128.撮影会
「はい。撮れました。」
若い文官の合図で、次に写真を撮る家族がカメラの前に移動している。
アイルとニケさんと話をした後で、息子や娘に写真を撮影すると伝えた。
アウドとソドが自慢気に、家族写真を見せていた。
あれを見て羨しがらない者は居ない。
家族写真を撮るために、皆で日当たりの良い中庭に移動して、写真を撮影している。
あんなに短い時間で、姿や風景を写し撮れるのか?
これは、これで、とんでもない代物だな。
戦の際に、敵の陣容や勢力を言葉で伝えるより、説得力があるだろう。
そんな事を伝えてみたところ、アイルとニケさんの二人は、現像に時間が掛ると言っていた。
即座に現像できる様にも出来るかもしれないとも言っていた。
『インスタントカメラ』とか『ポラロイド』とか『シーシーディ』とか『ビデオ』いう単語が二人の間で出ていた。
何の事だか、さっぱり分らない。
なんともまあ、驚くより呆れてしまいそうになる。
その地球という世界は、どれだけのモノが有るのだろうか。
二人は、あの驚くべき鉄道や船や装甲車などは、科学技術の極極一部だと言っていた。
あの二人に様々なものを作ってもらえれば、ガラリア王国はどれだけ発展するのだろう。
既に、その極一部だけで、アトラス領は、ガラリア王国最大の都市と富を手にしている。
それを国中に広めることができれば、ガラリア王国は、経済的にも、軍事的にも、ユーノ大陸で最強の大国になることは疑い様が無い。
ジュペトが最近のテーベ王国の情勢を伝えてきていたが、段々とキナ臭くなってきている。
これまでは放置していたが、ノルドル王国の崩壊によって、情勢が大きく変わろうとしている。
その対応のためにも、二人の力はとても重要だ。
陛下は、二人を国王家に取り込む事を考えておられる。
二人を王家の子供とそれぞれ縁付けるというのは、最初は良い案だと思ったのだ。
しかし、話を聞いて判ったことは、様子の異なる二人の知識を融合しないとならないらしい。どうやら、一人だけではダメなのだ。
そして、陛下には、王太子が二人居る。
陛下は二人の息子を競わせる方向で考えておられる。
これは、私が考えるに、陛下の優柔不断によるものだ。
どちらかを跡継ぎと定めてしまえば、様々な問題の発生が無くなるというのに。
二人を競わせたいとい考えも分らない事ではない。
どちらの王太子も優秀で、優劣が付け難い。
それならば、嫡男を跡継ぎとして選んでおけば良いのだ。
なぜ、そうしないのか……。
考えても詮無いことではあるのだが……。
もし、アイルとニケさんの件について、ここで判断を間違えると、王国の将来に大きく影響が出るだろう。
アイルとニケさんを別々の王太子の下に分けてしまった場合には、下手をすると、全く機能しなくなりかねない。
次の代で、どんな諍いが起るかは、全く分らない。
善く善く考えることが必要だ。
最悪なのは、二人が成人した後、他国に渡ることだ。
これだけは、絶対に阻止しなければならない。
王家との縁付けは、それを阻止するのには有効だと思われたのだが……。
だが、二人を別々にしないのも重要な事の様だ。
王家以外の領地に縁付けをすることも避けなければならない。
小国とは言え、ノルドル王国を滅ぼしたのは二人の知識だ。
謀反の種を作らないことも重要な事だ。
ふーむ。どうするのが良いのだろう?
「では、今度は、宰相閣下とお孫さん達の集合写真を撮ります。」
写真機を操作していた文官から、声が掛かった。
私と妻と孫達が集合した。
しかし、孫の人数も増えたものだ。
この孫達が幸せに暮らせる世の中を是が非でも守らないとならない。
ニケさんが、写真機の脇で笑いながら、アイルに手を振っている。
アイルは遠慮勝ちに手を振り返している。
二人は本当に仲が良いようだ。
知らない世界に移ってしまった者同士だからだろう。
ジュペトからの報告で、こちらに二人が移る前は、それなりの年齢だったと聞いている。
夕食の後は、二人の意思を確かめる事が必要になる。
夕食後、先程の面子で話し合いを再開した。
「今度は、二人それぞれに聞きたいのだが、地球というところでは何をしていたのだ?」
「ボクは、『研究所』で『物理学』の『研究』をしていました。ガイアでは求道師と言うらしいですね。求道師がたくさん集まっているところで、国からお金をもらって働いていました。」
「私は、アイルと似ていますけれど、20歳ぐらいの人たちに『化学』を教えながら、求道師みたいな仕事をしていました。」
「なるほど、二人とも求道師で、ニケさんは教育もしていたという事なのか。ちなみに、年齢は幾つぐらいだったのだ?」
「ボクとニケは幼馴染で、同じ歳です。35歳でした。」
「何?二人は、前の世界でも知り合いだったのか?」
「ええ。そうです。やっていた事は、今と然程変わらないです。ボクの研究に必要な素材をニケに作ってもらっていましたから。」
「そう。いつも無理難題を持ち掛けられて大変だったわ。」
「何が有って、こちらの世界に移って来たのだ?」
「ボクの仕事をニケに手伝ってもらっていて、それが完成したので、二人で試験運転していました。
その時に、何かが起こって、気がついたら、ガイアに居ました。
最初は事故で大怪我をして動けないのかと思ったんですけど、赤ん坊になっているとは思いもしませんでした。
なぜ、移ってきたのかは、ボクも知りたいんです。」
「私も。あの時は、測定していた値が異常になったと思ったら、こちらに来ていました。全く理由は分りません。」
なるほど、この二人にとってすら、理解できない事が起こったのか。
生れ変りというのは、時々神殿関係者が唱えている事がある。
善行を積めば、生まれ変わって、より良い人生を歩めるようになると。
しかし、これまでの歴史を見渡して、そんな証拠は無い。
寓話的なもので、絵空事だと思っていたのだが……。
それより大事な事は、二人が前の世界からの顔見知りで、かなりの年齢だったという事だな。
生れて5年経っているのだから40歳か。フローラと私とでは、私の方が年齢が近い。
これは、言い包めてというのは難しいだろう。
合意点を探さないとならない。
「二人は何時も協力して仕事をしていたという事なのか?」
「ええ。協力できる場合には協力してました。でも、ボクがしていた求道師の仕事はニケの仕事とは全く違いますから、普段は一緒に仕事をする事は無かったですね。」
「そう。あの時は、私が作った素材の確認のために一緒でしたけど……別な理由があったのよね?アイル。」
「ああ。そうだね。」
「何があったんだ?」
「実験の後で、ボクは、ニケに『プロポーズ』しようと思ってたんですよね。あんな事が無かったら、今頃は、二人で結婚していたと思います。」
「そう。私もアイルが言い出さなかったら、私から『プロポーズ』する心算だったので、あのまま何も無くて、二人で食事に行ってたら、結婚していたと思うわ。」
「プロポーズという言葉の意味が分らないが、二人は婚約していたのか?」
「いいえ。婚約をしようとしていたんです。プロポーズっていうのは、結婚したいという意思表示というか……。」
「そうです。婚約する直前で事故にあったんです。」
「そうだったのか。それで、二人は今後どうしたいのだ?」
「どうしたいと言うのは……どういう意味です?」
「あっ説明が不足しておるな。二人は結婚したいのか?」
「ボクは、ニケ以外は考えられないです。」
「私も、アイルと結婚したいです。」
「……なるほど……分った。」
これでは、陛下の案は使えないな。
この二人を無理矢理引き離したら、かなりマズい事になりそうだ。
そんな事をしたら、二人は王国を見限ってしまうかもしれない。
しかし……アトラス領に置いておくのも不安だ。
アウドやソドが王国に背くとは到底思えないが……。
いや、王都や他の領地を考えた場合、アトラス領が一番良いのか?
アトラス領は、大陸の東の端だ。
下手な場所に、二人を置いておくと、以前有った、オルシ伯爵の誘拐殺害計画のような事が起こらないとも限らない。
しかし……王家との繋がりは欲しいところだ。
そうだ。二人には妹と弟が居たな。二人は随分と下の子達を可愛がっている様子だった。
アイルの妹のフランを王家に嫁がせて、ニケさんの弟のセド君に王家の娘を嫁がせるか。
そうすれば、王家との繋がりもできる。
あとは、二人と王家と友誼を結んでもらおう。
何か、名誉あるものが必要だな。
これらについては陛下との相談が必要になるな。
「それならば、二人は婚約するのが良いだろう。そのように陛下にも伝えておこう。」
「いえ。まだ二人には早いです。」
突然ソドが話に割って入ってきた。ふむ。理由は分るが面倒な事を。
「いや、もう二人とも6歳じゃないか。早い事は無かろう。」
「いえ。でも、まだ二人には早いです。」
困った事だ。
「では、聞くが、ニケさんを、お前はどこに嫁がせる心算なんだ?」
「いえ。それは……。」
「ニケさんは器量も良い上、大魔法も使え、これだけの才能を持っている。
この事が知られたら、王国中の領主から縁談の申し込みが殺到するぞ。
アイルにしても同じだ。
どこの馬の骨とも知れぬ者からの申し込みにどう応じるつもりでいるのだ?」
「……」
「アウド、フローラ、ユリアはどう思うのだ?」
「私は、アイルとニケの婚約は許しております。」
「お父様。私も同じ意見です。」
「ソドが申し訳ありません。私も賛成いたします。」
「ほら見ろ。お前以外は賛成しているではないか。
男親が娘を思う気持は分らなくはないが、諦めろ。
変な虫が集ってくる前に、二人を婚約させておいた方が良い。
それが王国の為にもなる。」
「しかし……閣下の言に従います。」
これで、二人の両親の確約が取れたな。あとはどう広めるかという事か。
「あのぅ。この世界では、6歳で婚約というのは普通なんですか?」困惑顔のアイルが聞いてきた。
「まあ、早いかも知れんが、高位貴族では決して不思議な事ではないな。
それも、魔法がどの程度使えるかに依るんだが、二人とも大魔法使いだから、何の問題もない。」
「私、アイルと婚約できるんですね。」
ニケさんは、満面の笑みだ。喜んでいる様子だ。
「ああ。そうだ。
婚約については、婚約の事実を広めるために、多少考えなくてはならないが。
まあ、悪いようにはしない。」
「ありがとうございます。アイル。終に婚約よ。婚約。」
「ああ。そうだな。ありがとうございます。」
二人とも嬉しそうにしている。
今回の面談は、これまでだな。あとは陛下に報告しなければならない。
さて、最後に、ジュペトに出てきてもらおうか。
「それでは、フローラと、ユリアさんは、ここまでとしようか。この後、多少込み入った話をしなければならない。悪いが退室してもらえるか。」
「はい。ではお父様、お休みなさいませ。」
「宰相閣下、お休みなさいませ。」
二人が出て行った。アイルとニケさんは神妙な表情だ。
残された意味が分からず困惑しているのだろう。
「ジュペト。出てきてくれ。」




