13.ウィリッテ・ランダン
今日は、次の話が短かいので、2話公開です。これが1話目です。
私の名前は、ウィリッテ・ランダン。
ある理由から、アトラス家で侍女をしています。
私の実家は、王都の北にあるランダン男爵家です。
末娘のため、家を継ぐことはありません。
父に頼んで勉学をするために王都に行かせてもらいました。
子供の頃から、魔法には自信がありました。兄弟姉妹の中でも、跡継ぎの次男の兄様に次いで魔力が大きかったです。
そのおかげで、王都の魔法学校を主席で卒業することができました。
それから暫くのあいだ、王都で勤めていたのですが、新たな神々の戦いの時に生まれた、アトラス領主の息子と、その騎士団長の娘が神童だという噂を聞きました。
興味があったので、王国の最辺境のアトラス領に移動して、アトラス家の侍女として雇ってもらうことにしました。
優秀さをアピールして、アイル様の御付きの侍女になりました。
一度、魔法を使って、部屋を掃除しているところを見たアイル様に、魔法について質問されました。アイル様は、ようやくハイハイし始めた乳児です。
私は、アイル様が生まれた時は、王都に居ました。そのため生まれてすぐの事は知りません。昔から居る侍女が言うには、生れて半年経たない内に話を始めたそうです。ニケ様には、まだお目にかかったことはないのですが、もっと早くに話をしたらしいです。
普通、どんなに利発だとしても、そんな時期に話は出来ません。
ハイハイしている状態だったら、意味の分らない喃語を使ってるはずです。
ある日、掃除したときに、「今何をしたのか?」と聞かれました。あれは、明かに魔法について聞いてきたのでしょう。「部屋を綺麗にした」と誤魔化したら、「どうやって綺麗にしたのか?」と聞いてきます。こんな乳児が会話をするのです。吃驚です。
魔法について話をし、目の前で水の魔法と火の魔法を見せてさしあげました。
普通の赤ん坊なら、喜んだり、吃驚して泣きだしたりしそうなものです。そんなことは一切せずに、黙って考え込んでいたのです。
この時は、信じられないほどに利発な子供という認識でした。
アイル様が生れて1年が過ぎました。今日は、同じ日に生まれたニケ様が領主館にいらっしゃいました。
二人は仲良くベッドの上に座って話をしています。ニケ様が話し手で、アイル様が聞き役のようです。
お菓子と飲み物を厨房から運んできて、テーブルに置きました。お菓子を見てアイル様が勢い良くベッドから降りたときに転んで怪我をしました。すぐ手当をと思ったときに、アイル様がなにかを呟きました。聞いたことのない言葉です。
その途端、ニケ様が何か叫んで、大声で泣きだしました。アイル様が、ニケ様を抱き締めて、背中を擦ってなだめているようでした。ただ、お二人が何を話しているのか、全く分りません。そのうちニケ様が落ち着いてきました。
声を掛けて、お菓子を食べるてはどうかと促します。
アイル様の怪我は、大したことはなかったようです。ほっとしました。
二人はそれから仲良く話をしていました。でも、お二人は何を話をしてるのでしょうか。何か巫山戯ているような気がしました。言葉だとしても聞いたことのない言葉です。
しばらくは二人で仲良く話をしていました。突然ニケ様が立ち上がって、何かを叫んだと思ったら、大量の水が落ちてきました。
私はお二人の側に居たので、大きな水の勢いで、流されてしまいました。ニケ様が突然魔法を使ったのです。この年齢で、魔法を使うなど信じられません。しかも大魔法です。
ニケ様に付いてきた侍女が顔を真っ青にして、外に出ていきました。ソド様を呼びにいったのでしょう。
グラナラ家ご夫妻だけでなく、アトラス家ご夫妻も供にやって来ました。ニケ様が大魔法を使ったことを皆喜んでいます。特に両親のソド様とユリア様は大喜びです。
グラナラ家は、遠国アトランタ王国の歴代の騎士団長を輩出してきた古い家系です。その子息の一人が、アトランタ王国の王子と国を出て、各国を巡った冒険譚が知られています。
グラナラ家は騎士として有名ですが、魔法を使える子孫が出ることはなかったと言われています。ニケ様が幼くして大魔法を使えたのは、それは、それは嬉しいことでしょう。
私は、ほっこりとして、アイル様から目を離してしまいました。突然、水が部屋にいっぱいに溢れました。気がついたら、部屋の中の家具などといっしょに入口から外に流し出されていました。
ニケ様を真似て、アイル様が放った魔法でした。アイル様は領主の血筋で、アウド様含め、ご先祖様には、大魔法の使い手がいらっしゃいます。
そうは言ってもニケさんを真似ただけで、それを上回る魔法が放たれたのは、驚きです。
大惨事でしたが、部屋付きの侍女達が部屋を元に戻すのを手伝います。部屋の外では、ソド様が執り成すまで、アイル様は、アウド様に叱責されていました。
お二人が大魔法を使えることを祝って、その夜は祝宴になりました。給仕をする侍女以外の使用人全て、その宴に参加を許されました。
宴会で、アウド様から、依頼を受けました。お二人の教育係として、色々教えてほしいということです。特に魔法は、お二人とも大魔法が使えるので、何も知らずに使用すると事故になりかねないからということでした。
私は一も二もなく了承しました。
最初の教育では、ニケ様が知りたがっていたことをユリア様にお聞きしました。ニケ様は、この世界の事に興味があるようです。アウド様に依頼して、世界地図をお借りしました。
地図を使ったこの世界と歴史の話は、お二人とも目をキラキラさせて聞いてくださいました。
そして、アイル様とニケ様を「さん」付けでお呼びすることを許されました。この時はとても嬉しかったです。
その日の午後、アイルさんとニケさんにせがまれて、字を教えることになりました。この歳の幼児ですから、午後はしっかり休ませならないと思っていたのです。しかし、あまりにせがむので仕方がありません。大急ぎで、文字を書いた木簡を用意しました。
文字とその読み方を教えると、即座に、アイルさんが、伝統文字と普通文字のどちらかで十分じゃないかと聞かれます。特にアイルさんは、領主の跡取りですから、両方の文字の読み書きが必要になると言うと、納得してくださいました。
1時も経つと、お二人とも、文字を書くことも、読むこともお出来になりました。どんなに利発な子供でも1月は掛ります。なんでこんなに短い時間でお二人とも覚えてしまわれたのか、信じられない心持ちでした。最後には、子供用に書かれた物語を音読していました。これは、利発という状態ではないでしょう。
翌日は、数を、翌々日には魔法を教えることになりました。
ここまでのことをアウド様に報告しましたら、そんなものかも知れないというご回答でした。あの二人の利発さは、余人と比較できないからというお言葉でした。
明後日の午後に魔法演習所をお借りする許可をいただきました。
翌日はアイルさんの希望で、数を教えました。普通に子供に数を教えるために使うものを一式、アイルさんの部屋に持ち込みました。数を教えるのには、1月以上必要なものです。それでも足し算や引き算はなかな出来ません。ただ、お二人の場合、ひょっとすると半日で、足し算や引き算は覚えてしまいそうな気がしたのです。
最初、1つずつ円盤を使って、数の読み方を教えていました。デカを越えたあたりで、アイルさんは何かを呟いて表情が険しくなりました。その後は、終始アイルさんは、不機嫌そうでした。ニケさんは、ニコニコしながら、話を聞いてくれています。
驚いたことに、ニケさんは、掛け算も理解しているみたいでした。
数を文字でどう書くのか聞かれたときには、既に数字の読み方を完全に理解していました。
そして、割り算の質問が出てきました。ニケさんは、割り算も理解しているみたいです。私があわてて不十分な回答をしたところ、約分した完全な回答を告げられました。
数について、私は何を教えたら良いのか分らなくなりました。
計算をするための計算棒は要るのでしょうか。
恐る恐る、計算を教える必要があるかを問い掛けました。ニケさんからお願いされましたので、一通り、魔法学校で学んだ計算方法を伝えていきました。
突然、アイルさんが、何もないときの数の質問をされました。神学のような質問内容に私は意味が分りません。何も無いというのは数えることができない状態ですから、数はありません。
お二人がまた、不思議な言葉で会話をして、ニケさんにアイルさんの質問の謝罪と感謝の言葉を頂きました。その日のニケさんは私にとっての救いの神でした。
アウド様に、その日の内容を伝えました。アウド様は、終始、和やかに話を聞いていて、アイルさんとニケさんが数に強いということを喜んでいました。私はそういう状況では無いと思うのですが。まあ、良いとしておきます。
3日目は、魔法を教えました。午前中は、座学で、魔法の理論です。ニケさんが、魔法で何かを唱えなくて良いのかと聞いてきましたが、そんな話は聞いたことがありません。その質問は、何だったのでしょう。座学のときは、お二人とも真剣な眼差しで、私の話を良く聞いてくれていました。
驚きの連続だったのは、午後です。
私達は魔法の練習所に移動して、基本的な魔法の練習をしました。お二人とも、簡単な説明だけで、課題として用意していた練習項目を全てこなしました。大きな魔法も、小さな魔法も上手く制御できるようです。
休む事もなく、次々と魔法を放っている二人を見て、幼児だとは信じられません。
普通、魔法使いは、思い描いたものを保持しながら魔法を使用します。明確な魔法の結果を思い描き続けるのは非常に難しいものです。ちょっとした事で、思い描いているものが揺らぎます。非常に高い精神の安定性を必要とします。幼ない子供には、とても無理です。
何年も練習を重ねて、魔法の結果を思い描き続けることができて、始めて実現出来ることです。魔法が得意な私ですらそうでしたから。
一通り魔法を練習してから、アイルさんが変形の魔法、ニケさんが分離の魔法を使ってみたいと言いました。
分離の魔法で海水から水を取り出すのは比較的容易です。とは言っても、かなりきちんと分離した水を思い描けなければ成功しません。ひょっとするとお二人なら水を取り出すことはできるかもしれないと思いました。
変形の魔法は、砂を纏めて団子状の塊にできても、思いのままの形を作れる人を、私は知りません。これは流石にお二人にも無理だろうと思いました。
お二人のお願いですから、対応しました。
手伝いについてきてくれた侍女の方に、海から、桶に砂と海水をいれて持ってきて欲しいとお願いしました。
私は一体何を目撃しているのでしょう。
アイルさんが、砂を固めて、綺麗な球や立方体や三角錐に変形させています。こんな変形をしている例を見たことがないです。そのうち、小さなビーズの様なものを砂で作り始めました。
ニケさんが海水から、塩を取り出しました。分離の魔法は、昔から良く知られている魔法です。海水から、水以外のものを取り出すのは、多くの魔法使いが試みて成功したことのない魔法です。
二人がまた、例の言葉で会話をしています。ニケさんは、今度は突然、砂から白い粉を取り出しました。一体あれは何でしょうか。ニケさんは、一度白い粉を取り出した砂から、さらに、白い粉を取り出していました。
アイルさんが、その白い粉から、先程のビーズを大量に作っています。不思議な形をした複雑な道具を作りました。これは一体、何なのでしょう。
ニケさんは、次々と砂から白い粉を取り出して、アイルさんがその道具を作っているという状態がしばらく続きました。
最後には、アイルさんの魔法で、白い粉の山が、あっという間に、不思議な形の複雑な道具に変化しました。そして、大きさの違うものを何個も一度に作ってます。
本当に私は何を目撃しているのでしょう。
我に返った私は、やっとの思いでお二人に質問しました。
ニケさんは、分離の魔法の練習。アイルさんは、変形の魔法の練習をしていただけだそうです。
私の知っている分離の魔法や、変形の魔法では、こんなことは出来ません。思い描いたら出来たのだそうです。
私には、何が何だか分らないです。
私にこのお二人の教育係が務まるのでしょうか。それ以前にこのお二人は一体何者なのでしょう。