135.あの日も
ティアラには、20カラットぐらいのダイヤモンドが幾つも並んでいて、その周りに5カラットぐらいのダイヤモンド、2カラットぐらいのダイヤモンドが鏤められている。
全てのダイヤモンドは、ブリリアンカットになっている。
ダイヤモンドを固定しているティアラ本体は、細い線を編み込んだようなデザインになっていて、ダイヤモンドと合せてキラキラ輝いていた。
ネックレスは、中央に十字に5つのダイヤモンドが嵌め込まれたペンダントトップのようなものと、鎖に沿って、左右に2つの大きなダイヤモンドが嵌められた台座が付いていた。随所に、小粒のダイヤモンドが鏤められている。
こちらもティアラに負けず、キラキラ輝いている。
「えっ!何これ?」
私よりも先に、お母さんが叫ぶように声を上げた。
「この宝石、凄く輝いているわ!」
その瞬間、その場に居た全ての人から注目を集めた。
ブリリアンカットは、屈折率の高い素材がより輝いて見えるように、特殊な角度と面を持った形状だ。
この世界の宝石は、鉱石から削り出したままで、特殊な形にしたりしていない。
私が先刻作った宝石のように、せいぜい、球形に近い形に削ってあるだけだ。
それも、大抵は歪な形をしている。
透明なものは、下手に研磨すると、傷だらけになるので、結晶の形で採掘されたものをそのまま利用している。
磨いているのは、瑪瑙や玉髄などの透明感がほとんど無い着色された石が多い。
これは、先日、宝飾品店で見た結果から類推しているのだけど、多分間違ってはいないだろう。
だから、ブリリアンカットされたダイヤモンドなんてものは、何周も先にいってしまっている技術だ。
この場に居た人たちは、目を奪われて、言葉が無い。
そばに居た、ウィリッテさんは、完全に打ち拉がれていた。
でもねぇ。これって、私には重すぎないだろうか。
まあ、ティアラなら、頭に着けるんだろうから、どうにかなるかもしれないけれど、このネックレスは、着けられるんだろうか……。
まあ、アイルが私の為に作ってくれたんだから、有り難く戴くけれど……。
開始時間が近づいたのか、文官の人が、控室に入ってきて、もうすぐ開始時間だと告げた。
折角作った宝飾品をそのまま持ち歩くのも何か変なので、何か収まる箱が無いかを聞いてみた。
現物を見せた途端に、文官の人は目を剥いて、「ちょっとお待ち下さい。」と言うと慌てて部屋の外へ走り出した。
その文官の人は、直ぐに、やけに立派な宝石箱を二つ持ってきた。
これって、多分、中に何か入っていたんじゃないんだろうか?
「この箱はとても立派なんですけれど、中に入っていたものは?外に出してしまっても良いんですか?」
「いえ、これらの宝飾品と比べると、取るに足らない、どうでも良いものですから。
お気になさらずに。」
そんな事、無さそうな立派な箱なんだけどね。本当に大丈夫なんだろうか。
そのまま使用し続けてもらって良い。
その方がこの箱も幸せだ。
などと、意味の分らない事を言われたので、有り難く頂く事にした。
時間になったので、皆で、玉座の間へ向った。
今度は、私の両親も、アイルの両親も主役になるので、全員、玉座のあった雛壇に並んだ。
玉座が置いてある床はけっこう広くて、この人数が上に並んでも全然余裕がある。
玉座の間には、先程より大分多い人が居る。
子供の姿も見えるから、家族で参加しているんだろうか?
広い広い部屋一杯に人が居る。
ほどなく、雛壇には国王陛下、宰相閣下、近衛騎士団長のお祖父様、王族の方々がやってきた。
王族の中には、私達程ではないけれど、幼ない子供も居た。国王家が全員集合しているのかな?
陛下が、前に出た。
「これより、アトラス侯爵家のアイテール・アトラスとグラナラ子爵家のニーケー・グラナラの婚約式を開催する。」
その声に応じたように、奥から、司教服を着たヴィタリアノ・ファッブリ司教とヘントン・ダムラック司教が現われた。
あれ?ダムラック司教が居る。
えーと、マリムから態々。やって来た?
何時?
どういう事だ?
船を使っても2日掛るんだよ。
無線機が有るから連絡は直ぐに付くだろうけど、少なくとも2日前には連絡が行って、アトラス領の高速船に乗らないとここに居るはずが無いよね。
私とアイルが婚約することになったのは、宰相閣下の館に居る時だから4日ほど前か。
まあ、間に合うけど……。
最初からこうする心算だったって訳だ。
そんな、ある意味どうでも良いことを考えていても、式は進んでいた。滔々とファッブリ司教の声が王座の間に流れている。
「……ガイア神は、大地をお創りになり、世界を照すヘリオ神、夜の世界を照すセレン神をその身より生み出されました……
……
神の御姿に似せた人をお創りになられ、人が食するための牛、豚、鶏、羊、山羊、馬、様々な野菜となる植物をお創りになられました……
……」
創世神話を話してるんだろうな。
これは、大分時間がかかりそうだ。
「……こうして、繁栄した人の中に、罪人も増えていきました。
それは、ガイア神によりもたらされる豊穣をかえりみず、ヘリオ神、セレン神などを第一と考える者、ガイア神の世界を否定し、別な神を崇める邪教の信者が世界に増えていったのです。
この時、ヘリオ神を崇める者たちの力を得て、無謀にもヘリオ神と、セレン神による星々の神が、ガイアに戦いを挑みます。
そうして「神々の戦い」が起こりました……」
長いな……。
「……邪教を信じていた者は滅び、土地を失い、ガイアを真に信仰していた我々のみが生き残ることができました……」
うーん。何時終るんだろう……。
「……再び、「新たな神々の戦い」が起った時に、神々の国から使徒が遣わされたのです……」
おや、最近の話になってるな。途中ほとんど聞いてなかったけど何時の間に?
「……神より遣わされた使徒であらせられる、アイテール・アトラス様とニーケー・グラナラ様は、神の国の知識を持ち、この世に神の国を実現されております。
このお二人の婚約の儀式をこれより、取り行ないます。」
えぇぇっ、この恐しく長かったのって、開始の挨拶だったの?
ダムラック司教がファッブリ司教と入れ替わった。
「アイテール・アトラス様とニーケー・グラナラ様は、「新たな神々の戦い」の時に、同時にお生まれになられました。
その時には、激しい雷の中、マリムの街は、神々しいまでの光につつまれました。
その光の中、アイテール・アトラス様は、アウド・アトラス侯爵閣下の妻で宰相のオルムート・ゼオン閣下の娘のフローラ・アトラス様からお生まれになられました。
ニーケー・グラナラ様は、ソド・グラナラ子爵閣下の妻で近衛騎士団長のシアオ・サンドル閣下の娘ユリア・グラナラ様からお生れになられました。
お二人は、生まれて半年ほどで言葉を話されます。
……」
こんどは、私達の説明なのか、大分大仰な言いまわしだね。
「……二歳になられた、お二人は、数字を作られ、ソロバンという道具を我々にお示しになられ……
……
……ニーケー・グラナラ様は、アイテール・アトラス様に助けられながら、初めてこの世に鉄を凭らされます……
……」
えーと、これ、延々と紹介されていくの?聴衆は聞き入ってるけど、何か恥しいよ。実行はしたけど、考え出したのは私達じゃないんだけど……。
「……ガラスを作られ……
……紙を作られれ……
……食料の不足に対応するため……
……下水道を整備し……
……マリムの街の嬰児の命を救うため……
……先のノルドル王国との戦争の折には……
……」
これも……長いよ。しかし、これ全部、神殿の記録になってたりするのか?
「……。以上がこの神の御使いであられる、アイテール・アトラス様とニーケー・グラナラ様による奇跡の一部でございます。」
会場中が響めいた。拍手をしている人も居る。
しっかし、前振りが長い長い。
「では、お二人は前に。」
係の人に促されて、私とアイルは、ファッブリ司教とダムラック司教が並んでいる所に移動した。
「神の使徒アイテール・アトラスは、ニーケー・グラナラと結婚する契約を神とグラナラ子爵家と交されますか?」
ファッブリ司教がアイルに問い掛けた。
「はい。契約します。」
アイルが応えた。
これ、結婚式の誓いみたいだ。しかし、神の使徒?普通にこう言うのか?何か違うような気がする。
「神の使徒ニーケー・グラナラは、アイテール・アトラスと結婚する契約を神とアトラス家と交されますか?」
今度は、ダムラック司教が私に問い掛けた。
「はい。契約します。」
「それでは、この婚姻の契約書に署名をしてください。ご両家の親御様も署名をお願いいたします。」
私とアイル、お父さんとアウドおじさん、二人の司教様が、2枚の同じ契約内容が書かれている獣紙にそれぞれ署名をした。
全ての人が署名した2枚の獣紙をファッブリ司教とダムラック司教がそれぞれ1枚ずつ掲げた。
「これで、アイテール・アトラスとニーケー・グラナラの婚約が成立しました。」
契約書は、それぞれ1枚ずつ、お父さんとアウドおじさんに渡された。
「それでは、お互いに記念の品を交換してください。」
アイルは、宝箱の中から、ネックレスを取り出して、私の首に掛けた。
会場中が響めいている。
今度は、ティアラを取り出して、私の髪に着けてくれた。
更に大きな響めきが会場に響いた。
私は、別な宝箱から、フィブラを取り出し、アイルの服に着けてあげた。
また会場中が響めいている。
二人で、会場の人たちの方を向いた。
響めきと、拍手が起こった。歓声も聞こえてくる。
婚約式は、これで終了だ。
何だか、とっても大袈裟な事になったな。
だけど、今後の事を考えると、アイルも私も互いに婚約しておかないと、求婚の嵐に見舞われて大変なことになるんだろう。
やれやれだよ。
その時、胸のあたりから、アイルが何かを取り出した。
あれ……指輪かな?石は小さいけど、前世で良く見る婚約指輪。
指輪を手にしたアイルが、突然、私の前で跪いた。
指輪を持った手を上に掲げた。
『杏樹。好きだ。一生幸せにすると誓う。オレと結婚してくれ。』
突然の日本語だ。
あの日、何故だか、全く知らない世界に移る前。
恭平から、プロポーズしてもらえるかも知れないと期待していた。
あの日、この言葉を聞くことが出来たはずだった。
あの日も、今も答は同じだ。
『ありがとう。私も大好きよ。結婚しましょう。恭平。』
これで、第1章「はじまりのものがたり1」は完了です。
次話からは、新章が始まります。




