107.レオナルド工房
「綺麗ですねぇ。」
思わず口から漏れてしまいました。
様々に色付けされたガラスのと彩色された陶器の数々。
「そうだな。これは見事なものだな。」管理官も同意しています。
ここは、レオナルド工房の展示です。
ガラスの街、彩色陶器の街と言われるだけあります。
これらは、アトラス領のガラス研究所で開発された、色ガラス、釉薬を使ったものですね。
展示されているガラスは、ガラス瓶、ガラスの壺、ガラスの花瓶で、全て大きなものです。
ガラスを作っているところは見た事が無いのですが、鎔けたガラスに息を吹き込んで作ると申請書に記載がありました。
でも、鎔けたガラスに息を吹き込んで、大きなものって、どうやって作るんでしょう。
息が続くものなんでしょうか?
そもそも、鎔けた重量のあるものって、形を保ってられるんでしょうか?
まあ、私が作る事は無いでしょうから、どうでも良いと言えば良いんです。
気になるだけの事です。
色々工夫があるんでしょうね。
奥の方には、少し変ったものがあります。あれは何でしょう。
白い四角い石の様なものですね。
その隣にあるのは、金属の棒みたいです。
何人ものお客さんがその展示品を見ています。
少し気になったので、人が集っているところに近付いてみました。
何やら、真剣に話をしています。
「ついに、ここまで、上ったか。」
「でも、新製品と書いてあるじゃないか。何時売り出されるんだ?」
「私のところは、そろそろ寿命が来たみたい。取り替えたいんだけど。何時なんでしょうね?」
何か不思議な会話です。
白い石のところには、「耐熱レンガ」、「新製品」、「使用最高温度d1,000(=1,728)度」
と書いてあります。
その隣の金属の棒には、「カンタル線」、「新製品」、「使用最高温度d900(=1,296)度」
とあります。こちらは、電気で加熱するためのヒーター部品のようです。
集っている人に少し話を聞いてみました。
集っていた人達は、鍛冶職人や陶器職人、ガラス職人でした。
私達は、王都から視察に来た者だと伝えます。
レオナルド工房は、ガラス製品と彩色陶器で有名な工房で、品評会では常時優勝するような工房です。
一方で、ガラスを作り始めた頃から、ニケさんの指導で、耐熱レンガの生産をしている工房として有名なのだそうです。
ここに居る人達は、アトラス領の様々な産物を支えているのが、レオナルド工房の耐熱レンガと言っても良いほどだと話しています。
それで、ようやく思い出しました。アトラス領からの考案税で申請者としてレオナルドの名前を見たことがあります。それで聞き覚えが有ったんです。
ニケさんとの連名だったかもしれません。
私が感心していると、年配のお客さんが話し掛けてきました。
「嬢ちゃん。これ、持ってみろよ。」
と、白いレンガを手渡されます。思わず手を出してしまって、一瞬後悔します。この大きさの石は、私には持てないかも……。
「えっ。」
吃驚しました。思っていたより、とても軽かったです。
「なぁ。驚いたか?軽いだろ。レオナルド工房のレンガは、軽くて丈夫で、耐熱温度が高くて、外に熱が伝わりにくい。」
「そうよ。私達、これ無しだと、仕事にならないのよ。」
「そうだな。他のレンガだと、燃料や電気ばかり食って、なかなか温度が上がらない。」
どうしても、ガラスや陶器といった製品に目がいってしまいますが、道具の善し悪しが大切なんですね。
そういえば、さっき、ルキトさんもそんな事を言ってました。
色々と教えてもらったお客さんたちに、御礼を言って、本命のガラスや陶器を見て廻ります。
この工房は、ガラスにしても、陶器にしても独創的な形と色合いのものが多いですね。
実用品というよりは、芸術品です。
ガゼル工房の展示の様に、ガラスや陶器の展示の奥には、品評会優勝品が置いてあります。
この工房も3年連続で優勝していますね。
今年の作品は、真っ赤なガラスでした。底の部分が濃い赤。先に行くにしたがって、赤い線が細くなっていきます。
炎を形作っているようです。光が当たると、赤が揺らいで見えて、とても幻想的な作品です。
「管理官、知ってます?この赤い色は、金を使ってるんですよ。」
「へぇ。金って、あの金か?ガラスに金って鎔けるのか?」
「そう思いますよね。でも、この赤は屹度、金の赤ですよ。」
「お詳しいですね。あまり製法は公表してないんですけど。」
突然、後ろから声を掛けられたので、吃驚して、後ろを振り返りました。
そこには、細身の20代後半ぐらいの男性が立っていました。
「その情報は、どこでお知りになりましたか?」
えっと。これは……どういう状況なのでしょうか?
何かを疑われている?
この男性の表情は、かなり不機嫌そうです。
「えぇっと。考案税の申請書に記載がありましたから。」
今度は、男性の表情が怪訝なものに変ります。
「はじめまして。王都から視察に来た、考案税申請の管理官をしているヘンリ・ダナと申します。」
あたふたしていた私に代わって、管理官が、挨拶をしてくれました。
ようやく、男性の表情が緩みます。
「あっ。私も、視察団でアトラス領に来た、考案税の調査官のジーナ・モーリと申します。はじめまして。」
「不躾な声掛けをして、申し訳ありません。私は、この工房の代表をしている、レオナルドです。
考案税の調査官の方達でしたか。それなら、製法を知っているのも納得です。
ただ、あまり大きな声で、製法を口になさらないでいただければ助かります。」
「あっ。申し訳ありません。考案税の申請書に赤と記載がありましたが、実際に見るのは初めてだったんです。あまりに綺麗な色だったものですから、ちょっと興奮してしまいました。」
考案税の申請に記載のある製造方法を公表するかしないかは、考案した人に委ねられています。
製法を公開して、考案税を得る方が得なのか、秘匿して独占生産した方が得なのかは、考案した人の判断という事になっています。
非公開の場合も多々有ります。
この赤いガラスは、製法を秘匿しているのでしょう。
こういう事があるので、考案税の調査官は、製法については口外しないのが通常です。
本当に、興奮のあまり、マズい事をしてしまいました。
「本当に申し訳ありません。」
再度謝罪します。
「いえ。まあ、大丈夫ですよ。ニケ様からは、生産方法を公開しなさいと指導が入っていたので、近々公開する予定でしたから。
ただ、しばらくは、独占生産したいと思ってましたので、どこで情報が漏れたのかと少し驚いただけです。」
レオナルドさんの表情は、柔やかになってます。
許していただけたみたいです。良かったです。
訴えられたりしたら、良くて減給処分。最悪、賠償金を背負わされて職を失なうところでした。
「しかし、王都からですか。随分遠いところから。大変ですね。」
「いえ、アトラス侯爵様に船を手配してもらいましたから、グラナラまで2日で着きました。」と管理官が返します。
「ああ。船ですか。あれは、随分と早く移動できるみたいですね。
最近は、北部のミネアから、船で瀝青炭を運んでいますね。
あの船も随分と速く運搬できると聞いたことがあります。
私達ガラス生産者も、従来の木炭を燃料に使う人も居ますが、最近ではコークスを使う人も居ます。
あまりに急速な変化で、皆、追い付くのに大変ですよ。」
「でも、こちらでは、カンタル線を販売なさっているんですよね。最先端じゃないですか?」
「あっ。ご覧になりました?博覧会の時期と、新製品の発表の時期が重なったので、展示してるんですよ。
ニケ様が作られるものに必要な温度が、どんどん高くなっていくんで、対応していくのも大変です。」
何か、嬉しそうに話をしてくれています。
「あっ。こんなところで立ち話も何ですから、あちらに移りましょうか。」
レオナルドさんに勧められて、私達は、テーブルと椅子のある場所に移動しました。




