120.廃棄物
アイルや助手さん達、王都からの視察の人たちと一緒に、久々にコンビナートに行った。
ちゃんと生産している様子で安心した。
博覧会で、見学者が増えたから気にはなってたんだよね。
王都の視察の人たちと、コンビナートの近くの街で昼食を食べて、海沿いのコンビナートも案内した。
その後、マリム駅で、考案税の調査官のジーナさん達や、その上司のダナさんとお別れをした。
ジーナさんとは、王都で再会するのを約束した。
ジーナさんの同僚という人達が沢山居たけど……名前を覚えてないな。
しばらく来ていたのは、エドさんだったけ?
ふふふ。でも、王都に知り合いができた。
嬉しいかも。いや、嬉しいな。
ジーナさんは、本当に熱心だった。こんな人が助手さんになってくれればありがたいんだけど……王都の文官さんだから、ムリだよね。
王都で再会した時に誘ってみようかな。
私とアイルは、博覧会が開催している期間はする事が無い。
お父さん達には、他の領主の前には出るなと言われている。
そんな訳で、グラナラ城にも近寄るのも禁止されている。
グラナラ城で接待があるお母さんたちは、夜はグラナラ城だ。
夕食は領主館で、私、アイル、カイロスさん、フランちゃん、セドくんと子供達だけで食べている。
時々、領主館でお父さんやアウドおじさんを見掛けるけど、忙しそうにしている。
まあ、仕方無いよね。
こんな軟禁状態になっているのは理由がある。
お父さんやアウドおじさんに、去年みたいな誘拐騒ぎは御免だと言われた。
一応、「私達を誘拐なんて出来無い」と言ってはみた。
けれど、私達の心配もあるけど、他の領主に良からぬ事を考えさせる方が心配だと言われてしまった。
そういう事なら仕方が無いよね。
そんな訳で、今日も朝から、助手さんやアイルとダベっている。
昼勤のアイルの助手さんや、カイロスさんは、展示会の説明係だ。
私の助手さん達は、特にする事が無い。
そう言えば、気になる事があったんだ。ヨーランダさんに聞いてみるかな?
「ねぇ。ヨーランダさん。気になる事があるんだけど教えてくれない?
マリムのゴミって、どうやって処理しているの?」
「えっ。ゴミですか?ゴミって、不要な物ですよね?不要な物って有ったかしら?」
いくら何でもそんな事は無いだろ?
「だって、食べ残しや、食材で不要な部分とかはゴミになるんでしょ?」
「食べ残すなんて、勿体無いことはしませんよ。子供が食べきれなくなって残ったものは大人が食べてしまいます。万が一残飯が出たら、それは豚の餌として買い取ってくれる人が居るんですよ。
それに、最近は、屋台で食事を摂る人が多いから、食べ残しは無いでしょう。
串は、焚き付けの時に燃やしちゃいますしね。」
「でも、魚の骨とか内蔵とか、貝殻とかは、いくらなんでも食べないから、ゴミですよね。」
「魚の内蔵は、やっぱり豚の餌ですかね。下水に流しても、活性汚泥が分解してくれるんじゃありませんでしたか?違いましたっけ?
骨とか貝殻は洗って、何かの原料になると聞きましたけど……。あっ、そうそう、粉にしてチョークや漆喰の原料になるらしいです。」
「ええ。その通りだけど……。」
基本、液体の商品は、リターナブルで、ガラス瓶や容器を持っていって購入するらしいし。
「あっ、割れた陶器や、ガラスは?」
「陶器は、粉にして、再度陶器の原料ですね。割れたガラスはそのままガラスの原料です。ガラスはまだまだ高いですから、割れてもどこかに捨てたりしません。ガラス工房なんかに引き取ってもらいます。」
むむむ。壊れた鉄製品も鉄の原料にしていると聞いているし、古着は、古着として売っているな。古着を最後は紙の原料にする事を勧めたのは私だ。
書き損じの紙は、焚き付けにでもするんだろう……。
「毛織物の衣装で、古着に成らないぐらい着回したものは、いくら何でも再生しないですよね?」
「毛織物ですか……。あまりウチでは使ってないから、良く分らないですね。」
「古くなった毛織物は、繊維をバラして糸を再生するって聞いたことがありますね。」とカリーナさんが代りに応えてくれた。
むむむむ。この世界では何でもかんでも再生しちゃうんだ。
もう、マリムも結構な大都市になってるんだけど……ゴミ問題って無いのか?
それじゃ、なんで、前世では、あれほどゴミの問題が顕著だったんだ?
モノに溢れていて、便利この上もなかった前世は、ゴミが社会問題化してた世界だ。
ほどほどに便利なこの世界との違いって……?
あっ。家で焚き付けなんてしないからかな。あとはプラスチックスの所為かな。
塩化ビニルなんて、燃やしたらダメだしな……。
いや、根本的に何かが違っているんだよ、屹度。
多分、今のこのマリムは、鉄道が通ったから、日本だと江戸時代末か明治ぐらいの感じだろうか。
その頃の日本は、色々とリサイクルされていて、サスティナブルだったと聞いた事があるな。
何となく今の生活の方が、不便が少しあっても良さそうだ。
何で、こんな事を言いだしたかと言うと、工場で産出しているモノのマテリアルバランスが困った事になっている。
コークスの生産で、大量の不要物が発生している。
有機物やアンモニアは、分離して、使い道が無ければ、火力発電所で燃やしちゃっているから、それは良いんだ。
問題は、硫黄だ。
海沿いのコンビナートで、かなりの量の硫黄が溜ってきている。
硫黄の使い道があんまり無いんだよね。
これから、ゴムの生産が本格的に始まったら、架橋剤として使用するんだろうけど、今は、全く使い道が無い。
硫黄から、硫酸を作っても良いんだけど、硫酸もそんなに沢山は要らないんだよな。
コンビナートの金属精錬で取れる硫黄で十分賄えている。
湯の花でも作って大浴場で使うか?
うーん、それだったら、そのまま海に流しても同じなんだよね。
助手さんや、アイルとダベりながら、頭の片隅では、硫黄をどうしようか考えていた。
やっぱり火薬かな……。今は、博覧会のまっただ中だ。
最終日に花火を打ち上げたら、皆、楽しいんじゃないかな……。
でも……火薬だよな。
戦争なんかで使われたら、沢山人が死ぬかもしれない。
いや、戦争なんてしない方が良いんだから、問題はそこじゃないな。
要するに、銃器や爆弾を作らなきゃ良いんだから。
爆弾と言えば、ウラニウムがほったらかしになっている……。
こっちは、もっと使い道が無いよ。
ウラン合金は硬いけど、間に合ってるし。
他のエレメント利用の方が先だろ。
大体、放射性物質なんて、管理できない。
どんだけ放射線が発生しているか分らない。
地球と単位の換算が出来ないから、地球の知識も使えない。
ん?抽出魔法で、原子核を改変してしまえば、無害になったり……。
いや。危いから止めた方が良いな。どんだけエネルギーが出るか分ったもんじゃない。
やっぱり、鉛容器にドクロマーク付けて、研究所の倉庫の隅に死蔵させておくしかないな……。
それより硫黄だよ。黒色火薬を作るんだったら、硝酸カリウムと炭素と硫黄が原料だ。それはどれも領地内に有る。
うーん。花火かぁ。花火は魅力的だよな。
製法を秘密にして、魔法で作っちゃえば良いかもしれない。
『ねぇ。アイル。硫黄が大量に余ってるんだけど、相談に乗ってくれない?』
こういう時は、日本語が便利だ。完全秘匿で話が出来る。
『えっ。硫黄?どこで、余ってるんだ?』
『瀝青炭の不純物で出てくるのよ。コークスを作れば作るほど硫黄が出るんだけど、使い道が今のところ無いのよね。』
『前世では何に使ってたんだ?』
『硫酸の原料、ゴムの架橋剤、有機合成の原料、医薬品、プラスチックス原料なんかかな。あとは、マッチや火薬ね。
硫酸は間に合っているし、ゴムは、これからだし、他の用途は、今無いのよ。
それでね、余っている硫黄で花火を作りたいのよ。』
『ふーん。でも火薬はマズいだろう。』
『でも、爆弾を作る訳でも、大砲を作る訳でも無いから、イケるんじゃないかと思うのよ。』
『えっ、本当に火薬を作る心算なのか?』
『でも、放っておいても、そのうち、誰か作るわよ。マッチなんかは、需要があるかもしれないけど、結局それを作ると火薬まで直ぐ辿り着いてしまうわ。』
あっ、そう言えば、空気の断熱圧縮で着火する方法があったね。
今度、アイルに頼んで、作ってみてもらおうかな。
ゴムの利用方法にもなるだろうし。
『……しかし……。ヤバそうな気がするんだけど……。』
『でも、戦争でも無ければ、そんなに問題には成らないと思うのよ。平和利用ね。』
『それって、前世で核分裂反応でそんな話をしていたけど、結局のところ、その平和利用で大災害になっていたんじゃないか?』
『そうは言うけど、硫酸だって、硝酸だって、危い点では変わりないわ。テルミット反応なんて、爆発みたいなものよ。』
『テルミット?何だ?それ?』
『えっ、忘れた?コンビナートで、アルミの粉を燃焼させているじゃない。』
『あっ、あれか。あれは……確かに……。
でも、火薬を作って花火を作るのは良いけど、硫黄をそんなに消費しないんじゃないか?』
『えっ、沢山作って打ち上げるのよ。今の硫黄の、半分ぐらいは消費できるんじゃないかと思ってるんだけど。』
『打ち上げる?何を……って、花火をか?
えっ?花火大会でもするのか?』
『そっ。花火大会。今は博覧会じゃない。最終日あたりに、ドドド、ドーンと花火を打ち上げるの。』
『はぁ……。花火大会って、この古代文明に毛が生えたような世界でやることかよ。』
『はいぃぃ?
鉄道を敷設して、吊り橋作って、装甲車走らせて、火力発電していて、古代文明?』
『いや……それは……アトラス領は、違ってるかも知れないけど、他の領地は、オレ達が生まれた頃と変わらないと思うぞ。』
『でも、博覧会開いて、周辺の領地の人に知らせてるのよ。今更でしょ?』
『うーん。古代文明云々はともかく、その規模の火薬はヤバいだろ。』
『大丈夫よ。魔法で作っちゃうから、何をしたのか分らないわ。
それに、硝酸塩を他の領地で手に入れるのは、ほとんどムリだから。』
『そうなのか?なんか、硝石っていう鉱石が前世には有ったみたいだけど……。』
『チリ硝石よね。乾燥しているところには有るかもしれないけれど、少なくとも、アトラス山脈の東側には無かったわ。
大量に硝酸塩を作ろうと思ったら、窒素固定で大量にアンモニアを作っているプラントが必要よ。
多分、唯一アトラス領でしか作れないものよ。
万が一、誰かが秘匿して作ったりするよりは、そういうものが有ると知って管理した方が良いかもしれないわ。』
『本当かなぁ。それ、ひょっとして花火を打ち上げたくて、言っていたりしないか?』
うっ。鋭い……。
でも、色々難しいんだよね。これからエレメントの知識が広まっていったら、誰かが危険なものを見付けちゃうかもしれない。
綿を硝酸で煮るだけで、綿火薬になる。
全ての有機物をどう使っているのかを私は知らない。グリセリンからニトログリセリンを作るのはそんなに難しいことでもない。
「混ぜるな危険」だよね。
だったら、危険なものは、危険なものという知識を持って、一括して管理した方が良いんじゃないかな。
そう提案した方が良いんだけど、アウドおじさん達は、忙しいだろう。
花火を見せると、その気になるかもしれない。
やっぱり花火だな。
『……そんな事は無いよ。
前世でも、危険物や毒物は取扱の申請が必要だったりしてたじゃない。無断で危険なものが扱われるより、管理した方が良いんだよ。』
『まあ、前世ではそうなってたよな……。
確かに、火薬に限らず危険物はある訳なんだよな……。
管理しないと、火薬だけ着目しても意味が無いのか。
分った。オレも暇だし、最終日に花火を打ち上げて、その硫黄の消費に協力するか。』
ふふふ。何とか丸め込め……説得できた。
私は、アイルに、打ち上げ花火の構造を説明した。
打ち上げるための火薬と上空で破裂する火薬は別な事。
打ち上げるときに、上空で破裂するために、導火線に火が着くこと。
導火線で破裂する時間と打ち上げ高さは調整されていること。
打ち上げの際に花火本体に着火しないように、紙で周りを固めていることなどだ。
『へぇ。こんな構造なのか。すると、打ち上げの火薬と、上空で破裂しているのは別ものなのか。』
『打ち上げの火薬と花火本体の火薬に一緒に火が付いたら、地上で爆発しちゃうじゃない。』
『まあ、言われてみれば、そうだな。』
私は、助手さん達に花火の説明をして協力してもらう事にした。
「あのテルミット反応がさらに激しくなったものを上空で発生させるんですか?何のために、そんな事を?」
キキさんが訝し気に聞いてきた。
「暗くなった夜空に明るい光が発生して、綺麗なのよ。」
「えーと、綺麗なだけなんですか?」
「見てみれば分るわ。本当に綺麗なんだから。」
助手さん達は、また、私が理解不能な事をしていると思ってるんだろうね。
まあ、綺麗な事以上に何の役にも立たないんだから、理解出来ないのは当然だな。
あっ、硫黄を消費できるんだよ。
「それを作ることで、海沿いのコンビナートに大量にある硫黄を消費するの。」
消費される事なく、硫黄の保管量が増え続けている事を、助手さん達は知っているので、半分納得、半分疑問みたいな感じだったけど手伝ってくれる事になった。




