W9.納得
うーん。面倒臭いことになったな。
今、特許庁の審査官を6人連れてアイルと研究所に向っている。
あれ?本当の役職の名前は何だったっけ?
確か、考案税の調査官だったかな?
いつも一緒のカイロスさんは、今日から暫くは説明員で、展示会場だ。
この人達、私とアイルがソロバンを作った時の年齢が2歳だったので、疑いの目を向けているんだよね。
疑われても仕様が無いと言えば無いな。
普通の2歳は、セドくんや、フランちゃんみたいなのが普通だ。私とアイルは、お母さん達が言っている様に、別格だったんだよ。
まあ、前世の記憶アリアリで、生活していたから、そうなるよな。
今更、2歳の私達を見せる事なんてできないし。
別に何も不正な事はしていないのに、厄介な事だ。
どうしようか。
あっ。助手さん達に証言してもらえば良いかな。
多分、今日から暫くの間、私の助手さん達は研究室に居る筈だよね。
アイルの助手さんは……三人とも展示会場の製造装置に貼り付いていたな。
天文台の二人は……今は寝てるよね……。
アイルの助手さんは、ムリか……。
あと、証言をしてもらえそうなのは……今、私達の護衛をしている騎士さん達やお手伝いをしてくれる侍女さん達か。
まっ。何も不正はしていないんだから、どうにかなるでしょ。
研究所に着いたけど……どうしようか?
1階の商談エリアでも良いけど、研究室を見せた方が説得力があるかな?
色々思い悩んだ挙句、研究室に連れて行く事にした。
二階に昇って、研究室に案内する。
私の助手さん達は皆揃っていた。
「凄いですね。これ、全部ガラスですか?」
ここに来る前から、色々言ってきたジーナ・モーリさんが、棚の実験器具や試薬棚の薬壜を指して突然聞いてきた。
「ええ。ただ、普通のガラスとは成分が違いますけど。」
「えぇっと。ホウケイ酸ガラスでしたっけ?」
「そうです。良く御存じですね。」
「申請書にありましたから。でも実際に見るのは初めてです。とても透明感のあるガラスですね。」
「すみません。どういった方達なんですか?」キキさんが私に聞いてきた。
「あっ紹介してませんでしたね。えーと、王都の考案税の調査官の人達だそうです。」
それから、調査官の人達が自己紹介して、私の助手さん達も自己紹介した。
改めて、私の事は、ニケと、アイルの事はアイルと呼んで欲しいと伝えたら、それぞれ、審査官の人達も名前で呼んで欲しいと言われた。
「えーと。それで、ジーナさんとエドさんが、私単独の申請の担当で、パゾさんとサムさんが、アイル単独の申請の担当で、エルギスさんと、マリエーレさんが、二人連名の申請の担当という事なんですね?」
「ええ。そうです。ただ、連名の申請が多いので、それぞれ、素材関係の場合は私とエドが手伝って、道具関係の場合には、パゾとサムが手伝って進めているんです。」
「件数が多くて、大変でしょ?」とカリーナさんが気遣い気味に問い掛ける。
「そうなんです。見た事も聞いた事も無いものばかりで……。特にニケさんの申請は、謎解きをしているような感じです。」
まあ、そうだろうね。突然知らない物質が出てきて、それがさらに知らない物質を作るのに使われていたら、何が何だか解らないかもしれないね。
「えっ?そんなに難解なんですか?」
とジオニギさんが驚いた様に聞いている。
おいおい。キミ達は、現物を見ているけど、調査官の人たちは、現物を見たこともないんだから当然だと思うぞ。
「知らないモノの名前が沢山出てくるじゃないですか。知らないモノから、知らないモノが出来て、それが、何か知らないモノを作るのに使われてって感じで、最初の内は、何を申請しているのか皆目見当も付かなかったんです。
でも、それらが、銅を作るのに使われたり、薬を作るのに使われたりしていて、もう、そういうモノなんだと思うしかなくって……。
出来れば、一度説明してもらえたら助かるんですけど……。」
調査官の人達は、皆、ジーナさんの発言に頷いている。
過去、私の助手さん達も混乱しまくっていたな……。
「それと、今、一番疑問なのは、「ソロバン」の申請をしたときお二人はまだ2歳だったんですよ。そんな年齢で、ソロバンを作る事は出来ないですよね?」
あーぁ。やっぱりそこに行くか。
「いえ。ソロバンを作ったのは、アイルさんとニケさんで間違い無いです。二人がソロバンを作ったので、領主様が私達を助手に付けることにしたんですから。」
少し憤慨気味に、ギウゼさんが反論する。
「でも、2歳ですよ。そんな事できる訳無いですよね。」
「二人は、凄い魔法使いなんです。最初のソロバンは、ニケさんが素材を分離の魔法で作って、アイルさんが変形の魔法で作ったそうです。そんなお二人を補佐することができるのなら素晴しいと思って、私達は助手を志願したんですから。」
「でも、2歳って、赤ちゃんじゃないですか?」
「そうですよ。助手になって初めて会ったときは、お二人とも、可愛らしい赤ちゃんでした。それが何か問題でも?
赤ちゃんだから、自分の手を動かして作業する事なんて出来ないだけで、私達が手足になって作業したんです。
考案税の申請って、作った人じゃなくて、考案した人を申請するんじゃないんですか?
当時、赤ちゃんだったニケさんの指示で、鉄も作りましたし、ガラスも作りました。
全て、ニケさんの指示で行なったことです。
最初は、何の為にするのか解らない事も、目的や理由をきちんと教えてもらいました。
だから、間違い無く、アイルさんやニケさんが考案したんです。」
「そんな……2歳だったら、話だって出来ませんよね?」
「いえ。お二人は、生れて半年でしっかり話が出来たと聞いています。御会いした時も、赤ちゃんが、どうしてこんなにしっかりとした会話が出来るのか、吃驚しましたから。」
ギウゼさん。ありがとう。
「そうですよ。ニケさんは、赤ちゃんの時も私達に指示してくれました。」
「そうです……。」
助手の皆が一斉に、私達が2歳の時の事を話し出す。
有り難いね。でも……。
うぅぅ。赤ちゃん、赤ちゃんとあんまり言うなよぉ……。
何気に……ダメージが……。
「あれ?そう言えば、4年前に、半年で話をするようになった、双子の赤ん坊が居るとか聞いた事があるな。」とサムさん。
「いや。あれは、双子じゃなくて、二人の赤ん坊だよ。確かアトラス領だったはずだ。ひょっとすると、それがアイルさんとニケさんの事だったんじゃないかな。」とエドさん。
なんと、生れてそれほど経っていない私とアイルが、王都で噂になっているって、どういう事なのだ?
そう言えば、ウィリッテさんが、アトラス領に来たのは、半年で言葉を話した不思議な子供が居ると聞いたからと言っていた事がある……。
結構有名だったんだろうか……。
いや、いや、いや、今はそれはどうでも良いのだ。
あれ?あれほど、責めて来ていたジーナさんが、穏かな表情になっている……。
「そうなんですね。よかったです。偽りの申請だったらどうしようかと思ってしまって。
色々失礼な事を言って申し訳なかったです。すみませんでした。」
あれれ。ジーナさんが別人になってる。
「それで、お二人とも凄い魔法使いという話だったのですが……。魔法を見せてもらう事は出来ますか?」
魔法を見せてくれと言われてもなぁ。
私が分離魔法を使って、アイルが変形魔法で何か作れば良いんだよね。
アイルに何を作ってもらおうか……。
今、ここには、新しい金属を作れないかと思って集めていた、イルメナイトと灰重石があるから……。イルメナイトからチタンを取るか、灰重石からタングステンを取るかだけど……。
何かお土産になりそうなものを作るのが良いかな?
『ねぇ。アイル。今、チタン含有している鉱石があるんだけど。チタンでタンブラーを作ったら、使ってもらえるお土産になるんじゃないかな?
タンブラーを二重構造にして、中の空気を除いた魔法瓶みたいにすると、飲み物の温度も変わり難くて便利よね?』
『二重構造のタンブラーね。良いかもしれないな。えーと。じゃぁニケがチタンを作って、オレが二重構造タンブラーを作れば良いのか。チタンだから、少し厚めでも重くはならないか。二重構造の中の空気は魔法で取り除いてしまえば良いかな。』
日本語を使ったことで、王都からのお客さんには、怪訝そうに見られたけれど、助手さんたちは平然としている。
王都から来た人たちは、気になるけど、口には出来ないというところかな。
「皆で、1階の倉庫から、イルメナイトを持ってきてくれます?」
と助手さん達にお願いした。
残っている、調査官の人達には、説明をしておこう。
「じゃあ、いつもお世話になっているみたいなので、お土産を作りますね。
ここには、今、チタンを含有している鉱石があるので、そこから私が抽出魔法で金属のチタンを取り出します。その後で、アイルが変形魔法で容器を作りますね。
チタン製の容器は、表面が酸化チタンで覆われるために安定で、安全なんですよ。」
あれっ?反応が薄いな。何故だ?
「ええと……作るのは、他の物でも良いんですけど……。」
「ありがとうございます。是非それでお願いします。ただ……チタンって何ですか?」
おっと。そうなるのか。そう言えば考案税の申請書で、謎解きをしている様だったと言っていたな……。
基本的な化学や物理の説明をした方が良いのかもしれない。
助手さん達がイルメナイトを持って来てくれたので、そこからチタンを取り出してインゴットにした。
「今、分離魔法で取り出した、これが、チタンという金属です。あとは、アイルが加工しますね。」
アイルが、二重構造のタンブラーを6つ作ったので、私が表面処理をして、金色のタンブラーにする。
調査官の人達は、食い付く様に、私とアイルの魔法を見ていた。
「ねぇ。アイル。断面が分るように、このタンブラーを二つに切ってみてもらえる。」
アイルがタンブラーの一つを二つに割って、調査官の人達に見せる。
「ここに隙間がありますよね。この部分の空気を除いてしまうと、熱が伝わり難くなるんです。
だから、凄く冷たいものを入れたり、熱いものを入れても、外側は冷たくなったり、熱くなったりしないんです。
これに、熱湯を入れてみますね。」
そう言って、水魔法で熱湯を作って、容器の一つに入れる。
おぉ。沸騰しているよ。
ジーナさんが、警戒しながら、容器の外側を触ってみる。熱くないので、握り締めている。
「全然熱くないですね。」
それから、管理官の人達がかわりばんこに容器を触っている。
「あと、この容器の中の物は温度が変り難いので、熱いものは暫く熱いままで、冷たいものは暫く冷たいままになります。便利でしょ?」
その説明をしている間に、アイルが新に容器を二つ作ったので、それぞれ一つずつ調査官の人達に渡してあげた。
「これ、金属なんですか?凄く軽いんですけど……。」
「チタンは比重が小さい金属ですからね。」
助手さんたちの視線がだんだん強くなってきた。
「ニケさん!私も欲しいです!」
とキキさんが突然言ってきた。
助手さん達の目が真剣だ……。
「アイル。私とアイルの助手さん達の分も作ってあげようか。」
追加して、私の助手さん7人分と、アイルの助手さん5人分、そしてカイロスさんの分の計13個のタンブラーも作った。
あれ。先刻入れた熱湯は、まだ沸騰している。なかなか断熱性能が良いね。
「ニケさん。これ、考案税申請の対象になりますよ。」とマリエーレさん。
「でも、魔法で作ったものだし、領都の人達が作るのは難しいと思うんだけどなぁ。」
「いえ。魔法であっても作れるんだったら、考案税の対象にはなります。」とエルギスさん。
助手さん達も、自分のタンブラーを片手に、同意している……。
まぁ。誰も作れなかったら、損にも特にもならないから、申請だけしとくか。
「わかりました。またアイルと連名で申請しておきます。
ところで、調査官の方々には、少し、化学や物理の解説をした方が良さそうな気がします。お時間は有りますか?」
調査官の人達に、今日の予定を聞くと、決った予定は無いと言っていた。
そこで、私(の助手さん達)とアイルで、化学や物理の解説をしていった。
私(の助手さん達)からは、エレメントや簡単な反応の説明を。アイルからは、力学や電気の簡単な説明をしてあげた。
ん。私?私は面倒な事はしないよ。助手さん達でできることは、助手さんにおまかせだよ。
皆、真剣な表情で聞いていた。質問も沢山出てきた。調査官の人達は、私達の考案税申請の調査をするのが、大変だったんだろうな。染々とそう思った。