WN.管理官
「なあ、ジーナ。今日も行くのか?」相方のエドが聞いてきました。
「ええ。昨日ニケさんとアイルさんに聞いたら、今日も良いって言ってもらえたから。」
今日で4日目です。
他の4人は、コンビナートや、海沿いのコンビナート、たたら場を見学しています。
それぞれ、「凄かった」とか、「自動で紙が出来上がっていく」とか、「火力発電所は凄く大きかった」とか言っていました。
多分エドもコンビナートの工場などが気になるのでしょう。
二人一組で行動することを強いられているので、エドがどうしても行きたくないと言いだしたらニケさんのところには行けなくなってしまいます。
今日、ニケさんに会えずに、先の予定を決められなかったら、ニケさんに、考案したモノの背景の知識を聞くことが出来る機会は、二度と無いかもしれません。
「オレ、そろそろ、コンビナートとかを見に行きたいんだけどな。丁寧に教えてくれているとは思うんだけど、段々解らなくなってきたんだよ。」
ニケさんは、アイルさんと違って、分かり易く説明してくれています。
「そうなの?ニケさんの説明は、とても分かり易いわよ。
私達の滞在日は、博覧会が開催している間だから、まだまだ、コンビナートを見に行く余裕はあるんだけど……。
解らない事を聞いているエドも辛いかもしれないわね。
どうしようかしら。」
考案税部門の担当者の取り纏めをしているヘンリ・ダナ管理官に相談してみました。
「すると、ジーナは、考案者のニーケー・グラナラ嬢とアイテール・アトラス殿と話がしたくて、エドはコンビナートを見に行きたいという訳なんだな。
もう、ニーケー・グラナラ嬢達とは3日も話をしているんだろ?
ジーナは、今日はエドと一緒にコンビナートを見に行ったらどうなんだ?」
「ニケさんとアイルさんの知識は、この世界の誰も知らないものなんですよ。
幾ら聞いても底が見えないというか、それは、それは、凄まじいものがあります。
こんな機会は二度とありません。
今後、ニケさん達の考案税申請が提出された時に、必要不可欠な知識なんです。」
「そんなに重要な会談なら、何故、エドは、別の場所に行きたいと言っているんだ?」
「それが……けっこう内容が難しいんですよ。聞いた事も無い言葉が沢山出てきて、それを覚えるだけでも大変で……。
そろそろ、コンビナートやたたら場を体験した方が、為に成ると思うんですよね。」
「エドは、こう言っているんだが、実際の作っている場所を見るのも良いんじゃないのか?」
「いいえ。まだまだ、知識が足りていないです。ただ、作っているところを見るより、その背景にある規則をしっかり理解するのが大切です。
それに、ニケさんの説明は丁寧で分かり易いですよ。質問にもきちんと回答してくれます。
エドも解らないところが有るんだったら、質問すれば良いんですよ。」
「そうは言っても……。何が解らないのか良く分らないんだよ。質問なんて、難しすぎるよ。」
「ふーむ。これでは、二人揃ってどこかに出掛けるのは無理そうだな。とは言え、単独行動は団長に禁止されているから……。
では、エドは、オレの相方のフーゴと同行してくれ。同僚のパゾ達と行動を共にしても良いが、フーゴと一緒に行動して欲しいな。
ジーナは、私と一緒に領主館に行こう。
団長には、ペアの組替えを伝えておく。
オレも、アイニーケ申請の考案者のアイテール・アトラス殿やニーケー・グラナラ嬢と御会いしてみたいと思っていたんだ。
先日、視察団のお偉いさんたちとアトラス侯爵と面会した時に、お二人と会う事は叶わなかったんだよ。」
「わかりました。それじゃ、私は管理官と領主館で、エドはフーゴ・セスカ副管理官や他の同期達と一緒ってことですね。ありがとうございます。」
こうして、私はダナ管理官と領主館を訪問することになりました。
エド達と別行動になるのは、少しだけ残念な気がしますが、それよりニケさん達の話を聞きたいという気持の方が強いです。
いつも通りに、グラナラ城から、馬車でグラナラ駅に移動します。
馬車も、ガラリア王国内では、アトラス領とグラナラ領だけでしょう。
王都でも走っているのは見た事がありません。
しかも、グラナラ駅へ移動する貴族のために何台もの馬車がグラナラ城の前で客待ちをしています。
グラナラの街は、マリムと比べて少し寂れた感じです。零落れた領地を引き継いだばかりだそうですから、これからでしょう。
アイルさんと、ニケさんが居ますからね。
グラナラ駅からは、鉄道で例のマリム大橋を通って、マリム駅へ向います。
何度通っても、空を飛んでいる様な気持になります。
ダナ管理官とは、道中様々な話をしました。私達と違って、管理官は、アトラス領から申請された全ての考案の詳細は知りません。馬車や鉄道やマリム大橋の事を色々聞かれました。
ダナ管理官は、ここに来て、驚きの連続だったんだそうです。
詳細な構造や目的を知っていた私達でさえ、現物を見て驚きを隠せなかったんですから、詳細を知らない人はなおさらです。
この領地の人達は、この4年間、驚きの連続だったんじゃないでしょうか。
今度、マリムの街に出る時には、街の人達がどう感じているのか聞いてみたいですね。
マリム駅から領主館までは、また馬車で移動です。
駅の従業員の人に聞いたところでは、馬車には、同じ経路を巡っている大きめの乗合馬車と、駅や領主館などで客待ちをしている小型の馬車があるのだそうです。
私達は、終日無料パスを持っています。紙で出来たそのパスを切れ込みで切り離して乗せてもらった御者の人に渡すとお金は不要です。
業者の人は、そのパスを領主館でお金に替えるそうです。
こんな工夫も他の領地では見られない事です。
領主館に着いて、門番の人に来訪を告げて、二人で研究所に向います。
「なあ、ジーナ。そのケンキュウジョという所に、お二人はいらっしゃるのか?」
「ええ。お二人は、そこで、仕事をされてます。あの多数の考案はその研究所で生み出されたんだそうです。」
「そうなのか。それは楽しみだな。」
研究所で警備をしている騎士さんに、お二人にお会いしたいと伝えると、騎士さんに、同行している管理官の事を聞かれました。
私の上司だと伝えます。
騎士さんが研究所の中に入っていきます。
戻って来た騎士さんに研究所の中に入るのを許されたので、二階の研究室へと向います。
管理官は、あちらこちらをキョロキョロと見ています。
折角なので、二階に向う階段の前でコンプレッサーや圧縮空気タンクの説明をしてあげます。
「それは、何をするものなのだ?」
「ゴミや水滴を風の力で飛ばしたり、空気の圧力で道具を動かしたりすると言ってましたね。実際に使っているところは見てないのでどの様に使うのか知りませんが……。」
「お二人は魔法が使えないのか?」
「いえ。お二人とも大魔法使いです。それも伝説級の魔法を使うほどの魔法使いですね。」
「じゃあ、こんな道具は不要なんじゃないか?」
「そこがお二人の凄いところなんです。
二人を手伝っている助手さん達は魔法が使えないんです。
魔法が使えない人が作業できるように道具が作られているんですよ。」
「大魔法使いが、魔法が使えない人の為に道具を作る?」
「ええ。お二人が考案したものの殆どは、魔法使いじゃない人でも作れるようしています。それだから、このマリムはこれだけ発展したんだと思います。
それでも、お二人じゃなきゃ作れないものもあるんですけどね。」
管理官は、納得したのかしていないのか微妙な表情です。
二階に昇って、ニケさんの研究室を覗きました。
ニケさんとアイルさん、助手さん達は談笑しています。
「アイルさん、ニケさん。おはようございます。今日は、私の上司のヘンリ・ダナと来ました。よろしくお願いします。」
それから、ダナ管理官とその場に居合わせた人達が自己紹介します。
アイルさんと、ニケさんと挨拶をしたダナ管理官の表情が驚きで固まってます。
まあ、そうでしょうね。
ひととおり挨拶が終ったところで、ダナ管理官が顔を私の耳に近づけて、小声で聞いてきます。
「なぁ。あの幼ない子供が、アイテール・アトラスとニーケー・グラナラと言っていたけど、聞き間違いじゃないよな?」
「ええ、あのお二人が、アイルさんとニケさんで間違い無いです。」
私も小声で返事をします。
「でも、あの幼なさは、有り得無いだろ?」
「私も最初そう思ったんですけど、考案者があの二人なのは事実です。」
管理官は、もの凄く不機嫌な顔付きをしています。
最初は、私も屹度こんな顔をしてたのでしょう。
アイルさんとニケさんに対して申し訳なかったです。
「ヘンリ・ダナさんは、ジーナさんの上司の方なんですよね。じゃあ、アイル、ヘンリ・ダナさんにもお土産をお渡ししましょうよ。」
「ああ。分った。じゃあ、ニケ、また、チタンを作ってくれ。」
それから、助手さんに、イルメナイトという鉱石を持ってきてもらって、先日の魔法で容器を作り出しました。
そして、同じ様に沸騰した水を中に入れて、同じ説明をしています。侍女さんに頼んで、先日の二つに割った容器も見せています。
「それじゃあ、これはお土産です。どうぞ。」
ニケさんが魔法で、沸騰しつづけている水を消して、管理官に容器を手渡しました。
「あっ。どうもありがとうございます。」
また、ダナ管理官が、私に小声で聞いてきました。
「なあ、あの魔法は……。」
「ええ、分離の魔法と変形の魔法ですね。」
「それって、伝説の魔法だよな。」
「そうです。そして、お二人は2歳の時に、この魔法でソロバンを作られたんです。」
管理官は驚きの表情をしています。不機嫌さは無くなっているみたいです。
「ジーナさん。今日は新しい方も居ますから、これまでの話の要点を再度しましょうか?」
ニケさんがそう問い掛けてきました。
そうですね。その方が良いんでしょう。
「ええ。お願いします。私も復習したいので有り難いです。」
それから、ニケさんは、この世界を構成している物が多数のエレメントから成ること。
それらは、電子の数で、性質が異なること。
その性質を分りやすくするためにならべたのが、壁に描かれている周期表であること。
電子が動くことで、電力を使うことができるようになること。
金属は水に溶けると電子を失ってイオンになること。
……。
酸化還元反応とイオン化傾向度の話。
酸アルカリの反応の話。
などを掻い摘んで話してくれました。
アイルさんは、電流が流れると、磁場が発生して、それによって電気を発生させたりモーターを動かしたりできること。
振動しているものを抑制するために、バネとダンパーがあって、それらを組み合わせる事で、馬車や鉄道の揺れを防げること。
それらは、数式で表わせること。
そんな話を掻い摘んで話をしてくれる。
相変らず、アイルさんの説明は、難しい……。
「それで、ジーナは、この話を理解できてるのか?」
ようやく、管理官は、小声で話すのを止めてくれました。その方が良いです。あまりに失礼ですから。
「なんとか付いて行けてるとは思うのですけど……。」
「エドが、難しくて何が解らないのか判らないと言っていたのも納得だな。
主席だった君でさえそうなら、エドには荷が重かったんだろう。
それで、君達は、二人の考案をこういった事を知らないまま調査していたのか?」
「そうなんです。とても大変でした。ガラスの時は信じられなくて不認可にしたんです。でも、王都にアトラス領から、沢山のガラスを使った製品を、商人が運び込んできたので、承認せざるを得ませんでしたね。
結局、何だか分らなくて一旦不承認にしたものもありましたけど、現物が運び込まれたり、グルム宰相からさらに詳細な説明が届いたりして結局承認することになるんです。
最近では鉄道がそれなんですけど……実際に動いてますからね。」
「あの。主席って何なんです?」
ニケさんが質問してきました。
それから、管理官は、王国文官の登用試験を説明します。
私がその年の最優秀で主席だったことや、主席で、考案税の調査官になるのはとても珍しい事などを説明しました。
なんとなく気恥ずかしい思いをしました。
「ジーナさんは優秀なんですね。それで、こんなに短い時間で、私達の話を理解してくれてるのですね。」
顔から火が出そうです。
話題を変えたくて、素材に関しての知識で、聞いておきたい事があったので、聞いてみます。
「ニケさんは、鉱石から色々な物を取り出してますけど、鉱石の中に何が有るのかは、どうやって知るのですか?」
「普通は、魔法で確認するんです。」
「じゃあ、魔法が使えないと、鉱石の中に何が有るのかは分らないんですね?」
「いいえ。そんな事は無いですよ。じゃあ、今日は、分析の話をしましょうか。」




