W4.開催
オレの領地の周辺の領地は、60を越える。
各領地の領主宛に博覧会の招待状を準備した。
その、招待状は、文官達に、鉄道を使って各領主館に届けさせた。
各領地毎の参加人数、来訪予定日などは、神殿経由で、返送してもらうことにした。
神殿の対応は、ダムラック司教に依頼した。
神殿から、各駅へ返信を運んでもらいマリムまで届けてもらった。
この件とは別に、ダムラック司教は、博覧会の日程に合わせて、周辺領地にある神殿の神殿長をマリム神殿に呼びたいと言ってきた。
別に問題は無さそうなので、了承した。
但し、領主や王都からの来客への対応が大変な事になりそうだったので、神殿関係者の宿泊や接待は、マリム神殿で、対応してもらう。
大人数の貴族や神殿長達がマリムにやって来る。ソドに、博覧会の間の警備体制を考えてもらうように伝えた。
あの戦争以来、ウチの騎士団も規模が大きくなった。なにしろ、隣国を征服した騎士団だ。
腕に覚えの有る騎士候補達が沢山押し掛けてきていた。
あの戦争の前と比べて、騎士団の規模は3倍以上になった。
これを見て、相変らず、グルムが文官が何故増えないのかとブツブツ呟いている。
文官は、読み書きソロバンが必須だからだろ。
そういう奴は、そんなに居ないんだよ。
これだけの領主達を呼ぶとなると、歓迎の場所の準備だけでも大変なことになる。
侯爵になったこともあるので、領主館の拡張工事をすることにした。
オレ達の居住空間はそのままにして、巨大な大広間と大きな接客のための部屋、来客が宿泊できる部屋を増やした。
序でに、人数が増えた文官や騎士団の執務室を拡張した。
領主館の他に、グラナラには、東部大戦当時の城もある。オルシ伯爵が後生大事にしていた建物だ。
招待客への対応は、領主館とグラナラ城に分配すれば、どうにかなるだろう。
グラナラ城に宿泊した招待客は、鉄道で移動してもらえば良い。
無線機で舅殿に、博覧会の日程を伝えた。
舅殿は、船を寄越せと言う。参加人数を聞いたら、警備の騎士を含めて100人を越えるらしい。
そんな人数を運べる船は、石炭運搬船ぐらいしか無い。
アイルと相談して、新しい船を作ってもらうことにした。
どうせ、オレ達が王都に向う時にも使う。
オレは、フローラとユリア、グルム、ナタリアと招待客の接待について打合せた。
提供する食事、部屋の装飾、テーブルの配置と招待客の席の配置などなど。
考えなければならない事が有りすぎる。
オレやグルムは、領地執務が有る。その上、博覧会で展示する内容の確認、承認をしなければならない。
接客内容の大半は、女性達に任せることにした。
3ヶ月の準備期間を設定したのだが、思っていたより対応しなければならない事が多かった。
近隣の領主達は鉄道の事を知っていた。そして、皆、鉄道でマリムに来たがった。
遠隔地の領地から鉄道で移動するとなると、途中の駅で停まる時間を含めて4昼夜掛る。その上、沢山の領主達が同じ列車に乗り合わせる。
寝台車の準備や食堂車の準備、鉄道の運行手順などまで考えなくてはならなくなった。
鉄道の発着時刻を伝えたところで、マリムと違って、各領地の時刻など当てにならない。
発着時刻に遅れて駅に辿り着いた領主一行を待たせる訳にも行かない。
各駅に、訪問する人数に合わせた寝台車と食堂車、世話係を待機させておくことにした。
その領地の訪問者が全て乗り込んだ車両は、やってきた列車に連結させて移動させる。
あまり待たせる訳にもいかないので、各領地からマリムに領主一行が移動してくる間は、1時に1本の列車を走らせることにした。
この運行計画のために、機関車を増やすことになった。
アイルとニケには申し訳無いが、対応を依頼した。
ニケは、例のニケにしか作れないモノが足りなくなったと言って騒いでいた。
その後、ニケは、酷くぐったりしていた、それほどに大変な魔法を使ってくれたようだ。
本当に申し訳ない。
今回の博覧会は12日の会期で実施する。返信があって参加する近隣領地は61家だった。
招待状を送付した領地は全てマリムにやって来た。
王都からの視察団と、近隣領地からの来客は、800人になった。
当初は、マリムの領主館にも宿泊客を受け入れることを考えていたのだが、結局、全ての宿泊客は、グラナラ城に宿泊してもらう事にした。
歓迎の式典や、接待を2箇所で実施するには対応出来る人員が足らない。
どちらか1ヶ所に集約するのであれば、広いグラナラ城に宿泊してもらう他無かった。
流石、東部大戦の頃に、王国の城だった建物だ。
余裕で宿泊させる事ができた。
しかし、こんなとんでもない施設をオルシ伯爵は維持していたものだ。
掛る経費だけでも大変だっただろう。
ただ、水廻りだけは、大幅に改造しなければならなかった。
結局、グラナラ城には、上水を引き入れ、下水処理の施設を作った。
後回しになってはいるが、後々グラナラの街へ普及させていく事は考慮した。
態々マリムの領主館を拡張したのだが……まあ、そのうち使う機会もあるだろう。
開催の時期が近づいてきた。持て成すための準備に抜けが無いかの確認に追われた。
気の早い招待客は、開催日の4日前からやってきた。一応、事前に予定の手紙を受け取っていたので、鉄道の送迎には問題はなかった。
それから、続々と招待客はやってくる。
アイルに大型の客船を作ってもらったので、王都に船を送った。
博覧会の前日には、全ての領地からの招待客が集った。
開会の前夜は、グラナラ城で、歓迎の宴会を行なった。
貴族達を前にして、慣れない挨拶をすることになっている。
何とも憂鬱な事だ。
グラナラ城の大宴会場には、領地からの招待客用に700人の席が設けられた。
もともと王国の王城だった為だろう。
とんでもない宴会場が有る。
厨房設備は、大改造した。
電気をマリムから引き込んで、オーブンを並べた。
他にも、ステンレス製のキッチン用品を準備した。
そうしないと、ニケが考案した料理を出すことができない。
総勢700人もの客への食事の準備は大変な状態になった。
開宴の挨拶は簡単に済ませた。これから、博覧会が有る。
どうせ、見たり聞いたりしたい事は、そこで幾らでも説明されるはずだ。
「この度は、我が、アトラス領へご来訪頂き御礼申し上げる。
幸運な事に、「新たな神々の戦いの時に生まれた神の国の知識を持った二人の子供達」のお陰で、辺境のアトラス領は、発展することが出来た。
この知識は、アトラス領だけに留めること無く、我が領地の周辺の領地に広めていきたいと考えて、博覧会を催すことにした。
明日から12日の間、領都マリムにて、それらの知識により生み出された様々な物をご覧頂ければと思う。
そして、知識、製造方法などを利用したい場合は、是非申し入れていただきたい。
有償となるが、それらを貸与をするつもりだ。
ただ、残念ながら、二人の大魔法使いの子供達にしか作れないものもある。
それらについても、相談にだけは乗ることはできるだろう。
では、神の国の知識を持った子供の一人であるソド子爵の娘のニケが考案した食事を楽しんでいただきたい。」
接待の食事は、ニケが考案した、海鮮パスタ、ハンバーグ、ふわふわパン、ビーフシチューなどを出した。
出された食事は大好評だった。
カトラリーを使った事が無い貴族達が大半で、見様見真似で使っている。
悪戦苦闘と言った方が合っているかもしれない。
オレ達も最初に使ったときには、こんな感じだったんだろうな。
食後は、クッキー、ケーキ、紅茶を提供した。こちらも大好評だった。
男性達は、食後、大サロンで、酒を飲んでいた。オレもそこに参加して、質問責めに会った。
女性達は、食後、別な大サロンで、紅茶と菓子類で、会話を楽しんでいたようだ。
翌日からは、グラナラから、マリムに鉄道で移動してもらい、領主館で展示物の説明をする。
アイルとニケは、『ポスターセッション』と言っていたが、相変らず意味不明だ。
コンビナートやたたら場などに行きたい場合は、鉄道か馬車を利用して移動してもらった。
来賓には、会期中期間の無料パスを渡してある。
あとは、自由に見て歩いてもらおう。
展示するモノは、アイルやニケとその助手達によって、以下のモノになった。
電気やアンモニア合成に関わるものは、除外した。
技術貸与そのものが困難だからだ。
会場で展示されたのは、
・鉄、木炭の生産方法
・ガラス、ソロバン、メガネ、紙の電気が無かった頃の製造装置と生産方法
・地力の低下を軽減するための方法としての三圃式農業と肥料。
・社会システムとしての上水道、下水道の構造と設置状況、汚泥から肥料を作る方法。
・管理システムとしての領民台帳、商業ギルド、工房ギルドの組織と運営方法。
・教育期間の寺子屋、精鋭養成学校の教育内容と運営状況。
といったものだ。
これらの説明の展示物は、アイル、ニケ、二人の助手達に全面的に手伝ってもらっている。
博覧会開催初日まで、準備が続いていた。
博覧会初日の朝、王都からの視察団が船で到着した。
視察団の面々が挨拶に来た。
視察団総勢68人。護衛の騎士が34人居る。
結構な重鎮もこの視察団に参加していた。
ただ、その後の王国視察団との折衝は、不当の一言だった。
産業管理長官は、貴重な産業をアトラス領で独占している状況に不満があるのだろう。特に、肥料の元になる硝酸の製造装置や発電装置などを王国に渡せと言う。ただ、これらは、アイルとニケにしか作れないものばかりだ。
貨幣管理長官も同様だ。新しい精錬方法を王国に渡せと言う。確か、あれは電気が無ければ実現できない。やはり同じ話になる。これもアイルとニケにしか作れないものだ。
交通管理長官は、高速船の製造方法を渡せと言う。これも同じ事だ。
それなら、アイルとニケを王国に出仕させろ言い出す始末だ。
二人とも、まだ幼ない子供だ。そんな事が出来る訳が無い。
そもそも、二人がまだ5歳の子供だとは知らないみたいだ。
こちらも幼い子供だと言う気は無い。
まあ、言ったところで信じなさそうな、頭が固い面々のようだが……。
アイルは宰相閣下の孫で、ニケは近衛騎士団長の孫だと伝えると、大人しくなった。
それならば、提供できる産業についての説明をしろと来た。
何のために博覧会をしているのか理解していない様だ。
博覧会の趣旨を説明してやった。
初めて、現在、博覧会をしている事に気付いたらしい。
領主館の入口にデカデカと書いて掲示していたし、舅殿にもそう伝えた。
こいつらは、自分が思い描いた事以外に興味が無い人達のようだ。
多少便宜を図ると強調した上で、コンビナートや海沿いのコンビナート、たたら場などへの訪問を許可した。
作業員に、業務のジャマにならない範囲で、説明してやって欲しいという書状も渡したら退出していった。
博覧会開始から6日目に、グルム主宰で各領地の宰相達による会議を実施した。
内容は、貸与可能な技術の範囲や、貸与金額の提示だった。
これまでも、非公式に、オレやグルムの所に話を持ち掛けられたりしていたのだが、正式なこちらの提案は、この会合で表明した。
グルムは、上機嫌だ。これまで、ここまで上機嫌のグルムを見たことがない程だ。
そして、その翌日から、個別の領地に対しての具体的な対応を相談していった。
領地によって、金銭的な貧富の差が大きい。そして、大陸東で未開拓地が多い場所だ。
慈善活動では無いので、貧しかろうと、貸与は有償だ。
グルムからの報告でも、オレへの陳情でも、大半の領地からは、電気を使いたいという内容が多かった。
コンビナートや、海辺のコンビナートに行って、工場が動いているところを実際に見たのだろう。
領都マリム周辺の工場も、今では、電気無しでは運転できない。
領都内にある工房も電気を使って加工している。
そして、夜の街や室内の明るさが、以前の灯明とは全然違っている。
この電気とそれによる明るさが、アトラス領が発展している証しだと思っている様だ。
電気についてはアイルとニケと事前に相談をしていた。
やはり、直ぐに、各領地に広げるのは難しいという回答だった。
あれほど、ニケが草臥れ果てているのを見ているので、他領のために無理強いは出来ない。
ただ、鉄道の利用に関しては、大幅な優遇をすることを約束した。
これまでは、各領地の特産物を運搬するだけで、高価になってしまうため、売ることが難しかった。
鉄道を安価で利用できれば、特産物を、他領や、今では最大の消費地となっているマリムに輸送することができる。
各領地で、領民台帳を作ることや、商業ギルドと工房ギルド支部を各領地に設置する事が決まった。
領主館とは別に、領都内では、各商店が、特設の場所を作って、各領地の人々へ商品の売り込みに余念が無い。物産展というものを海浜公園で実施していた。
領主や宰相の他にも、家族や侍女、文官や騎士なども同行している領地も多い。
一通り、博覧会の説明を聞いた人々は、街に繰り出して、街歩きを楽しんでいるようだ。
女性達は、クリスタルパレスの周辺で、日中お茶会をしている。
ニケが作っていたお菓子や、紅茶は、どの女性達にも好評だった。
旧リシオ男爵領あたりで、レペの木の栽培や紅茶の製造が軌道に乗るまでは、製法などは秘匿することになっている。
色々な折衝を各領主と行なって、概ね、満足してもらえた様だ。
どうしても電気を使いたいという領地も少くなかった。
特殊な魔法で生成する素材が必要な事から時間が必要だと説明した。
どうしても、電気を使いたい領地は、その領都から最も近い鉄道の駅まで、洞道を設置した街道を整備する事を条件にした。
これで、少しは時間が稼げるだろう。
博覧会は終了した。
各領地からの来賓は、博覧会での技術移転の合意、毎日違う料理に舌鼓を打ち、お茶会での情報交換、領都マリムでの観光などで、満足してもらえた。
来賓達は、鉄道で、自分達の領地に帰っていった。
全ての領主、王国からの視察団は、アトラス領の発展に圧倒されていた。
技術を対価を払って買うという事も、馴染の無い事で、半数の領主は、自分達で出来る知識を得るだけで帰っていった。
何とか、アトラス領の発展を自分達の力で実施したい様子だった。ただ、そう簡単では無いだろう。
博覧会終了の翌日、神殿を訪問していた大司祭、司祭達を領主館に招いた。司祭達は、早い時期に挨拶をしたかった様だが、オレが忙しくしている事が判っていたため、博覧会が終了するまで、街を見学して待っていたそうだ。
王都と各領地からの来訪者と比べると、人数は多くないので、領主館で持て成した。
どうやら、領主達から聞いた、グラナラ城で出された料理への関心が高かったようだ。
ダムラック司教からの要請もあって、晩餐会を催した。
司祭達は、神の国の事を口にしていた。神の国の素晴らしさ、それを真似たマリムの美しさ、そして、幼い子供の死亡率の低さ。神の国の顕現に、ただただ感銘を受けていた。
そんな様々な事が終り、日々の暮らしが戻ってきた。
領都は、各地から、鉄道でやってきた商人達で、さらに賑やかになっている。
一つだけ、ニケのやらかしが有った。アイルに聞くと、相当にヤバいものだったらしい。
来訪していた人々、領都の人々の度肝を抜いたのだが、ニケの魔法によるものだと、誤魔化した。
まったく、あの娘は、時々とんでもない事をする。




