N.文字
お昼になったので、アイルと昼食を食べる。
世話をしてくれている侍女さん達が、アイルの部屋に食事を持ってきてくれた。
二人で、午前中に教えてもらったことについて話をした。
『あの大陸は、どのぐらいの大きさなんだろう。』
『惑星全体が描かれてる訳じゃないしね。』
『そもそも、この惑星の大きさも分からないよね。多分地球とそれほど違わないと思うんだけど。』
『えっ、何でそんなことが判るの?』
『多分だけど、重力は地球とそれほど違っていないと思うんだよね。ここに居る人達が人類とそれほど変わらなければ、重力が違っていると上手く動けないはずなんだ。
重力は惑星の質量で決まるから、重力が同じぐらいなら、惑星の大きさは地球とそれほど変わらないんじゃないかな。
もし重力が大きすぎたら、骨の強度が持たないから太くなるし、重力が小さかったら、骨が細くなる。どうみても人類と同じ体型の人達が普通に生活しているというのは重力があまり変わらないからだと思うんだよね。
とは言っても、人類と同じ人達という保証もないし、地球と同じ物理法則が成り立っているかも分らないんだけど。』
なるほどなぁと思って感心した。
その後もいろいろ話をしていると、ウィリッテさんが、少し重そうなものを抱えてやってきた。
「これは、石板と言います。字の練習に使いましょう。
まだ、字を教えるのはもっと先だと思っていました。準備できてなかったので、準備してきました。
この板には、文字の種類を書いてあります。」
木の板に字が書いてあるよ。急いで準備してくれたのかな。
「では、文字と読み方を説明しますね。」
文字とその読み方について教えてもらった。
この世界の文字は、2種類ある。
ただし、日本語の様に、漢字と「ひらがな」というものではなかった。
子音と母音の組で一つの文字になっている文字。「伝統文字」と言う。これは「ひらがな」に近い。
子音、母音、各々一文字になっている文字。「普通文字」と言う。これは「ローマ字」のようなもの。
なんか、どちらかがあれば済みそうな気がするのだが、不思議なことだ。
アイルが、
「伝統文字は、普通文字二文字で表わせるのですよね。なんで二種類あるのですか?」
と聞いていた。
私も聞きたかった。
普通は、文字数が少ない「普通文字」を使っている。「伝統文字」を知らない人はかなり居るらしい。
そのうち「伝統文字」は使われなくなるなるのかな。
貴族や、文官は、両方の文字を知っていることが必須なんだって。
「伝統文字」は、昔から使っていた文字。古い文書は「伝統文字」だけが使われていた。聖典に相当する古文書は全て「伝統文字」だ。今は、長期記録に残す公文書や国や領地が関わる契約書には「伝統文字」を使う。その他は、「普通文字」の方を使う。
「伝統文字」には、今使われている文字以外にも、文字があることは分っていても、読み方も意味も不明なものが10文字以上ある。
意味がはっきりしているのは、大地を示す文字、太陽を示す文字、月を示す文字。
つまり、昔の「伝統文字」は表意文字だったのかもしれない。ただ、かなりの文字は失伝してしまった。
古い文書は、保存が難しく、かなり読めないところが多い。他にも文字が有ったのかもしれないが、それは完全に分らなくなってしまっている。
今、判明している文字も、文脈が不明で、本来の意味が何だったのか分らない。それを研究している神学者も居る。
意味も読み方も分らない文字は、元素に関わる文字らしいということだけは分っているみたいだ。
元素と聞いて、つい、反応してしまった。
この世界の元素って何があるのだろうと思って聞いてみた。
すると、「土」、「水」、「風」、「火」が元素で、地上のものは、これらが複雑に結び付いて成り立っている。
その範疇にないものとして、「命」、「天」があるらしい。
「命」と「天」は、4つの元素とは別扱い。
「命」と「天」は人の手が及ばない、神様の領域になっている。
おぉ、話にだけは聞いたことのある「四元素」論ではないか。古代ロマンだよ。
そういえば「フロギストン説」なんてのもあったなぁ、と思う。
この流れで言うと、「火」の元素になるんだろうけど。
昔は、燃焼の現象がきちんと解っていなかったため、かなり混乱していた。
近代化学が成立したのは、18世紀で、それまでは、四大元素の考え方が残っていたと科学史の授業で習ったかな。その頃の化学は、発展途上だった。10年も経つと、常識だと考えていたことが、ひっくり返ってしまったりして大変だっただろう。でもエキサイティングだっただろうな。
私は、完全に現代化学になってしまってから化学を学んだ。だから、それまでの常識がひっくり返るような吃驚する発見ていうのは、無かったと思う。
なんてことを思い出していたら、元素の説明が終ってしまった。
元素の話は、魔法とも関連するので、魔法を学ぶ時に再度説明するんだって。
伝統文字が135文字。
普通文字が、子音が22文字、母音が6文字,特殊文字が3文字あったよ。
母音が6文字あるのは、この世界の言葉で使用する母音には、ア、イ、ウ、エ、オ の他に、アともウともオとも言えない曖昧な音があるので、それに使うみたいだ。
別格だったのは、「ン」の文字と、撥音を表わす文字、音を伸ばす文字だった。
石版と石蝋を渡されて、早速、文字を書く練習をする。アイルとあれこれ間違いを指摘し合いながらやっていると、なかなか楽しい。
何千字もある漢字を覚えて、50音の「ひらがな」と、「カタカナ」を覚えている日本人を舐めてはいけない。
さらに言えば、103種の元素記号をそらんじている化学者相手に、この程度のこと。
えっ、元素はもっとあるって?。あっというまに崩壊して無くなってしまう金属なんて覚えてどうすんのよ。
1時ぐらいで、全部の文字を覚えてしまった。
ウィリッテさんが問題を出して確認してくれたけれど、私もアイルも間違えずに発音したし、発音してもらった文字を書くこともできた。
子供向けの物語が書かれている木簡を借りて、アイルと二人で、音読する。
魔物と戦う騎士の話で、魔物を倒して、貴族の娘さんと結婚してメデタシ、メデタシって。どこにでもあるんだな。こういう物語。
まあ、文字の勉強だと思えば、何を読んでも良いのだけれどね。
物語の文章を読んでみて解ったことがある。この世界の言葉では英語やフランス語みたいに、子音が重なったり、読まない文字があったりはしないみたいだ。
日本人には優しいね。それで、「伝統文字」の数と「普通文字」の組合せの数がぴったり合っていたんだ。納得だよ。ほとんど、日本語のローマ字とひらがなみたいだ。
そうそう、日本人が苦手なLとRはなくて、一つだけだった。
なんか、ウィリッテさんが心無しかグッタりしているようだけど、そんなに疲れるようなことはしていないよね。
明日は、アイルの希望もあって、数について教えてもらうことになった。
魔法は何時なのかを聞いたら、なにやら準備があるらしく、明後日になった。