W8.疑惑
「えっ。魔法?」
思わず声が出てしまいました。
あんなに幼ない子供達が魔法を使っている……。
皆も気付いた様です。
私とエドは、ニーケーさんの元に向いました。
パゾとサム、エルギス、マリエーレはアイテールさんの方へ向かっています。
ニーケーさんは、女性の人と話をしていました。
「少し説明が足らないと思ってたんですよね。この図と説明があると、より分り易くなりませんか?」
「ええ。そうですね。ニケさんの言うとおりです。この説明を加えた方が良いですね。有り難うございますニケさん。」
話の内容から、ニーケーさんが、この大人の女性に助言をしている様に見えます。
新たに加えられた説明の紙を見ると、随分と難解な文章と変った図が書いてあります。
この場所は、どうやら商業ギルドというものの説明の場所のようです。
いえ、書いたものじゃないですね。先程魔法で、紙の上に描いてました。
二人が話をしている最中ですが、失礼を承知でニーケーさんに問い掛けてしまいました。
「ニーケーさん、この説明は……」
「あら、どなたですの?」
会話をしていた大人の女性から、逆に問い掛けられてしまいました。
「あっ。失礼しました。私、王都からの視察団の一員のジーナ・モーリと申します。」
「私は、同じく、エド・トデスコです。」
「あら、王都からいらっしゃったお客様でしたのね。私は、商業ギルド長をしているエスエリーナです。アトラス領にようこそいらっしゃいました。」
「会話を遮ってしまって申し訳ありません。とても気になる事がありまして。ニーケーさんは、その歳で、この内容を理解されているのでしょうか?」
「あなた。何を言っているんです?ギルドの仕組みを考え出したのは、こちらのニケさんですよ。」
エスエリーナさんから窘められました。
「それに、商業ギルド、工房ギルドの仕組みを考え出す前にも、鉄、ガラス、釉薬、紙、アンモニア、肥料、新しい銅や銀、金の精錬方法、コークスなど、様々なものを考え出されました。
アイル様と共に、アトラス領では、「新たな神々の戦いの時に生れた神々の国の知識を持つ子供」として有名なんです。
鉄道だって、お二人が作られたものなんですから。」
この説明には驚きました。
この話が本当なら、あの「アイルニケ申請書」は虚偽でもなんでも無かったことになります。
でも、こんな幼ない子供が、そんな偉業を達成したとは信じられません。
「その話は本当なんですか?とても信じられません。何方か、お二人を指導されているんじゃないんですか?」
「そんな人が居る訳ないじゃないですか。一体誰が、鉄道なんてもの考え出せるっていうんです?
お二人が作るものは、誰も彼もが見た事も聞いた事もないものばかりで、只々、驚いているだけです。領主様も宰相様も、お二人に振り回されるばかりなんですから。」
偽りを述べている訳では無さそうですが、やはり、どうにも信じる事が出来ません。
「でも、こんなに幼ない子供に、そういった事が出来るのは信じられません。」
「やっぱり『特許庁の審査官』だったのね。勝手な推論で、有り得ないと決めつけるのよ。」
とニーケーさんが憤慨しています。
ところで、トッキョチョウノシンサカンとは何なんでしょう?
先刻も出てきたような気がします。
「ニーケーさん。心象を悪くしたのならあやまります。申し訳ありません。でも、あなたの様に幼ない子供が、考案税の申請の様な事を実現するとは……どうしても思えないんです。」
「ふーん。まっ、その言い分は分らなくもないわね。でも、今、私は、開催前の調整をしなきゃならないから、その話に付き合ってはいられないわ。
準備が終ったら、研究所に来てもらって、そこで話をしましょう。
それまで、展示物でも見ていてちょうだい。」
そんな風にニーケーさんは言うと、別の展示物の所で、別な人と話し合っています。
その様子は、年齢を別にすれば、確かに考案者に見えます。
私にも、どうしたら確信を持つこと出来るのか分らないまま、エドと展示物を見ることにした。
少し経って、アイテールさんの方に向っていたパゾ、サム、エルギス、マリエーレが、私達に合流してきました。
「いやー。アイテールさんの魔法は、凄かったよ。あれ?何ていう魔法だったっけ?」とサム。
「お前なぁ。変形の魔法だろ。もう忘れたのかよ。変形の魔法って、伝説の魔法で、使い熟せる人がそもそも居ないって話だったけど、あんな歳で、完璧な変形の魔法を使ってるんだよ。吃驚だよ。」呆れ顔でエドが話します。
「でも。本当に速くて、正確だったわ。道具に不具合が有ったみたいなんだけど、直ぐに不具合のある場所を特定して修正してたわね。あれは、道具の構造が完全に解っているのね。」
と感心しながら、マリエーレが言います。
「そうそう。そして、工房の親方らしき人が、アイテールさんに、不具合の原因を聞いていたな。なんか、オレには良く分らなかったけれど、工房の親方はアイテールさんの助言に納得していたみたいだった。やっぱり、あの道具はアイテールさんが指導して作ったんじゃないのかな。」
エルギスは、その時の様子を解説してくれました。
やはり、あの二人が考案者なのかしら?
でも、ソロバンの申請は?その時、あの子達は、まだ2歳だったはずよね。
「でも、ソロバンの申請を覚えている?その頃、あの子たちは、まだ2歳だったのよ。」
「そうかもしれないけれど……5歳で、あれだぞ。2歳の頃もそんな感じだったんじゃないのか?
5歳で、あの魔法は無いだろ。」
私の発言に、エドが反論します。
私もそうなのかも知れないと思い始めてきました。
あとで、ニーケーさんが、研究所で話をしてくれると言っていた事を皆に伝えると、自分達も参加したいと言い出します。
ニーケーさん達の準備が終わって、話が出来るようになったら、相談することにしましょう。
展示会の準備は着々と進んでいるようです。ニーケーさんも、あちこちの展示場所で、説明担当者と打合せています。そして時々、例の魔法で、大きな紙に説明の文書や図を描いています。
展示内容は、ニーケーさんが最終確認している様に見えます。本当に5歳なのでしょうか?
本人が5歳と言っていて、見た目も5歳なので、それは間違い無いのでしょうけれども……。
私達は順番に展示を見て行きました。
鉄や木炭の生産方法は、考案税の申請書通りの内容です。出来れば、実際に作っているところを見たいものです。
鉄の製品として、剣、農具などが展示されていました。
ソロバン、メガネは加工実演をする様です。加工のための道具が設置してありました。
ガラス、紙などは、初期の製造方法の説明が提示してあるようです。最近は電気を使った製造方法が考案税の申請されていましたが、その方法は提示されていません。
多分、電気の供給は、アトラス領でないと難しいのでしょう。
ニーケーさんの考案した、超伝導素材が必須のようですから、他領で実現するのは無理なのでしょう。
超伝導材料も出来れば実際に作っているところを見たいものです。
上下水道の構造については考案税申請書で見たことがあります。上水の消毒薬を使用する重要性には言及していますが、肝心な製造方法については、記載がありません。電力を使うからでしょうか。
あとは、領地の経営施策に関わる展示でした。三圃式農業は、その必要性や実施した場合の地力の向上などが示されています。
説明員が、グラフと呼んでいましたが、それらを使う工夫がされていて表示が分かり易くなっています。
領民台帳、商業ギルド、工房ギルド、寺子屋、精鋭養成学校などは、良く出来た方式だと感心してしまいました。これらは、全てニーケーさんの発案なのだそうです。
結局、展示されているものを見ると、電気に関わる部分、アンモニアの製造とそれによって得られる薬剤を利用したものは皆無に見えます。
そして、それらは考案税申請の中で、最も私達にも理解できなかったものです。
何か理由が在るのでしょうか?
「やっぱり、電気に関しての考案については展示が無いよな。」とエルギスが呟きました。
一緒に居る6人全員の共通認識でしょう。
準備が完了して、開始時刻になったようです。博覧会の展示会場は開場しました。
見るからに、各領地の重要人物と思われる人々が会場に入ってきました。
ニーケーさんを探すと、入口脇の隅にアイテールさんと二人で佇んでいます。
二人は展示物の説明はしないみたいですね。
私達は二人の元に近付いて声を掛けました。
「ニーケーさん。お仕事は終られたのですか?」
「あっ、えーと、ジーナさんでしたっけ。仕事は終わりました。研究所に行きますか?」
「お願いできますか?それと、私達6人でお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ええ。6人ぐらいなら、全然大丈夫です。あっ、ねぇアイル。アイルも一緒に研究室に戻らない?これから、『特許の審査官』さん達とお話をするんだけど、アイルもどう?」
「えっ。オレも?ニケのお客さんじゃないのか?」
「そうだけど、きっとアイルの事も疑っているわよ?」
「何か、疑わしい事なんかしたか?」
「多分年齢の事だと思うんだよね。」
「あっ、そういう事か。なるほど。ふーん。じゃぁ、オレも一緒の方が良さそうだな。」
ニーケーさんとアイルさんが、二人で会話した後、こちらに向き直ります。
「じゃあ、案内しますね。アイルも同席するしますけど、良いですよね?」
「それは、勿論。お願いします。」パゾが嬉しそうに返答します。
パゾとエドは、考案税の申請書を通して、アイルさんを信奉しています。実際に会って色々な話が聞けるのは、嬉しいに決ってます。
私達8人は、ニーケーさん達の案内で、その研究所という所に向いました。




