W3.博覧会
有り難い事に、アトラス鉄道が運行し始めた。
他の領主達が領有していたアトラス山脈の西側も、十分に開拓されているとは言えない。
南北に長いアトラス山脈の西側の地を与えられても、どう統治するか途方に暮れていたのだ。
鉄道が無ければ、北部の領地に人を配置しようと思っても、その場所に派遣するだけで、2,3ヶ月は優に掛ってしまう。状況の確認するためだけで、半年近い時間が掛るのだ。
そんな状況なので、当面、ノルドル王国から分割した領地については、放置するしかないと思っていた。だが、それも杞憂に終った。
途中の駅で停まらなければ3昼夜の移動で、アトラス山脈北部の土地に、人を派遣できる。
コークスを燃料にした発電機を使用すれば、無線で連絡が取れる。
文官達を一斉にアトラス山脈北部に派遣して、住民台帳の整備と測量を始めた。
鉱石の調査団も派遣した。
鉄道のお陰で、何とか成ると分って、ようやく一息吐くことができた。
そして、しみじみと思う。オレは、侯爵になった。
広大な土地を得た領主だ。
こんな事になるなんて、父親の子爵位を継いだ時には想像すらしていなかった。
父の子爵家を継いだのは、今から9年前だ。
それから、辺境の貧乏子爵で5年間、幼馴染のソドや、父に仕えていたグルムと領地をどうにかしたいと思って色々な事をした。
そうだ。全身全霊で取り組んでいた。
しかし、全然好転はしなかった。
この地は、大陸の東の端。好き好んで、居住者が現れるような場所ではない。
発展している西方の地と比べると、未開拓で、魔物の脅威に晒される辺境だ。
領地の発展のためには、領民の力が必要不可欠だ。しかし、領民は一向に増えることはなかった。他領と比べて税制を優遇して何とか領民が減らないという状態だったのだ。
妻のフローラや、ソドの妻のユリアは、善くも付いて来てくれたものだ。
父が魔物との戦いで負傷し、この世を去ったことで、急遽この地に戻らなくなったときには、別れの言葉を準備していたのだ。
結果的には、二人に助けられた。
二人がアイルとニケを産んでくれなかったら、今の発展は無かった。
あの子達が生まれて、4年が経った。中々子供は授からなかった。フローラが妊娠して子を宿した時には、嬉しかった。
ただ、こんな辺境の地に生まれる跡継ぎの事を思うと、複雑な思いも無い訳ではなかった。
ほぼ同時に、ソドのところにも子供が出来たと聞いて、互いに祝い合った。
まさか、同時に出産するとは思っていなかったが。
子供が生まれて、ソドのところは女の子だったので、しばらくソドは気落ちしていた。
今のソドからすると、あの時の落胆は何だったんだろうと思うほどだ。
それほどに、ニケは可愛らしい女の子になっている。
今にして思えば、生まれた時から不思議な子供だった。当時、オレもソドも初めての子供だったので、不思議とは思わなかった。二人目が生まれて、思い返せば、不思議な子供だったと気付く事ばかりだ。
二人を出会わせてからの3年は、驚愕……いや違うな……信じ難い……いやこれも違うな、そう、訳が分からない事の連続だった。
神の国の知識を持っていると聞いた時は、不思議と納得したのだが……。
あれよ、あれよという間に、マリムは大都市になってしまった。それまで、領民を増やそうと四苦八苦していたのが何だったんだという程、呆気無く、領民が増えていった。
アイルやニケに言わせると、産業振興の所為だと言うのだが……。
新しい産業など、どんなに頑張ったからって容易く実現することは出来ないだろう。
二人は、いとも容易く、様々なモノを生み出しては、領民が実現できるようにしてくれた。
二人の前世は、求道師だと言っていたが、この大陸の全ての求道師をかき集めても得られないほどの知識を二人は持っている。
そして、これが、魔法だけで実現するモノだったら、ここまで、領都は発展しなかっただろう。
今では、領民が、様々なモノを生み出している。
何故、領民がモノを作れるように導いているのか、二人に聞いたことがある。
アイルは、この世界の事を知りたいと言う。その為には、沢山の人々の技術を向上させるのが近道だと思っているらしい。
ニケもそう言っていた。ただ、ちょっと違うかもしれない。あの娘は、基本的に怠け者で、美味しいものが大好きなのだ。ニケが作らせる食べ物は確かに美味しい。そして、人まかせにする。そのため結果的に、領民が出来ることが増えている。
反面、ただ一向に、アイルは生真面目だ。二人を足して二つに割ったら丁度良いんじゃないかと思う事がある。
二人の知識で、長年ガラリア王国への恨みだけを募らせていた、隣国を滅ぼすこともできた。あのならず者王国が無くなって、ガラリア王国の北部領主達は、溜飲を下げたことだろう。
その二人が、突然、博覧会をしましょうと言い出した。
「なんだ?そのハクランカイというのは?」
「博覧会というのは、その場所や各地の産業を展示して、商売に継げるものです。」とアイルが言う。
「アトラス領の特産品は、周囲の領地でも知っているんじゃないか?」
「そうなんですけど、どうやって作るかまでは知らないでしょ。どうやって作るか、どういう仕組みで動いているのかを、お金を取って教えてあげるんですよ。」とニケ。
「そんな事をして、アトラス領に何の得があるんだ?」
「単純に損得の話だったら、損に見えるかもしれません。だけど旧リシオ男爵領は、ほとんど廃領地になってましたし、旧オルシ伯爵領も似たような状態でしたよね。鉄道が通った今は、このままアトラス領だけが発展して、他の領地はどんどん力を失なってしまいます。
アトラス領の周囲の領地が、次々と没落していきます。
そうすると、また、ボク達を攫おうとか、良からぬ事を考える領地が出てくるかもしれないですよね。」
とアイルが言う。
「それは、警備を強化するとかで防げるんじゃないか?」
「それに、化学プラントで行なっている方法を中途半端に知って実施しようとする領地が出てきたら、とんでもない事故が起こるかもしれないですよ。
領地でお金さえ払えば、きちんとした知識が得られて、自分の領地でも実施できると分っていれば、そんな危いことをしなくなりますよ。」
今度はニケが意見を言う。
「なるほど。そんな事になったら大惨事だな。だが、ニケが作ったモノを簡単に真似することができるのか?」
なんか、危険を避ける話か出てこないじゃないか。
オレは、この領地の得になる事を聞いたはずなんだが。
二人と一緒に執務室に来ていた、グルムに聞いてみる。
「グルムはどう思う?他領に教えて、アトラス領に何の得があるんだ?」
「得と言えるかは判りませんが……最近、木炭、鉄などは、生産量が頭打ちになってますな。
主に原料供給量の問題だと思ってますが。
他領でそれらの基本的な産品を作ってもらえれば、最終製品の生産量をさらに増やせると思います。
鉄道を使って、マリムに運び込めば良いかと。
そして、マリムが、あとどのぐらい大きくなるかというのも問題です。
既に領都の人口は、d260,000(=622,080)を越えそうで。
そろそろ別な場所にも街を作る事を考えないとなりません。
一つの候補は、グラナラですが、今の人口の増加状況を考えると、アトラス領北部にも街を作っていかなければなりません。
ただ、文官が圧倒的に不足しております。
なかなか簡単には行かないでしょう。
文官の問題は、領都に居る幼い子供が成人すれば解消するかもしれませんが、まだまだ時間が掛ります。
国王陛下からいただいた領地は、山の方が多い状況です。新たな街をどうするかは頭の痛い問題です。
このまま、マリムだけに人が集ると、さらなる対応が必要になります。
今後の統治を考えると、他領も巻き込んでしまった方が良いかと思います。」
「なるほど、他領にある程度仕事を割り振ることで、マリムの人口集中が緩和できて、さらにアトラス領が発展すると思っているのか。」
「それに、ニケ様でなければ作れないもの、アイル様でなければ加工出来無いものもあると聞いています。電気などはその類のものでしょう。それらを使いたければ、対価を取って貸し与えれば良いかと。」
「ニケ。ニケにしか作れないものというのが本当に有るのか?」
「本当は、私にしか作れないものは無くしたいんですけど……。
困ったことに、電力線の材料とか、アイルが作っている高性能の発電機とかモーターとかの材料は……私以外の人は、きっと誰も作れないんですよ。
あとは、アンモニアを作る触媒も私じゃないと……ダメでしょうね……。」
「ニケは何を困っているんだ?それは、とんでもなく利が有るということじゃないか。」
「えぇー。普通に、困るじゃないですか?それに私だけでもダメで、アイルが加工しないと使えないんですよ。二人そろってないと、ダメなものなんて、ダメじゃないですか?」
「いや、他領が、どんなに頑張っても作れないものがあるなどということは、これまでの歴史の中で、無かったことだ。これが、どれほどの強みになるか……。
まあ、良い。
なるほどな。
作り方を教えたところで、他の誰も作れないものがあるのであれば、優位は保てるのか。しかも、電気とアンモニアか。それは中々良いじゃないか。」
「左様です。それに、侯爵として、他領に援助するという行為は、今後の領地運営に大きいかと思います。」
「ふーむ。それでは、その博覧会というものを実施するか。
舅殿から、王都の視察団を早く受け入れろと執拗に言われて続けてたのだ。
その博覧会を実施する時に呼び寄せれば、手間も省けそうだな。」