111.電気代
「意匠を工夫すると、意外と流行するかもしれません。」
そうなのでしょうか?
随分と、奇抜な格好だと思います。
動き易いというのは、確かでしょうけれど……。
「今、領主様から依頼されている衣装があるんですよ。」
そう言って、奥から、濃紺の衣装をリリスさんが抱えてきました。
「今、鉄道で働くのが、領都では人気なんですよ。募集をかけると沢山の人が応募するみたいですね。
鉄道で働く人も増えてきたので、鉄道で働く人達の衣装を依頼されたんですよ。
これまで、鉄道で働く人達も、普通の服を着てましたから、駅で、鉄道に従事している人と、お客さんの区別が付かなかったんです。
切符を確認している人が鉄道で働いている人だと分り易いから、切符を確認している人に、お客さんが分らない事を聞こうとするみたいです。
そうなると、本来の仕事に支障が出るんですって。
案内の場所を設けたそうですけど、今度は、その案内の場所を、切符を確認している人に聞いてくるみたいですね。
それで、乗車客が判断しやすいように、鉄道で働いている人と一目で分る衣装をって言われたんですよ。
鉄道で働く人達は、機関車を運転する人も含めて、体を動かす機会が多いようです。
それなら、騎士さん達の装備みたいな衣装が良いかなと思って、ニケ様に相談して作ったのがこれなんです。
この衣装の意匠はほとんど、ニケ様の提案なんですけれどもね。
これは制服って言うんだそうですよ。」
そう言って、その鉄道で働く人の衣装を見せてくれます。
制服は、これまで見た騎士さんや、ニケさんの作業着と比べるとスッキリした感じです。
この衣装なら、見慣れると、全然変じゃないかもしれないですね。
むしろ、威厳があるという感じです。
そう言えば、メガネも見慣れると不思議と変には思わなくなっていますね。
「この衣装があるから、流行るかもしれないと思っていらっしゃるんですね。」
「そうなんです、ちょっと、良い感じでしょ。」
「そうですね。この駅で働く人の制服を見なれたら、違和感は無くなるかもしれませんね。働いている人って感じですね。
管理官はどう思います?」
「そうだな。動き易いっていうのなら、働いている人は、こんな衣装を着るっていうのも良いのかもな。」
「そうなんですよ。それで、今度は、ウチの店でもその制服というのを取り入れる事にしたんです。今、ウチの店に似合う意匠を検討中なんですよ。」
リリスさんが、嬉しそうにしている。
本当に、この衣装が流行るのかもしれないです。
「どんな衣装になるのか、ちょっと楽しみです。」
「ふふふ。王都の支店も同じ衣装にする心算なんですよ。期待して下さいね。
大体、ここの説明はこんなところなんですけど、何かお聞きになりたい事は有ります?」
そう言えば、衣装の金額を聞いていませんでしたね。ここで衣装を誂えると、どのぐらいの金額になるんでしょう。
「あのぅ。もし、ここで衣装をお願いすると、どのぐらいで誂えられるんでしょう?」
「何か気に入った、衣装がありました?言っていただければ、特別な価格で誂えて差し上げますよ。」
リリスさんは、思いっきりの営業スマイルだ。
「いえ、そういう訳では……。王都と物価が違うところを何度か目撃しているもので、衣装の価格が気になったんです。」
「あら、そうなんですか。それは残念ですね。
衣装は金額がいろいろなんですけど……。例えば、これなんかは人気ですけど……。」
リリスさんが見せてくれた衣装は、確かに人気になりそうな衣装だ。
「大体1ガリオンd400ガント(=2万7千円)ぐらいですね。」
「えっ。安いです。本当にその金額で間違いないんですか?特別値引きとかで無く?」
この衣装を王都で誂えようと思ったら、8ガリオン(=16万円)ぐらいは取られます。
「ふふふ。普通の金額ですよ。
そうですね。王都だともっとずっと高いかもしれないですね。
アトラス領では、紙の生産もあって、亜麻や綿、麻を大量に作付していますから糸や布の金額が安いんですよ。
あとは、紙で作った、衣装のための型紙が使えることや、ミシンのお陰で、誂える費用があまり掛らないからですね。
これでもかなり利益はあるんですよ。」
「でも、漂白したアトラス布ですよね。」
「そうですね。アトラス布は、他領の商人の方達にはかなり上乗せして売ってますけど、アトラス領では、これが普通ですよ。
だって、アトラス領で漂白剤はほとんど只みたいなものですから。」
えっ。只ですか?
コンビナートで漂白剤を作っている作業を思い返してみます。
原料は、海水でしたね。海水をコンビナートに船で運んだら、ポンプというもので、汲み上げて、あとは電気分解でした。
あれ、電気の金額は?
「でも、電気にお金が掛りますよね。」
「電気ですか?電気も水も、アトラス領では、お金は掛りません。」
「えっ。知りませんでした。電気も水も只なんですか?」
「そうですね。どれだけ使っても只です。
ただ、最初は、料金を取るという話もあったみたいです。
だけど、電気は街灯のために作ったものだそうで、その序でに領都民が使えるようにしたんですよ。
上水は下水処理場を動かして肥料を作るために作ったと言ってましたね。
それに、アイル様とニケ様が魔法で作られたので、電気も水も設備を作るのに費用が掛ってないんだそうです。
そんな訳で、お金を取るにしても金額が決められなかったので、只なんだそうです。
ウチは、染色や漂白に大量の水を使うんですけれど、費用が掛らなくなって大助かりです。」
吃驚です。
王都で水は只ではないです。
井戸を掘る費用がそれなりに掛る上、時々井戸は溜った砂や泥を取り除かないとならないので、その度に費用が掛ります。
その上、井戸を余所者が使わないように、見張りも居ます。
それらの費用のため、それほど高額ではないですけれど、水は有料です。
井戸毎に料金が決まっていて、井戸水を使うには毎月お金を払わないとなりません。
そして、残念なことに電気も下水道も有りません。
「なあ、ジーナ。オレ、ここで、衣装を誂えたいんだが。」
「えっ。管理官。ここで衣装ですか?」
「特別割引で購入するのはダメだろうが、正規の金額で購入するのは問題ないだろ。それに、王都で誂えるより、とても安いじゃないか。」
それは、その通りです。こんなに安くアトラス布の衣装が手に入るのなら、購入しない理由はありません。正規の金額だったら、後々問題になったりしませんよね。
でも、管理官はこういう店は苦手だと言っていませんでしたっけ?
「いいですね。私も誂えてもらおうかしら。」
「あら。どうもありがとうございます。では、衣装を選びましょうか。
ところで、お二人は、何時王都にお戻りですか?」
「明々後日の昼に、グラナラ港から船で戻ります。」
「そうなのですね。それなら、急いで誂えないとならないですね。
今日の夕刻にお渡しできるように対応しますわ。
本当は、特急料金を頂くんですが、それはサービスします。そのぐらいのサービスなら問題にはならないですよね。」
「管理官、どうなんでしょうか?」
「ああ。正規の金額で購入していれば、問題にはならないだろう。」
それから、私達はお店の売り子さんも交えて、衣装選びを始めました。
思いもかけない事で、とても楽しいです。
私は、リリスさんのお勧めの衣装と、一番人気の衣装を選びました。私の好みにも合っていたので、大満足です。
管理官も、結局、私と同じ様に、リリスさんのお勧めと人気の高い衣装を選びました。
管理官も嬉しそうです。
「ふふふ。お役に立てて良かったです。
ところで、もうお昼の時刻になりますけど、お時間は大丈夫ですか?」
えっ。もうお昼になってしまったんですね。
「今日は、管理官の所為ですよ。」
「いや、あの金額を聞いたら、普通、購入するだろ。」
「午後は予定がお有りなんでしたよね?」
「ええ。街歩きをしようと思っていたんです。特に何か約束をしているとかではないんです。」
「あら。そうなんですね。では、お昼の後に、紙の店舗をご案内しますね。実は、紙については、少し教えていただきたい事もあるんです。どうでしょうか?」