121.危険物
それからは早かった。少量の黒色火薬を作って、アイルが爆発力を調べて、打ち上げの筒の構造を設計していった。
私達は、発色のために必要なエレメントを準備して、小型花火をいくつか作った。
ふふふ。私も変形の魔法が使えるようになったんだよ。
複写の魔法に慣れてきた頃に、ひょっとすると図面があると変形の魔法が使えるようになるんじゃないかと思ったんだ。
これまで頭に思い描いて変形しようとしてたんだけど、上手くいかなかった。
多分思い描いたイメージが頭の中で維持できなかったんだよね。
図面を見ながら、そのとおりの形になる様にして、変形の魔法が上手くいくようになった。
ただ、アイルみたいに、詳細に思い描けるんじゃなくて、見たままの図を再現しているだけだ。だから、複雑なものはダメなんだけどね。
「あとは、上手く行くか、少し実験をしないとダメだな。」
一通り、実験室で実験した後で、アイルが翌日は、海岸で実際に打ち上げてみると言いだした。
実験して確認するのは、必須だろう。
そんな訳で、博覧会終了前々日は、海岸まで馬車で移動した。
実験の場所は、海沿いのコンビナートから、北にかなり離れた浜辺にした。
ここまで来ると、ミネアまで荷物を陸送する商人が街道を時々通るだけで、人は全然居ない。
火薬の量、打ち上げ筒の大きさなどのデータを取っていく。
やってみて判ったけど、けっこう音が大きい。
まあ、それは仕様が無いよね。
アイルは、それから、構造計算や、打ち上がる時間などを計算していた。
やっぱりこういう事をするには、物理学者は便利だね。
博覧会終了の前日の午前中に、私とアイルは、マリム川の河口のマリム大橋から少し下流の場所に、平坦な台を作った。
マリム大橋の土台を作ったのと同じ方法だけど、面積は遥かに大きい。
実際の花火の打ち上げ場所は、人が近付かない場所が良い。
夜に、船を出す漁師さんは居ない。そんな事をすると、遭難しちゃうからね。
河口の中央部分は、夜になると誰も居ないはずだ。
一応、潮の満ち引きを考えて水没しないようにした。
そこに、沢山の打ち上げ筒を設置して、アイルが魔法で固めた。
午後からは、海沿いのコンビナートで、硫黄と炭と硝酸カリウムと発色のためのエレメントを集めては、花火を作っていった。
もちろん魔法でだよ。
硫黄をただ保管していた倉庫は、半分以上が空になった。
当初の目的の硫黄の消費は果せたかな?
博覧会最終日。
打ち上げ場所の平坦な台まで船で移動して打ち上げ火薬と花火を、打ち上げの筒の中に設置していった。
打ち上げのシーケンスは、アイルが電気回路を組んだものを繋げた。
最初、人の手で着火する事を考えていた。だけど、危険だし、間違えそうだし、手間が大変なので、電気回路君に任せることになった。
全ての準備が終った後、その台の周りを分厚い壁を作って囲った。
万が一打ち上がらずに、地上で爆発して、それがさらに誘爆を引き起こしても周囲に影響が出ないようにした。
あとは、夜になるのを待つだけだ。
私と助手さん達は、早めの夕食の後、マリム大橋の裾で待機だ。
もう、博覧会は終了しているので、アイルの助手さんも、天文台の夜勤の人も含めて参加している。
カイロスさんや、フランちゃんや、セドくんも一緒だ。
夜d6時半(=午後7時)になった。自動着火装置が動き出す。
シュッポン、ヒュルヒュルヒュルヒュル、ドーン、パラパラパラパラ。
1発目は成功だ。
ふふふ。この世界で始めての花火だよ。
ちゃんと球状に星が広がって、爆発した。火薬の爆発で発生した光が放射状に広がっている。
それから、何発も、花火は打ち上がっていく。
大丈夫そうだな。
よかった。
花火は綺麗だねぇ。
助手さん達は空を見上げて花火を見ている。
「綺麗ですね……。」
「最初、テルミット反応みたいなものを空中でやるって聞いたときは、こんな風になるとは思ってなかったです。」
「ちれい。」「うん、ちれい。」フランちゃんとセドくんも、喜んでいる。
マリム大橋を背景に、広がる花火は、とても綺麗だった。
半時(=1時間)ほど花火は順番に打ち上がり、最後は8発同時に花火が打ち上がって、無事に花火大会は終了した。
花火見学をして領主館に戻ったら、アウドおじさんの執務室に呼ばれた。
おや?アウドおじさんが、領主館に帰ってきてる。
部屋に入るなり、
「あれは、何だ?」
と言われた。
部屋には、アウドおじさんの他に、お父さんが居る。
多分、さっきの花火の事だろうけど……。
奇しいな。
母さんやフローラおばさん、ナタリアおばさんには説明した筈なのに……。
違う事だろうか?
「あれって何ですか?」
アイルも疑問に思ったんだろう、アウドおじさんに聞いている。
「先程、マリム大橋の側で発生した、不思議な現象の事だ。」
「あぁ。『花火』の事ですね。でも、ボクとニケで、母さんや、ユリアおばさん、ナタリアおばさんには、事前に説明しておきましたけれど。」
父さんや、アウドおじさん、グルムおじさんは、博覧会の対応で忙しくしていて会うことができていない。
毎日、クリスタルパレスの側でお茶会をしていた母さん達に、領主館に戻って来た時を見計らって、花火の説明をしたんだよ。
「いや、聞いていないぞ。ソドは何か聞いていたか?」
「ユリアにも話していたのか?
あっ、ひょっとすると、最終日の夜に、何かが見られると言っていたような気がするな。」
「んっ?最終日の夜?あっ、そう言えば、最終日の夜に何かが見えると言っていた様な気がするが……。あんな光や音が出るとは一切聞いていないぞ。」
どうやら、さっきまで、二人ともグラナラ城に居たらしい。
今日は、最終日だけど、アトラス領の催しものは予定していなかった。
各領主や王国の来客の人達は、マリムの街に出て不在だったそうだ。
何も無ければ、明日の朝から昼にかけて、お見送りをして終了する予定だったのだ。
マリムの方から、微かながら妙な音と、光が見えた。
何か異常事態が起っていると思い、グラナラ城をグルムおじさん達に任せて、慌てて鉄道を動かして戻ってきたのだそうだ。
それから、私達は、お母さん達に伝えたこと。今日打ち上げた花火のしくみを伝えた。
どうやら、お母さん達は、理解できない事は全部飛ばして、夜の花火は綺麗だというところだけ伝えたみたいだ。
伝言ゲームみたいだな……。
アウドおじさんが、要約めいた事を聞いてきた。
「すると、その花火というのは、火薬というものが破裂して、光や音が出るのか?」
「そう。花火の火薬は、すごい勢いで、反応して、まわりにあるものを吹き飛ばすわ。」
「それは、危険なんじゃないか?人に向けたら、その向けられた人はどうなる?」
「大怪我をするか、死ぬでしょうね。」
アイルが真面目な顔で応えた。
「そ、そんな危険なものを作ったのか?」
「ふーむ。兵器になるか?それは?」
やっぱり、お父さんはやっぱり脳味噌が騎士のままだわ。
簡単に作れちゃう事も伝えておかないと。
「火薬は、硫黄と炭と硝酸カリウムを、ただ混ぜただけのものよ。この領地には沢山あるわ。」
「混ぜただけって、本当に混ぜただけで、あんなものが出来るのか?」
「そう。混ぜただけ。比率もそれほど厳密なものじゃないわ。」
「それじゃ、原料を手に入れたら、誰でも作れるのか?」
「そうです。」
アウドおじさんは、この世の終りみたいな顔をしている。お父さんの表情は変わらないけど、何かよからぬ事を考えているな、これは。
「それで、提案があります。危険物や毒物をきちんと管理しましょう。」
「管理?何をするんだ?」
それから、そのままでも危険な硫酸や硝酸などの薬品、爆発や激しく燃焼する可能性のある金属の粉といった危険な物が有る事を伝えた。
火薬もそうだけど、混ぜるだけでとても危険なものも有る。
それらの保管、流通に制限を加えて、事故の発生や戦争の準備などを未然に防ぐ必要がある事を説明した。
アイルも、前世でそういった爆発性の危険物は、領主館のような役所できちんと管理していた事を伝えてくれた。
「なるほど、求められたからと言って、他領に渡して良いものとマズい物があるのだな。ましてや、他国に渡ると非常にマズいな。
明日の昼すぎには、グルムも含めてこちらに戻ってくる。
その時に相談することにしよう。」
きちんと、話を聞いてくれた。良かった。
花火のお陰だね。
「あっ、それで、花火はどうでした?綺麗だったでしょ?」
「ああ、綺麗と言えば、綺麗だったが……。
鉄道で移動する時に、マリム大橋から見えたのは、この世のものと思えないほどだった。
しかし……凄まじい音だったな。」