130.王都ガリア
朝食の後、馬車で領都の繁華街に向った。
はっきり言って、失敗だった。
サンドル伯爵邸を出たあたりから、周りに人が集まってきて、王都の中心部へ向うにつれて周りの人が増えてきた。
王都の繁華街のかなり手前から身動きが取れなくなった。
理由の一つは馬車なのだろう。馬車は、王都では、かなり珍しい乗り物だ。
馬車に乗っている人は、アトラス領の関係者って状況なのかもしれない。
アトラス領では、そこらへん中に馬車が走っていて、領主の馬車だからと言って、人が集まるなんて事は無い。
どちらかというと、用事を慮って、避けてくれる。
王都で馬車を走らせる事は、諦めるしかなさそうだ。
しかし、何故人が寄ってくるんだ?
フェロモンか?
特に声を掛けられる訳でもない。周辺の人達は、立ち止まって、馬車を遠巻きに取り囲んでいる。ザワザワ会話しているのが聞こえる。
アトラス領の馬車だとか、侯爵様だとかが時々聞こえる。
遠方から人が集ってくるのが見える。
進行をジャマしたい訳ではなく、人がやたらに多いだけみたいだ。
多すぎて、進路を切り開くことができない。
ダメだね。これは。
仕方が無いので、引き返すことにした。
私の馬車には、お祖母様とグラナラ家で乗っている。お祖母様とお母さんがどうするかを相談している。
サンドル伯爵家から、王宮に入り、王宮の正面の門の内側に馬車を停めて、そこから歩いて王都の繁華街へ向うことになった。
何とか人混みを掻き分けて、一旦サンドル伯爵邸宅に戻った。
城壁内を王宮に向って移動する。サンドル家と王宮の間にある城壁にある門を潜って、王宮に入る。
途中、騎士の詰所が有ったけれど、お祖母様の顔を見たらフリーパスだった。
お祖父様の部下なんだろうから、当然だね。
しかし、簡単に王宮の中に入れちゃったね。
そのまま馬車は、広い王宮の中を移動していく。
沢山の建物が並んでいる。
どこかに、ジーナさん達が勤めている場所もあるんだろうね。
再会することはできるんだろうか?楽しみにしてるんだけど、何時会う事ができるんだろう?
四半時(=30分)ほど、広い王宮の中を馬車は進んで、大きな門の側で停まった。
王宮はもの凄く広かった。昔のマリムの街ぐらいの広さはあるね。
皆で馬車から降りた。
この門を潜ると王都の繁華街になる。
王都には、領主貴族の邸宅も有るらしいけれども、別な門の近くに固まっているそうだ。
この門は、商人や文官が登城するために使う門ということらしい。
周りで馬に乗って警備してくれていた騎士さん達は、馬から降りて私たちの周りで警備する。
全員で、50人ぐらいの集団だ。
これだけでも、随分と目立ちそうだな。
まあ、それでも、馬車という、いかにもという目立ち方はしないだろう。
お祖母様の案内で、王都の繁華街に移動した。
セリアさんは、大はしゃぎだ。
メインストリートに軒を連ねる商店を見ていく。
ガラス窓が無いから、ウィンドウショッピングという訳には行かない。
広く開いた扉越しや、開けられた木窓越しに店の中を覗いていく。
私達は背丈が無いので、扉からしか中は見ることが出来ない。
セリアさんは、大分背が高いので、窓から中を覗いては、私達に中の様子を伝えてくれた。
繁華街の中心近くに、エクゴ商店と、ボーナ商店が店を出していた。
広い店内に人が沢山居て、混んでいるのを見ると、アトラス領のガラスやアトラス布は人気なんだろうね。
他領の人には、お勧めらしいけど、アトラス領から来て、アトラス領の店舗で買い物というのは……無いよな。
一応中に入って、品物を見たけれど、アトラス領で売っているものと変わらない。金額が吃驚するほど高かっただけだ。
何軒か、ボーナ商店周辺の服飾関係の店を覗いて歩いたけれど、ボーナ商店ほどの品質では無かった。綺麗な染めの布も置いてあったけれど、アトラス布と書かれてあった。
服のデザインも、ボーナ商店の二番煎じのような感じだ。
そして、高い。
これなら、アトラス領で誂えた方が良さそうだ。
私達が知らなかっただけで、何時の間にか、とんでも無いことになっている。
以前は、王都は流行の発信地だったんだけど、完全にアトラス領にその座を奪われてしまっている。
セリアさんも元気が無くなっている。
それは、そうだろう。
価格も、布の品質も、服飾品のデザインもアトラス領の方が優れているんだったら、店を見て歩く楽しみも無くなってしまうものね。
このあたりの服飾品店は諦めて、宝飾品を見て歩くことにした。
流石、王都だね。指輪、ネックレス、ティアラ、ブローチ、様々な意匠の宝飾品があった。
これは、アトラス領にはあまり無いものだ。
これらの宝飾品は、王都に屋敷を持っている貴族の人達が身を飾るのに使われるらしい。
そんな訳で、王都では需要があるんだろう。
アトラス領で、貴族と呼べるのは、アトラス家とグラナラ家とセメル家だけで、毎日一緒に夕食を食べているぐらいだからな。
宝飾品で着飾っても虚しいだけだ。
お祖母様の話では、王宮では時々晩餐会の催しがあったりするそうだ。
情報交換会のようなものらしい。
その時に、女性は着飾って晩餐会に出席する。
ふむ、ふむ。王宮文化って訳だ。
最近の晩餐会は、アトラス領の産物の話で盛り上っているらしい。
でも、アトラス領から貴族は誰も出席しない。
そりゃ、遠いし、それどころじゃ無かったからね。
急速な発展やら、戦争やら、戦後の領地対応やら、博覧会やら、それどころじゃないよね。
宝飾品の店を見て廻って、気付いたことがあった。
至る所に、アトラス領産という文字がある。
お祖母様に聞いたら、土台になっている金や銀の産地を示しているらしい。
アトラス領の金や銀は純度が高くて、その記載があるだけで、価値が上る。
まあ、ウチの貴金属は、電解精錬しているからね。他領で作った銀や金より純度は高いだろうね。
アトラス領の金は特に精製してない。ただ、銅や銀が混入している事だけは無いんだよな。
それに、ウチの鉱山は良質で、テルルや白金といった不純物は極微量しか入ってない。
いずれにしても、高純度の貴金属と言えばアトラス領産ってことらしい。
同じ様な意匠のネックレスで、アトラス領産と記載が有るものは、倍近い金額になっていた。
こうなると、呆れるしか無い。
少しだけ元気を取り戻していたセリアさんも、すっかり元気を無くしていた。
意外な事に、アイルは、宝飾品を熱心に見ていた。
何か作る心算なんだろうか?
「アイル。何か熱心に見てるね。私にプレゼントしてくれるの?」
そう声を掛けたら、真っ赤になって、そっぽを向いてしまった。
一体何なんだ?
まあ、私も興味が無い訳じゃないから、見て廻ったけど、前世の細工物を見成れていた所為か、粗雑な加工品に見えてしまう。
男性用の宝飾品もあるんだな。
お父さんやアウドおじさんが、衣装にブローチみたいなものを着けているんだけど、それはフィブラと言って、衣装を止めるのに使うんだって。
知らなかった。あんまり前世では見た事が無いな。
そのフィブラってのは、色々な形をしていて、中央に付いている宝石も様々だった。
お父さん達は、宝石の付いていない簡素なフィブラを使っていた。
ふーん、良いかも。今度アイルに作ってあげようかな。
宝石と呼べる様なものが付いているものは、宝石が不恰好な割に非常に高価だった。
透明な宝石は、採掘された形状をそのまま使用しているみたいだ。
切断、研磨すると傷だらけになってしまうからかもしれない。
研磨している石は瑪瑙や玉髄の様な半透明な石、碧玉のような不透明な色付きの石が嵌められていた。
硬質の石を研磨する方法が確立されてないのだろうね。
お昼になったので、お祖母様が懇意にしている料理店に入った。
お祖母様は、現国王陛下の妹なので、多分、超高級店なんだろう。
調度品が素晴しく立派な店だった。
先触れしていたのか、店内の人達が総出で出迎えてくれた。
2階の中庭の見える場所に案内された。
少し大きめの部屋で、隣接する席とは壁で隔離されていた。
大人達、私とアイルとカイロスさんの両親がお祖母様と相談して料理を注文した。
この店は、アトラス領からカトラリーや、アトラス領の食器を入手して使用している。
料理は、アトラス領で食べたものとあまり変わらない。
味は、とても良かった。
パンだけは、昔良く食べていた、発酵していないパンだった。
パンの製法は、伝わっているらしいのだけれども、まだお祖母様クラスの人に出すことが出来ないらしい。料理を運んで来た人が、少しだけパンの言い訳をしていた。
「なんか、ちょっとガッカリ。」
セリアさんが、食事中にそう呟いた。
まあ、仕方無いよね。これだけ、アトラス領の製品が幅を効かせていたら、王都に来た意味が無い。
それを聞いたお祖母様が、
「ふふふ。じゃあ、王都の様子は見てもらえたから、午後からは、私のお勧めの店に行きましょうか。それでもガッカリするかもしれませんけれども。」
少しだけセリアさんの元気が戻った。
これから行くところは、王室と懇意にしている店だ。
どんな所か期待している顔だ。
昼食の後で、繁華街から少し外れた場所にあるお店に向った。
そこは、衣装と宝飾品の両方を扱っている店だった。
貴族の人や高位の文官の人のための店。
ここも先触れしたのか、店の人総出で出迎えてくれた。
店内は、落ち着いた雰囲気で、宝飾品の棚は有っても、服飾品は置いてない。
そして、店内にはお客さんが居ない。
貸切になっているんだって。
「アトラス領の皆様。ようこそ、お越しくださいました。この度は、陞爵お目出当ございます。」
出迎えた人の一番前に居た、年配の男性が挨拶をしてくれた。
多分店長さんかオーナーさんなんだろうね。
お祖母様が、私達に服飾品類の贈り物をしたいから、見繕って欲しいとその年配の男性に伝えていた。
その間に、お母さんが店の説明をしてくれた。
「この店は、トマッシーニ服飾・宝飾品店と言うの。国王家御用達の店よ。
今のが店長のエドガル・トマッシーニ。
エドガルは、というより、トマッシーニ服飾・宝飾品店の店主は、これまでの功績から、騎士爵を授かっているので一応貴族なのよ。」
なるほど、そんな由緒正しいお店なんだ。
そんな店、畏れ多くて、前世では、入ったことは疎か、近付いたことも無いな。
それから、店内に居たお店の人が、とっかえひっかえ、衣装を持ってきてくれる。
アウドおじさんとお父さんには、先刻挨拶をしていたエドガルさんが付きっきりで、対応している。
お母さんは、自分の服を見ながら、お父さんの服に意見して、私とセド君の服を見立ててくれている。
なんか、楽しそうだね。
持ってきてくれた服を見ると、仕立てはとても綺麗な上、様々な装飾があって、如何にもお姫様みたいな服装だった。
色々と装飾が付いていて、見せてもらった服は、全て普段使いには不向きだね。
布地だけは、アトラス布を仕入れていると言っていた。
なるほど。この店は、原価を無視できるほどのリッチな顧客に、デザインで勝負しているんだ。
何度も何度も衣装が出されて、ダメ出しされて、ようやく全員の衣装が決まった頃には、夕刻近くなっていた。
お祖母様曰く、最初に馬車でこの店に来て、衣装を選んでから王都内を散策する心算だったらしい。
歩いて移動することになったので、先に王都内を見て、昼食後にこの店に来たんだそうだ。
流石に、セリアさんも満足だったみたいだ。満面の笑みを浮かべている。
私は、ちょっと疲れたよ。
その後、王宮まで戻って、サンドル家に向う馬車に乗った時には、日が沈んでいた。
アイルとカイロスさんを見ると草臥れ果てていて、サンドル家に向う馬車の中でぐったりしていた。