W7.驚愕
マリム駅に着いて、私達王都視察団は、領主館に向いました。
領主のアトラス侯爵様に、訪問のご挨拶をする為です。
私達視察団は、もともとは、考案税管理部門からの申請でした。
しかし、アトラス領で生み出される物が多岐に渡って優れているため、産業管理部門が、同行したいとゴリ押ししてきました。
この部門は、王国内で生産される物品を調査・管理を行なっている部門です。
私達の、考案税管理部門とは比べものにならない程の力を持っています。
結局、視察団の団長は、産業管理部門のフレディ・グレゴリオ長官になりました。
他にも、貨幣の流通量を調整する貨幣管理部門のアルバン・ムーラス長官、物品や人の移動のための街道網を管理する交通管理部門のリナルド・ステラ長官と、錚々たる高位文官の人たちが居ます。
皆、今回の視察に便乗してきました。
それぞれの部門から、副長官、高位の管理者などが同行したために、大所帯になっています。
多分、アトラス領との折衝があるのでしょう。
挨拶の後で、私達下っ端の考案税の面々は、領主館で行なわれている博覧会の説明を聞くことにしています。
一応、考案税部門からも考案税部門ののヘンリ・ダナ管理官が同行しています。比較的高位の文官の人達も居ますが、アイニーケ申請の純粋な担当者は、私の他、同期の6人だけです。
そして、視察団を見渡して、若い低位の文官は、私達だけでした。
アトラス領の謁見の間に通されて、アトラス侯爵様と、各長官が挨拶を交します。
その後、私達を含めた、視察団の面々の紹介がありました。
この後、私達6人以外は、侯爵閣下と面談をする様です。
早々に、私達6人は、謁見の間から退出しました。
「じゃあ、まず、展覧会の展示を見に行こうか。どこでやってるんだろう?」エドが皆に聞いてきます。
「確か、領主館の入口に、場所が書いてあったわよ。」マリエーレの助言で、謁見の間から、領主館の入口に向けて歩いていきました。
私達の前を5歳ぐらいの男の子と女の子が歩いています。
侯爵閣下の息子さんと娘さんかしら?
「ねぇねぇ、ボク達。展示会の場所知らないかな?」サムがその子供たちに話し掛けました。
「ちょっと、サム。この子達は、侯爵様のお子様達よ。まずは、挨拶しないと失礼よ。」
そう言われて、サムの顔色が白くなっていきます。
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫ですよ。これから、博覧会の展示を見に行かれるんですよね?
ボク達も、その会場に行くところですから、ご案内しますよ。」
男の子が丁寧に応対してくれました。
流石に、侯爵様のお子様は、幼なくてもしっかりしているんですね。
「でも、領地の方達とは違ってますよね?王都から来られた、視察団の方ですか?」
と女の子が問い掛けてきました。
まだ、5歳ぐらいなのに、やっぱりしっかりしています。
「ええ。そうです。私は、王国の文官でジーナ・モーリと言います。これから、博覧会の展示を見に行きたいと思っているんです。場所が分らなくて困っていました。案内をお願いできますか?」
それから、残りの5人が、自己紹介をしました。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。初めまして。ボクは、アイテール・アトラスです。」
「初めまして。私は、ニーケー・グラナラです。」
えっ。アイニーケ申請の二人?
そんな……まさか。
「えっ、アイニーケの二人?」
パゾが疑問を口に出してしまいました。
「アイニーケ?何ですか?それ。」
アイテール様が、怪訝そうな表情で、聞いてきました。
「えぇっと、私達は、考案税の調査官をしているんです。私達6人は主にアトラス領から申請された考案を調査する担当をしています。
アイテール・アトラスさんとニーケー・グラナラさんの考案税申請が多いので、私達身内だけで、その考案税申請を、「アイニーケ」申請と通称しているんです。ごめんなさい。」
「あっ。そうなんですね。いつもお世話になってます。」
とアイテール様が言います。
「『特許庁の審査官』さんね。」
ニーケーさんが、不思議な言葉を言いました。
『ニケ。特許庁の審査官じゃないよ。それに、その制度はこの世界だと存在してないよ。』
『だけど、この世界の特許庁の審査官でしょ。前世では、どれだけ苦しめられたか。トンチンカンな拒絶査定を何度受けたか。アイルもそうじゃない?』
『いや、オレあまり特許は書かなかったから。ニケは、沢山書いていたんだよな。』
なにか、不思議な言葉で、二人が会話を始めます。
一体、この二人は何なの?
考案税の申請者を偽ると、処罰されるのだけど、大丈夫なのかしら。
二人が不思議な言葉で話しているのに割り込むように問い掛けてみた。
「あのぅ。お二人は、アイテール・アトラスさんと、ニーケー・グラナラさんで間違いないのかしら?差し支えなければ、年齢を教えてもらえるかしら?」
「ええ。間違いなくボクは、アイテール・アトラスです。年齢は、5歳です。」
「私も、ニーケー・グラナラで間違い無いわ。アイルと同じ日に生まれたから私も5歳よ。」
驚きました。すると、ソロバンの申請をしたときには、この子たちは2歳です。そんな事は有り得ません。
この子たちが、アイニーケ申請者だとすると、完全に虚偽申請です。
きっと、同姓同名の別人が居るはずです。
「えぇっと。他にも、アイテール・アトラスと、ニーケー・グラナラという名前の人が居るんですか?」
「えっ、ボクと同姓同名の人?聞いたことないな。」
「私も聞いたことないわ。」
えっ。どういう事なのでしょう?
でも……アトラス領の状況を見ると、考案した人は確実に居るはずですよね。
一体どうなってるのかしら。
周りを見ると、皆固まっています。
それはそうです。
虚偽申請の現場に居合わせる事なんて、私達は経験したことがありません。
「ねえ、考案税の調査官の人たちは、博覧会の展示室に行くんですよね。ボク達も行かなきゃならないんですけど、どうかしましたか?」
「そうそう。もう時間が迫っているから、私達は、展示会場に行くけど、どうします?」
そうでした。展示会場の場所まで案内してもらう事を頼んでいたのでした。
虚偽申請の件は、あとで申請手付きをしている、宰相のグルム様に確認してみないといけないけど、今じゃなくても良いでしょう。
「あっ。そうですね。案内をお願いできますか?」
「いいですよ。展示会場は、こっちです。」
そうアイテール様が言うと、二人は歩き始めました。
私達はその後を付いて行きます。
「本当は、まだ準備中なので、領地から来られた部外者は入室できないんです。
でも、王都からの視察団の方なら問題は無いでしょう。
入室されますか?」
アイテールさんが、問い掛けてきました。
5歳とは思えない口調と内容です。
準備中の展示品に興味があったので、お願いをしてみます。
「ええ。ぜひお願いします。」
展示会場は、かなり広い部屋でした。
壁際に、大きな紙が吊り下げられています。
貴重な紙なのに、あの大きさの紙もあるんですね。紙の生産領地のアトラス領ならではなのでしょう。
開場時刻までに準備を完了しようと、多くの人達が、展示物の準備に慌しくしています。
アイテールさんは、大きな道具の方に向っていきます。
ニーケーさんは、吊り下げられている紙の前で、大人の女性と話をしています。
アイテールさんは、動いている道具の側で、道具を見ています。
突然、アイテールさんが、道具に手を翳すと、道具の形が変わりました。
ニーケーさんは、女性に大きな紙を壁に広げさせています。
ニーケーさんが、紙に手を翳すと、突然、真っ白な紙に字や図が現われました。
「えっ。魔法?」




