119.観光
今日はマリム滞在の最終日です。
明日の昼には、船に乗って、王都に帰る事になります。
このまま、マリムに居たいという気持は強いけれど、帰らない訳にはいきません。
3週間も仕事をしていなかったから、未処理の仕事が山のようになっているんでしょうね。
うーん。それを考えると憂鬱になります。
まあ、そんな事を考えるのは、戻ってからで良いでしょう。
今日は、同期の友人達とマリムの街を散策します。
皆、あちこちで羽を伸ばし……訪問していたはずです。
面白い事を色々仕入れているに違いありません。
グラナラ駅から、鉄道で、マリムに向います。
マリム大橋からの景色も見納めです。目に焼き付けておきます。
マリム駅に着いたところで、皆に今日の予定を確認しました。
午前中は、街歩きして、同期の友人達に、穴場を教えてもらいます。
昼食を食べて、午後は、大浴場に行きます。
そして、夕刻に部門のメンバーで打ち上げです。
駅の建物を出ながら、お昼を何処で食べるのかを相談します。
「うーん、どこが良いかな……。また屋台ってのもなぁ。」とエルギスが困ったように言います。
「あれっ、皆で、何回もマリムでお昼を食べてたんでしょ?」
「ジーナこそ、管理官と一緒にお昼を食べていたんじゃない?何処に連れて行ってもらったの?」と逆に、マリエーレに聞かれてしまいました。
どこかに連れて行ってもらった?
マリムの街で昼食に行ったのは、海浜公園の屋台か「海の恵」ですから……あれは……管理官に連れて行ってもらったのではないですね。
最初の日は、商業ギルドのエスエリーナさんのお勧めで、海浜公園の屋台に行ったこと、翌日は、ボーナ商店の店主のお勧めの「海の恵」に行ったこと、昨日は、私の希望で、再度海浜公園の屋台に行ったことを話します。
「えっ、あのボーナ商店の店主のお勧めの店?」興味深かそうに、パゾが話します。
「それは、是非そこに行きたいな。」エルギスの言葉に、皆が頷いています。
「えぇ?これまで、街歩きしてたんでしょ?美味しいところを、沢山見付けてるんじゃないの?」
「いやー。どうなんだろう……。」とエルギス。
「うーん、はっきり言って、3勝6敗かな。」
「ちょっと塩辛い料理が多いんだよな。」
「干物を食べたけれど、あれはしょっぱかった。」
それでも、美味しかった場所はあるのよね?
「3勝したのは、一体、何処なの?」
「ん。公園の屋台だな。」
私にとって、得るところのない情報だという事だけは、はっきり分りました。
「じゃあ、お昼は、そこで決まりだな。」
私としては、あの美味しい料理とパンを食べる事に異存はありませんが……何か損をした気分です。
「じゃぁ、これから何処に行く?」
「そうね。ジーナは何処に行きたい?」
「それなら、最初に、ボーナ商店に寄っても良いかな?」
「いいけど、何かあるの?」
先日、ボーナ商店で、家族へのお土産にガラスペンを買いました。
昨日、日記を書いているときに気付いたことがあります。
はたして、実家の領地に、紙があるんでしょうか?
ウチは、西方の貧乏な男爵領です。紙なんて無いような気がします。
紙が無ければ、両親や兄や妹は、綺麗なガラス細工をもらっただけになります。
それでも喜んでくれるかもしれませんが……。
そんな訳で、家族用に、帳面とインクを買ってあげようと思ったのです。
そういった事情を皆に話しました。
「へぇ。ボーナ商店で、そんなものを売っているんだ。」
「えーと、皆は、ボーナ商店には、行ってないの?」
「あんな大店には、行ってないよ。敷居が高いじゃないか。」
皆で、頷いています。
「それじゃ、これまで、どんなところを廻ってたの?」
街中にある、刃物を売っている店とか、陶器を売っている店、布や服を売っている店などを見て廻っていたそうです。
「海浜公園の物産展は?」
「あっ。そこは行ったよ。でも凄い数の展示だろ、とても見て廻れないと思って、途中でやめたな。」
「そう。凄かった。展示している店や工房が多い、多い。」
「でも、活気があったわね。」
中央に有名なお店の展示があっただけど、それは見たのでしょうか?
「物産展の中央に、大きな展示があったでしょ?そこは?」
「そんな所有ったか?気付かなかったな。」
「ぐるっと、周りを一周廻ったただけだもの。
廻りきったところにあった看板を見て、あんまりにも出展が多くて、いやになっちゃったんだよな。」
なるほど。中心部まで、足を運ばなかったんだ。
「何か印象に残ったところとかは?」
「うーん。何かあったかな。最初の内は、真面目に聞いたりしていたんだけど、特殊な話が多くって、刃の切れ味が良くなったとか、道具の精度が良くなったとか。
あと、釉薬の色が改善されたとか。
何か、どれも、ちょっとした事の改善ばかりだったな。」
「そうね。驚くような考案は無かったと思うわ。」
仲間の話を聞いて、レオナルドさんの耐熱レンガの話を思い出しました。
僅かずつ改善していく事がとても大切な事なんですけれどもね。
そんな話をしている内に、ボーナ商店の前まで来ました。
私は迷わず、紙製品を売っている店舗に入っていきます。
仲間達も私の後を付いてきます。
私は、帳面を売っている場所で、私が購入したより一回り大きな帳面を4冊購入して、黒と赤と青のインクを4つずつ購入しました。
これで、実家へのお土産は大丈夫でしょう。
皆は、ガラスペンの売り場で、歓声を上げています。
「何だ、これ、綺麗なガラスだな。」
「ほんと綺麗。これで字が書けるの?」
皆は、商店の売り場の担当の人からガラスペンの説明を受けています。
何本かずつ購入したみたいです。
「最初から、こんなものがあると分っていたら、あんなにお土産で悩まなかったのにな。」
「他には何かないの?知っているでしょ?」
マリエーレに聞かれたので、鉛筆を教えてあげます。
「えっ、書いたものが消せる?」
「それ、良いじゃないか。」
また皆が鉛筆を何本か購入しています。
鉛筆ホルダーの事をお店の人が説明しています。
「なんか、ジーナだけ、運が良いんじゃないか?」
「敷居が高いって、ボーナ商店に入らないのが悪いんじゃない。」
「まあ、そうかもな。あと、ジーナは、ここで何を買ったんだ?」
「えっ。視察に来たんだよ。」
「でも買い物してるじゃない。」
「まあ、値段とか聞いたからね。」
「それで?」
仕方が無いので、衣装を買った事を伝えます。
「えっ、そんな金額で、ボーナ商店の衣装が買えるの?」
「でも、誂えると、時間が掛ると思うけど。明日帰るんでしょ?」
「うーん。でも、欲しいかも。そこに連れていってよ。」
私の腕を掴みながら、マリエーレが食い下がります。
仕方が無いので、紙の店舗を出て、右端の衣装や雑貨を売っている店舗に移動しました。
「いらっしゃいませ。あら、先日はどうもありがとうございました。」
リリスさんといっしょに衣装を選んでくれた店の人が声を掛けてくれました。
これから衣装を誂えて、今日中に出来るかを聞いてみます。
特急料金が掛るけれども、何とかしてもらえる様です。
「あれ、でも、前回は?」
「あれは……店主の指示でしたから。店主は、今物産展の方に行っていて不在ですので、今日は流石にムリです。」
こっそり教えてくれます。
まあ、そうですよね。あの時は、かなり特別感が漂ってました。
マリエーレは、衣装代金の1/2の特急料金が掛っても欲しいそうです。
それに釣られて、男性も衣装を誂えると言い出します。
まあ、仕方が無いです。
友人達の衣装選びに付き合います。
まあ、楽しかったから良いのですけれど。
店の売り子をしている人達が、体型や顔立ちに合わせて、お勧めしているのが分ります。
そのお陰か、私や管理官が買った衣装とはカブりませんでした。
5人分の衣装選びや採寸で、1時(=2時間)以上掛ってしまいました。
一応、私が同行したこともあって、夕刻に手形と引き換えで商品を受け取るという事で良くなりました。
やれやれ、これで、やっと街の散策ができますね。
ところが、そう上手くはいかないものです。
商業ギルドは、とんでもなく混んでいました。順番を待つだけで、半時(=1時間)掛りました。
博覧会の最終日だからでしょうか?
手形決済のため、商業ギルドで確認が終った頃には、昼の時間をちょっと過ぎていました。
「もう、お昼の時間だね。」
「ごめん。私が衣装が欲しいって言ったからだよね。」
マリエーレが謝ってくれます。まあ、誰の所為とかじゃないんですけどね。
あんなに商業ギルドが混んでいるとは思わなかったからね。
「商業ギルドがとても混んでいた所為だから仕方無いよ。」
「じゃあ、そのお勧めの店に行こうよ。」
それから、皆で連れ立って、「海の恵」に向います。
道すがら、リリスさんから聞いた話を、皆に話してあげます。マリムの街が鉄道が通って、駅が出来たことで、街の中心が駅前に変わったこと。
以前の街の中心あたりに「海の恵」があること。
食料品の大店が変化に乗り遅れてしまったことなどです。
「なんか、ジーナは、この街の事に、やけに詳しいな。」
「これは、リリスさんに教えてもらったのよ。」
「リリスさんて?」
「ボーナ商店の店主さん。」
「「えっ!」」
皆の驚きの声が被ります。
「そんな人と知り合いになったのか?」
「えっ、だって、これから行くお店は、リリスさんのお勧めだよ。」
「それは、管理官が店主さんに勧められて行ったんじゃないの?」
うーん。何と言えば良いのか……。
「あっ、ここを曲ったところにあるのよ。」
「海の恵」の前には、人が並んでいました。
「あぁ、やっぱり。この時間になると、混んでいるわね。どうする?」
皆が並んで待っていても良いと言うので、列の一番後ろに並びます。
今日のお勧めは、「海の幸と香味野菜のグリル」でした。
いつものお勧めは変わりなく「塩焼魚と野菜スープ」です。
管理官が、大きな魚をカトラリーを使って格闘していた事などを皆に話していたら、店から出て来た人に突然声を掛けられました。
「あら、ジーナさん?」
声のした方を見ると、リリスさんが居ました。
「あっ。先日ぶりです。」
「ふふふ。また、このお店に来てくれたんですね。今日は何をされてるんです?」
「今日は、最終日なので、王都の同僚と街の散策です。でも、午前中は、ボーナ商店で買い物でした。」
「あら、お客さんを連れてきてくださったんですか?ありがとございます。」
「なあ、誰?」
隣りに居たエドが聞いてきます。
「あっ、ごめん、紹介してないね。ボーナ商店の店主さんのリリスさんです。
この5人は、私の同僚のエド、パゾ、サム、エルギス、マリエーレです。」
皆、驚いた表情です。気を取り直したのか、各々、自己紹介をします。
「みなさん、アトラス領の担当なんですか。大変でしょう。」
「ええ。何が何やら、分らない事が多くて、ジーナぐらいですよ、理解しているのは。」
とエルギスが言います。
「えっ、そんな事ないよ。私も分らない事だらけよ。」
「ふふふ。やっぱりジーナさんは優秀なんですね。あっ、ちょっと良いかしら?」
そう言われて、皆から少し離れた場所に呼ばれました。
「ジーナさん。この前の事、考えてもらえました?」
「えーと、専属と言っていた話ですか?あれは……。」
「私なら今の給金の3倍は出しますよ。もっと出しても良いかもしれませんね。
あの後、グルム様に会って話したら、文官が良いなら、その条件で、アトラス領で雇うって言ってました。
今、アトラス領は、文官が足らなくって困ってますからね。
ふふふ。誰でも良いって訳じゃないんですよ。
ジーナさんが良くて誘っているんですから。」
「えぇっと。それは……。」
「今すぐって訳じゃないですから、でも、考えてみてくださいね。」
そう言って、リリスさんは、この場を立ち去って行きました。
私は、プチパニックです。
「なあ、何の話だったんだ?」エルギスが聞いてきました。
引き抜きに会っていることは……言えませんよね。まだ、ドキドキしています。
「えーと。ボーナ商店で、考案税申請したいものがあるから、その相談がしたいらしいんだよね。」
「へーぇ。頼られてるのかぁ。流石だね。」
「でも、本当に、ボーナ商店の店主と知り合いだったんだな。」
誤魔化すために、笑みを浮べるのが精一杯です。
「あっ。オレ達の番になったみたいだぞ。6人も座れるのかな?」
パゾの声に救われました。
お店の人は、私達が6人組なのが分っていたようで、二つのテーブルに分れてしまいましたが、席に座ることが出来ました。
「店の外壁に書いてあった以外にもメニューがあるな。」
「本当だ。絵も付いているのね。このメニュー。」
「なあ、何が良いと思う。」
みんな、ワイワイと楽しそうです。
私は、先刻の件で一杯一杯で、今日のお勧めを頼みました。
料理が出てきて、皆美味しそうに食べています。
まあ、良かったんだろうな。この店を選んで。
私も、一応、料理を堪能しました。やっぱり料理もパンも絶品でした。
あれこれ考えても結論なんか出そうもありません。
とりあえず、王都に戻ってから考える事にしました。