11.魔法教育(座学)
領主館の中で、噂が広まっていた。新たな神々の戦いの最中に生まれた領主の息子のアイル様と騎士団長の娘のニケ様は、神々の御使いではないのか。
とても2歳とは思えない利発さで、生まれて半年も経たずに、会話を始めた。どうやら、字も瞬く間に覚えてしまい、計算もできるらしい。
二人で合っているときには、聞いたことのない言葉を使って二人で話をしている。
二人の専属の侍女達は、その噂を打ち消そうと躍起になっていた。
手伝いなどで同室に居た侍女達から伝えられた話は、領主館中に広まっていた。
そんなことになっているとは、私達は知らなかった。
ーーー
今日魔法を学ぶことが楽しみで仕方が無い。
侍女さんが起こしに来る前に、飛び起きてしまった。
アイルと再会して4日目になる。領主館のお泊りも3回目だ。
もう、慣れたものだ。侍女さん達を置き去りにしそうになりながら、食堂へ向う。
アイルはまだ来ていなかった。
厨房担当の侍女さんに、「あら、今日は早いですね。」と和やかに言われた。
そうだ、私が焦ったところで、授業が始まる時間が早くなる訳じゃないと気付いた。
のんびり朝食を食べていると、眠そうな顔をしたアイルがやってきた。
アイルも魔法のことが気になって眠れなかったのかと思っていたら、
『ソロバンをどうやったら作れるのか考えていたら、眠れなかった。』
と宣わった。こやつ、また良からぬ事を考えて眠れなかったんか。
今日は、魔法に気が行っているのに、昨日の話に引き摺りこむなよ。
『ひょっとしたら、魔法でパパッと作れちゃうかも知れないよ。』
アイルは、パッと明い顔をして、
『そうか。そうだな。そういうのも有るかもしれない。』
まあ、そんな都合の良い魔法があれば良いけどね。
アイルが朝食を終えたので、二人でアイルの部屋に行く。
焦りとも期待ともつかない感情が抑えられない。
『ねぇ、アイル。魔法ってどんなのが有るんだろうね?』
『ソロバンが作れる魔法ってあるのかなぁ。』
ええぃ。もうソロバンから切り替えろよ。
食事を終えたのが遅くなったせいか、程なくウィリッテさんがやってきた。
今日も、木簡を多量に持ってきている。
「アイルさん、ニケさん。おはようございます。今日は魔法について勉強しましょう。」
「魔法は、元素と大きく関わっています。
元素は、先日説明しましたが、「土」、「水」、「風」、「火」の4つあります。そして、その元素属性に従った魔法が知られています。
そして、魔法を使える者が、魔法の結果を思い描くことで、魔法は実現します。」
わっ出たね。四元素。これが魔法に繋がっているんだよね。
あれ、思い描くだけで魔法は発生するの?詠唱とかは要らないの?
「魔法を発生させるのに、何か唱えなければならないことって無いんですか?」
「唱えること、ですか?魔法を使うのに何を唱えるのですか?」
「えっと。魔法を使うのに、何か口に出して言う必要なないんですね?」
「そうです。魔法を発生させるのに、何か言う必要はありません。思い描くために必要だったら別ですが。」
のぉぉぉ。詠唱とかいらないんだったら、この前大量の水を出したときのアレって……。
アラフォーで厨厨二病って、なんか凄く恥ずかしい。
その後は、各属性とそれに関連する魔法の説明をしてもらった。
「土」の魔法は、固いもの、重いものに関連しているそうだ。石を粉々にする魔法、小石や石を生み出す魔法、土地を耕す魔法なんていうのがあって、領主にとって最も重要な魔法らしい。
「水」の属性では、水が関連する魔法が知られているそうだ。一番良く使われるのは、水を生み出す魔法で、これは先日、私とアイルがしでかしたので良く知っている。他に、水を乾かす魔法、水を凍らせる魔法などがあるらしい。特殊なものでは、水流を発生させて切り刻む魔法などがあるんだそうだ。ウォーターカッターだね。
「風」の魔法は、要するに、空気を動かす魔法みたいだ。この世界の人は、空気という概念が無いのかな。空気と思われる単語が出てこなかったけど。風の魔法では、空気を動かして、物を浮かばせることもできる。関連する魔法として雷魔法というものがある。
「火」の魔法は、水の魔法同様、使えると便利な火種を作るのが一番多い使い方らしい。暗い場所での灯りになったり、それこそ、大量に物も燃焼させたりすることができる。その結果、木を炭にしたり、様々なものを灰にしたりすることができる。
「一度アイルさんに、水魔法と火魔法をお見せしましたが、今日は、四元素魔法を順に見せますね。」
そう言って、ウィリッテさんは、ウィリッテさんと私達の間の空中に、小石を出してから消して、水玉を出してから消して、風魔法で木簡を浮き上がらせて落して、火の玉を出してから消した。
あれ、火の魔法で出現した火って、何かが燃えている火じゃないよね。これ、空気のプラズマじゃない。そういえば、アイルがそんなことを言っていた気がする。
すると、土は固体、水は液体、風は気体、火はプラズマって、物質の4態じゃない。
うーん、実は奥が深いのかもしれない。
漠然とだけれども、魔法の分類に整合性の無さを感じた。「土」、「水」、「風」、「火」の見掛けによる魔法分類と、性質による魔法分類が渾然と混っていて、整理されていない感じだ。
現代化学の体系を知っている身からしたら、世の中の全てを4つの元素で説明しようとするのは、そもそも無理だから。
辻褄合わせしているところがどうしても出てくるんだろうな。
そういえば、氷は、何に分類されるのだろう。固体の性質としては「土」、見掛けによるのは「水」だよね。
「氷を出す魔法というのも有るのですか?」と聞いてみた。
「最初から氷を出せる人も居るらしいです。その場合は土魔法の範疇なのですが、私にはちょっと難しいですね。氷が必要なときには、水を出してから、それを凍らせて氷にしています。」
うーんやっぱり渾然と混った状態というのは、あながち間違っていないかもしれない。
ウィリッテさんの説明が続く。
「これらの範疇に入らない、伝承魔法として、いくつもの魔法が知られています。伝承と言われるのは、昔、魔法の体系が出来ていなかったころに知られていた魔法として伝わっているからです。
光の魔法、変形の魔法、分離の魔法といったものです。
光の魔法は、光を発生させる魔法です。魔法を発動することができる人は殆ど居ません。光を発生させるのはかなり魔力が必要なようです。そのような訳で長時間光を発生させ続けることは得策ではありません。火の魔法でも灯りの代用にはなりますから、あまり使われない魔法です。
変形の魔法は、多分土魔法と水魔法を合わせたような魔法で、ものの形を変えることができる魔法として知られています。しかし、石を思い描いた形状に変形させられる人は居ません。土魔法で岩を砕いて砂を作り、砂から岩を作り、それを削り取れば良いため、使おうとする人は居ません。
分離の魔法は、海水から水を取り出すことができる魔法です。ただ、水魔法で直接水を得てしまえば良いので、不毛な魔法と呼ばれています。ちなみに、海水から塩を取り出すことに成功した人は居ません。」
なんか、分離と変形の魔法って使えたら凄く便利そうなんだけれども。使えるのだろうか。
座学で、一通りの魔法について、さらに細かな説明を受けた。
人によって、四元素の魔法の得意、不得意があるらしい。
土魔法が得意な人は、土に属する魔法に長けていて、他の魔法は上手く使えなかったりするらしい。
ふーん。何故なんだろう。固体が好きな人、液体が好きな人、気体が好きな人、プラズマが好きな人なんていうのがあるんだろうか。
魔法は、一にも二にも調整が重要だそうだ。魔力にも限界があるそうで、必要な規模の魔法を思い描いて実施するのが効率的。
魔法の威力を調整するには、使い続けて、魔法の結果の威力をしっかりと思い描けないとダメなんだって。
このまえの私とアイルの魔法のような大規模魔法を放つのは、余程魔力が大きくないと出来無いことらしい。
あのとき、特に疲れた感じは無かったんだけど、魔力切れとかあるのかな。
私とアイルの場合は、魔力がとても多いらしく、周辺に被害が生じかねない危なさがあるらしい。そのために、魔法の調整を習得することが重要だと言われた。
いやぁ、既に被害が甚大だったような気がする。