105.物産展
物産展の会場は、海浜公園の中央にありました。
沢山の商店と工房が軒を連ねています。
王都にある、食料市場の様です。展示してあるものは、全然違いますけどね。
屋根付きの簡易な店舗に、カウンターが有って、そこに各商店と工房が扱っている製品が置いてあります。
カウンターの奥に、商人や職人さんが居て、訪れた人の質問に応えていました。
「これって、何件あるんでしょうね?」
「そうだな、凄い数の展示だな。」
「あっ、あっちに大きな看板が有りますね。ひょっとしたら、展示会場の説明かもしれませんよ。」
私達は大きな看板が立っている場所に行ってみます。
看板は大人4人分の身長ぐらいの高さと幅があります。
そこには、沢山の商店、工房の名前と扱っている製品が簡単に書かれた地図の様なものが描かれています。
「ざっと見て、d600(=864)件ぐらいだろうか?随分と出展しているな。」
「そうですね。この展示を全て見るのはムリですね。やっぱり先にボーナ商店……あれ?ボーナ商店も出展してますね。」
「そう言われれれば、エクゴ商店も、コラドエ工房も出展しているな。何を展示しているんだろう。それに、この図では、他の出展者より何倍も大きな場所になっているな。」
地図の様な展示会場の説明の図では、中央に、大きな出展者が何件かあります。
エクゴ商店やボーナ商店、コラドエ工房と記載されています。
他に、大きな出展者は、他に、ルキト木工工房、ガゼル鍛冶工房、レオナルド陶器工房があります。
どの名前も何となく聞き覚えがあります。
何か、考案税申請を出していましたでしょうか?
大きな場所で展示しているのは、力のある商店や工房なのでしょうね。
どんな展示をしているのか、少し興味があります。
「管理官。この大きな場所で展示している商店や工房を先ず見てみませんか?」
「そうだな。全てを見て廻るのは、何日も掛りそうだし、流石に無理だな。とりあえず、あちこち見ながら、最中央に向うってのが良いかもしれない。」
看板のある場所から、物産展会場の中央へ向います。
店舗の数も多いですが、訪れている人の人数も多いです。
狭い通路には、人が溢れています。
どの店舗も、アイルさんとニケさんが考案した物品を展示しています。
ただ、それぞれに工夫があるみたいで、店の人は、それを主張しています。
「ウチのベアリングの表面の精度は、プラスマイナス1/10ミリデシ。アイル様謹製のベアリングに匹敵します。この精度は……。」
「釉薬の成分を調整して、深みのある赤色を実現しました。見てください。この深みと美しさと……。」
「当工房独自の焼入れ方法で、極限まで強度を上げた包丁です。この薄い刃でこの太さの骨を切っても刃毀れひとつしません。包丁には……。」
数々の新しいモノが生まれ続けているんですね。なんか、凄いです。別世界です。
口上の内容で、新しい物を独自に工夫したことが伝わってきます。
性能や機能で鎬を削っているんでしょう。独自の工夫に自信が溢れています。
最近は、アトラス領から、アイニーケ申請以外の申請も少しずつ出てきています。あまりにアイニーケ申請と類似しているものは、承認できないのですが、段々と判断が難しくなってきています。
私達も統一した判断が出来無いか何度も議論しています。
特に、既にアイニーケ申請で申請されているものを組み合わせて新しい機能を齎したものは新しい考案に該当するのかなど、難しい問題です。
「なかなか、面白いな。ここは、見る価値のある場所だ。ただ、出展の数が多すぎる……。」
管理官が呟いています。私もそう思います。私が商人だったら、どの展示も見逃したくないかもしれません。
沢山の人を避けながら、歩いたので、時間が掛りましたが、ようやく中央の大きな展示の場所に辿り着きました。
一番手前の展示場所は、ルキト木工工房でした。
あれ、この工房の紋章は……。
そうです。私が愛用しているソロバンに刻まれた紋章と同じです。
あのソロバンは、この工房が作ったものだったのですね。それで聞き覚えがあったんです。
当時、それこそ崖から飛び降りるような勇気を振り絞って、購入したソロバンです。新米の文官にとっては、とても高価なものでした。
でも、そのお陰で、早い時期に、新しい計算の方法を習得できました。
今では手に馴染んだ宝物です。
当時、あまりに精密な木工細工に驚きました。
確か、王都や他の有力領地で同じものを作ろうとして、ことごとく失敗したと聞いています。
多分、考案税部門で最初にソロバンを購入したのは私でした。
考案税の申請書には、モノの大きさや重さが書いてあります。
ただ、領地や対象のモノによって単位がまちまちで、一体どんな大きさのモノなのか、どんな重さのモノなのか理解するのは容易ではありません。
その領地、対象特有のモノの大きさや重さの単位を換算をしないと分りません。
掛け算や割り算を多用します。
アトラス領の考案を見た瞬間に、この計算の苦痛が解消されると思ったのです。
購入したときには、同僚の人達に随分と素見されましたけど、今では皆ソロバンを使って仕事をしています。
単位については、アトラス領の製品が広がるにつれて、アトラス領の単位が標準になりつつあります。
今となっては、それほど苦労はしなくて済んでいますけれどね。
王都の文官には、この動向に反発する人も居ますけど、まあ、今更反発しても無理でしょう。
「なあ、ここ、ソロバンの工房だよな?」
管理官が聞いてきます。
「そのようですね。何か感慨深い思いがありますね。」
展示物を見ると、ソロバンはそれほど置いてはありません。
ただ、子供用のかなり小型のソロバンがありました。
これは、見たことがありません。テラコヤで使うものだそうです。
一際高い場所に、金属のようなもので出来ているソロバンが飾ってあります。
説明を見ると、アイルさんとニケさんが最初に作ったソロバンと書かれてありました。
これ、絶対に博物館に展示すべきモノですよ。
他の展示物を見ると、美しい家具が並んでいます。
王宮にあると言われれば、納得するような家具です。
家具の表面は、滑かで、顔が映るほどに平坦です。
どの家具も洗練されています。その上、どうやって作ったのか全くわかりません。金属で固定してませんね。
木を組み合わせて組み上げたのでしょうか。でも継ぎ目が見えません。まさか、削り出したんじゃないですよね?
「管理官、少しここで話を伺ってみたいんですけど、いいでしょうか?」
「ああ。オレも、凄く興味がある。しかし、格が違うな。アトラス領の物は。」
説明をしている若い職人さんに声を掛けて、私達が王都から来た視察団の一員だと伝えます。
「ちょっと、待っててもらえますか?今親方を呼んできますんで。」
若い職人さんは、布で覆われた奥に入っていって、年配の細身の人を連れてきました。この方もメガネを掛けています。
「王都の視察の人ですか?この工房で代表をしているルキトです。」
「はじめまして。王都で、考案税の調査部門の管理官をしているヘンリ・ダナと申します。」
「はじめまして。同じく調査員のジーナ・モーリです。お忙しいところ申し訳ありません。」
「いえいえ。態々王都から出向かれた方々ですから、お相手させて頂くのは光栄です。」
それから、テーブルと椅子のある場所に案内されます。
この椅子、私、座っても良いんでしょうか……。凄く素敵な椅子です。
座面の微妙な曲面で、おしりが痛くならないようになっている様です。
座ってみると、座り心地の良い椅子でした。
「ところで、考案税の調査官ってのは、どんな仕事なんです?」
「新しい考案税の申請が有ったときに、考案税の対象になるかを判断して許可するか不許可にするかを決める部署です。
ここに居る、ジーナは、主にアトラス領の担当で、ニケさんの考案を調査しています。」
「ほう。それは大変な仕事ですねぇ。ニケ様の考案って、オレには全く理解できないヤツですね。」
「ところで、あそこに、アイルさんとニケさんが最初に作ったソロバンというものが展示してありましたけど。あれは何で出来ているんです?」
「そうそう、それ。オレには皆目分らないんだけど、あれは、何で出来ているか分りませんかね?」
「えっ。知らないんですか?てっきり、ご存じだと思ったんですが……。」
「だって、あれ、最初に会ったときに、これと同じ物を木で作って欲しいって手渡されたんですよ。
あの時は、絶望しか無かったなぁ。
オレは、あんな細かくて精度の必要なもの、木でなんか作れっこ無いって、ボロスに言ったんだけど、アイツすげぇ乗り気になっちまって……。」
「えぇっと、ボロスさんって?」
「ああ。ボロス・エクゴ。エクゴ商店の店主。
あいつが何やら依頼されたらしくって、オレは嫌々領主館に引き摺られていったんだよ。おっかなびっくりしながら領主館の中に行くと赤ん坊が二人いて、これがヤケに木工やそれに使う道具に詳しくって。
そしたらよ。三日後には、ソロバンを加工するための道具が一式出来てたんでさ。
一緒に、色々木工の為の道具も貰って。
いやぁー。吃驚したの何のって。」
何か、窺い知れない、成功体験を聞いている様で面白いです。
ソロバンについてのエピソードを聞いていきます。
「それで、ある時、宰相様がオレ達を呼び出して、他の木工工房にもソロバンを作らせるって言い出したんでさ。
税収が頭打ちだってのが理由だってんだが、まあ、その頃は、オレんところで作って、ボロスが売っていて、作れる台数も限られてたから、かなり高値になっていたな。」
いつ頃の事か聞いたら、ちょうど私が購入した頃でした。
それで、あんなに高かったんですね。
優に一月分の給金をつぎ込みました。
まあ、あの頃手に入れられたから、今の私があるので……後悔はしてないですけど……。
「それから、しばらくは、加工道具の使い方は、オレんところが一番だったから、かなり作って売ってたんだが、まあ、そんなこと長くは続かなくてな。
今は、そんなには作ってなくって、もっぱら、昔の様に家具に力を入れてるんだよ。」
「そうなんですね。でも、素敵な家具が揃ってますよね。」
「ああ、これも、アイル様から貰った道具あっての事なんだよ。
まあ、職人ってのは、腕は必要だが、段取り半分、道具の善し悪しで残りの半分が決っちまうところがあるからな。
鋸や、鑿、鉋、皆、アイル様から頂いたものばかりだ。」
これも、聞いた事の無い言葉です。屹度それまでに無かった道具なのでしょう。
「このテーブルも表面がスベスベだろ。鉋を使わなきゃ、こんな具合には成らねえんだよ。
ところで、ボロスんところは、行ってみたのかい?」
「ええ。伺いました。管理官がメガネを誂えたんです。」
「なるほど。ボロスの親父のバルノのところだろ。
どんなフレームを選んだんだい?
眼鏡のフレームは、オレ達木工職人が作って、レンズは陶器職人、レンズを磨く機械は鍛冶職人って、分業なんだよ。
あれは、アトラス領の職人総出で作ってるんだ。
オレ達も、メガネ無しじゃ、仕事にならねぇからな。」
「亀甲のフレームでした。」と管理官。
「おっ。それじゃあウチのかも知れねぇな。あっちにメガネのフレームも置いてあるんだよ。」
そう言って、指差したところに、メガネのフレームが並んでいます。
家具に気が行って、気付きませんでした。
「あっ。あれ。管理官のメガネのフレームと同じ形ですね。」
亀甲なので、色合いや模様が違ってますが、同じ形のフレームがあります。
「おっ。それなら、ウチの製品だな。選んでくれてありがとうな。
精々、大事に使ってくれよ。
道具ってなぁ、大切に使えば、いくらでもその使っている人を助けてくれるんだよ。」
それから、家具の話などをして、御礼を言ってから、別れました。
「やっぱり、あの家具、組み上げただけで出来上がってたんですね。どれだけ正確に加工してるんでしょう。吃驚です。」
「そうだな。しかし、あの家具、どのぐらいの金額で売ってるんだろうな。」
「えっ。管理官、欲くなっちゃいました?」




