103.商業ギルド
私達は商業ギルドへ向います。
商業ギルドは、エクゴ商店からそれほど離れていない様です。
大通りの向こう側なので、まず大通りを横切りました。
大通りを挟んだ向かい側にも大きな商店がありました。
エクゴ商店とあまり変らない大きさの店です。
店の名前は……ボーナ商店……。
「管理官!ここボーナ商店ですよ。ボーナ商店!」
「えっ。ボーナ商店?あっ。紙とアトラス布のボーナ商店か。」
「商業ギルドの次はここにします。いいですね。約束ですからね。」
「ははは。ジーナも女の子なんだな。」
「えっ。違いますよ。視察ですからね。視察。」
変な事を言われて、少し赤面したみたいです。顔が少し熱くなりました。
少し歩いたところに商業ギルドがありました。
ここは、大きな建物です。2区画の大きさがある建物です。
大きな入口から中に入ると、大きなホールに沢山の人です。
この人たちは、他領から商売のためにマリムを訪れた商人の人達なのでしょう。それにしても沢山の人です。
壁際には、何人かの騎士さんの姿も見えます。
確か、博覧開場での商業ギルドの説明には、手形の確認、決済の他に、商人の登録、契約の立ち会いなど多くの業務がありました。
ホールの奥には、カウンターがあって、用途向き別に受付をしています。
私達は、手形の確認のカウンターに並んでいる人達の後ろに並びます。
手形の確認の業務は多いのでしょう。受付が16ヶ所もあります。
あと僅かで管理官の番になったときに、斜め前の人が突然大声を出しました。
「なぜ、手形の利用を認めない!」
何か問題が発生したのでしょうか?
「ですから、あなたの商店は、以前不渡りを出していますよね。」
「それは、1年以上前の事だ。今はきちんと手形代金を全て支払っている。」
「ええ。アトラス領ではそうですが、先月、王都で不渡りを出してますよね。そんな状況では手形の使用は認められません。」
「こんな辺境に態々来てやったのに、なんて言い草だ!」
「何と言われましても、手形の使用は認められません。現金で商売して頂く他ありませんね。」
「なんだと!」
揉めていた人が拳を振り翳しました。
その途端、ブーッブーッブーッという音が鳴り響きます。
壁際に居た騎士さんが何時の間にかその人の脇に居て取り押さえます。
直ぐに、何人もの騎士さんが外から商業ギルドの中に駆け込んできました。
その人は、まだ、何か喚いていましたが、屈強な騎士さん二人に両脇を抱えられて連れ去られました。
あっという間です。
「なんか、凄いものを見てしまいましたね。」
「そうだな。しかし、どうして、こんなに直ぐに警務の騎士がやって来られたんだ?」
「あっ。ムセンキかもしれませんね。あの音は、近くの詰所に異常を伝えたんじゃないでしょうか?」
「なるほどな。アトラス領ならではってことか。」
「それにしても、まだ、マリムを辺境って言う人が居るんですね。私から見たら、王都よりよっぽど進んだ場所なのに。」
「そうだな。ただ、大陸の東の端だというのは事実ではあるけどな。」
そんな話をしていたら、管理官の番になっていました。
周りを見ても、誰も動揺している風に見えないですね。
こんな事が度々あるんでしょうか?
「いらっしゃいませ。今回はどのような用件でしょうか。」
受付の女性が管理官に話し掛けている。
エクゴ商店で購入したメガネの支払いを手形で行ないたい事を伝えていた。
「何か、身分を証明するものをお持ちでしょうか?」
管理官は、王都の文官の身分証を見せて、視察にアトラス領を訪問している事を伝えます。
受付の人は、金額、購入した商店名、管理官の名前などを記録していました。
「王都の視察団の方でしたか。ようこそアトラス領にお出で下さりました。
手形の件は、確かに受け賜わりました。この確認証を手形決済の際に商店に渡してください。それで手続が完了します。」
本当に簡単に終ってしまいました。
折角ですから、商業ギルドについて、話を聞いてみるのも良いかもしれません。
「あのぅ。私、王都で考案税の調査官をしているジーナ・モーリと言います。こちらは考案税調査部門の管理官です。
もし、宜ければ、商業ギルドについてお話を伺いたいのですが?」
「それでしたら、担当の者を呼びますので、あちらで少しお待ちいただけますか?」
そう言って、受付の人は、壁の側のベンチを指差しました。後ろの事務員さんに話をした後は、私達の次の番の人の対応を始めました。
忙しそうですね。申し訳ない気分になります。
受付の女性に話掛けられた事務員さんは、奥へ向っていきます。
私達は、指定された壁際にあるベンチに腰掛けて少しの間待っていました。
奥に向った事務員さんが、女の人とこちらにやってきます。
あれ、見たことがある女の人です。
「あら、この前お会いしましたね。ニケさんの疑いは晴れました?」
あっ。商業ギルド長の人だ……。
うっ。気まずい。
「先日は、失礼しました。あれから、アイルさんとニケさんに色々と教えていただきました。もう、全く疑ったりしてません。ね。管理官。」
「はじめまして、王都で考案税調査部門の管理官をしているヘンリ・ダナと申します。
何か、ジーナが失礼な事をしましたのでしょうか?」
「はじめまして。商業ギルド長を拝命しておりますエスエリーナと申します。
ジーナさんが礼を失していた事はありませんよ。
ただ、アイルさんとニケさんには驚かれましたでしょう?」
「ええ。その通りです。ジーナの助言が無ければ、私こそ失礼な事を言ってしまったかもしれません。」
「ふふふ。私も人の事は言えないんですよ。商業ギルドを立ち上げた後で、それがニケさんの発案だと聞いてご挨拶したときに、吃驚しましたからね。
ところで、今日は、どの様なご用件でしょう?」
「先程、管理官がお伝えした様に、私達は、考案税の調査を仕事としています。
考案税の認可をするのには、過去に無かった考案であることと、それが実際に広く使われる考案である事が必要です。それで、アイルさんとニケさんの考案が実際にどの様に使われているのかを視察しているんです。」
「なるほど。そういう事ですか。ここには、耳に聡い商人が沢山いますから、立ち話はあまり良くないでしょう。応接室にご案内しますね。」
エスエリーナさんは、私達を応接室に案内してくれました。
「如何ですか、マリムの街は?」
「実は、まだマリムの街を見て回ってはいないんです……。」
「あっ。それは私の所為なんです。一昨日まで、アイルさんとニケさんに、研究所という所で、色々教えてもらってたのを管理官に付き合ってもらっていて……。
昨日は、コンビナートと海沿いのコンビナートを案内してもらっていて……。
今日、初めてマリムの街を回り始めたところなんです。」
「あらあら、それはご熱心な事ですね。それで、お二人の話は理解できました?」
「ジーナは、それなりに理解している様ですが、私は……難しい話が多いですね。」
「そうでしょう。私も商人が扱っている製品を理解しなければと思っているのですが、難しいモノが多いですから。
ところで、ジーナさんは、どういった分野の担当なのですか?」
「私は、主に、ニケさんの考案の担当をしています。」
「それは……大変ですね。
アイルさんの作るものは、比較的解り易いんですけど、ニケさんの作るものは、実際に使われる様にならないと、それにどの様な価値があるのか理解するのは本当に難しいですから。」
それから、私達は、二人が考案したものが、実際にどんな商売に結び付いてきたのかを教えてもらいました。
4年前までは、辺境の小さな街だったマリムが、二人が考案したもので、ここまで発展したということを実感させられました。
話が一段落着いたところで、先程の出来事について、管理官が質問しました。
「そう言えば、私が手形の確認をする前に、騒ぎを起こしていた人が居ましたけれど、あっと言う間に警護の騎士にとり抑えられてました。
あれも、何かの道具に依るものなのですか?」
「それは、アイルさんが作った道具のお陰ですね。
以前は、無線機でやりとりをしていたのですけれども、問題行動を起こす人が絶えないので、今では警報音が近くの警務団の詰所に伝わる様になってます。
その道具のお陰で、私達は安心して業務できるんです。」
「その人は、手形が使えないことに怒っていましたけれど、他領の人の手形を商業ギルドで確認するのは何故なんです?」
「この街の商人は、今でこそ王国内に名が知れる様になりましたけれども、それもこの3年ほどの事です。
まだまだ、実際の商売で、脅迫や踏み倒しの様な事が起こるんです。
今は、王国中の商人がマリムに押し寄せています。
そして、手形決済は、相手の商人の信用度合いがとても重要になります。
この街の商店単独では、とても王国内の商人の情報を把握することはできないんです。
もともと、辺境の弱小商店ですからね。
だから、商業ギルドで、マリムに来る商人の信用情報を集めて、事前に問題が起こらない様に助力する必要があるんです。」
「それも、ニケさんが提案したんですか?」
「そうなんです。
本当に不思議な子供達です。急激に人口が増加し始めた時には、食料の増産の方法を提案したり、子供の死亡率の高さが分ったときには薬を作ったりしていますね。
そうそう、産後休暇という制度を知っていますか?」
「いいえ。何ですかそれは?」
「子供が生れる時には、女性は働けないですよね。産後すぐに復職するのも大変なことです。出産の直前から、産後1ヶ月は休んでも、手当が保証される制度です。
ここアトラス領では、女性は、出産が理由で、職を失うことは無いんです。
この制度は、商業ギルドと工房ギルドが中心になって制定しました。」
「ひょっとして、それもニケさんですか?」
「そうなんですよ。
まだ、生れて間も無いというのに、子供の出産の時の困難に対応する事を考え付くなんて、不思議ですよね。
一説に依ると、神の国の制度だとか。それがどこまで本当なのかは、判りませんけど。
ニケさんが発案した制度には、託児所、寺子屋といったものもありますね。」
「託児所っていうのは、子供を預ってもらえるんですか?
テラコヤというのは、聞き覚えの無いものですね。何でしょうそれは?」
「託児所は、仰る通り、幼い子供を預ってもらえる施設です。神殿の修道士が共働きの若い夫婦から子供を預かって、日中世話をしています。
アトラス領の若い夫婦は、他領からの移住者が多いので、両親や祖父母がマリムに居ないんですよ。
子供が居て、預かってくれる親戚が居ないと、仕事に就くことが難しいんです。
でも、この制度があるお陰で、夫婦は子作り、子育てをしながら働くことができます。
それも、慢性的なアトラス領の人手不足の解消の為です。」
「マリムは、王都より人口が多いと聞いていましたけれど、それでも人手不足なんでしょうか?」
「人口が多いと言っても、子供の人数が1/3を占めてますから、相変わらず人手不足ですよ。
子供が大きくなってくれれば、それも解消されていくかもしれませんけど……。
その頃には、アイルさんとニケさんが新しい仕事を増やしているかもしれませんから……どうなんでしょう。」
「さっき話に出たテラコヤというのは何なんです?」
「寺子屋もニケさんが提案したものですよ。
引退した文官や商店の人が子供を集めて、文字や計算を教える場所です。「読み書きソロバン」って言っていますね。
大半のアトラス領の子供達は、5歳に成る前に、基本的な読み書きやソロバンを使えるようになっています。
成人した人では他領と変わらず読み書きが出来ない人が沢山居ますが、アトラス領の子供達は優秀ですよ。将来が楽しみです。」
なんか……凄過ぎです……。
あの年齢と、魔法と、エレメントの知識や、領地への貢献。
私達と同じ人間とは思えませんね。
「ニケさんって、凄いですね。」
思わず呟いてしまいました。
「そうですね。その通りだと思います。」
エスエリーナさんは、嬉しそうに頷いています。
「ところで、この後はどうされるんです?
もうお昼の時間ですが、食事をする場所はお決りですか?」
えっ。もうお昼の時間なんですね。
応接室の壁にある時計を見ると、4時(=正午)少し前です。
そう言えば、時計もアイルさんの考案でした。
あちこちに有って大分見慣れましたけど、時刻が分るこの道具は便利です。
王都では見た事が有りません。
管理官が、お勧めの場所を聞きました。
「まだ、決めていないんでしたら、海浜公園の屋台がお勧めです。
屋台もニケさんが考案したものです。
出始めの頃は、味がどうかなと思う屋台もあったんですけど、互いに競い合ったことで、今ではどの屋台もとても美味しいですよ。
残念ながら、仕事があって、ご一緒する事はできませんが、屋台はお勧めです。
それに、博覧会の今は、海浜公園で各商店や工房が物産展をしてますから、それも是非ご覧くださいね。」
私達は、長時間、話を聞かせてもらったことに御礼を伝えて商業ギルドを出ました。
「で、どうする?先にボーナ商店に行くか?」
「うーん。先にお昼にしましょう。でも、ボーナ商店には絶対行きますからね。」




