101.マリム大聖堂
アイルさんやニケさんとお別れした翌日。
私は、上司のダナ管理官とマリムの街へ視察に向いました。
私が、長い間ニケさん達と過していた間に、同期の5人は、マリムの街を満喫……視察していたので、出遅れた私は、同期達に再度マリムの街の視察に同行してもらう事を頼み難かったのです。
既に同期達は、お気に入りの店探しに突入していて……ゴホンゴホン……新たな視察先を探索していて、これからマリムを廻る私が訪問したい場所を言うと、微妙な表情をします。
どうにも一緒の行動をするという訳にはいかなくなってしまってました。
でも、後悔は全くありません。
1週間ほどでしたが、お二人から教えていただいた事に、とても感謝しています。
ダナ管理官に相談すると、ダナ管理官も私に付き合っていた所為で、まだマリムの街の視察をしていませんでした。
今日も同行をお願いしました。
マリム駅で鉄道から降りて、改めてマリムの街を見ると、マリムはとても綺麗な街です。
いやな臭いはどこからもしません。
王都に匹敵する大きな通りには、塵一つ落ちていません。
マリム駅を降りて、最初に向ったのは、マリム大聖堂です。
駅の北西の丘の上にあるマリム大聖堂は、ガラリア王国最大の神殿です。
ダムラック司教が神殿長を務められているところです。
神殿の前庭はとても見晴らしの良い場所でした。
綺麗な町並みと、マリム大橋が一望できます。
神殿は大きいだけでは無く、とても美しい建物です。
大地の女神ガイア様を祀る、神々しさに溢れています。
私は、この大聖堂を目に焼き付けます。
なんて、素晴しいんでしょう。
マリム最大の観光場所だというのも頷けますね。
いえいえ。私は観光に来たのでは無いんです。
ここは、病になった、幼い子供たちを治療している場所でもあります。
ニケさんが作り出した解熱剤を処方することで、ここマリムでは、病気になった幼い子供たちの大半が助かる様になりました。
最初に薬の考案申請を読んだ時には、何が何やら理解できませんでした。
不思議な作り方をしたモノを口に入れるだけで、熱や痛みが無くなるなんて、理解すること自体無理です。
修道士の方にお願いをして、実際に薬を処方している場所を見せてもらいました。
沢山の赤ちゃん達がベッドに横になっています。
「それでも、この領都の人口から考えると、病気になる赤子の人数は激減しているんです。上水道のお陰だと言われています。」
修道士さんが説明してくれました。
今、マリムは、ガラリア王国最大の街です。そう言われれば、横になっている赤ちゃんはかなり少なく思えます。
「それに、薬を使うことで、酷い発熱で意識が朦朧としていた子供も、熱が下がり、食べ物が口にできるようになって、元気に神殿から両親の下に戻れるようになりました。
以前は、何も出来ないまま、骸となって、神殿を出ていきましたから、ニケさん達には感謝しか無いです。」
私は、考案税の調査を担当しただけですが、素晴しい考案だったのだと感慨深く話を伺いました。
薬の生産をしている工房を聞いたら、コラドエ工房と言われたので、ダナ管理官と相談をして、その工房を訪ねることにしました。
「以外と、真面目に視察をしてるじゃないか。」とダナ管理官からは素見されます。
私としては、真面目に視察をしてるんです。
神殿から聞いた場所に行くと、大通りから中に入った、事務所のような店です。訪問を告げると、細身の中年の男性が出てきました。
王都からアトラス領へ視察に来たことを伝えると、奥にある応接間に案内されました。
お会いしたのは、工房の代表をしている、ヤシネ・コラドエさんという方でした。
コラドエ工房は、もともとは染料を作る工房でした。
それを、領主館の文官のボルジアさんという女性の紹介で、ニケさんが考案した解熱剤を生産する事になったのだそうです。
今では、薬の他に、コンビナートの精錬全般、海沿いのコンビナートでコークスの生産を管理していると言っています。
主にニケさんが考案したものを一手に引き受けて領都内での生産を担っています。
肝心のニケさんには、コークス工場の立ち上げの時に始めてお会いして、その後は領主館主催の宴会などでお会いするだけなのだそうです。
昨日までニケさんと一緒に居たと伝えると、
「そうですか。一度ゆっくり話をしたいのですけど、今となっては互いに忙しくて、お会いできる機会が無いんですよね。」
と寂しそうにしていました。
博覧会の期間は、ニケさん達は、表に出ないようにしているので、訪ねると会えるかもしれないと伝えると、嬉しそうにしていました。
時間を作って、会いに行くそうです。
解熱剤は、この工房事務所の奥で、領主館から道具を借りて生産しているそうです。
薬は神殿に卸しているだけだと思っていました。ところが、それよりも一般の人向けの販売が多いそうです。特に痛み止めの効果から、必要とされているそうです。
特に、購入する量が多いのは騎士団です。
この前の戦争の時には、大量の注文があって、対応が大変だったと言います。
お願いをして、薬を作っている場所を見せてもらいました。
大きなガラス製の容器が並んでいます。
室内は、掃除が行き届いていて、非常に清潔です。
その部屋で、5人の作業をしている人達が居ます。
ここでの作業には、専門知識が必要なので、誰にでも作業が出来る訳ではありません。
しっかりと教育した上で、作業を任せているそうです。
何段かの反応の度に、不純物をとり除く作業をして、成分を調べる道具を使って同じものが出来ているのかを確認していると言います。
ニケさんの助手さん達が時々やってきて、薬の生産手順や、薬そのものの確認をしているそうです。
幼ない子供が口にするものなので、不純物が混じると、どんな影響が出るか分らないからです。
これまで、問題が生じた事は無く、些細でも手順の誤りが発生した場合には、徹底して原因を調べて再発しないように努めている。今では、コラドエ工房は、領都でもとても大きな工房になった。それも、薬をきちんと作ったことが信頼されての事だ。
と誇らし気に話をしてくれました。
この工房で行なっている事は、ガラリア王国では、特殊です。過去から現在まで、ここで行なっている作業そのものの事例は有りません。
色々な話を聞くために、時間を頂いた事に御礼を言って、お暇しました。
ダナ管理官が関心した様に呟きました。
「圧倒されたな。」
「そうですね。それに、生産している部屋には塵一つ落ちてませんでしたね。」
「自信と信頼か。なかなか無いものだな。」
引き続いて、ダナ管理官の強い希望で、エクゴ商店を訪問することになりました。