132.提案
そんな事言われても……。
お金は、考案税の収入が、トンでもないことになっているので、これ以上、要らないよ。
こんな歳で、権力や名誉なんて貰っても、疎まれて、暗殺者ホイホイになってしまう。
ふーむ。今は、清潔で、まともな食事が摂れるので、別にねぇ。
「それなら、王国立の『研究所』を立ち上げてください。
指導は、私達がしますから。」
おっ。アイルが要望を出した。
その要望は良いけど……。それ……かなり大変だぞ。
「その、ケンキュウジョというのは何なのだ?」
「この世の中の事を調べたり、素材や道具を作り出す場所です。」
「それは、その場所で、君達の前世とやらの記憶を王国民に伝えるという事なのかね?
それのどこが、報酬になるのだ?」
「私は、この世界の事を把握したいんです。前の世界とどんな部分が違っているのかを知りたいんです。
その為です。」
「それは、王国の助力が無くても、君達は進めていくのではないのか?」
「前世では、多くの人達が、世の中の謎を解き明かしていました。
今、この世界では、私が知る限り、私達と助手をしてくれている人達だけです。
いくら、魔法が使えて、効率的だとしても、一人で出来る事は限られてます。」
「ふむ。仲間を増やしたいという事なのかね?しかし、君達の知識は広めても良いものなのか?」
「王国には、王国立文官学校とか、王国立魔法学校といった教育機関があると聞きました。
前の世界では、そういった教育の後で、専門的な知識を教える教育機関がありました。そこでは、学ぶ能力のある者は、誰でも学ぶ事が出来ます。
知識は、望む人には、平等に与えていたのです。
知識を広めることで、国の力は増していきました。前の世界では、知識は広める事が正しい事と考えていました。」
「しかし、その知識を利用して、国を滅ぼす事を考える者も出てくるのではないのか?」
「その知識を世の中の為に使うか、悪事をする為に使うのかは人それぞれです。
悪事に使えば、当然処罰されます。
知識を広める事と、その知識をどう使うかは別の話です。
例えば、包丁は、それを使って美味しい料理を作れます。でも人を傷つけることも出来ます。でも、それは包丁が悪いのではなく、他人を傷つけた人が悪いのです。
気にされる様な、危険な物や、危険な技術というものも有ります。
そういったものは、国が利用制限を掛けていました。」
そうそう。先日、危険物の管理方法も決めたよね。
「アトラス領では、危険な物への対処方法を決めています。そうですよね、アウドおじさん?」
「陛下。今、ニケが言ったとおり、危険性の有る物を他領に移動させることは禁じております。製造や保管についても制限を与えるようにしております。」
「そうであったのか。ふむ。宰相はどう考える?」
「陛下、知識を持った者が増えることで、国の力が大きくなるというのは、確かな事だと思われます。
実際、アトラス領の繁栄は、鉄を作り扱う知識、ガラスを作り扱う知識を領地に広めたためでしょう。
それに、アイルが言っている王国立というのが重要かと思います。
その知識を広める場所が、王国の管理の下に有れば、不穏な動きも事前に察知できます。」
「なるほど。知識は広めた方が良く、危険の芽は王国により制限するという事か。
しかし、これが、アイルくんとニケさんの報奨に成るのか?
そこが理解できん。」
「沢山の人が手掛けてくれて、私達を助けてくれるようになるのが有り難い事なのです。王国で助力してもらえるのであれば、それが一番です。」
「ふむ。あまり理解できたとは言い難いのだが、そのケンキュウジョというものを作ることにしよう。」
「ところで、一つ伺っても良いですか?求道師という職業が有ると聞いたのですけれど、求道師は何をしている人ですか?」
「ん。求道師か?それは一言で言えば世捨て人だな。中には怪しげなものを作っている者も居るが……弟子が居たり、考案税申請でもしなければ、他者に何をして居るのか伝わる事も無いな。」
えぇぇ?
求道師というのは、世捨て人なのか?
前世で、求道師の様な事をしていたという説明をしていたけど、それって、前世では世捨て人だったって説明になっていたのか?
それは、吃驚だよ。
まあ、アイルが前世でやっていた仕事は、世捨て人だと言っても間違っていないかもしれないけど……。
私は違うぞ!
「えーと、それでは、求道師が知った知識は、世の中に還元されないという事になりませんか?」
「世の中の役に立つような知識であれば、自然と広まっていくのではないか?
その為に、考案税という制度もあるしな。
ジュペトのところでは、ある程度、何をしているのかは掴んでいるのではないのか?」
「まあ、大体のところは、知ってますが、危険な事をしていなければ、基本、放置です。」
ふーん。本当に俗世と切り離されているみたいだね。
本人からも、俗世からも。
「そうすると、私達の事は、求道師とは言わない方が良いのかしら?」
私は、思わず聞いてしまった。
「そうだな。君達は、求道師とは違っている。」
「それじゃ、学者という事にしてもらえませんか。」
「求道師と呼ぶ訳にはいかんだろう。それで良いと思う。」
「あと、王国立研究所での検討対象は私達の意見を反映させてもらいたいのです。
また、「神々の戦い」の様なとんでも無いことが起る可能性もありますよね。
メクシートの跡の様な、ことが起こらないとも限りません。
魔法は、昔は使えなかったという事ですが、魔法が何故あるのかについて、理解できないままだと、また使えなくなってしまうかもしれません。
そんな事も検討の対象にしたいのです。」
「そう言えば、アイルとニケは、嵐が来るのを事前に知ることができたが……あれは、そういう知識からなのか?」
アウドおじさんが口を挟んだ。
「そういった知識が有れば、嵐が来ることも分るようになるというのかね?」
「ええ、そうですね。嵐がどういったのなのか、嵐が何時来そうなのかといった事も、知識が有れば可能になるかもしれませんね。」
「それは、良いのだが、そんな事が分るものなのか?
過去、様々な者がそういった事を解明しようとしていたのだ。」
「でも、それは、どういった人達が解明していたんですか?
ひょっとすると、求道師の人達じゃないのですか?」
「そうだな。判ったところで、役に立たないと考えられていたのだから、まともに仕事をしている者がそんな事を考えたりしない。
求道師が行なっていたのだろう。」
「これまでの話を聞いていると、求道師の誰かが解明したとしても、それは外に伝わったりしなかったんじゃないですか?」
「なるほど、そういう事になるのか。
嵐の事は別にして、他に、もっと世の中の役に立つ事が多くあるんじゃないかね?」
「世の中の役に立つかどうかは、その時々で変わります。
戦争している時には武器が役に立つのでしょうけれど、平和な時にはそれほど役には立ちません。
世の中の根本的なところが解っていたら、それが役立つ時がかならず来ます。
困った時にどうにかしようとするより、普段から様々な事を解明しようとしていた方が良いんです。
前の世界では、様々な人が様々な事を解明していきました。
役に立たないと思われていた事も、後の世で利用されて新しいものを作るのに使われています。
そういったことの積み重ねで、物凄く発展していったんです。」
「なるほど。この件は、二人への論功行賞なのだから、好きにしてもらって良い。
王国立という事になるので、助力は惜しまない。
多分運営の為に、人も必要であろう。必要な文官は、こちらで準備する。」
「ありがとうございます。」
ふーん。
何か、ゴリ押しで、この世界の事を調べることができる研究所を作らせることにしたな。
でも、人を集める事ができるんだったら……色んな事が出来る様にはなるね。
「あとは、そのケンキュウジョというものをどこに作るかなのだが。
アウド。アトラス領に作るのはどうだ?」
「王都の側ではなく、アトラス領にですか?」
「二人は、まだ子供であるからな。親元で対応した方が良かろう。
それに、アトラス領には、未使用の土地が沢山あるではないか。
王都の周辺は、男爵領がひしめきあっていて、中々場所を用意しにくい。
そうそう、鉄道というものもあったな。
領都から少し離れていても、すぐに移動できるであろう?」
「はい。それで宜しければ、そのように致します。」
「では、詳細は追々という事で良いかな。
しかし、そのケンキュウジョという名称は、ちと発音しにくいな。それは、神の国の言葉かい?
宰相、何か良い名前を考えてくれないか。二人ともそれでも良いかね?」
やっぱり、発音しにくかったんだね。
領主館にもあるんだけど……。
皆、合わせてくれていたのか……。
「ええ。それは、別に良いですけれど。」
「意味さえ合っていれば、問題無いです。」
「さて、宰相。アトラス領に王国国務館を作ることにしたそうだが?」
「はっ。先日、アトラス領の者と話して決めました。」
「では、その王国国務館と緊密に調整を頼む。ウィリッテ。申し訳ないが宜く頼む。」
「はい。仰せの通りに。」
「あとは、ジュペト。今後、アトラス領は、王国の最重要拠点となる。くれぐれも、他国に妨害されないように、対処してくれ。」
「はっ。承知しております。」
「さて、アイルくんと、ニケさんへの報奨が決まったな。
ここからは、新侯爵への依頼なのだが。」
そう言って、陛下は、依頼内容を伝えてきた。
王都とアトラス領との間の定期船の運行と、出来れば鉄道を王都まで通して欲しいという事だった。
その対価として、定期船運行と鉄道運行は、アトラス家の管轄とする事や、王宮に、新しく、輸送管理部門を設立して、それはアトラス家の所轄とする事を伝えられた。
博覧会でやってきた、交通管理長官が、鉄道と船を王国のものにするべきだと言って、勝手に計画を立てようとしていたらしい。
しかし、それをすると、私とアイルが携わらなければならない。
多分、そのトップは、私達が先の戦争の首功を上げた、年端もいかない子供だとは知らなかったみたいだ。
事情を知っている、国王陛下、宰相閣下、近衛騎士団長が猛烈に反対して、その計画自体は却下された。
仮に、王国でその運行を実施しようとしても、誰にも作れないモノを扱わなきゃならない。
そもそも、線路や車両や自走船は誰が作ったり整備したりするのかって事だ。
まあ、対価というより、体良くアトラス家が使われるってことなんだよな。
ん。利権をアトラス家がもらえるってことなのかな?
うーん良く分らない。後でグルムさんにでも聞いておこう。
鉄道を通すとなると、私とアイルで実施しないとならないんだよな。
あっ、それで、依頼事項なのか。
侯爵ともなると大変だね。
というより、大変なのは、私達二人だよ。
今度は、沢山の領地を経由する事になるんだけど、大丈夫なのか?
鉄道については、博覧会で公開したこともあって、王国内の事情通には周知の事になっているんだそうだ。
その鉄道が通るであろう領地の領主で、壮絶な誘致合戦があるらしい。
結局、私達の手間もあるだろうからと、マリムからガリアまで直線で結ぶ経路で計画したいのだそうだ。
まっ、距離が短い方が楽かな……。
うぅぅぅ。また、超伝導材料が必要になりそうだな……。
一通り話が済んだところで、アイルがカメラを陛下に献上した。
機能などを説明していると、アウドおじさんや、お父さんが、これみよがしに、家族写真を見せる。
陛下の希望で、写真を撮ることになった。
今日の集合写真と、陛下、閣下、騎士団長のスリーショットなどだ。
現像はどうするのかと思っていたら、私達の助手さんが、陛下のお付きの人に現像方法を教えるんだそうだ。
暗室はどうするんだ?
ま、上手くやってくれるんだろう。
エレメントは持ち込んだけれども、魔法を見せてくれとは言われなかったので、使う事は無かった。
ヤレヤレだ。
最後に、明後日の爵位授与式は、当初午後からの実施だった予定を繰り上げて、午前に実施することになったと言われた。
アイルと私については、王都に来ている貴族達に紹介する事になるだろうと言われた。
まあ、もう6歳だし、いつまでも隠れている訳には行かないよね。




