134.宝石
陛下が人を驚かせるのが好きだという事だけは、よぉぉく分った。
婚約式を予定していたから、爵位授与式の時間を繰り上げたんだね。
そして、宰相閣下から届いた3着の衣装。
あれは、謁見、爵位授与式、婚約式の為だったんだ。
そして、お祖母様が買ってくれた衣装は、本当に晩餐会の衣装だったんだ。
……ってことは……皆でグルだったのか?
「これで、爵位授与式は終了する。5時(=午後2時)に論功行賞における首功の二人の婚約式を行なうので、全員参加する様に。」
宰相閣下の言葉で、爵位授与式は終了した。
突然の婚約式と言われても、どうするんだ?
控え室に移動して、これからどうするのかを両親と相談する。
「私達は、婚約式なんてしてないのよね。」
とお母さんが言う。
「そうだな、結婚を認めてもらったけど、駆け落ちみたいな結婚だったからなぁ。」
「ウチもそうだな。この件に関しては、アトラス家と、グラナラ家は、何の役にも立たないな。」
私とアイルは途方に暮れてしまった。
宰相閣下から渡された衣装を着て、ただ式に出れば良いんだろうか。
何か、今日はこんな事ばっかりだよ。
そんな相談をしているところに、お祖母様達が衣装と一緒にやってきた。
宰相閣下から渡されていた最後の衣装は晩餐会で着るものと思っていたので、サンドル家に置いたままだったのだ。
婚約式用の衣装を持って来てもらうために、サンドル家に使いを出したところ、お祖母様とセメル家の人達が婚約式に出席するのために、こちらにやって来てくれたのだ。
「お母様。お母様は、婚約式をしていたりしませんか?」
お母さんが、お祖母様に聞いてくれた。
「随分と前だけど、私は、シアオさんと婚約式をしたわね。
そう言えば、あなた達は、婚約を飛ばして結婚しちゃったのよね。」
「あら、私もグルムと婚約式をしましたよ。」
ナタリアさんも、婚約式をしたらしい。
婚約式を知っている人が二人増えたよ。
二人の話では、婚約式は、婚約契約の調印の際に、お祝いとして知人や親戚を集めて式として行なうものだそうだ。
婚約自体は、契約書を両家で取り交せば良いだけなのだそうだ。
ただ、今回は、王国中の貴族という貴族が集って、国王陛下、宰相閣下、お祖父様が出席しての婚約式だ。
そんな場合は一体どうなるんだろう。
お祖母様は、現国王陛下の妹なので、お祖父様との婚約の時には、神殿の司教様を呼んで行なったんだそうだ。
「司祭様が、何かを成さるのですか?」
とりあえず、この件に関してはお母さんに任せておけば良いだろう。
知りたい事は、質問してくれる。
「普通は、両家の間での契約なのですけれど、王家の場合は、神との契約をしましたね。」
「何か、違いがあるんですか?」
「私は、普通の婚約式の事は知らないので、違いは分らないわ。
契約自体には、多分違いは無いんでしょうけれど……司教様が神の代理人になって、両家と神の双方と契約をするの。
司教様がいらっしゃるので、神殿の式典の様になるわね。
参加者は、宰相閣下とか、主立った貴族の方たちでしたね。
何時も見掛ける方々でしたけれど。」
「流石、国王家だと違うんですね。ウチは、両親や親戚、知人の居る中で、契約書にサインをして、あとは宴会でした。普通はそんな感じですよ。」
とりあえず、契約書にサインすれば良いんだね。
何やら、前世の結婚式のような感じだ。
「何か、準備する事があったりします?」
「何か有ったかしら?
それらしい衣装を着て、式に臨めば良いはずですけど……。
あっ、そうそう、記念の品を交換したわ。
シアオさんからネックレスを頂いたわ。私はフィブラを渡したの。
私は、その時に貰ったネックレスを何時も着けています。
シアオさんも、私が贈ったフィブラを使ってくれているわ。」
「ウチも、記念品を交換しました。
ウチも、その時のモノを何時も身に着けてます。」
なんか、ますます前世の結婚式みたいな感じだ。
すると……婚約式までにその記念品とやらを準備しなきゃならないのか?
その事に気付いて、アイルを見ると、アイルも気付いたのか少し焦っているみたいだ。
あまり時間が無いので、お祖母様に聞いてみる。
「その記念品以外は、準備は居らないのかしら?」
「そうね。衣装は持ってきましたから、記念品を準備できれば良いんでしょうけれど……でも、今から間に合うかしら。」
「作ります。どうにかします。」
その時、控室に料理が運ばれてきた。ちょうど4時になったみたいだ。
私は、一緒に付いてきていた助手さんに、エレメントのセットを持ち込んでもらうように頼んだ。
素材さえあれば、作るのは一瞬だ。
まずは、食事をしよう。
食事が終り、着替えが完了した頃に、助手さん達がエレメントのセットを運び込んでくれた。
馬を借りて、大急ぎで戻ってきてくれらしい。
アイルに、アイルが作るものに必要な素材を聞いて準備した。
プラチナが欲しいと言っていた。
私は、変形魔法がそれほど上手くできない。特殊な形状をした宝石を作るのは、私には無理だ。
宝石そのものがキラキラ輝くんだったら、丸い宝石でも良いんじゃないかな。
そんな訳で、宝石の構造の方で工夫した。
私は、ベリリウム、クロムとアルミニウムを使って、かなり大きめの宝石を魔法で作った。
キャッツアイになっているアレキサンドライトだ。
横から見ると、少し潰れた大福みたいな形。これでさえ、均等な形にするのに苦労している。
アレキサンドライトは、クリソベリルというベリリウムとアルミニウムの酸化物の変種だ。
アルミニウムの部分が一部クロムに置換されている。
陽光の下では青緑色、灯火の下では赤色になる変色の効果がある。
そして、内部の針状結晶構造が一方向に揃っている事で、光が散乱してキャッツアイになる。
光を当ててみると、キャッツアイになっていて、キラキラしている。
日の光に翳すと青緑色。室内で灯火の光の中では赤色になった。
なかなかに大変な魔法だったけど……上手くいった。
記念の宝石を作るんじゃなければ、こんな面倒な魔法は使わない。
宝石の出来具合に満足していると、
「ニケさん。これ……何?」
フローラおばさんが声を掛けてきた。
「アレキサンドライトキャッツアイという宝石です。」
顔を上げて、応えながら周りを見ると、お母さん、お祖母様、ナタリアおばさんもこちらを凝視めている。
この宝石の事を説明してあげた。皆が順番に手に取って、光に当てたりして見ている。
多分、この世界でも珍しいもののはずだ。
この大きさだと、前世でも無かったと思う。価値は数多ある宝石のなかでも最上位に食い込むだろう。
魔法だと僅かな時間で出来ちゃうのが、便利というか驚異というか。
「こんな宝石、見たことが無いわ。」
お祖母様が溜息まじりに言う。
皆、感嘆している。
欲しいのかな?でも、領地から持って来たベリリウムの鉱石は、全部使っちゃったんだよね。
「えーと、持ってきた鉱石を全部これにつぎ込んじゃったんで、他に作るのムリなんです。領地に戻ったら、作ることができますけど、欲しいんですか?」
皆、全力で頷いている。
「こんな宝石は、王家の宝物庫にもないわよ。」とお祖母様。
ふーん。とすると、お祖母様に渡すときには、陛下にも献上する必要があるのかな。
「そうすると、陛下にも献上した方が良いんでしょうか?」
「それは……そうね……もし、手間でなければ、そうしてちょうだい。でも……私には是非下さいね。」
手間かと言われると、まあ、かなり手間だな。
あんまり沢山作る気にはなれない。
超伝導素材とハーバー法の触媒に匹敵する面倒な魔法だ。
あれは、結晶の困難さだけなんだけど、結晶の向きや脈理の構造まで調整しなきゃならないから別な難しさがある。
魔法が、成功するかどうか分らないから、作ってみてからかな。
「わかりました。お祖母様には渡せるように頑張ってみますね。」
それから、お父さんが使っているフィブラの構造を参考にして、先日宝飾店で見たデザインを参考にしてフィブラのデザイン画を書いた。
私は、まず形を絵に描かないと、変形の魔法が成功しないんだよね。
持ってきた白金は、全てアイルの方に行ってしまった。
なので、素材は、金とパラジウムの合金にした。
ホワイトゴールドというやつだ。
変形の魔法でフィブラを作って、その中央にアレクサンドライトをとりつけた。
中々に豪華な装飾品になった。
光が当ると、キラキラしている。
アイルは、部屋の隅の方で、何やら作っていた。
もう作業は終ったみたいだ。
何を作っているのか、とても気になったけど、自分の作業で手一杯だった。
何を作ったのか、見せてもらえるかな?
私の作品も見せよう。
「ねぇ、アイル。互いの贈り物を見せ合わない?」
「あっ、あぁ、良いけど……。」
なんか、歯切れが悪いな。見せたくないんだろうか?
アイルは、何かを胸元に仕舞うような仕草をした。
「私が作ったのは、これよ。」
私の作品をアイルに見せる。
「えーと、これ、キャッツアイって呼ばれる宝石だよな?」
「そう、それで、アレキサンドライトでもあるから、日に当ると色が変わって見えるんだよ。」
「こんなものを……作ったのか?」
アイルは驚いていた。ふふふ。作った甲斐があるな。
「いいでしょ。でっ、アイルは何を作ってくれたの?」
「作ったのは、ティアラとネックレス。」