思い付きますねぇ。」
「いえ、これは……。」
毎回思うけれど、私が考え付いたことじゃぁないんだよな。前世であった制度を思い出しただけだよ。
「取り敢えず、この『保険』については、商業ギルドの方で、検討してもらえますか?
保険金額の料率や運用については領地の文官の人と相談して決めてください。」
何かアイルが考え込んでしまっている。
「アイル。他に相談した方が良い事ってないの?」
「うーん。あっ、そうそう。今回は、王都とマリムを継ぐんですけれど、そこまでの領地との間の航路も有った方が良かったりしますか?
例えば、バトルノ、ヨネス、キリル、コッジあたりですけど。」
「それは、それらの領地も船便で繋がると便利ですね。ただ、マリムと王都ほどの人と物は動かないと思います。
収穫時期のバルトロやヨネスは、穀物を中心に貨物はありそうですが……。」
エスエリーナさんが応えてくれた。
「あと、ゼオンとも繋がった方が良いかもしれませんね。」
とリリスさん。
「そうですか。じゃあ、王都との直通の船便と、それらの領地との船便を別途準備した方が良いかもしれませんね。
それなら、交渉しやすいかな?」
「えっ、アイルは何か交渉したいの?」
「少し、安全に航行する事を考えなきゃダメだって気付いたから、それらの領地と相談が必要かもしれないんだ。
今は、はっきりした事が言えないけどね。
皆さん。どうもありがとうございます。
とりあえず、今回のお話を元に、まずは、船を作ってみますね。」
打ち合わせは終ったけれど、アイルが思い付いた事は気になった。
ただ、アイルは実施する内容の確認が終らないと、はっきりとは教えてくれないかもしれない。
アウドおじさん達は、新規に船員と船内で働く侍女さん達を募集していた。
船で働けば、他領に行くことが出来ると知って、沢山の応募があったみたいだ。
ただ雇えば良いという訳にはいかないので、アトラス侯爵1世号で働いた経験の有る人達が指導しているらしい。
測量担当の文官の人達は、海図の作成と航路の設定を行なっている。
アイルと私は、新しい船を作るための作業を始めた。
定期運行する船のためには、最低限2艘の船を作って、何かあった場合に備えておく必要がある。
船の検査をするための船のドックを作る事から始めた。
マリム港に程近い場所に、乾ドックを作った。
船をドックに引き入れて、水門を閉めて、中の海水をポンプで抜き取れば、船を陸に上げることができる。
これまでは、海上で魔法を使って船を作っていたのだけれど、修理などで、陸に上げる事が有るのであれば、船に優しい方法でやった方が良い。
新しい船は、このドックで造ることにした。
例によって、大量の鋼というより、海水で腐蝕しにくいステンレスを大量に作った。
作る端からアイルが船を作っていく。
ほぼ1日で、船の形になった。
うーん。これはデカいな。日本で見た大型フェリーぐらいのサイズがある。
見た目で大型フェリーと違っているのは、船首と船尾の両側舷にクレーンが配置されている事ぐらいだ。
港を整備しても、マリム以外の場所では、電力は無いので、荷揚げをする為のクレーンを港に設置することができない。
このクレーンを使って、内装のベッドや机、椅子などや収容人数分の救命ボートも積み込んでいくことになる。
二つ目の乾ドックを作って、そこに同じ形の大型フェリーをもう1隻作った。
内装は、沢山の木工職人さんを雇ってお任せした。
貨物は、フェリーと同じ様に、船の背後から出し入れするようにした。
船の中では、電動の運搬台車が動くことになる。
アイルは、何やら実験を始めていた。
私は、船にフジツボなどが付かないように亜鉛化合物の塗料を作っていった。
これは、作る端から、職人さんの手で船底に塗布した。
突貫工事をして、半月ほどで、進水式になった。
そう言えば、これまで、船を沢山作ったけど、進水式は始めてかもしれない。
神殿からダムラック司教がやってきて、何やら宗教的な儀式をして、無事2隻の旅客貨物船は海に浮んだ。
その頃には、アイルの実験も終っていた。
「ねぇ。アイルは何を作っていたの?」
「無線『ビーコン』だよ。これを、マリム、グラナラ、バトルノ、ヨネス、キリル、コッジ、ゼオン、王都の各港に設置しようと思ってるんだ。」
「ん?無線ビーコンって?」
「前世に、灯台ってのがあったじゃない。それの無線バージョンだよ。電波が届く方向から、船の位置が分るようにしようと思ってるんだ。
灯台を作るには、光源が必要だろ。巨大なレンズも必要だし。無線だったら、アンテナを設置すれば良いだけだから、少し楽じゃないかと思ってね。」
船には、回転するアンテナが設置された。これで、ビーコンが発生している方向を調べるらしい。
まっ、安全に航行できるんだったら、それに越したことは無い。
設置する無線装置は、アウドおじさんの手紙と共に、各領地に運ばれて設置されていった。
例によって、コークスを燃やしていれば、自動で無線の電波が発生するようになっている装置だ。
しばらくの間、小型船で、定期的にコークスを供給する。
各港への定期運行船が動き出せば、その船で必要なコークスは運搬する。
他にも、嵐になった場合の対処として、避難場所の選定などを実施した。
帰領して1ヶ月後には、試験航海が出来るようになった。
私とアイルは、万が一の場合に備えて同行することにした。
私達を守る為と言って、沢山の騎士さん達が同乗する。
空の状態で運行しても勿体無いので、乗客と貨物の募集を行なったら、沢山の乗客と大量の貨物の申し込みがあった。
とても1隻や2隻の船で扱える量では無かった。
慌てて、さらに2隻の船を作って内装の手配だけして、試験航海に臨んだ。