11N.川遊び
食事に満足した私達は、店の外に出ました。
「それで、この後どうする?」とサムが皆に聞きます。
「そうね。私達の所為で、ジーナが楽しみにしてた、街の散策は出来てないよね。」
マリエーレが気付かってくれます。
私は、先刻の話が尾を引いています。何か提案をすることは出来そうにありません。
「あっ、私の事は大丈夫。予定通りに大浴場に行きましょう。」
「そう?ジーナがそれで良ければ、構わないけど……。」
「いやぁ、楽しみにしてたんだよな。大浴場って、単なるお風呂じゃなくって、遊べるんだろ?」
パゾが目を輝かしています。
「そうそう。王都から来た視察団の先輩達が話してたよな。」
大通りに出たところで、乗合馬車がこちらに向っているのが見えました。
この場所から、大浴場まで結構な距離があります。
「ねえ、乗合馬車が来たから、あれに乗って、大浴場の場所まで行きましょうよ。」
「えっ、あれって、大浴場まで行くのか?」とエドが聞きます。
「西右廻りって書いてあるから、海浜公園までは行くわよ。」
「へぇ。ジーナは乗合馬車まで詳しいんだな。」エルギスが半ば呆れながら応えました。
「えっ、これまで、乗合馬車には乗らなかったの?」
「何処に行くのか分らなかったから、何時も歩いていたぞ。」サムが言います。
便利で只なのに、何時も歩いていた?何故?
「只なのに?」
「えっそうなのか?只なの……。知らなかったな。
じゃあ、記念に乗ってみようよ。」
サムの言葉もあって、只ならと、皆、乗合馬車に乗る気になったようです。
皆、お金が要らない事を知らないって?何故でしょう?
乗合馬車に声を掛けて、6人で乗り込みました。
12人分の座席が空いていましたので、皆、席に座ります。
「あら、これを使ってたら、随分楽だったかもしれないわ。」
「そうだな。歩いて海浜公園まで昼飯を食べに行っていたから、あの時使っていれば良かったな。まあ、今更だけどな。」
乗合馬車は、海浜公園で停まりました。
私達も、他の乗客と一緒に降ります。そして、海浜公園の隣にある巨大な建物へ向いました。
建物の大通り側に、幅の広い階段があって、その先の、建物の中央に大きな入口があります。
その入口を入る人、入口から出て来る人が沢山居ます。
子供の比率が多いですね。
どの子供も明るい顔をしています。これから、施設で遊ぶ期待に満ちた顔。施設で、思い切り、親や兄弟達と遊んで満足した顔。
この領地の子供達は、幸せですね。
この領地で暮していれば、衣食住の心配をすることはありません。
読み書きソロバンを教えてくれる人が沢山居ます。
読み書きソロバンができるようになれば、商店で働くことも、文官にさえ成れるかもしれません。
常に新しいものが産まれていて、将来を心配する必要もないです。
常に新しい仕事があるので、仕事に困ることは無いでしょう。
もし、沢山の考案をしたら、生きている限り、生活の心配をしなくて済むようになるかもしれません。
そんな事を考えていたら、大浴場の入口に着きました。
案内の掲示には、領地民の入浴料金は無料と記載されています。
博覧会の期間だけは、他領からのお客さんも入浴料金は無料と書いてありました。
但し、水着は有料という表示があります。
1回d20ガント(=278円)だそうです。
「水着ってなんだろう?
あそこに案内の人が居るからこの場所の事を聞いてくるよ。」
パゾが、率先して、動いています。相当楽しみにしていたのですね。
「えーと、聞いてきたんだけど。」
パゾが大浴場の説明してくれました。
入口から下の階に降りたところに、男女別々の脱衣所があります。
脱衣所には、手荷物や脱いだ衣服を預ける受付があって、その場所にある袋に入れて預ってもらいます。
荷物などを預けると、紐の付いた番号札を受け取ります。
脱衣所の側には、浴場への入口と、この階への階段があります。
浴場に入浴するには、体を洗ってから、湯船に入るという規則があります。
この階には、様々な暖かい水の池の様な場所があるそうです。
温水が流れている池や、温水の勢いで滑り降りることのできる場所などがあるらしいです。
この階で水に入るには、特殊な衣装が必要で、それを水着と言うのだそうです。
入浴だけの場合には、水着は不要ですが、この階を利用する場合には、先に水着を借りる必要があります。
「この階には入るだろ。先に水着を借りなきゃならないみたいだよ。」
全員、ここで遊ぶつもりで来ていますから誰からも異論はありません。
水着を貸してくれるところでお金を払って、水着を受け取ります。
この水着というものは、衣装というより、下着のような感じです。
生地の色は濃紺で、厚くて柔軟性が有るもののようですが……。
衣装を広げてみました。
女性用は、胸から下半身にかけての長い衣装です。これを着ると肩から腕に掛けてと、脚全体が露出します。
男性用を見たら、下半身だけです。お臍より上全体と脚は露出するようです。
「えっ、これを着るの?なんか、恥しいわね。」マリエーレが不満気に言います。
「普通の服で、水の中に入る訳にはいかないからじゃないか?
まさか、異性が居るところで、全裸って訳にはいかないだろ?」
女性だけのお風呂場ならまだしも、男性が居るところで、全裸はムリです。
「じゃ、とりあえず、風呂に入ったあと、この階ということで。」
男性4人は、男性用の脱衣所に行ってしまいました。
「じゃぁ、まずは、お風呂に入ろうか?」
私と、マリエーレは女性用の脱衣所に向います。
脱衣所の先に、衣装と手荷物の与り所がありましたので、脱いだ衣装などを渡して番号札を貰います。
番号札は、軽い金属製です。ひょっとするとアルミニウムかもしれませんね。
楕円形の薄い金属に数字が刻まれています。番号札には穴が空いていて紐が付いていました。
紐を手か脚に結んで、番号札を失くさないように言われました。
浴室に入ってみると、大きいですね。
この建物の半分の面積の浴室ですから、大きいのは当然なんですけれど……。
湯気で、浴槽の向こう端が見えませんね。
広い洗い場で、石鹸を使って体を洗ったあとで、湯船に浸かります。
手足を思い切り伸ばすことができます。
気持が良いです。
お湯は、奥に行くほど熱くなっているみたいです。
自分の好みの熱さの場所でしばらくのんびりします。
マリエーレが私を見付けて脇にやってきたので、しばらく、おしゃべりをしながら、お湯に浸かっていました。
入口付近の浅いところを見ると、幼ない女の子達が見えます。バシャバシャして遊んでますね。
楽しそうです。
しばらく湯に浸かっていたら、少し逆上せてきました。
「そろそろ、上らない?」
「そうね。ちょっと逆上せてきたわね。」
汗拭き布が大量にあったので、一枚取って、体を拭きます。
荷物の預かり所で水着を返してもらって、着替えます。
「やっぱり、これ、恥しいわ。」とマリエーレが言います。
そうですね。胸の膨らみや、腰まわりの体の線が全て見えてしまいます。
「でも、皆この姿で、居るんでしょ。多分、気にしすぎなのかもしれないわ。」
二人で、着替えて、上の階へ続く階段を上っていきます。
階段を出たところは、大きな空間でした。天井まで6階ぐらいの高さがあります。
広い室内の外周に、水路があって、水が右回りに流れています。
その上に掛った橋から下を除くと、子供達が、浮んだまま流れにまかせて流れています。
立ち上がった子供が居ました。水の深さは、その子の腰ぐらいでした。
その子は、水の流れに逆らって少しの間、立っていましたが、結局流れに負けて流れていきます。
室内には、4本の塔が立っています。塔の一番上には平なところがあって、そこから人が飛び降りました。
飛び降りた先には、大きな水槽があって、飛び降りた人は、水飛沫を上げて水に沈みました。
塔の周りには、溝が付いた不思議な形をしたものが取り巻いています。
溝には水が流れているのでしょう。人が滑り落ちています。
あちこちに浅い池があって、そこでは、小さな子供達が水を掛け合って遊んでいます。
同期の男性達の姿を見付けました。大きな池の辺のベンチに座ってます。
「あれ、パゾは?」
「あそこ。」
指された方を見ると塔の周りにある不思議な溝を滑り降りています。
ダバーン。水に落ちました。
「これ、面白い!また行ってくる。」
随分と気に入ったみたいですね。
折角なので、私も挑戦してみることにしました。マリエーレを誘って塔に上って行きます。
溝の出発点に辿り着くと、随分と高いところにあります。
説明員の人が、脚を下にして腕は胸の前に組んで滑り降りると説明してくれます。
意を決して、流れている水に身を委ねます。
右や左に揺られながら、凄い勢いで溝を下っていきます。
最後は、空中に放り出されて池の中に落ちました。
ふふふ。面白いです。これまで、こんな経験はした事はありません。
それから、何度も溝を滑り降りたり、高い塔の上から、深い池に飛び込んでみたりして遊びました。
塔毎に、滑り降りる溝の形が違っていているので、全ての塔を巡っていきます。
外周の川のような場所では、水の流れが早くて、立っていることが出来ず流されました。流れに身を委ねていると、あっという間に、遥か彼方に流されます。
同期の友人達は、皆笑顔です。
確かに、ここは、楽しい場所ですね。
私の領地には、渓流があって、子供の頃その渓流で遊んだ記憶があります。
岩場で、流れが早いところがあったり、水深が深いところがあったりして、大人といっしょじゃなければ遊ぶのは禁止されていました。
ここには、監視している係の人が沢山居て、溺れそうになった人を救い出してくれるようです。
安全に川遊びができる場所ということなんでしょう。
その上、水は暖かいです。
大浴場に来ていた子供達が期待で明るい顔をしていたのも分ります。
「屋上に、何か施設があるみたいだな。」
サムが、案内板を見付けました。
「ジャグジーって書いてあるけど、何だ、それは?」
「行ってみれば分るんじゃないか?」パゾが皆を誘います。
皆で、屋上に行くと、小振りの池が沢山あります。どの池も気泡で泡立っています。
ここは、身長の制限があって、小さな子供の姿はありません。
空いている池に入ってみました。ここは、微温いお風呂ぐらいの温度でした。池の底から沢山の気泡が出ています。
沢山の細かな気泡が、体の周りで弾けて、不思議な感じです。
「あれ?体が浮かないな。」
エドがそんな事を言います。
確かに、このお湯の中では体が沈みます。不思議です。
気泡の所為でしょうか。
体が沈むので、身長の低い子供は入れないのかもしれません。
そう言えば、選鉱している場所では、気泡で鉱石が浮いていましたけど……。
何が違うのでしょう?
何か理由があるんでしょうけれど、アイルさんやニケさんじゃないので私には分りませんね。