118.色ガラス
マリムへ戻る鉄道では、管理官はいつもの様子に戻ってくれました。
先程の話では、何やら考えていたみたいですが、取り敢えず保留にしたみたいです。
一日中、ムッツリされていたら、どうしようかと思ってましたので、とりあえず助かります。
「たたら場製鉄所」で、鉄を出していたときの様子を二人で話しながらマリム駅に戻りました。
マリム駅に着いて、「ガラス研究所」へ向う前に、少し早いですが、お昼を食べることにしました。
マリムには、沢山の飲食店が有るのですが、冒険もできません。
昼食をべる機会は、今日と明日だけです。やっぱり美味しいと分っている場所で食べたいです。
昨日、お昼を食べた場所も魅力的なのですが、海浜公園まで移動して、屋台でお昼にする事にしました。
乗合馬車に乗って、海浜公園に向かいます。
もう、見慣れた町並みを南に向います。
海浜公園で降りて、屋台がある場所へ歩いていきます。まだ、お昼には早い時間のため、屋台で並んでいる人はあまり居ません。
「どうしましょう。この前のパンと肉の串焼きの店は、外せませんが、他の屋台に挑戦してみますか?」
「そうだな……。この前みたいに行列で判断はできないか。
商業ギルドの、えぇと……そうそう、エスエリーナさんの話では、どこも美味しいって言っていたから、何を焼いているのかで決めようか。」
前回のパンと牛肉の串焼きの屋台はすぐに見付かりました。
前回と同じ様に、パンを頼みます。
やっぱりボリュームの有る肉とパンの組合せが美味しいです。
少し見て歩いていたら、豚の絵が書いてある屋台がありました。
「前回は、豚は食べてないですよね。ここにしませんか?」
「そうだな、ここにもパンがあるな。試してみるか。」
ここは、甘みのある肉と辛めのタレが良く合っています。
やはりハズレは無いみたいですね。
最後の屋台はどうしましょうか?
やっぱりマリムなので、海産物にする事にしました。
海産物だと思われる図を探して歩きます。
「これ……烏賊ですよね……。」
「ああ、烏賊そのものだな……。」
そこには、烏賊が串に刺されて焼かれています。
魚醤が炭に焼かれる、いい香りがします。
「……これに……しますか……?」
「そうだな……でも、烏賊なんて、食ったこと無いぞ。」
「私もです。これって、このまま食べられるんですよね?」
「屋台で焼いてるんだから、食べられるんだろ。」
「いい匂いですよね。最後はこれにしませんか?」
烏賊が丸々一匹、串に刺されている、串焼きを一本ずつ注文しました。
意外なことに肉は、弾力があって淡白です。そして、魚醤の味が何とも言えない美味しさです。
「意外です。とても美味しいです。」
「そうだな。これもアタリだったな。」
串焼き屋台の食べ歩きは、大満足でした。
トイレを済ませて、海浜公園を出ます。
公園の端に、普通の馬車が停っているのが見えました。
「管理官。あそこの馬車にお願いすれば、ガラス研究所に行けないでしょうか?それとも、誰かをここまで運んできて、帰ってくるのを待っているんでしょうか?」
「そうだな。馬車が何台か停まっているな。聞いてみるか?」
馬車が集まっている場所で、「ガラス研究所」まで行きたいと伝えると、そのまま乗せてくれました。
なぜ、馬車が集まっていたのかを聞いたら、物産展からの帰りの人目当てだったそうです。
そう言えば、公園の中央で、物産展をしていましたね。
馬車は、街の中を移動していきます。
中心の商店や工房の多いところを通り過ぎて、住宅街に入っていきます。
暫く、住宅街を走っていると、正面に大きな球状の構造物が見えてきました。
圧縮空気を溜める道具ですよね……。なんか、とんでもなく大きいですね。
「なんか、凄く大きなものがあるな。」
「そうですね。とても大きなものですね……。これも研究所にあった圧縮空気を溜める道具だと思うのですが……大きいですね。」
馬車は、その巨大な容器がある場所で停まりました。
馭者さんに、パスを渡して御礼を言って、馬車を降ります。
ガラス研究所の門で、警備をしている騎士さんに、見学をしたいと伝えます。管理官と私が身分証を見せたところ、中に入れてもらえました。
中に入ると、「見学者」という看板があります。そこに描いてある矢印の方向に進むと小さな建物がありました。
建物には、「ガラス研究所を見学する方への説明」という看板があります。
中に入ると、入口のところに男性が一人居ます。
「ご案内をさせていただきます、アトラス領文官、ガラス研究所担当のアレシアと申します。」
部屋の中を見ると、この男性以外には誰も居ません。
「私達だけですか?」
「皆さん、こちらで、概要をお聞きになると、実際にガラスを作っている場所へ移動されます。
先日までは、沢山の人が押し掛けてきて、大変混雑していましたけれど、博覧会が明日で終りですから、ここに来られるお客さんも随分と減りましたね。」
部屋の壁には、ガラスの作り方が掲示されていました。
その男性の案内で、掲示されている内容を見ていきます。
あれれ、原料の記載がありませんね。
「あのぅ。アレシアさん?ひょっとして、原料の珪砂や炭酸ナトリウムの事は秘密ですか?」
「えぇっと。何故、それをご存じで?」
かなり怪訝そうな表情になります。
私達は、身分を伝えました。
「あっ、そうですか。考案税の調査官の方達ですか……。それなら、ニケ様の考案税申請の内容はご存じなのですね。
申し訳ないのですが、口外はしないで頂きたいです。」
「すると、製法の詳細は、秘密なんですか?」
「ええ。使われている鉱石や、その産地は、領地の方針で秘密にしています。作っているところは、見学されたとしても、真似ることは容易ではないですから。」
まあ、ガラスの原料の珪砂は、見ても砂にしか見えないですものね。
考案税の記載では、砂は鎔ける温度が高くて、砂からガラスを作るのはムリだそうです。あとは、炭酸ナトリムが必要です。これが無いと、鎔ける温度を下げることができません。
それに、レオナルドさんのところの耐熱レンガも必要です。
あとは、アイルさんとニケさんが作ったアルミナの容器ですか。これは絶対に真似できないでしょう。
考案者が、秘密のままにしておきたいのであれば、口外しないのは、考案税の調査官としては当然の事です。
「了解しました。私達には守秘義務がありますので、口外はしません。」
色ガラスのところの説明は、エレメントの名前と色が記載されています。
色が付いた球状のガラスが沢山置いてありました。
色々な色があるものです。同じ緑色でも、青みがかったものや黄色みがかったものなど様々な色です。
「これは、同じエレメントを含んだ鉱石でも、その種類で、色が変わるんですか?」
「ええ。そうです。不純物の比率で色が微妙に変わるのだそうです。」
しかし、嘘は記載されてないみたいですが、特定のエレメントを含有した鉱物で色が付くという説明だけでは、全く理解できないでしょう。
「この情報だけでは、色ガラスは簡単には作れないですよね。そもそもエレメントの事を知っている人は、この領地でも一部の人だけでしょう?」
「ええ。そうです。ただ、他領の方は、貴重な情報を知ることが出来たと満足されます。
完全に隠してしまうと、なんとか知ろうとして、色々圧力を掛けられるんです。
この程度の情報でも有るのと、無いのとでは大違いなんです。」
なるほどですね。
そう言えば、金についての情報はありませんね。
金は、どの領地でも金以外は無いからでしょう。
それから、暫くの間、アレシアさんと、話をしました。
アトラス領は、ガラスの生産を完全に独占し続けることは出来ないと考えています。アトラス領のガラス職人が、他の領地に移動することを妨げることはできないからです。
そんな事よりも、製品の質を高めるための方法や、新しいガラス製品を開発することが重要だと思っているそうです。
そして、そのために、この研究所が有ると言います。
担当のアレシアさんと、色々話していたら、他のお客さんがやってきました。
「この後は、どうされますか?この扉の先で、実際のガラス作りの見学ができますし、実体験もできます。
もし、マリム駅方面へ戻られるのでしたら、6刻(=30分)毎に、乗合馬車もあります。」
このまま、秘匿している内容を、他の人達の近くで話していてはマズそうです。
私達は、ガラス作りの見学をする事にしました。
アレシアさんに御礼を言って、教えてもらった扉を空けると、通路でした。
そのまま通路を進んで、先にあった扉を開けると、そこは、広いホールのような場所です。
沢山の炉が燃えているのが見えます。
炉の数が多いです。外にあった、圧縮空気の容器は、この炉を燃やすためにあったのでしょう。
それぞれの炉の周りには、何人もの人が居ます。
様子を見ていると、どうやら、その人達は、ガラス加工の指導を受けているみたいです。
暫く様子を見ていたら、男性の人が近付いてきました。
「見学のお客様ですか?」
管理官が、身分と王都からの視察団としてやってきた者だと伝えます。
「王都からの視察に訪れた方達なのですね。ようこそお出で下さいました。
私は、アトラス領文官で、このガラス研究所の研修場を担当しているフォクスと申します。
ここに居る人たちは、アトラス領のガラス工房から派遣された教師と、ガラス細工を志して、ガラス加工の研修をしている職人見習いの人達です。」
「ここで、ガラス加工の仕方を学んでいるのですね。」
「そうです。ガラスの加工をする際には、高温の鎔けたガラスを手元で加工しなければなりません。知識が無い状態で、見様見真似で作業すると、火傷などの怪我をしてしまいます。
金属の加工は、古くから鍛冶の方法が確立されていますが、ガラスに関しては、最近始めた、新しい加工方法ですから、試行錯誤している部分も多いのです。
新しい加工方法も、この研究所で生み出されているんですよ。
そういった加工方法を研修を通して、学んでもらっています。」
なるほど。新しい加工方法も検討しているんですね。
「それにしても、炉の数がとても多いですね。」
「これは、アイル様とニケ様が最初に設置したときから台数は変わっていません。
ガラス工房が立ち上がった頃は、この数でも足りない程の参加希望者が居て、選別するのが大変でした。今は、大分落ち着いてきたんです。
その後、レンガの耐熱性が上がって、炉は何度か作り直しています。」
「そんなに、ガラスを作りたい人が多かったんですか。」
「それは、もう。なにしろ、その頃は、ガラスで、何を作っても高額で取引されていましたから。
それも大分落ち着いたと言いますか、製品の出来が悪いものは、流石に今は、売れなくなっていますね。
だから、皆、製品を良くするための技術を磨こうと必死です。
あちらに、最近の加工方法で作ったガラス製品が展示してあります。」
広いホールの端に、ガラスの作品がいくつも並んでいる場所がありました。
「これはキリコという手法です。表面に色ガラスを纏わせて、後でグラインダーで削って模様を作るんです。」
綺麗なガラス容器です。表面の部分は青い色をしていて、削ったところは無色透明です。光の加減で、削ったところが輝いています。
「綺麗ですね……。」
思わず、声が漏れてしまいます。
「それで、こちらは、領主様達からの依頼で作った道具です。」
「あっ、これはお茶を煎れる道具ですね。何度か、見た事があります。」
「よくご存じですね。
これは、ちょっと特殊なガラスで出来ていて、熱湯を注いでも割れないのが特徴です。普通のガラスは熱湯を注ぐと割れてしまうんです。炉の温度を上げることができるようになって、作ることができるようになりました。」
ああ、ホウケイ酸ガラスでできているんですか。
「その上、注ぎ口と、上部のお湯を入れる部分と二つの口があるために、二つの吹き竿を駆使して作ります。アトラス領でも、まだ作れる職人は片手に余るほどしか居ません。
陶器でも同じ道具を作っているのですが、ガラスの道具は、中のお茶の葉の様子が分りやすいので、こちらを好んで使っている様ですね。」
「そんなに、作るのが大変なんですか。」
「ええ。そうです。ガラスは鎔けているので、思う様な形を作るのは、難しいものなんです。
あっ。そうそう、ガラス加工を体験できる場所を用意してあります。有料ですけれども、興味があれば、実際に体験してみては如何ですか?」
料金を聞くと、d300ガント(=5000円)でした。
「管理官、体験できるそうなので、やってみたいです。管理官も如何ですか?」
「そうだな。折角だから、体験してみるか。」
フォクスさんの案内で、ガラス加工の体験をしている場所に移動します。
講師の人に一通りやり方を教わります。
作るのは、ガラスのコップです。
表面に色ガラスの小さなガラスを付けて加工するため、どんな模様になるのかは、出来上がったときのお楽しみだそうです。
炉の中で鎔けているガラスを吹き竿の先に付けてもらって、色ガラスを表面にくっつけます。
その後は、吹き竿に息を吹き込んで先にあるガラスを膨らませていきます。
膨らませては、炉の中に入れて、過熱して、外に出してまた膨らませてを繰り返すのですが、吹き竿の回しかたが悪かったのか、酷く歪な形になってしまいました。
講師の人が、私の歪なガラスを受け取って、炉の中で温めなおしてくれました。
途中まで膨らませたガラスは元の塊に戻ってしまいました。
なかなか、思う様には行きません。
管理官がやっているのを見ると、綺麗に膨らんでいます。
「管理官は、器用ですね。」
「そうか?ガラス職人に成れるかもしれないな。」
それから四苦八苦して、膨らんだガラスを濡れた布で整形したり、金属の道具で平にしたりして、何とかコップらしきものが出来上がりました。
想像していたのと比べて、ガラスの加工が大変だというのが身に染みて分りました。
出来上がったガラスのコップは、徐冷する炉に入れて、明日まで徐々に冷すそうです。
ちなみに、博覧会に来た他領のお客さんが、体験で作製したガラスコップは、翌日グラナラ城に届けてくれる事になっています。
冷している途中で、割れてしまう事も有るらしく、その場合には、職人さんが作製したガラスコップが渡されるのだそうです。
割れない事は……祈るしか無いですね。
どんな模様のガラスコップになっているのかは、明日のお楽しみです。
フォックスさんは、36.不正の処理で登場の文官さんです。
奥様に反対されて鉄の生産には係われなかったんですけど、ガラス開発のお許しが出たのでしょうか……。




