1.夢に見るマリム
私は、爵位授与式にモーリ家の名代として参加しました。
西の外れにある領地から兄が爵位授与式に参加する予定だったのですが、間に合いませんでした。
ウチは、片田舎の貧乏男爵家ですので、玉座の間では一番後ろで参加です。
晩餐会では、その他大勢の一人です。
アイルさんとニケさんお二人の婚約式は本当に素敵でした。
婚約式でお二人が交換した記念品の宝石の輝きは、婚約式に参加した全ての人を魅了していました。
神殿では、お二人は、神の使徒だと認定されています。
ダムラック司教が述べられていたお二人の功績は、圧巻でした。
あのお歳で、あの功績なら、神の使徒と認定するのも分ります。
爵位授与式の晩餐会は、お二人の婚約式や、互いに贈られた宝飾品の輝きの話題で、すっかりお二人のための晩餐会になっていました。
あっ、でも、爵位授与式での首功は、お二人でしたね。
特級魔導師の称号も受けておられました。
晩餐会では、お二人の周りは、沢山の人で人垣ができています。
やはり、あの宝飾品の輝きを間近で見たい人が多いようです。
うっとりとするご夫人方、目を輝かせている貴族の男性方、沢山の人がお二人の周りに群がっています。
私は、人垣の後ろで佇んでいました。
「あら、ジーナさん。」
人垣の中から、ニケさんの声がしました。
周りの人が一斉に私の方を見ます。
周りの人達の視線が痛いです。
二人は、一緒に居たご家族とこちらに歩み寄ってきました。
「やっと会えた。お久しぶりです。元気そうで何よりだわ。」
「はい。お久しぶりです。ニケさんとアイルさんもお元気そうで良かったです。」
「お父さん、お母さん、この方は、ジーナ・モーリさん。モーリ男爵家の娘さん。王宮で考案税申請の調査官をしていて、私の担当をしてくれているの。
とってもお世話になっている人。」
「あら、娘がお世話になっているのね。ありがとうございます。」
えっ。子爵夫人に御礼を言われてしまいました。勿体無いことです。
「いいえ……仕事ですので。勿体無いお言葉です。ありがとうございます。」
「あらあら、ジーナ・モーリさんは、奥床しいのですね。」
子爵夫人はニコニコしています。
困りました。
それにしても、ニケさんが着けているティアラとネックレスは素敵です。
「アイルさんがニケさんに贈られたティアラとネックレス、素敵ですね。キラキラ輝いていて。」
「アイルは、流石に器用だよね。ティアラやネックレスの意匠が素敵でしょ。ダイヤモンドのカットが特殊で、より輝くようになってるの。で、アイルは、ダイヤモンドを作るのが得意なのよね。というより宝石だとダイヤモンド以外作れない。」
「そう、言うなよ。ニケほど素材の知識は無いんだから仕方無いだろ。」
「それで、ニケさんが贈られた、この宝石は、不思議な輝きがありますね。」
「ふふふ。良いでしょ。これはアレキサンドライトキャッツアイって言って、とても珍しいはずの宝石なの。」
アレキサン……?はず?
「えーと。これって、ニケさんが作ったんですか?」
「そう。ちょっと大変な魔法だったんだけど、ベリリウムとアルミニウムの酸化物よ。
多分、これと同じようなものが何処かに埋まっていて、採掘されるかもしれないれど、今は見付かってないと思うんだよね。」
「えーと。そうすると、アイルさんが贈ったものも、ニケさんが贈ったものも、二人が魔法で作ったものなんですか?」
「そうだね。」
「そうよ。」
「でも、この宝飾品だけでも一財産になりそうですね。」
「うーん。でも、考案税のお陰で、お金は特に要らないのよね。」
「そうだね。確認してないけれど、何か凄い事になっていそうだ。」
そうでしょうね。お二人が作り出したものが、アトラス領をあそこまで裕福にしていますからね。
その時、ニケさんの左手の薬指に指輪が有るのが目に入りました。
宝石はダイヤモンドでしょうか。
でも、ティアラに使っているダイヤモンドと比べると随分と宝石が小さいです。
それに、以前会ったときには指輪なんてしてませんでしたね。
「あら?ニケさん。その指輪は?」
「あっ。これ。最後にアイルが私に渡していた指輪よ。」
ニケさんが嬉しそうに話してくれます。
そう言われれば、婚約式の最後に、アイルさんが、ニケさんの前で跪いた情景が浮びました。
「あっ、あの時のですか?アイルさんは、ニケさんに何を言っていたんですか?」
「ふふふ。私、アイルに結婚したいって言われたのよ。そして、私も結婚したいって同意したの。」
「そうなんですね。あの行動にはそんな意味があったんですか?」
おふたりの仲はとても良さそうです。
でも、魔力がある貴族の子女は、本人の意思で婚約することは出来ません。
家の事情が優先されると聞いています。
あれは、本人達の意思の確認の儀式みたいなものだったんでしょうか?
周りで私たちの話を聞いていた人たちは、このやり取りに吃驚したみたいです。
あちこちから、「素敵!」とか「私だったら感激だわ!」とかの声が聞こえてきます。
それから、暫く、色々な話をしました。ニケさんからは、助手になって欲しいとまで言われました。有り難い事です。
ーーー
式典から2月経ちました。
お二人の婚約式の最後やり取りが王都中に伝わったみたいで、結婚したい男性が跪いて女性に指輪を捧げるというのが、流行っているらしいです。
私にも、そんな男性が現われてくれると良いのですが……憧れますね。
でも、そんな事よりも、今の私は、ほとほと困っています。
「夢にまで見た」というのは、憧れている場合に良く使う表現ですが、見た事の無いものは実際の夢になんか出てきません。でも、「夢に出てくる」というのは有ります。
晩餐会で、ニケさん達にお会いした所為か、ここ2ヶ月、毎晩、同じ街の夢を見ます。
その街はとても綺麗で、活気が有って、新しいもので溢れています。子供達の嬉しそうな歓声も聞こえます。私はその街に佇んで街の様子を見続けます。
とても幸せな気分になります。
そして、目が覚めて、私は王都に居ることに気付いて落ち込みます。
夢を見て幸せな気分になって、夢が覚めてがっかりして、こんなことが毎日続いています。
ちょっとと言うか、かなり不味いかもしれませんね、精神的に……。
もう、耐えられなくなりました。
今日は、管理官に御暇を伝えたいと思っています。
朝、部門の事務所に着いたときに、思い切って、ダナ管理官に声を掛けました。
「管理官、少しお話ししたい事が有るのですが?」
「おっ。ジーナか、オレも君に話があるんだ。」
二人で、会議室に入りました。
会議室に入って、私は意を決して伝えます。
「私、王宮の文官を辞めさせていただきたいと思っています。」
管理官は少しだけ驚いた様子でしたが、平然としています。
「あっ、やっぱりそうなったか。何時言いだすか、ヒヤヒヤしていたんだよな。」
「申し訳ありません。」
「いや、それは、ジーナの選択だから仕方が無いんだが……実は、やっと決まった事があってな。
選択肢として考えて欲しいんだ。」
「えっ、何ですか?」
「ジーナはマリムに王国国務館が出来た事は知っているか?」
アトラス領のマリムに、国務館が出来たという情報は知っています。
日々発展するアトラス領の情勢を確認、王宮へ報告するのを主な任務として、外国からの干渉を排除する目的で設立したという話でした。
情報収集を得意とする諜報機関の出張所のようなものでしょうか?
「はい。噂は。諜報機関の様な場所だと聞いてますが……。」
「そこへ君が異動する事が決まったんだが、興味は無いか?」
「へっ?」
思わず、変な声が出てしまいました。
そんな、諜報機関の様な場所で、私が何をするのでしょう?
「そんなに驚くなよ。国務館に考案税調査部門の分室を作るという計画がようやく認可されたんだ。
今の考案税調査の仕事の殆どはアトラス領からのものだろ。
相変らず、アイルさんと、ニケさんの申請が多いけれど、最近はそれ以外が増えてきたじゃないか。
それは、玉石混淆状態で、中には、申請書の体を成していない申請も多い。
下手をすると、何が記述されているのか全く分らないものもある。」
今、アトラス領では、様々な人が、新しいモノで新しい利用方法を考案した申請がとても増えています。
中には、申請書の文書があまりに拙くて何を言いたいのか意味不明な申請書もあります。
そんな理由から、再申請を命じているうちに、他の人から同じ考案が出てきたりすることもあって、大変な事態になりつつあります。
「そうですね。最近はちょっと酷い事になってきましたね。」
「ちょっとか?とんでもなく酷くなってきているじゃないか。
アトラス領の申請は、アトラス領で処理した方が、効率的だろう?
アイルさんやニケさんの申請内容を直接見たり聞いたりもできる。
不備な申請書については、申請者から直接話を聞いたら再申請の手間が省ける。
そんな訳で、考案税申請の調査部門をアトラス領のマリムに立ち上げることになったんだよ。
その場所として国務館が都合が良いんだ。
ちなみに、産業管理部門の分室、貨幣管理部門の分室、農作物管理部門の分室といった管理部門の分室も出来る。
さらに、交通管理部門が輸送管理部門と名前を変えて、その本部が設置されるらしい。
つまり、国務館という名前の第二の王宮がアトラス領に出来るみたいなもんだな。」
「そんな計画があったんですね。知りませんでした。」
「まあ、計画は、あの博覧会の少し前から有ったんだがな。実際に設立するかどうかについて決ったのは、例の爵位授与式の前ぐらいだな。
宰相閣下の指示で具体的な計画策定に移行した。
その計画が具体化する事になったら、ジーナは、マリムに異動するのが良いだろうと思っていたんだ。」
「あっ、それで、あの時、たたら場で管理官は、私は異動した方が良いと言っていたんですね。奇しな事を言うなって思ってました。」
「それで……断ってもらっても良いのだが……。
ジーナ。君にはその分室の管理官として赴任してもらう辞令が出ている。」
「えっ、私が管理官ですか?」
「それは、そうだろう?アトラス領で出されている考案税申請について、王国内ではアイルさんやニケさんを別にすると、ジーナしか理解できている者は居ないんだから。
で、どうだろう?考えてみてくれないか?」
私は、王宮を辞めたら、マリムに移住しようと思っていました。
最近のあまりに酷い申請書を見ていましたから、マリムで考案税の申請書の代筆の仕事が成立するんじゃないかと思い始めていたのです。
ただ、仕事をするにしても、上手く行くかどうか不安があります。
リリスさんのところにご厄介になるとか、アトラス領の文官に応募するとか、ニケさんの助手をするといった、選択肢も一応あります。
どうするのかは、マリムに移住してから考えようと思っていました。
このままの仕事をマリムで続けるのであれば、アイルさんやニケさんの考案にも関われます。願ってもない事ですね。
「わかりました。その辞令、お受けします。」
「そうか。良かった。ギリギリ間に合ったってことか。最近のジーナを見ていて、気が気じゃ無かったんだよな。
じゃあ、よろしく頼む。
早々に、マリムに移動してもらって、国務館の立ち上げ作業に参加してくれないか。
移動のための準備もあるだろうから、今日は、この件を部門内に公表したら、あとは準備作業業務に移行してくれ。
それで、急ぎで申し分けないが、来週ぐらいには、マリムに移動できるようにしてくれないか?」
それから、管理官は、私がマリムの国務館に管理官として異動することを部門に伝えました。
私は、今作業している仕事を、同僚に振り分けていきます。
同僚の皆は、祝福してくれました。
その日は、借家の大家さんのところへ、引っ越すことを伝えて、賃料の残額を支払ったり、引越しの準備をしたりして過しました。
その夜、また夢を見ました。その夢の中で、私は、いつも夢に見るマリムで働いていました。
とても幸せな夢でした。




