129.諜報機関
何故、オレとニケが残されたのだろうか。
何か嫌な予感がする。
お祖父様の声に応じて、広い書斎の奥の扉から、特徴の無い、中肉中背の年配の男性が出てきた。
「これは、これは。アイル様、ニケ様。
お初にお目にかかります。ジュペト・タウリンと申します。
お見知り置きください。」
お祖父様の呼び掛けで出てきたのだから、部下の人なのだろうけれど……。
「アイルとニケさんは知らないと思うが……ひょっとしたらソドも知らないかもしれないが、ジュペトは、王国諜報機関の長官をしている男だ。」
『諜報機関って、スパイよね?』
ニケが日本語で話し掛けてきた。スパイねぇ。そんな単語はこの世界には無いんじゃないかな。
『そうかも知れない。』
「いいですねぇ。いいですねぇ。前世の言葉ですか。
会話を秘匿するのにピッタリです。素晴しい。」
何か、良く分らない応答をする人だな。
でも、この人は、オレ達のことに詳しいみたいだ。
諜報機関に居るってことは、オレ達の事を探っていたんだろうか。
「おい。お前がアイルとニケさんに会いたがっていたのは知っているが、いちいち食い付かないでくれ。話が進まなくなる。
それで、ジュペトには、現状のテーベ王国の情勢を話してもらいたい。」
「はい。宰相閣下。どの程度までお話すれば宜しいでしょうか?」
「それはお前に任せる。ただ、アイルもニケさんも幼いのだから、7時には就寝しなければならん。手短に頼む。
二人が不明な点があれば質問するだろう。
それに応えてくれ。」
「それじゃ、アイル様、ニケ様。テーベ王国について、説明させていただきます。
テーベ王国についてはご存じですよね?」
「ええ。教育の時に教えてもらいました。」
ニケも頷いている。
「では、東部大戦の事は?」
「ガラリア国王が設立される原因となった、テーベ王国の大陸東部への侵攻ですよね。」
「そのとおりです。で、今、ガラリア王国とテーベ王国との関係は?」
「停戦状態にあると聞いています。オレとニケのご先祖様が、停戦に持ち込んだという話でした。」
「そうです。そうです。そこらへんを話さなくて良いのは助かります。
では、停戦のあたりからの話をさせていただきます。
その、アイル様とニケ様のご先祖様が、ガラリア王国とミケナ王国の連合を成立させた事で、テーベ王国は強大国に挟まれた両面戦争に持ち込まれてしまいました。連合が設立されてから、2年ほど戦闘は続いたのです。
ただ、それまで長期に渡って戦争を継続していたことで、人的損耗が酷く、特に魔法使い不足に陥っていました。
このまま戦闘継続すると王国そのものの維持が困難だという判断から、停戦になっています。」
「魔法使いは、戦争ではあまり役に立たないという認識だったんですけれど、戦争に参加するんですか?」
「ええ。それは当然。
対人戦闘の場合には騎士が主力となりますけれど、集落や砦を壊滅的に破壊するのは、魔法使いの役割になります。
大陸共通の認識として、農作物を育てている農地への破壊行為は禁止されていますけれど、休耕状態にある農地の破壊は禁止されていません。
集落や砦の維持を困難にするためには、魔法使いが居るのと居ないのとでは、大きく違ってきます。
そんな訳で、多数の魔法使いが大きな戦争では動員されますね。」
「えー、そんな事をしたら、領地を広げても、復興が大変な事になりますよね?」
呆れ気味で、ニケが応答した。
「そのとおりです。ですから、戦争は、互いの消耗戦で、我慢比べになるのが普通です。
今回のノルドル王国への侵攻は、過去の戦争の例にない画期的なものでした。
それも、お二人の作られた兵器や装備のお陰です。
本当に素晴しい。
装甲車や空気銃による戦闘は……」
「ジュペト。テーベ王国の話からズレてきているではないか?」
「あっ。これは失礼しました。そうですね。ここらへんのところは、後ほど時間のある時に……」
「いいから、テーベ王国の話に戻せ。」
「はい、申し訳ありません。
えー。停戦までは、テーベ王国とノルドル王国が共闘して、ガラリア王国と戦っていたのです。
テーベ王国の突然の停戦で、ノルドル王国も停戦に合意せざるを得なくなりました。
結局、停戦という状況にありながら、テーベ王国もノルドル王国も機会を窺ってガラリア王国を滅ぼしたいと考えていたという状況にありました。
ただ、魔法使いの不足の解消の為には、何世代にも渡る時間が必要になります。
魔法使いの血統から魔法使いの子孫を増やす他には、方法が無いですからね。
停戦から、80年の歳月が流れて、どの国も戦前の状況に戻りつつあります。
12年ほど前あたりから、テーベ王国では、大地神教の排斥を進めていました。」
「ちょっと待ってください。えーと。何故、テーベ王国もノルドル王国もガラリア王国を滅ぼしたいと思っていたんですか?」
「テーベ王国は、主に宗教の違いですね。そして、過去の大地神教徒から受けた迫害に対する憎しみでしょうか。
信仰の対象が違うこと、生活習慣が違うことで、混血が進んでいるのですが、完全に別な民族という位置付けになっています。
テーベ王国では、この大陸で、彼らの宗教的な同胞の領土を拡大することが国是となっています。
ノルドル王国は、既に滅んでしまいましたが……。
主に過去の版図の復旧だと思います。今のアトラス侯爵領は、過去のノルドル王国の領地でしたからね。
遅かれ早かれ、アトラス領は、ノルドル王国からの侵攻を受けていたでしょう。
ノアール川流域に良質な金鉱脈が見付かったことで、それが早まってしまい、準備不足で滅びてしまった訳です。
これが、テーベ王国との共闘で攻め込まれていたらどうなっていたか分りません。
そういう意味では、ノルドル王国が滅びたのは、ガラリア王国にとって、とても都合の良いことだったのです。」
「分りました。ありがとうございます。続けてください。」
「テーベ王国に有った大地神教の神殿は、ことごとく破壊されて、今では、テーベ王国には王都アメンに小さな神殿を残すだけになっています。
そんな所業を繰り返していた最中に、「新たな神々の戦い」が発生しました。
あの時は、滑稽なほどにテーベ王国内は怯えていました。
その時、偶々、私は商人を装って、テーベ王国内に潜入していて王都アメンに居たんです。
そして、「新たな神々の戦い」が発生した時には、テーベ王国の高官と打合せをしていました。
昔の「神々の戦い」と似た状況だと知ると、その高官は、テーブルの下に潜り込んで震えていましたね。
多分、テーベ王国では何処でも誰でも似た状況になったんじゃないでしょうか。王都アメンでは、街中大騒ぎでした。
実際には、何も被害は無かったんですが……あっ、街で暴れた人が居たようで、怪我人が多数発生はしたんですが、それだけです。
それから、テーベ王国内は荒れました。
天罰が下る前兆だという者も居ましたし、被害が無かったのだから自分達とは無関係だという者も居ました。
まあ、公然と大地神教を排斥して、戦争の準備をしていたのですから。
そんな混乱も1年ほどで収まって、結局は、「新たな神々の戦い」は、大地神教の排斥や戦争の準備は無関係だという話に収束しています。
それと言うのも、2年ほど前に、これまで無かったほどにヘリオとセレンが接近したという事があります。
今、テーベ王国の解釈では、神々の国で、太陽神ー月神の連合と大地神の間で調停が行なわれているのだという説が主流を占めている様子です。
国土を拡張するならば、今、この時だということになったみたいですね。
そして、2年ほど前から、テーベ王国の銅貨が急速に切り下がってきました。そしてテーベ王国内の銅の価格が暴騰し始めました。」
「それって、大量に銅から青銅を作っているって事なの?」
「流石ですね。ニケさんは素材の話は詳しい。
完全な裏は取れてませんが、どうやら秘密裏に大量の武器を作っているようです。
単なる偶然の事なのですが、機を合わせるかのように、ガラリア国王内に、高純度の銅が流通し始めました。テーベ王国では、ガラリア王国でも戦争の準備をしているのに違い無いと考えた様です。
まあ、結果的には、そういう意味も無い訳では無かったのですが……。
そして、1年前、突然ガラリア王国の侵攻により、ノルドル王国が滅びました。
あれは、ノルドル王国の停戦協定違反からの当然の報いなのですけど、なにしろ、テーベ王国では、大地神教の神殿が真面に機能してませんから、正確な情報は伝わってないのでしょう。
次は、テーベ王国に攻め込んでくると考えているみたいですね。
今は、ガラリア王国との開戦の準備に忙しいようです。」
「えーと。ガラリア王国は、テーベ王国と戦争をする心算は有るのですか?」
「その心算は全く無い。ただ、攻め込まれれば、ノルドル王国にした様に、それに対応しなければならない。」
ジュペトさんの代りに、お祖父様が応えてくれた。王国宰相の言葉だから、ガラリア王国では開戦は望んではいないのだろう。
「そうですか。少しだけ安心しました。テーベ王国にはいろいろと誤解がある様ですが、説得はしているんですか?」
「それはな。ただ、異教徒や異教の神官の話を信じてもらえるかというと、どうにも難しいところがある。」
「なるほど。まあ、分らなくは無いですね。それで、ボクとニケをこの場に残した理由は、何だったのですか?」
「テーベ王国の事もあって、二人の存在が王国内でとても重要だという事は理解してもらえるかな?
今回、王都に二人を呼んだのは、これからの二人への処遇を決める必要があったからだ。
正直に言うと、陛下は、ニケさんを王太孫と婚約させ、アイルには国王の孫姫を与える心算だったのだ。」
「えっ、嫌ですよ。そんな事するんだったら、私、アイルと、全力でガラリア王国から逃げます。協力もしません。」
ニケが涙目になっている。
「いや、いや、そんな事はしない。約束する。
どうしたら良いかは二人の話を聞いてからとしていたのだ。
さきほど話を聞いて、ニケさんとアイルの婚約を約束したじゃないか。
あれが決定事項だ。」
「そう……なんですね?」
「ああ。そうだ。
しかし……やはり、逃げるか……それを怖れていたんだが……。
とにかく、二人は婚約させる。」
少しだけニケの表情が緩む。泣き笑いみたいな表情だ。
でも、とりあえず、良かった。国王の孫娘なんてのに引き合わせれても、オレもムリだよ。
「それで、前から計画していた事を実行に移す。
アトラス領に王国の国務館を作る。
今や、アトラス領は、王国の最重要拠点だ。大陸の東端で、他国から離れているのも都合が良い。
その国務館の館長に任命する予定の者がここに来ている。その者と引き合わせようと思ってな。
ジュペト。
彼女を呼んでくれないか。」
「いえ、もう、そこに居ますよ。」
「そうだった。遠耳の魔法の使い手だったな。」
そこ、と言われて、執務室の奥を見たら、ウィリッテさんが居た。
ユーノ大陸中央部から東部にかけての地図を、「惑星ガイアのものがたり【資料】」のep13に載せました。
URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/13/




