104.海浜公園
商業ギルドを出たところで、南に向っている乗合馬車を見付けました。
確か、無料パスで乗れた筈です。
「管理官。乗合馬車が居ますよ。あの乗合馬車は、海浜公園の方に行きそうです。乗ってみませんか?」
「海浜公園に行くかどうか、分らないぞ。車体には、「西右廻り」と書いてあるな。あれだと、何処に行くのか聞いてみないと分らないな。」
馭者の人に聞くと、無料パスが使えて、海浜公園に向かっている乗合馬車だと言われました。
海浜公園からは、西に向ってマリムの西側を北に向い、再度大通りに戻る循環をしているのだそうです。
折角なので、乗ってみる事にしました。
24人ぐらい座れる椅子が有ります。
お客さんは12人ほど乗っていました。
どう、振舞えば良いのか分りません。とりあえず、椅子の様な席に座って、様子を窺います。
中央には、前方から後方に向けて丸い木でできた輪っかが革紐で天井からぶら下がっています。
「何でしょう。この天井からぶら下がっているものは?」
誰に聞くともなく口にしたら、斜め後ろに座っていた年配の女性が
「混んでいて、座れない人は、この『吊革』を掴んで立って乗るんですよ。」
と教えてくれました。「ツリカワ」という名前のものですか。
アトラス領には、聞き覚えの無い言葉が時々出てきます。
馬車に立って乗るための道具なのですね。馬車に立って乗って大丈夫なんでしょうか。そういえば、馬車はあまり揺れません。確か、パゾがサスペンションの働きとか言ってました。
馬車は、人が歩くより少し速いぐらいの速度で進んでいきます。
歩いても目的地に着く時間は変わらないかもしれませんが、歩かなくて済む分楽ですね。
年配の足腰が弱くなった人には、便利でしょう。
前の方に居た男性が立ち上がって、御者の人に声を掛けます。
馬車が停まって、男性はお金を払って馬車を降りていきました。
向かい側から同じ形の乗合馬車がやってきました。こちらの馬車は道の右側を通ってすれ違います。すれ違った馬車には、「東右廻り」と書いてありました。
この馬車が、西左廻りですから、西右廻り、東左廻りとかもあるんでしょうか。
無料パスが有るので、馬車で街を一周してみても面白いかもしれません。
馬車は大通りを移動していきます。
やはり大通り沿いには商店が多いですね。南に行くに従って、飲食店や海産物、食品を扱う商店が増えてきました。
海浜公園までは、それほどの時間はかかりませんでした。
公園脇には、巨大な建物があります。
あれが、同期達が噂していた大浴場なのでしょうか。
海浜公園に着いたところで、馬車の中に残っていた人全員が馬車を降りました。皆、海浜公園が目当てだったみたいです。
私達が降りたところには、人が並んでいました。私達が降りると順番に乗り込んでいきます。海浜公園からどこかに戻る人達なのでしょう。
後ろに並んでいた人は、例のツリカワに掴まって馬車の中で立っています。
立って乗る人、やはり居るんですね。
海浜公園は、とても広い公園です。遥か彼方の南と東には海が見えます。
日差しを隠す木立があります。木立の下にはベンチがあって、そこで食事をしている人が多いようです。
子供達が多いですね。元気な声がそこかしこから聞こえてきます。
公園の中には、屋台が沢山停まっています。
何やら良い匂いがしています。
「管理官。何を食べます?」
「うーん。オレも屋台の食事が美味いというのは、同僚達から聞いてはいたが……何が美味いのかは聞きそびれていたな。今日、屋台に来るんだったら、聞いておけば良かった。
とりあえず、見て廻ってから決めないか?」
屋台は、全て、串焼きという料理です。
何を焼いているのかは、屋台に掲げられている布の模様を見ると分ります。
すぐ側の屋台には、牛の絵がありました。牛肉を焼いているのでしょう。
少し離れた屋台には、蛸の絵があります。あれは何を焼いているんでしょうか?本当に蛸ですかね?
豚の絵や、鶏の絵。貝の絵。布の模様を見ているだけでも面白いです。
屋台を眺めながら、公園の中へ歩いていきます。
どの屋台からも、とても美味しそうな匂いが立ち上っています。
この公園には、何台の屋台が出ているのでしょう。とても多くて全てを見て廻ることはできそうにありません。
「管理官。屋台が多すぎて、どこが良いか選べないです。」
「そうだな。こんなに屋台があると、選びようがないな。
焼いた匂いが美味そうで、沢山人が並んでいるところを選ぶかな。」
良い匂いがして、並んでいる人の多い屋台ですか。良い選択かもしれませんね。
近くに、並んでいる人が多い屋台を見付けました。
串を焼いている匂いはとても美味しそうです。布の模様には鶏と牛が描かれています。
管理官と一緒に列に並んでみました。
列の前の方に移動したところで、焼いている肉が見えるようになります。
何か、不思議な形の肉です。
「おじさん。これは、何を焼いているんですか?」
「これはモツ焼きってんだ。アイル様の発案だぜ。」
鶏や牛の内蔵を良く洗って、臭みの有る部分を取り除いて焼いているそうです。
結構手間が掛る下拵えが要る様です。
ただ、そんな場所の肉を食べたことはありません。
そもそもそれは食べ物なのでしょうか?
でも、沢山の人が並んでいましたね。味は多分良いんでしょうけど……。
焼いているおじさんが、何を焼くか聞いてきます。
どんな種類があるのかを聞いたら、12種類以上あります。
何を選べば良いか全く分りません。
お勧めを4種類2本ずつ焼いてもらいました。私と管理官で各種類1本ずつです。
料金は、1本6ガント(=約70円)でした。一人大銅貨2枚です。
串を両手に持って、近くのベンチに座って食べてみることにしました。
どの串に刺さっている肉も、不思議な形をしています。
匂いは、とれも良いです。
とりあえず、色が薄めの串を口にしてみます。
口の中にタレの味と香りが広がります。タレは複雑で味わい深い味ですね。少し酸味もありますから、ベリーが入っているかもしれません。
この肉は食感が変わっています。コリコリした食感です。確かに美味しいかもしれません。
管理官は目を輝かせて食べてます。
「うーん。これは……。酒が欲くなるな……。」
今度は、色の濃い串に挑戦です。食感は、柔らかいです。微かにレバーの様な香りがします。これは、鶏のレバーなのでしょうか。レバー特有の臭みは無いです。タレの味と良く合ってます。
一本一本食感と味が違ってます。ちょっと楽しいですね。
一番不思議な形をした串に挑戦してみます。肉の塊というより、穴だらけの肉です。柔らかくて、弾力があります。
これも、タレと合っています。
最後は、これは、多分、鶏の皮でしょう。鶏肉を焼いて食べたときに、皮の部分は香ばしくて美味しいものです。これは、皮の部分だけ焼いています。
なんとなく一番美味しそうだったので、後に残してました。
期待どおりに香ばしくて美味しいです。
これだけは、タレの味が少し違っていますね。魚醤が入っているのかもしれません。塩味が強めです。
手元には、食べ終えた串が4本あります。これは、どうすれば良いのでしょう。
誰も串を地面に捨ててはいないですね。
公園の中にゴミは落ちていません。
まわりを見ていたら、食べ終えた人が串を屋台に戻していました。
なるほど、串は再利用するんですね。
先刻の屋台に行って、オジさんを手伝っている若いお兄さんに、食べ終えた串はどうするのかを聞いてみました。
串は屋台で回収して、公園のあちこちにある四角い鉄の箱の中に捨てるのだそうです。
そして、その串は、大浴場の燃料として使うそうです。
「串は使い回すのでは無いんですか?」
そう聞くと、とんでもないと言われてしまいました。
なにやら、「衛生的」に良くないんだそうです。
これも聞いたことのない言葉です。
これもニケさんの指導だそうです。
病気になるのを防ぐためだと言っていました。
やはり、ここは、不思議な場所です。
違う世界に来たような感覚がします。
まだまだ食べられそうなので、今度は普通の肉の屋台を探しました。
大きな肉の串焼きを作っている屋台がありました。ここも人が並んで待っています。
ここに決めて最後の人の後ろに並びました。
前の人が注文したときに、屋台のオジさんがお客さんに
「パンは要るかい?」
と聞いていました。
屋台には、パンが置いてあります。
そのお客さんは、パンも頼みました。
オジさんは、パンに縦に切り込みを入れて、焼いたばかりの肉を串から外して挟みます。
こんな食べかたも有るんですね。
私達もパンを一緒に頼みました。パンと肉で、d26ガント(=290円)でした。
パンにタレの味が染み込んで、それがパンの味を引き立てています。
ここのタレは甘めの味です。甘めのベリーが入っているでしょう。
肉も柔らかくて、パンととても合っています。
このパンは、フワフワパンというものです。酵母の香りがします。
アトラス領に移動した頃から馴染みになったパンです。
柔らかくて、良い香りのするパンです。
当然の様に王都には有りません。
最後は、海産物を食べてみることにします。
やはり、人が沢山並んでいる場所を選びました。
円筒形の塊が何個も串に刺さっています。
焼いている女性に聞いたら、貝柱だそうです。弾力があって、噛み締めると磯の香りがします。
タレは、魚醤をベースにしたもののようです。焼いた香りが強烈に食欲を刺激します。
私は十分満足です。
エスエリーナさんのお勧めの通りでした。
お腹が一杯になったところで、困ったことになりました。
トイレに行きたくなってしまいました。
公園にトイレなんて有るんでしょうか?
私がモジモジしているのを見た、管理官が、私を見て、右手の方を指し示しました。
何でしょう?私は首を傾げてしまいました。
「ん。違うのか?」
そちらを見ると、青と赤で人を描いた看板があります。絵の下にはトイレと書かれてありました。
管理官は少し気を使ってくれたみたいです。
あの絵は、トイレの場所を教えてくれていたんですか。
ここまで歩いていて、あちこちに見掛けました。
字が読めない人は沢山居ます。エスエリーナさんの話では子供達は皆字が読めるらしいですけれど、年配の人は他領と変らず殆どの人が字を読めないと聞いていました。
屋台で売っているものも、トイレも絵に描いてあれば、字が読めなくてもあまり困らないですね。
でも、公園にトイレが有るんですか……。
ちょっと吃驚です。
管理官もトイレに行きたくて、探していたそうです。
二人でトイレの場所に行きます。
人の様な絵は、とても簡略化されています。でも青い人のような形で塗り潰されている絵には腰に剣を帯びている様に見えます。男性用のトイレなのでしょう。
赤い人のような絵は、髪を伸ばして、腰が括れています。こっちが女性用ですね。
絵を見ただけで、区別が付くのは素晴しいですね。ひょっとすると、これもアイルさんかニケさんが関わっていたりするんでしょうか?
小振りのトイレの建物に入ると個室が4つと、乳児のオムツ替えができる場所がありました。
個室の中に入ると回転する取っ手があって、それを回すと外から開かなくなります。
これで、落ち着いて用を足すことができます。
こんな所にも工夫があります。
中は、水洗のトイレでした。とても綺麗です。臭いもしません。
トイレを済ませて外に出ると、管理官が待っていました。
「それで、ここでやっている物産展を見るかい?それとも、戻ってボーナ商店に行くかい?」
そうですね。ボーナ商店は必ず行くんですけど……。
さっき、神殿の半時の鐘が鳴ったところです。まだ4時半(=午後1時)です。
「物産展を見てから、ボーナ商店に行きましょう。」