W6.絶景
「それでは、視察の際の注意点を伝える。」
グレゴリオ団長が、視察団全員を集めて、視察の際の注意点を告げています。
アトラス領は、既に侯爵領なので、視察の際に問題を起こさない様に、注意点を事前に伝えています。
いくら、王国の文官と言えども、侯爵領での振舞いが鷹揚なものであっては成らないのでしょう。
男爵や子爵とは格が違います。
国王陛下に準ずる態度が必要となるのです。
幾つかの注意を伝え終えた後に、領地での行動は二人一組になって行なうように言われました。
つまり、独り歩きをしては駄目みたいですね。
「では、組み分けを伝える。
……
ジーナ・モーリとエド・トデスコ。
パゾ・ツラーノとサム・ルース。
エルギス・セチとマリエーレ・ドナチ。
……。」
私は、エドと一緒にアトラス領を見て廻ることになりました。
私、エド、パゾ、サム、エルギス、マリエーレの6人は文官認証同期の考案税調査官です。
文官試験で、最優秀だった私が、考案税調査官になると聞いて、上位の成績を納めた、私以外の5人が次々と考案税の調査官となると言いだしました。試験官達は大慌てをしていました。
考案税の調査官詰所では、「今年は、驚きの当たり年だ」などとも言われました。
5人に、何故考案税の調査官を選択したのかを聞くてみたら、皆、人や金を管理する仕事より、物を管理する仕事の方が好ましかったと言ってました。
他の文官の人達に言わせると、変わり者の集団だそうです。
そんな経緯もあって、私を含めた6人は、大の仲良しになりました。
6人揃って、王国東部の考案税の調査をしていた時に、「アイニーケ」申請書が多量に出てきました。
どの申請書も、申請要件は満たしているのですが、なにしろ内容が難しいのです。
いつも、6人で頭を悩ませていました。
段々と申請書が増えてきて、ニーケー・グラナラさん単独の申請は、私とエド。
アイテール・アトラスさん単独の申請は、パゾとサム。
二人で連名の申請は、エルギスとマリエーレが担当して、ニーケーさん案件に近いときには私とエドが、アイテールさん案件に近い場合には、パゾとサムが手伝うことになっていきました。
なにしろ、二人連名の案件が多いんです。
「なぁ、折角だから、6人で一緒に行動しないか?」とサムが言ってきました。
「そうだな。お互いに、分野が違うけれど、相互に関係していることが多いから、一緒の方が理解しやすいかもな。」とエルギス。
「私もその方が良いと思うわ。」とマリエーレ。
結局、6人で、一緒にアトラス領を廻ることにしました。
船が停泊したグラナラ港から6人で連れ立って、アトラス鉄道のグラナラ駅に向います。
馬車で移動すると言われていたので、埠頭のあたりで待っていると、馬に曳かれた馬車がやってきました。
「あれは、申請書にあった通りの乗り物の様だな。」とサムが言います。
確かに、申請書で見たことがあるわね。実際に使っているのを見るのは初めてだけど。
馬車は快適でした。
道がそれほど良くは無いのに、あまり揺れません。
「サスペンションというものの働きで揺れないらしいんだけど、実際に体感してみないと判らないものだね。」とパゾが説明してくれた。
アイニーケ申請書は、あまりに難解で、専任して読み解く必要があります。
専門の分野外だと、どうしても疎くなります。
流石にサムとパゾは、アイテール・アトラスさん単独の申請書を主に読み解いていただけありますね。
この揺れの小ささは、申請書にも記載されていたらしいです。
グラナラ駅に着いたので、私達は、鉄道に乗り換えます。
駅を利用する人の様子を窺っていると、鉄道を利用する客は、料金を払って、紙の切れ端のようなものを受けとっています。
その紙の切れ端を駅の従業員に見せて入口から中に入っていきます。
私達は、無料で利用できる証明書を持っています。それを駅の従業員に見せて、入口を通り抜けました。
駅の奥に進むと、大きな金属製の塊が沢山並んでいます。
端にある一際大きなものが機関車なのでしょう。
熱気が、屋根の上から陽炎を作りながら立ち上っています。
「これは、凄いな。申請書に書かれていたものが、そのまま本当にここにあるよ。」とエルギスが驚嘆しながら声を上げました。
「隣りの線路に留まっている、窓が無い箱型のものが冷凍車なんでしょうね。中に入っているものを冷やして、新鮮なまま運べると書いてありました。」とマリエーレが関心したように呟いています。
客車が止っているところの傍らに、時計が柱に掛っていました。
来る時に乗った船の中にもありましたが、便利な道具です。
時計を見ると発車まで、あと10分(=10min)程です。
私達は、客車に乗り込みました。客車の中は、窓に沿って、2列の二人座れる座席がありました。
60人ぐらいがゆったりと座れるようになっています。
海の方を見たかったので、私は進行方向右側の窓際の席に座りました。
出発の時刻になったのでしょう。笛のような高い音がした後、ガシャガシャといった音を立てながら、客車は動き初めました。
窓の外に見える地面は、見たことも無い速さで後ろに動いていってしまいます。
少し走ると、海岸沿いを走るようになりました。
流れる景色と、ゆったりと動きを止めているような海。
馬で移動したら、こんな感じで風景を楽しむことは出来ませんね。
鉄道は、駅に着くと止まり、人が乗り込んだり、降りたりしています。
5つ目の駅を過ぎて少し経ったところで、川を渡りました。
「これが、鉄橋なのかしら?」
「いや、これは、違うんじゃないかな。あまり大きくないから。」
私の問い掛けに、隣りに座っているエドが応えてくれます。
「そうね。なんか、申請書に書いてあった橋とは形が違っているわね。」
それから、3つ目の駅は、マリム大橋西駅という名前でした。
その駅を出発すると、進行方向に巨大な柱が沢山立っているのが見えます。
「あれが、鉄橋ね。大きいわね。」
一緒に居た5人の友人達も、興奮しています。
「綺麗な形をしているわ。」マリエーレが呟きました。
客車は、橋を緩やかに登っていきます。
「絶景だなぁ。」パゾが海の方向を見ながら言います。
本当に絶景です。天気が良くて、雲一つない青空の下、河口から海までが一望できます。
反対の窓の斜め前方にはマリムの町並みが見えています。
こんなに高くて何も無い場所から、周りを見たことはありません。
空を飛んでいるような、不思議な世界に迷い込んだような気分です。
本当に、アイテール・アトラスさんと、ニーケー・グラナラさんは凄いです。
こんな物を作った人は、過去の長い歴史の中で居なかったでしょう。
お二人に会えるのが楽しみです。
二人は、一体どんな人でしょう?
熟練の求道師なのでしょうか?魔法使いかもしれませんね。
客車は、ゆっくりと下っていって、川を渡り終えました。
マリム大橋東駅のあたりは、街の建物が増えてきました。
6階建ての建物です。
整然と並んでいます。
とても綺麗な町並みです。
次は、マリム駅です。
夢にまで見たマリムです。
ガラスの街、鋼の街、屋台の街、彩色陶器の街、そして色彩豊かな衣装の街。
様々な呼ばれ方をする、憧れの街です。




