131.謁見
王都見物を終えて、サンドル家に戻ると、王宮からの使者さんが待っていた。
どうやら、昼過ぎからずっと待っていたみたいだ。
なんか申し訳なかったね。
使者さんからは、明日の午後に、王宮に参内するように言われた。
宰相様から私とアイルの衣装が3組使者さんの手で届けられていた。
明日の謁見と爵位授与式用と言われた。
なぜ3組なんだろう?
あっ。一着は、晩餐会用かな?
しかし……3回全て、違う服装で臨むのか?
こんな調子で子供なのにドレスを手に入れていったら、着れなくなる服飾品の数が、とんでも無いことになるな……。
お祖母様に、今日作ってもらった衣装は、晩餐会用だと言っていた。
うーん。結婚式でもないのに、晩餐会でお色直しか?
どうするんだ。これ。
翌日の昼食後、馬車で王宮に向った。
移動するのは、アウドおじさん、フローラおばさん、お父さんとお母さん、そして私とアイルだ。
セドくんと、フランちゃん、カイロスさん達セメル家の人は留守番だ。
何故か、ウィリッテさんは一緒だった。
助手さんと侍女さんも同行する。
何かの拍子に魔法を見たいとか、言われたりするかもしれないので、助手さん達に、エレメントとその鉱物一式を持ち込んでもらった。
これは、他の荷物と一緒に、アトラス領から運んできている。
これらが有れば、何か作る事も出来るだろう。
アイルは、新しいカメラを持参した。
もともと、献上する予定だったのだそうだ。
しかし……写真乾板はどうするのだろう。
アトラス領で、ヤシネさん達の開発次第になるよね。
まあ、気にしても仕様が無い。
それより、また、アイルのブツブツが始まった。
『国王陛下に謁見して、何を言われるんだろう?』
『また?もう、そろそろ、腹を括ったら?お祖父様の後ろ立てがあるんだから、大丈夫でしょ。
何かあっても、どうにか成るよ。』
『でも、ニケを王族に娶らせるとか言っていたじゃないか。』
『そうね。でも、そうなったら、逃げるから良いわよ。』
『また、そんな事言って……。』
『でも、魔法が有るから、屹度簡単に逃げられるわよ。』
馬車の中は、両親達は、和やかな雰囲気で会話しているのだが、日本語では剣呑な会話を続けていた。
困ったもんだ。
馬車は、昨日の経路とは違って、王宮の奥に向っていく。
多分、王宮の敷地の中心あたりにある、巨大な建物の前で停まった。
「ここが、王宮なの?」
私には、この場所がどこなのか分らない。お母さんに聞いてみた。
「いいえ、この敷地全体を王宮と言っているわ。この建物は、「式典館」と言われているわ。王国で催される式典を行なう場所なの。玉座の間も、この建物の中にあるわ。」
「それじゃ、謁見は、ここで行なうのね。爵位授与式もここ?」
「そうね。多分、玉座の間で行なわれるんだと思うわ。」
「晩餐会もここ?」
「そうね。この建物の中にある大会場でやるんでしょうね。」
なるほど。明後日、また、ここに来たら、あとはアトラス領に帰る事になるんだ。
ようやくイベントが開始されたって事だ。
馬車を降りると、建物の入口前に、騎士さん達と文官の人が立っているのが見えた。
アウドおじさんが、文官の人と挨拶をして、私達は、建物の中に入った。
この建物も天井が高い。長い廊下というよりアーケードの様な道が続いている。
両脇に扉がいくつもあるんだけど、この扉の向こう側は何なんだろう?
「右手には、大会場へ入る扉が続いているのよ。左手は厨房や、宿泊所になっているの。」
私は、困惑した顔をしていたんだろう。お母さんが説明してくれた。
「ここに、宿泊する人も居るの?」
「ええ、遠い領地から式典なんかに参加する貴族で、王都に館を持っていない人は、ここに泊まると聞いたわ。
私達は、お父さんの家があるから、ここに泊ることは無いけど、ウチぐらいに離れている領地の人なら、ここに泊る事が多いんでしょうね。
ここは、安全だから。
他の王国からの使節の人の場合も、ここに泊まる事になるらしいけど、あんまりそんな人は居ないでしょうね。」
なるほど。建物の左手は宿泊施設で、右手は大会場ってことなんだ。
延々と、長い廊下というか、アーケードというかを歩いていく。
この右手が、大会場だと言うのなら、とんでもなく広いんだな。
飽きるほど歩いて、ようやく突き当たりの扉の前に着いた。道は、いや廊下か?はここで丁字になっていて、右と左に向っている廊下も延々と続いている。
はるか彼方に、扉が見えた。
辿り着いた突き当たりの扉は、また、とんでもなく大きかった。
騎士の人達が、4人がかりで、その大扉を開けた。
扉の中を見ると、扉に負けない広い空間が広がっている。
床には、カラフルな敷物が敷き詰められていた。
壁には、様々な色に文様が描かれた布が下がっている。
おおっ。何か凄いぞ。
皆で、部屋に入った。
右手は大きな空間だ。左手の奥には、階段があって、高くなっているところに、大きな椅子がある。
ふむふむ。あれが玉座ってことなんだ。
でも、誰も座っていないな。
陛下は、後から出てくるのかな?
「よく来たな、アウド、ソド。」
突然、右手後ろから声を掛けられた。
アウドおじさんと、お父さんは、その場で跪いた。お母さんたちも。
慌てて、それに合わせて、私とアイルも跪いた。
えっと、このシチュエーションだと、この人が国王陛下かな。
無線機で聞き覚えのあるシブい声だ。
しかし、この人、何で、玉座に座ってないんだ?
普通にこんなところで挨拶するんだったら、玉座の間に呼ぶ必要無くない?
「ふふふ。驚いた様だな。狙い通りだ。」
いつの間にか、ウィリッテさんは、陛下の後ろで跪いている。
「では、奥の部屋に移って、少し話をしようか。」
陛下はそんな事を宣う。
やっぱり、王座の間の必要は無かったんじゃない?
ん。驚かすために、ここに呼んだ?
どういう性格してるんだ、このオッサン。いや、陛下だったな……。
この場には、陛下の他に、宰相閣下と、お祖父様と、スパイの親玉のタウリンさんが居た。
皆で連れ立って、玉座の奥にある部屋へ移動した。
移動する途中で、ウィリッテさんが、私とアイルに、
「陛下は、扉の横で、驚かすために、待っていたみたいですね。宰相閣下との会話が聞こえてました。」
とこっそり教えてくれた。
ウィリッテさんには、遠耳の魔法で、入室する前の会話が聞こえていたみたいだ。
やっぱり、この陛下、性格が変だよ。
お父さん達とは顔馴染みなのか?フザけてみてるだけとか?
玉座の正面にある階段を登って、玉座のある床を左手奥に行ったところに廊下があって、幾つもの扉があった。
皆で、一番手前の扉の部屋に入った。
一緒に来ている次女さんや助手さんは、部屋の入口のところで待機だ。
改めて、アイルと私が、国王陛下に挨拶をする。
国王陛下は、体が大きく、肉付きの良い体型だった。
「私は、アウド・アトラスの子、アイテール・アトラスと申します。幾久しくお見知り置きください。」
「私は、ソド・グラナラの娘、ニーケー・グラナラと申します。幾久しくお見知り置きください。」
「ふむ。幼ないながら、立派な挨拶。感服した。
私は、エドモン・ガラリア。ガラリア王国の国王を務めている。
こちらこそ、幾久しく、よろしく頼む。」
ふふふ。国王陛下にも褒められたぞ。
あの辛かった日々が報われたな。
「それで、君が、アイル君で、あなたがニケさんなのだな。
やはり、随分と幼ないな。
爵位授与式の時には、さっきの部屋で、かなりの時間、待っていてもらう事になる。
幼ない主役の二人を立たせたままという訳にも行くまい。壇上で座っててもらった方が良さそうだ。」
主役?
それってどういう事?
主役は、アウドおじさんや、お父さんじゃないの?
「陞爵をする、アウド父さんと、ソドおじさんが、主役ではないのですか?」
私の代りにアイルが聞いてくれた。
「今回の、爵位授与式は、そもそも、ノルドル王国を打ち破った論功行賞の結果を王国内に報しめるためのものなのだ。
領地替えとか、陞爵は賞の方だ。一番大切なのは、功の部分で、それを称えなければならない。
聞くところでは、ノルドル王国を打ち破れたのは、アイルくんと、ニケさんの作り出した、装甲車や空気銃、寒冷地に耐える装備、鉄の剣などに依るという事なのだが、それで合っているかね?」
「ええ。その通りです。アイルとニケが作った、装備類が無ければ、アトラス領は、初戦で酷く敗退していたでしょう。そのまま、アトラス山脈は、ノルドル王国の手に渡っていました。」
お父さんが、私とアイルを持ち上げる。
「私も、そう聞いておる。
つまり、今回の戦争の首功、つまり第一功は、アイルくんとニケさんという事だ。
その二人を育て、自由に様々な事をさせて、さらに、戦争の折には、アウドにしても、ソドにしても良く働いてくれたのだから、両家の功もある。
そんな事から、アトラス家を侯爵に、グラナラ家を子爵としたのだ。
しかし、それで、首功の二人に酬いたとは言い難いと私は思う。
そんな理由で、孫と二人を縁付けようと思っていたのだが、オルムートに酷く叱られてしまった。
二人は、互いに思い合っていて、婚約したいと聞いた。
二人の婚約は認めることにした。
私は、どうやら、とんだ思い違いをしていた様だ。申し訳無かった。」
えっと、国で一番偉い人に謝罪されてしまったんだが、これは……。
思わず、お父さんとお母さんの顔を見るが、ニコニコしているだけだ。
えっ。どうすれば良いんだ?
「勿体無いお言葉です。私達は、婚約できれば良いだけです。」
おっ。アイル偉いよ。
倣おう。
「勿体無いお言葉です。婚約をお許しいただきありがとうございます。」
「それでな、このままでは首功の二人には、何も報いていないことになる。二人は、何か望みは無いのか?」




