12.魔法教育(実技)
今日は、天気が良いので、昼食後、魔法の訓練ができる場所に移動して実技をすることになった。
昼食をアイルと食べていると、ウィリッテさんがやってきた。
ウィリッテさんは、大急ぎで食事を終えたらしい。
私達の食事が済み次第、私達を実習場所に連れていってくれるのだ。
領主館は、マリムの海沿いの丘の上にある。
入口近くには、文官の人達が執務する文官詰所がある。
その奥に、領主が住む居住区画がある。
そして、さらに奥には、かなり広い場所があり、騎士の詰所と訓練する場所になっている。
その訓練する場所の海に面したところが、魔法の演習所だ。
今回、特別、わたし達が魔法を練習するので、領主のアウド様が使用を許可してくれた。
普段は、領主に仕える魔法使いが訓練のために使用している。
食後、領主館の居住区画から、奥に少し登った場所まで歩いていく。2歳児の私達が歩いて行くことは無理なので、二人とも御付きの侍女さんに抱えられて移動だ。
今日はとても天気が良い春の日だ。魔法の演習所に着いたときに、海の方を見ると、水平線が霞んでいる。
足元は、固められた土の地面だ。天井はない。海が見える方向以外は、壁で囲まれている。
ギャラリーが居るんだけど、あれは領主に仕えている魔法使いさん達かな。遠巻きに見ているような気がする。
ウィリッテさんが、説明してくれる。
「周りは、一応壁で囲まれていますが、魔法の大きさによっては壁の強度が持たないかもしれません。大きな魔法は海方向に向けて発動させてください。ここから、海までは何もありませんので、大魔法を放っても大丈夫です。」
なるほど。壁を背にして、魔法を使っていれば、多少コントロールを失敗しても、安全ってことだ。
「それでは、順番に、「土」の魔法。「水」の魔法。「風」の魔法。「火」の魔法を使ってみましょう。
壁を背にして、ウィリッテさんに言われるままに、小石を出してみる。水の玉を出してみる。風を吹かせてみる。足元の石を浮かせてみる。プラズマもとい、火の玉を出してみる。
威力を上げてみたり、威力を制限したりもしてみる。
そんなに難しいことはなかった。ウィリッテさんは、少し引き攣った笑顔で、褒めてくれた。
その時、アイルが、変形の魔法に興味があると言いだした。
それを言ったら、私は分離も魔法を使ってみたいと思っていたので、そう伝える。
ウィリッテさんは、付いてきていた侍女さん達に、海岸に行って、砂と海水を持ってくることを頼んでいた。
少し待っていると、侍女さん達が、砂が入った桶と海水が入った桶を何個か運んできた。
「変形の魔法が使える場合には、砂を固めて思った形にすることができるらしいです。王都の魔法学校での講義で、私はそのような説明を受けました。残念ながら、出来る人を私は見たことが無いので、それ以上の事は分らないです。
分離の魔法は、海水から水を取り出すことができます。こちらは、出来る人もそれなりに居ますので、お二人なら容易にできるでしょう。」
そう聞いて、まず砂が固まって、それが球になるのを思い描いた。すると、砂が一塊になって、球形状に変形した。他の形にしようとしたのだけれど、他の形を思い描きながら、砂を固めることはできなかった。
アイルは球にしたり、立方体にしたり、三角錐にしたりして遊んでいた。
いいな。あれ。どうやっているんだろう。私は上手くできないけど。
ウィリッテさんは、固まっていた。
それじゃ、次は分離の魔法だね。海水の桶を前にして、水が分離する状態を思い浮べた。すると、海水から水が浮き上がって、桶の底には、白い結晶状のものが残った。
けっこうな量の塩が海水の中にはあるんだ。その水を桶に戻した。当然、塩は即座に溶けたりはしない。塩が水に全て溶けている状態を思い描いたら、あっという間に溶けたよ。
なるほど、これで、元の海水に戻ったって訳だ。分離できるんだから、溶かすこともできるんだな。
ふと思い立って、塩化ナトリウムを思い浮べて、海水から分離する状態を思い描いた。すると、海水の表面から、大量の白い粉が浮き上がってきた。それはそのまま元に戻した。
ひょっとすると、と思って、今度は塩化マグネシウムを思い描いて、海水から分離する状態を思い描く。さっきよりは大分少ない白い粉が浮き上がってきた。また元に戻した。
今度は、塩化ナトリウム海水から取り出して、元に戻さずに、床に置いた。当然ながら白い粉の山になった。少しだけ舐めてみた。うん。塩だね。
今度は、残った海水から塩化マグネシウムを分離してみた。塩化ナトリウムの隣りに塩化マグネシウムの白い粉の山を作った。塩化ナトリウムよりかなり少ない。少しだけ舐めてみると、苦い。これはニガリだね。
分離の魔法は、水しか取り出せないと言っていたけれど、きちんと化合物や結晶構造を思い描くと分離できるみたいだ。
なんとなく、この世界で、分離の魔法が上手くいかない理由が判った。
その物質そのものや、微細な構造を思い描けないと、ダメなんだ。
この世界の人が塩を思い描く場合、それは混合物のただの白い粉だろう。
物質を同定していないため分離することが出来ない。
アイルは水以外を分離できなかったみたい。
分離の魔法はあきらめて変形の魔法に戻っている。
なんか、ビーズの様なものを沢山作って、見比べている。
『アイル。分離の魔法で、塩化ナトリウムや、塩化マグネシウムが分離できたよ。物質を同定して結晶構造を思い描けないと分離ができないみたいだね。』
『ああ、そうなんだ、それで、オレは水以外を取り出すことができなかったんだな。
それなら、砂から、シリカか、アルミナを取り出せないか。
確か、普通の石や砂って、珪素とアルミニウムの酸化物じゃなかったっけ。
砂で、変形の魔法を使ってみたんだけれども、砂に雑多なものが混じっている所為か、形があんまり揃わないんだよ。』
一体、アイルは何をしているのだと思って、作っているビーズを良く見ると、ソロバンの玉の形をしていた。
なるほど。朝言っていたことを実践しているんだ。
本当に都合良く、ソロバンを作る魔法があった訳ね。
じゃあ、やってみましょうか。
砂を前にして、シリカを思い描いて分離することを考えると、砂から白い粉が浮いてきた。それを一箇所にまとめた。
固体からも、純物質を取り出そうと思うと分離できるんだ。
残った砂は褐色の色をしていた。残った砂からアルミナを思い描いて分離することを考えると、また白い粉が浮いてきた。
それを、シリカの隣に一箇所にまとめてみた。
『アイル。ここの砂は、シリカの方が多いみたいだね。』
そう言うと、
『じゃあ、シリカを分離してもらえないか。えーと、こっちの量が多い白い粉がシリカなのか?』
頷くと、その白い粉を固めて、ソロバンの玉を作り始める。
『やっぱり、純粋なものだと、綺麗に揃うな。』
アイルの元には、透明なガラスのソロバンの玉が多量にあった。
『ねぇ、どうやって、同じ形のものを沢山作ることができるの?』
『頭の中に図面を思い浮べて、変形の魔法を使うと同じものが沢山作れるみたいなんだ。すっごく便利だよ。この魔法。』
アイルは、今度は、ソロバンの枠を作り始めたみたいだ。
桁にソロバンの玉を入れている。別に作っていた梁を嵌めて、5玉、あっここでは6玉か、を嵌めて枠を組み上げた。
そこでアイルが感心しながら呟いた。
『この魔法。くっ付けることもできるんだ。魔法でソロバンを作れたよ。』
さっきから、一心不乱に作業していたアイルは、出来上がったばかりのソロバンを持って、うれしそうだ。だけど、それ、大人用じゃない。
自分で使うのは無理じゃない。
アイルは、また、私が作ったシリカの山のところで考え込んでる。突然、シリカの山がグネグネ動いたかと思ったら、ソロバンになっていた。
『すごい。組み立てなくても最初から完成形を作ることができるの?』
『ちょっと、難しかったけど、全体の図面を思い浮べて、細かな寸法を描いたら出来たよ。』
恭平は、色々な機械を設計して、作っていたからできるんであって、多分わたしには、ムリだわ。
なんて考えていたら、アイルは大人用のソロバンをさらに3つと、私達の指のサイズのソロバンを2つ作ってしまった。
『いいなぁ。その魔法。凄く便利そう。でも、私には無理そうだわ。』
『えっ、何を言ってるんだよ。ニケは、砂からシリカを取り出してたじゃないか。それ、多分、オレには無理。その魔法、化学者だから出来たんじゃない。
ニケだったら、そのアルミナの山から、アルミニウムを取り出すことができるんじゃないか。』
そう言われて、アルミナの山から金属のアルミニウムを取り出すことを思い描いてみる。急に気温が下った様に感じると、アルミナの山のまわりが陽炎の様に見えて、後には、ニビ色の金属の粉が残っていた。
『アイルできちゃった。分離の魔法って、化学反応もしちゃうみたいね。』
『すごいな。ってことは、酸化鉄から鉄を取り出すこともできるんだろうか。』
『酸化鉄があれば、できるかも。化学反応ができるんだったら、このアルミニウムをアルミナに戻せるのかしら。』
アルミニウムが酸化して、酸化アルミニウムの結晶になる状態を思い描いたら、今度は気温が上ったとおもうと、ニビ色の金属は、真っ白な粉になっていた。
『すごい。逆の反応もできたわ。これって、反則業だわ。でもこの反応は危ないかも。空気中の酸素を使ったのよね。』
でも、凄い魔法だ。分離の魔法というより、原子や分子の結合をコントロールする魔法じゃない。
「あのぉ。お二人は、何をされているのでしょう……?」
突然、ウィリッテさんの声が聞こえた。そういえば、ウィリッテさんのこと忘れていた。さっき固まっていたけど、正気にもどったのかしら。
「えぇっと、分離の魔法と変形の魔法の練習。かな?」
「ニケさんは、さっき、海水から塩を取り出してましたよね。どうやって、塩を取り出せたのですか?」
「海水の中にあるものを正確に思い描いたからかしら?」
「アイルさんも、とても複雑なものを作ってましたよね。どうやって、そんなに複雑なものを作ることができたんですか?」
「変形させるものを正確に思い描いたからかな?」
ウィリッテさんの顔色がどんどん悪くなってくる。
「えーと。ウィリッテさん、顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか?魔法で出来ることは大体やってみたから、今日は、これで終りにしましょうよ。」
このまま、ここで、質問され続けても良いことが想定できないので、終りにしてしまおうと思った。
「えぇ、そうですね。申し訳ないのですが、少し気分が悪いようです。よろしければ、館に戻りましょうか。」
桶を片付けて、帰路についた。
来るときは、和気藹々としていたけれど、帰りは各自各様で皆押し黙っている。
ウィリッテさんは一言も喋らない。ソロバンを預けた侍女さんは、目をきらきらさせている。
透明なソロバンて少し異様だけど、この世界の人からみたら、宝石みたいに見えているのかもしれない。