11W.打ち上げ
ジャグジーのある屋上からは、マリムの街や海が一望できます。
マリムの綺麗な町並みの向こう、遠い丘の上に、マリム大聖堂の威容が見えます。
大聖堂の右手にある森に領主館があるのでしょう。
領主館のあるあたりに、ドーム状のクリスタルパレスが見えました。
海の方には、マリム大橋が輝いています。
ゆったりと、ジャグジーに浸かって、友人達とおしゃべりをしながら、周りの景色を堪能していたら、大分日が傾いてきました。
神殿の鐘が、5時半(=午後3時)を告げています。
「そろそろ、移動しないとダメかな。」
エルギスの提案に、私達は、帰る準備を始めました。
一旦、地下にある、荷物受付に移動して、着てきた衣服に着替えます。
水着は、返却の箱があったので、そこに入れます。
「なんか、ふやけちゃったね。」
マリエーレがそんな事を言うので、自分の手を見ると、確かにふやけてます。
半日お湯に浸かってましたからね。
大浴場の建物の入口前には、既に男性の同僚が待ってました。
「遅いぞ。」
姿が見えたとたんに、パゾが文句を言ってきました。
「おいおい、女性は、身支度に時間が掛るんだから、あんまり責めるような事言うなよ。」
エルギスが、そんなパゾを嗜めます。
そんなに時間が掛ったつもりは無いのですが……。
確かに、髪を乾かすのも、着替えるのも、男性よりは時間が掛るかもしれないけれど……。
まあ、よくありがちな事です。
気にしても仕方がありませんね。
飲みに行く前に、ボーナ商店に衣装を取りに行くのですが、衣装は何時仕上がっているのでしょう?
「ボーナ商店とは、どういう約束になっていたの?」
「6時(=午後4時)には準備しておくって言っていたな。」とエルギスが言うのに、皆が同意しています。
「じゃあ、まだ時間に余裕があるのかしら?」
「そうだな。ゆっくり歩いて行っても余裕で間に合うんじゃないかな。」
「それじゃ、マリム駅の飲食店で、何か飲み物を飲みましょうよ。喉が乾いたわ。」
大浴場で遊んでいる間も、度々水道の水を飲んでいました。
でも、半日お湯に浸かっていたので、体中の水分が汗で流れ出ちゃっている感じです。
「あっ。私も。喉が乾いてる。」
「それじゃ、乗合馬車で一旦駅まで戻ろうよ。」
海浜公園の乗合馬車乗り場で待っていたら、ほどなく馬車がやってきました。
私達6人は乗り込みます。
未だ、終業の時刻前なので、乗合馬車は空いています。
「やっぱり便利ね。只で乗れるのを知らなかった事が悔まれるわ。」
とマリエーレが街を眺めながら呟いています。
私達は、乗合馬車でマリム駅に着いて、飲食店に席を取りました。時刻は5時9刻(=午後3時半)です。
まだ、約束の時刻まで、3刻(=30分)ほどあります。
それぞれに、果実水等を注文して、今日の出来事についておしゃべりして時間を潰します。
神殿の鐘が6時を告げたので、飲食店を出て、ボーナ商店に購入した衣装を受け取りに行きました。
「なあ、ジーナ。特急料金分のお金を返されたんだけど、何故だか分るか?」
パゾが私に聞いてきました。
聞くと、皆、特急料金分のお金を返されたそうです。その上、再来月までに手形を清算したら、利子は不要とも言われたんだそうです。
……どう説明しよう。
「えっと。私と管理官もここで衣装を誂えたって言ったじゃない。その時の支払いの条件と合わせてくれたんだと思うけど……。」
お得だったのが嬉しかったみたいで、それ以上突っ込んで聞かれる事は有りませんでした。
でも、これは、間違い無く、昼間会った、リリスさんの仕業です。
昼に、引き抜き条件を伝えてきたリリスさんの事を思い出してしまいました。
皆、手には、ボーナ商店と書かれてある大き目の紙袋を手にして嬉しそうです。
まあ、考えるのは、王都に戻ってからですね。
ボーナ商店を出たところで、打ち上げ会をする場所への移動方法を相談しました。
打ち上げをする店は、マリム駅よりも、マリム大橋東駅の方がずっと近い場所のようです。
「鉄道で行く?」
「大体、その飲食店って、この良く分らない地図と店の名前だけなのよね?
この地図、起点がマリム駅だけど、随分と南の端の方よね。
マリム大橋東駅からの地図って無いんでしょ?」
「無いな。とすると、鉄道で、次の駅で降りても、辿り着けないかもしれないな。」
「一応マリム川沿いみたいだから、川縁を歩いていけば、見付かるんじゃないか?」
中々、その店に行く方法が定まりません。
馬車で行くことが出来たら、簡単だと思い付きました。
「ねぇ。あの駅前にある馬車の馭者さんで、店を知っている人が居たら、乗せてもらえば良いんじゃない?」
「でも、金が掛るだろ?」
「ふふふ。乗合馬車も、馬車も、お金は掛りませーん。」
「えっ、馬車も只なのか?」
この人達は、グラナラに着いた時の説明を、全く聞いていなかったのでしょうね。
只で乗れると知ると、皆は、店を知っている馭者さんを探し始めました。
ほどなくして、店の場所を知っている馭者さんが見付かりました。私達は、馬車に乗って、打ち上げのお店まで移動します。
私達の部門の打ち上げの店は、副管理官のフーゴさんが苦労して探したそうです。
打ち上げの場所を決めるのに出遅れたため、街の中央に近い便利なところは、他の領主御一行様や、王都視察団の力のある部門にことごとく取られてしまったのだそうです。
視察団の中で、私達の考案税調査部門は、最弱ですからね。
それでも何とか、街の郊外のマリム川沿いにある、それなりに名の知れた飲食店が予約できたんだそうです。
その飲食店は、マリム川沿いの建物にあって、私たちの宴会場所は、最上階の6階の一室でした。
部屋から、マリム川が間近に見えるベランダに出ることができます。
ベランダから見えるマリム川に、夕日が反射して綺麗です。
景観が良いので、不便さは別にしても、良い場所でした。
ベランダには、外階段が有って、屋上に上ることができます。
宴会が始まる前に、屋上に上ってみたら、マリム大橋の全景が見えます。
部屋には大きなテーブルが二つありました。
私達同期6人と、管理官たち6人は別なテーブルです。
この部屋は、私達考案税調査官部門で、貸し切りです。
「アトラス領に来て、2週間。様々な事物を見て、得るところも多かったと思う。
明日、我々は王都に戻るが、ここで得られた知識を活用して欲しい。
視察の業務を無事果せたことを祝って、乾杯したいと思う。
乾杯!」
「乾杯!」
管理官の音頭で乾杯をして、酒を酌み交しながら次々と出てくる料理を堪能します。
大きな肉を焼いた料理が出てきました。
料理は湯気が立っていていい匂いがします。
ナイフで小皿に取り分けて、カトラリーを使って食べます。
熱々の肉は、本当に美味しいです。
私達は、アトラス領での出来事を肴にして飲食をしました。
同期の友人達は、街を歩き廻ったときの話を色々してくれました。
街歩きをしていたときのパゾの失敗談が奇しくて、思わず笑ってしまいます。
ドーン。パラパラパラパラ。
「何の音?」
「さあ、外で聞こえるな?」
ドーン。パラパラパラパラパラパラ。
「何だ!」
私達は、慌てて、バルコニーに出て、音のしたと思われる方を見ます。
ドーン。パラパラパラ。
「何、あれ?」
マリム大橋の方向に、大きな火柱が上っています。
ん?火柱でしょうか?
突然、空に明るい光が見えて、消えました。
ドーン。パラパラパラパラ。
今度は、はっきり見えました。
空の一点から、輝いているものが放射状に広がっています。
赤い光でした。
ドーン。パラパラパラパラ。
今度は、緑色です。
「何だ?あれ?」
「さぁ、何だろう。大きな音はするけれど。雷とかじゃないよな。あの光は何なんだ?」
ドーン。パラパラパラパラ。
今度は、オレンジでした。
本当に何なのでしょう?
それから、何度も大きな音とともに、空に広がる光。
何かは分りませんが、綺麗です。
「何か、綺麗だな。」
「危険は無いんだよな。音と光以外は何もないものな。」
皆、最初は、おっかなびっくりで見ていましたが、何度も見ている内に、不思議と段々慣れてくるものです。
屋上に上ると良く見えるので、皆で屋上に移動しました。
あっ今度は、二つ同時に光りました。
今度は、赤い色の周りに緑です。
今のは、一際大きいですね。
不思議なのは、変わらないのですけれども、綺麗です。
ひょっとすると、今日博覧会が最終日なので、なにかの催しなのでしょうか。
これが、催しものだとしても、見た事のないものです。本当にアトラス領は、不思議な事が有ります。
半時(=1時間)ほど、空には、光が溢れていました。
そして、突然、沢山の大きな音がしたと思ったら、空いっぱいに沢山の光が現われます。
音と光が止みます。突然の静寂です。
突然始まって、突然終ったみたいです。しばらく空を見ていましたが、もう光が現れることはありませんでした。
外に出ていた人達は、一人、二人と店の中に戻っていきます。
それからは、今の光を肴に飲み会が再開されました。
皆、興奮状態です。
あんなに不思議なものを見た後です。
「なあ、ジーナ、お前だったら、あれの事を知っているんじゃないか?」
パゾが聞いてきました。
「そうだ、ジーナだったら知ってるだろう?ニケさんが係わってるんじゃないか?」
エルギスもそんな事を聞いてきます。
いえいえ、私も何だか分りません。
でも、ニケさんが係わっていそうな気はします。
「私にも何なのかは分らないわ。でも綺麗だったね。」
「そうそう、綺麗だった。」とマリエーレが同意します。
「なんか、不思議が一杯の領地だな。」エドが呟きます。
アトラス領に来てから、2週間。本当に驚く様な事が満載だった……。
「そうね。本当に、不思議が一杯の場所だったわ。」
ジーナ視点の話は、この仕事(花火?)の打ち上げとともに終りです。