122.近日点
しかし……父さん達は、よく、戻ってこれたなぁ。
それより、あの花火の最中に、マリム大橋を渡るなんて……。
運転していた人はさぞ驚いただろうけど。
まぁ、父さんの命令だったら、否も応も無いか。
侯爵閣下だものな。
どうやって戻ってきたのか聞いた。
マリムの方で、光が明滅して、時々低い音が聞こえて異常事態だと思ったらしい。
グラナラ城は、グルムおじさんや母さん達に任せて、ソドおじさんと二人、馬を走らせて、グラナラ駅から、機関車に乗り込んで、機関車だけを貨物線路を走らせて戻った。とにかく急ぐという事で、運転士には最高速度で走らせる様に命じた。
マリム大橋を渡っている頃は、花火の最中だった。
マリム駅から領主館に着いた頃には、花火は終っていた。
警務団の騎士に話を聞いて、被害が無かったことが判ったところで、これはオレとニケの仕業だと思ったみたいだ。
我が親ながら、危機管理が優秀なんだな。
まあ、今回の件は、さほど叱られる事もないだろう。
ニケに説明してもらえば良いさ。
一通りニケの説明が終った後、二人は、グラナラ城に戻った。
ほとんどの領主貴族や王国の視察団はマリムに居たので、絶対に目撃している筈だ。明日の朝は事情説明で大変だとぼやいていた。
その後、花火の件は、ニケの魔法だと誤魔化して、切り抜けたらしい。
危険物の管理は、ニケとグルムさん達で、相談しているようだ。
オレには、僅かな知識しかないので、この話はニケにお任せだ。
天文台を建ててから、1年半以上経った。
大分、惑星の運行データが集まっている。
もともと、万有引力の法則や、重力方程式が成り立っているかを検証したかったので観測を始めた。
しかし、これまで、観測結果が十分に集まっていなかった為、データが集まるまで検証を後回しにしていた。
簡易的な計算で、恒星ヘリオ惑星系の惑星軌道については分っている。
この世界で決めた単位系でのガイアの重力加速度の値や重力定数は、物理実験で求めた。
重力加速度の値は、簡単だ。縦長のパイプを作って、中の空気を除き、その中を鉄球を落下させて、時間を測った。
問題は、重力定数だ。
これは、巨大な鉛の球を用意して、鉛の間に加わる力を測定するのだが、精度が悪いことで知られている実験だ。
そうは言っても、これが分らないと、先に進まないので、どうにか測定を行なった。
これまで集積された、天体の観測データを使って、万有引力の法則や、重力方程式が成立しているのかを検証していくことにした。
幸い、戦争が有ったお陰で、ノアール川やミネアまでの測量した結果がある。
その場所までの距離と現地での経緯度の測定結果からガイアの大きさは算出できた。
ガイアの大きさが算出できれば、測定時刻による視差と衛星セレンの軌道の推定から、衛星セレンまでの距離を算出することができる。
他にも、
・ 衛星セレンの特定の場所が翳る時刻とその時の恒星ヘリオ、衛星セレンの位置から、衛星セレンまでの距離と恒星ヘリオまでの距離の比を求められる。
・ 朝と夕の恒星ヘリオの位置から、ガイアの直径と恒星ヘリオの距離の比を求められる。
・夕刻と明け方の惑星の位置と、惑星の想定軌道から、ガイアの直径と惑星までの距離の比率を求められる。
これらは、重力とは無関係の測量的な距離の測定だ。
ただ、どの結果も、誤差があるので、最尤法で値を推定していくしかない。
沢山取得したデータを基に、それぞれの惑星の信頼できる軌道を得た。
ここからは、万有引力の法則が成立しているのかの確認になる。
簡単な計算から、惑星軌道からは、万有引力の法則と大きく矛盾しない事は判った。
しかし、惑星軌道には、恒星ヘリオと惑星だけの楕円軌道とは、微妙な偏差がある。
それは、多体問題と呼ばれる現象だ。
それを確認するためには、他の惑星からの重力による摂動値を算出していけば良い。
そのために、各惑星の標準重力パラメータを求めた。これは、重力定数と惑星の質量を掛けた値だ。
概ね、万有引力の法則が成り立っている事は判ったので、各惑星にある衛星の軌道と公転周期から、各惑星の標準重力パラメータを推定していった。
各惑星同士の影響を算出するには、摂動計算をしなければならない。
これはかなり厄介だった。
なにしろ、計算機は、計算尺とソロバン、自作の計算図表だ。
流石に、不評を買ったシーケンサを動かす気にはなれなかったし、計算方法を替えるのは物凄い手間が掛る。
トランジスタを使用した電卓を組む事も考えたのだが、あくまで、電卓で、コンピュータじゃない。
プログラミングできるような回路構成を考えるのは、とてつもなく時間が掛る。
測定した結果から得られる値も誤差の多いデータだ。
電卓で桁数精度だけ高くなった計算をしてもあまり意味が無い。
その上、精度がまちまちの個別にデータへの評価と判別をしなければならない。
最初からスプレッドシートや技術計算言語が手元にあるのならまだしも、そんなものまで作るのは、とてもではないが無理だ。
逡巡した挙句、結局、計算尺とソロバン、計算図表で対応することにした。
そんな風に、計算を続けて、万有引力の法則で、惑星ヴィナと惑星と、惑星シカニナの軌道の偏差以外は、摂動近似の多体問題で説明が付くことが判明した。
精度の悪い重力定数と、標準重力パラメータから、恒星ヘリオや各惑星の概算質量も得られた。
あとは、相対性理論の検証になる。
光速度を、ここの単位系で測定しなければならない。
早い時期から、天頂の恒星の測定を続けてもらっていた。
年周光行差という現象がある。
光の速度と観測点の移動速度から、遠方の星の見える位置がズレる現象だ。
年周光行差が分れば、惑星ガイアが公転軌道を移動する速度から、光速度が算出できる。
年周光行差から求めた光速度の値を求めた。
その光速の値を使って、観測の時間遅れによる影響を除外して、再度、測定結果と計算値の補正を実施した。
その後、日蝕の時の重力レンズ効果や、惑星ヴィナの近日点移動の量を計算して、相対性理論で説明が付くことがはっきりした。
結局、相対性理論を含めた古典物理領域で異常は全く確認されなかった。
どうやら、この世界は、前世と同様の宇宙空間にあると考えられる。
同じ宇宙なのかは分らないが。
あとは、量子論的な事なのだが、こちらも多分、地球で知られていた事象と大きく反することは無さそうだと思っている。
それは、量子ドットによる発光や、ニケが作り出している様々な化合物が地球と変わりが無いことだ。
あとの謎は、魔法なんだが……これは皆目分からない。
ここまで、地球と同じ物理学が適用できているのに、何故魔法なんて不思議な現象が起こるのだろう。
惑星シカニナの軌道が若干変なのは、まだ見付かっていない外惑星があるのだろうと思っている。
今の観測をしている限り、さらなる外惑星を見付けるのは困難だ。
多分、かなり暗い星のはずだ。
暗い星まで、測定対象にすると、測定する星の数はとんでもないことになってしまう。
さらに、惑星シカニナの軌道から、逆算して場所を推定したとしても、その星は、殆ど動いては見えないかもしれない。
天体写真を撮ることが出来たら、想定される場所の星の位置の変化が確認できる。
そう言えば、これまで写真に関わる開発はしていない事に気付いた。
写真を撮るためには、光で反応する物質が必要になる。ニケの協力が必要だ。
ニケに頼んで、天体写真を撮りたいと伝えたら、思いっきり呆れられた。
まあ、それは想定内だな。
ニケからは、ポートレートが撮れるカメラを作って欲しいと言われた。
博覧会が終った頃から始めた計算は、年内いっぱい掛った。
この計算が完了するのに前後して、オレとニケは6歳になった。
ーーー
ヘリオ恒星系の概略と判明した物理定数(10進法表記eは10を底にした指数表記)
D(長さデシ)
K(質量キロ)
S(時間秒=1/20738日)
d(時間日=20738秒)
【恒星ヘリオ】
・標準重力パラメータ:2.65e18 D^3/S^2
・質量 :2.21e30 K
・直径 :1.45e10 D
【惑星ヴィナ】
・標準重力パラメータ:1.07e12 D^3/S^2
・質量 :8.97e23 K
・平均公転半径 :7.73e11 D
・公転周期 :132.1457 d
【惑星ガイア】
・標準重力パラメータ:7.40e12 D^3/S^2
・質量 :6.19e24 K
・直径 :1.30e8 D
・平均公転半径 :1.73e12 D
・公転周期 :433.12886 d
[衛星セレン]
・平均公転半径 :3.30e11 D
・公転周期 :36.90245 d
【惑星メゾナ】
・標準重力パラメータ:6.31e12 D^3/S^2
・質量 :5.28e24 K
・平均公転半径 :2.44e12 D
・公転周期 :735.26 d
【惑星アストラ】
・標準重力パラメータ:1.71e13 D^3/S^2
・質量 :1.43e25 K
・平均公転半径 :4.20e12 D
・公転周期 :1.672e3 d
【惑星ソタニア】
・標準重力パラメータ:6.21e14 D^3/S^2
・質量 :5.20e26 K
・平均公転半径 :8.76e12 D
・公転周期 :5.04e3 d
【惑星シカニナ】
・標準重力パラメータ:2.98e14 D^3/S^2
・質量 :2.50e26 K
・平均公転半径 :1.63e13 D
・公転周期 :1.28e4 d
光速度 :1.26e10 D/S
万有引力定数:1.12e−6 D^3/K/S^2




