117.たたら場製鉄所
グラナラ城に戻って、夕食と湯浴みのあと、自分の部屋に戻って、帳面に今日有ったことを書き込んでみます。
ガラスペンは、使い易いですね。
買って良かった。
リリスさんは、帳面に、その日に有ったことを書き留めていると言っていました。
私も、それに倣って、毎日の出来事を書いてみようと思います。
それにしても、今日は、色々なことがありました。
やっぱり、リリスさんは、凄い人です。アイルさんやニケさんとは別な意味で凄いです。
アトラス領には、こんな人達が大勢居るんでしょうか。
一通り、今日あった事を書き留めて、休みました。
…………
今日を入れて、あと二日です。
何となく寂しい感じがします。
今日は、管理官と「たらら場製鉄所」と「ガラス研究所」の見学です。
管理官は、昨日帰るときから、かなり寡黙です。
必要最低限の事しか話さなくなっています。
リリスさんに、私がスカウトされた事が気になっているんでしょうか?
私、今の仕事を辞めるつもりは全く無いんですけれどね。
私達は、マリム駅で、「たたら場製鉄所」行きの鉄道に乗り換えます。
博覧会を実施している今は、たたら場行きの鉄道も増発していて、日中は3刻(=36分)ごとに発車します。
通常は、貨物は別にして、客車を曳く鉄道は、1時(=2時間)ごとに運行しているのだそうです。
それほど待たずに、乗り換えた鉄道は発車しました。
この線路には、途中駅はなく、マリム駅とたたら場駅を往復しています。
客席は半分ほどお客さんで埋まっています。博覧会開始当初は、席が足らなくなって、急遽客車を増やしたそうです。
切符を確認していた駅員さんに教えてもらいました。
博覧会も、あと2日ですものね。大分、「たたら場製鉄所」へ向う人は減っているんでしょう。
…………
「管理官。たたら場の駅に着きましたよ。」
なにやら考え込んでいた、管理官に、下車を促します。
「ああ、分った。」
駅の周辺には、貨車が沢山並んでいます。
出来上がった、鉄をマリムに運ぶ貨車。マリム周辺で生産した木炭や、採取した砂鉄や鉄鉱石を積んでいる貨車。
何人もの人たちが、鉄を積み込んだり、木炭や鉄の原料を下したりの作業をしていました。
駅から少し離れたところに「たたら場製鉄所」がありました。
広大な場所の中央に大きな建物があります。
その横には、巨大な球状の構造物。あれは、研究所にあった圧縮空気を保管する道具でしょう。
それにしても大きいですね
「たたら場製鉄所」の敷地に入ったところに、一人の男性が待っていました。
「みなさん。ようこそ「たたら場製鉄所」にお越しくださいました。今回の案内を務める、アトラス領文官、たたら場製鉄所担当のイラリオと申します。
よろしくお願いいたします。」
案内の人が居るのですね。知りませんでした。
最初に案内されたのは、鉄の作り方の説明が記載されている大きな紙が何枚も下げられている部屋でした。
博覧会の説明会場にあったものをさらに詳細にしている説明文が記載されています。
それに合わせて、案内のイラリオさんが、内容を説明してくれます。
「ここで作られた鉄は、マリムの街に運搬されて、鉄製品になって、アトラス領で使われています。一部は、他領に売られています。
年間の生産量は……」
…………
「鉄を作るときには、地面から水分が上がらない様にする必要があります。
この場所は、大きな岩盤のある場所で、床から水分が上がらない事から選ばれました。」
…………
「この場所の岩を平にして、たたら場作業が出来るようにするため、当時のアトラス子爵様、現侯爵様のアウド・アトラス様、そのご嫡男のアイテール・アトラス様、近衛騎士団長のご長女のニーケー・グラナラ様が魔法で整地しました。」
…………
「最初は、炉1つで始まりました。日を追うに従って、鉄の使用量が増え、生産量が増えていきました。今では,常時、炉8つで鉄を作っています。
一つの炉は、3日間焚いて、崩して鉄を取り出します。
つまり、一日に、2つか3つの炉から鉄を取り出しています。
運が良ければ、見学している最中に、鉄を取り出すところに立会うことができるかもしれません。」
「それでは、鉄を作る原料の説明をするために、原料保管場所に移動します。」
原料の保管場所に移動しました。
ここにも説明のための大きな紙が張り出してあります。
「原料としましては、砂鉄、酸化鉄、そして木炭になります。」
…………
「木炭は、ニーケー・グラナラ様が、製造方法を確立させました。
森で、薪の木を利用して、木炭窯で焼き上げます。
この仕事により、アトラス領で、寡婦となった女性家族や、仕事を引退した老夫婦が生活を続けることができるようになっています。」
…………
「砂鉄は、アトラス領の海岸、マリム川の流域で領民が採集しています。
これは、子供達の良い小遣い稼ぎになっています。」
…………
「このたたら場の近郊に、酸化鉄の鉱山があり、そこで採掘された酸化鉄も原料となっています。当初は、砂鉄だけで鉄を生産していましたが、現在少しずつ、酸化鉄の利用を検討しており、使用量を増やすことが出来るようになってきました。」
…………
「原料の説明は以上です。この後は、出来上がって鉄を破砕する破砕場を案内いたします。」
破砕場に移動を始めたところで、別な文官と思われる人がやってきて、イラリオさんに耳打ちしています。
「皆さんは、運が良いですね。これから炉の一つから鉄を取り出すと連絡がありました。順路から外れますが、これから「たたら場」にご案内します。」
一緒に居る人たちが喜びの声を上げます。
これから炉の一つを壊して、鉄を取り出すことになったみたいです。
私もワクワクしています。
「たたら場」の建物の前に着くと、一本後の鉄道で来た人達と合流しました。
「中は、とても暑いので、この柵の外から、中をご覧ください。」
部屋の中では、多くの人が作業をしています。
炉を粘土で作っている場所や、鉄や木炭を加えて、炎が立ち上っている炉などが見えます。
右から3番目の炉は、炉体が、オレンジ色になっています。
あれが、これから鉄を取り出す炉なのでしょう。
表面にある罅割れから、真っ赤に燃えている中が見えている場所が有ります。
中で作業をしている人から、案内の人に合図があったみたいです。
「それでは、これから、炉を崩して、中にある鉄を取り出します。」
手前に居る人が、槌を振り下して、炉の壁を崩し始めます。
中から、真っ赤な鎔けたものが流れ出てきました。
炉の壁が壊れる度に、火の粉が舞い上がります。
炉の周りに居た人達が、燃え残っている木炭を掻き出しています。
中から、真っ赤な塊が姿を現わしました。
あれが鉄なんですね。
表面に残った木炭が燃えて炎を上げています。
炉が完全に壊された頃には、真っ赤だった塊は、赤黒い塊に変わってきています。
場所によって、真っ赤なところと、黒くなっているところがあります。
炉が完全に壊された後、作業をしている人達は、その塊の周りに金属の壁を組み上げ始めました。
壁が出来たところで、壁の中に水を入れています。
湯気が大量に立ち上っています。
少し経つと、湯気が弱くなりました。
完全に湯気が収まったところで、壁を外して水を外に流し出します。
後には、真っ黒な金属の塊が残りました。
「ここで、出来た鉄の塊は、隣にある破砕場で、粉々に砕かれます。
水で冷すことで、皹が入って、破砕しやすくなります。
良質な鋼は、中央部にあります。その周辺からは銑鉄が得られます。
そして、さらに外周の部分は炉の成分が鎔け込んだ不純物の多い鉄です。」
鉄を取り出すのは、随分と荒々しい作業なんですね。
想像したのとは全然違っています。
4年ほど前、まだ2歳だった、ニケさんが、指示して始めて魔法無しで鉄を作ったそうですが……。
こんな作業を指示して行なったんですか。
何と言えば良いのか……。
「それでは、先程案内する予定だった、破砕場にご案内します。」
私達は、破砕場に移動します。
合流していた、次の鉄道組は、私達が最初に説明を受けていた概要説明をする建物に移動していきました。
相変らず、管理官は仏頂面です。
先刻、たたら場で鉄を取り出す時には、食い付くように見ていましたから、不機嫌という訳では無さそうです。
考え事をしているんでしょうか?
…………
「この破砕場では、先程ごらんになった鉄の塊を「おおどう」という道具で砕いていきます。」
…………
「この部分が玉鋼と呼ばれるところで、これを鍛えて剣が作られます。」
…………
「不純物が多くて鉄として使えない部分は、粉々に砕いて、焼き固め、街道整備の石畳などに利用します。」
…………
「では、最後に、先程ごらんになった「たたら場」に再度ご案内します。」
…………
「この金属で出来ている球状のものは、アイテール・アトラス様とニーケー・グラナラ様が作られたものです。
たたら場で炭を燃やすための圧縮された空気が入っています。
初期には、人力で空気を圧縮していましたが、今は電気でモーターを回して圧縮しています。
これも、最初は1つでしたが、鉄の生産が増えたことで、今は3つとなりました。」
…………
「たたら場には、8ヶ所の炉を設置する場所があります。先の戦争の時に4ヶ所から8ヶ所に一気に増やされました。」
…………
「以上で、たたら場製鉄所の説明は終りです。ご静聴ありがとうございました。」
大体半時ぐらいの説明でしたね。実際に見てみると、知らなかった事が多いことに気付かされます。
やっぱり文書で読んで知っているのと、実際に目にして知るのとでは随分と違います。
熱心な人達が、イラリオさんのところで、質問をしています。
どうやら圧縮空気の道具に関する質問が多いみたいですね。
あれはアイルさんが作ったんでしょう。他の様々な道具とは一線を画してますから。
管理官は、相変わらず仏頂面をしたままです。
困りました。
「管理官。どうしますか?戻って、ガラス研究所に行きます?」
「ああ、そうだな。移動しようか。」
「管理官。今日はどうしたんですか?ずっと黙ってますよね。」
「ああ、申し訳ない。昨日、リリスさんに、ジーナが誘われているのを見て、色々考えていたんだ。」
「だから、私は職を替える心算は無いですよ。」
「ああ、それは聞いたんだが……。ジーナは本当にそれで良いのか?」
「まあ、心引かれる所が無いと言えば嘘になるかもしれませんけれど……。」
「ジーナは、アトラス領に異動した方が良いんじゃないかと思ってな。」
「また、そんな事を言って、私が居なくなったら困るって言ってませんでした。」
「ああ、それはそうなんだ。ただ……まあ、これ以上考えても仕方が無いな。一旦王都に戻ってからだな。」
何か、含みを持たせた言い方です。管理官が何を考えているのかは分りませんが、機嫌を損ねたという訳では無いみたいです。
私達は、マリム駅行きの鉄道に乗って「たたら場製鉄所」を離れました。




