W1.アトラス鉄道
アイルが鉄道を作ると言い出した。
うーむ。アイルは鉄道模型の実物大モデルが作りたいのか?
完全ジオラマ1/1縮尺鉄道模型って……。
お父さんたちに、説明してた。だけど、この世界の文章なんだけど、単語が全部日本語だよ。
単語が無いんだから、説明するのは……ムリかな?
じゃあ、模型で説明って……模型の説明の単語がやっぱり日本語だよ。
チンプンカンプンだよ。
コレは……説明は、ムリだな……。
うーん。この世界で、鉄道や列車のことを説明するのは、かなりメンドウだな。
実際に作った方が早いのか?
とりあえず、試験線を敷設するんだったら……。
あっ。コンビナート間を繋げてもらおう。
串焼きが流行った所為で、家庭の煮炊きも、木炭を使うようになってきた。
今でも木炭の需要と供給が需要寄りになっている。
木炭を安く供給しようと思ったら、大規模に木炭を使っているコンビナートのボイラー施設は、コークスに替えた方が良いんだけど。
戦争なんかで、大量に消費していたから、切り替えには躊躇していたんだ。
でも、戦争は終った。
今は、コークスがかなり余り気味になっている。
そろそろ切り替えても良いんじゃないかな。
海辺のコンビナートから、コンビナートへコークスを運んでもらおう。
あとは、コンビナートから、海辺のコンビナートへ、火力発電所の脱硝設備で使う硫酸を運んでもらおう。
これは、街道を通って運んでいたんだ。だけど、危険物なので、どうにかしたいと思ってたんだよね。
あっ。そうだ。大浴場へコークスを運んだり、後々マリムから他の街への行き来のために、マリムの中心に、駅も欲しいかな。
色々話していたら、海辺のコンビナートで試験線路を敷設して、実際に見てもらうことになった。
海辺のコンビナートの周辺に、操車場のエリアを確保して、マリムの中心に向けて直線の試験線を敷設した。
その周辺にアイルは、Rが異なる試験線路を多数作っていた。他に、坂道や、坂道にRが着いた試験線路もあった。
曲率と速度で、脱線しないかを確認するんだそうだ。
スピードを出して走行させて、何度も列車を転がしては、線路に戻す。
うーん。やっぱり実物大の鉄道模型だよ。
魔法があるからって、そんなに楽しげに、実物大鉄道模型で遊ばなくっても……。
まあ、車輪の間隔や、荷重の分布、車輪のテーパー角度なんかのデータを真面目に取っていたから、実験なんだろうけど……。
私は、せっせと素材を作ってはアイルに渡していた。素材の検討もしたんだけど、枕木や土台は、大量に手に入る、シリカアルミナ系の酸化物になった。ようするに、岩を整形したものだ。
コンクリートじゃない。
まあ、整形するのがどっちでも手間が変わらないので、手に入りやすいものを選んだ。
設計が固まって、機関車を作り出した。かなりデカい。こんなにデカい機関車は、地球でも見なかった。
米国の機関車がデカくて吃驚したことがあったけど、その3倍以上デカい。
コークスを機関車に積んでいる所為だけど、大きなコークス発電機と鉛蓄電池の塊のような機関車だ。
機関車は、重い方が、沢山の貨車を繋げて動かせるとアイルは言っていたけど……。
お父さんたちを招待して、試験運転を見てもらう。
これが上手くいけば、鉄道を本格的に敷設することになる。
結果は、上々。みんな客車に乗って楽しそうにしていた。
本格的に、鉄道を敷設することになった。
まずは、海辺のコンビナートから、マリムの中心を通って、コンビナートへの経路を線路で継げることにした。
それに加えて、マリムから、たたら場までも線路で継げることも計画する。
領主館に戻って、文官さんたちと、領都の地図を前にして、経路を検討する。
なるべく高低差の無い場所を通したい技術的な希望と、街の利用状況との擦り合わせだ。
基本、線路は4本敷設する。貨物専用の上下の複線と客車専用の上下の複線にする。運行ダイヤを調整する面倒を避けるためだ。
それに、街中は別にして、土地は、腐るほどある。
そして、領都内の駅周辺には、貨物の積み降ろしを行なうための、操車場スペースも必要になる。
文官さん達に検討してもらうことになった。
私達は、検討してもらっている間に、素材の生産と、車両の増産をしていた。
私の助手さん達には、コンビナートのボイラーをコークスに変更に伴なう運転条件の検討をしてもらった。
経路が決まって、アウドおじさんが、街の作り替えをした。
例によって、領主権限で、住人には、引越しをしてもらった。
度々の引越しなんだけど……申し訳ないね。前回は、大体1年半前の領都の上下水道の設置の時だったな。
線路敷設の場所が空いて、線路の敷設は、あっという間だった。1日で、約50kmの経路の線路を作ってしまった。
それから、運転・運行・輸送を担当する文官の人達に運営方法の教育が始まった。こっちの方が時間が掛ったみたいだ。
アイルと私は、概要だけ伝えて、あとは、文官の人達に考えてもらう。
半月ほど経って、運行が開始したみたいだ。
その頃は、私とアイルは、領地の北部へ線路を延ばしている作業をしていたので、無線で、状況を聞くだけだったんだ。
領地の北部への鉄道の敷設は、大勢の文官さん達、生活の面倒を見てくれる侍女さん達、魔物への対応をする騎士さん達と共に、線路を敷設しては移動しながら北へ進んでいった。
機関車に、寝台車を多数継げて、そこで寝起きし、食堂車で食事を摂り、素材を積んだ列車を併走させて。
国王陛下から、領地として、提示されている地図は、かなりいいかげんだった。そもそも地図がまともじゃないんだけど、その地図に、定規で引いたように直線が引かれていただけだ。
こんな、いいかげんな地図しか無くて、領地の境界で、領主同士で領地争いが起こったらどうなるんだろう。
隣接する領地がある場所、大きな川がある場所には、駅や操車場を作った。
線路と一緒に洞道も敷設した。これは、後で送電線を敷設するんだそうだ……。
もう……大分慣れたから好きにして。
後で敷設する電力線のために電力供給施設を作っていった。
領地の境界だと思われる場所に、ただ、ひたすら真っ直ぐに線路を敷設していった。
隣接する領主との境界の調整は、同行していた文官の人達が行っていった。
線路の敷設に合わせて、領地の境界を定めていく。
本来なら、何年も掛る作業があっという間に終るので、文官の人達にとっても良かったんだそうだ。
文句を言ってくる領地もあったんだけど、国王陛下が指示している領地の地図、直線に延びている線路、そして、侯爵という爵位、隣国を滅ぼしてしまった軍事力。
こちらが言い負ける要素はどこにも無かった。
ただ問題は有る。
真っ直ぐに線路を敷設するのは、かなり大変だった。
言葉通りの山あり谷ありの地形を、削って埋めて、時にはトンネルを作っていかなきゃならない。
アイルと私の魔法の力技で、線路を敷設していく。
1ヶ月ほどの敷設作業で、終点にする予定だったアトラス川に到達した。もともとはノルエル川という名称だったらしいのだが、アトラス川と名称変更された。
ちなみに、ノルドル王国の由来地名は、全て名称変更されていて、少なくとも、ノルドル由来 (ノル……)の名前の付いている街、川、湖、山などは別な名前が付けられている。
この川は、アトラス領の領地の北限に近いところを源流として、川を下ると、旧ノルドル王国の王都だった旧ノルドル(今はルドル)の街を経由して、ガラリア国王の王都ガリアに至る。
川が物資輸送の主流になっているこの世界で、非常に重要な場所だ。
大きめの駅と操車場を作って、とりあえず、領地の北へ向う鉄道は完成した。
あとは、領都マリムに戻るだけかと言うと、実は、もう一つ仕事がある。
アトラス山脈は非常に高い山々が連なっている。
測量を進めていったところ、その連峰の中に、1ヶ所低い場所がある事が分った。
そうは言っても2000m越えの高地なんだけど。
それが、偶然、ミネアの側だった。
ミネアの場所は、石炭の鉱床の場所と港を作るのに適したミネア川が有ったことで、選定した。
アトラス山脈の地形は無関係だったんだけどね。
アトラス山脈の西側に敷設した鉄道をミネアに延ばす検討をすることになっていた。
測量チームが、列車から途中で下りて、そのあたりのアトラス山脈の地形を測量していった。
そして、ミネアまでの線路敷設に適した場所を探し出した。
この鉄道が出来ると、南北に長くて、東西を分断している壁のようなアトラス山脈の、東側と西側を繋げることができる。
探索していたチームとキリル川の辺に建築した駅舎で落ち合った。
鉄道をこの駅から分岐させて、北北東に進むと、都合の良い峠があることが判明していた。
その駅を過ぎたあたりに北東向きにの線路への分岐を作って、キリル川辺の駅近くに操車場を作った。
あとは、その峠に向って、線路を作っていく。
流石に山脈を貫通するトンネルを掘る訳にも行かないので、これまでと違って、山を登っていく線路になった。
アトラス山脈の西側は、傾斜はそれほど大きくはなく、順調に線路を作っていけた。
問題は、アトラス山脈の東側だった。
アトラス山脈の東側は、かなり山が海辺まで迫っている傾斜のきつい地形だ。
なるべく、傾斜が付かないように線路を作っていかなければならない。
ぐるっと迂回するように、線路を敷設した。
迂回するだけじゃなくって、地面を削り、谷を埋め、けっこう大変な作業になった。
やっと、ミネアそばの場所に辿り着いて、駅舎と操車場を作った。
久々に、カイロスさんのお兄さんのグロス代官と会い、代官屋敷に泊めてもらう。
同行していたカイロスさんは、久々の兄弟の再開だ。
体が小さな、私やアイルは、寝台車のベッドでも何の不自由も無かったんだけど、カイロスさんや大人の人たちは、嬉しそうだった。
やっぱり、寝台車のベッドは狭かったのかもしれない。
これで、殆どの仕事は終った。
せっかくミネアに来たので、街の様子や、ダムの様子、上下水道の様子、変電施設の様子を確認しておく。
これまで無線で確認していて、問題は発生していなかったので、何も無いはず。
単に目で確認するだけだ。
聞いていた通りに、問題は無かった。
あとは、マリムに戻るだけだ。
ミネアを出て、アトラス山脈を越えて、マリムへ帰ることにする。
1ヶ月半振りに、マリムに戻ってきた。
マリム駅に、助手さん達が迎えに来ていた。
駅の周辺は様変わりしていた。駅の構内には、土産物屋や、飲食店が開店していた。
駅の周辺には、問屋が店を開いていた。
操車場の周辺には倉庫が立ち並んでいた。
こんな建物は、出るときには無かったんだけど、アウドおじさんやグルムおじさんが建てたんだろう。
貨車置き場では、コークスを下して、荷車に積み替え作業をしている人達が居る。
鉄道は、しっかり利用されていた。
領主館に戻り、助手さん達から、コンビナートの様子や、海沿いコンビナートの様子を聞いた。
コンビナートの燃料は、コークスに完全の置き換えが終了していた。
領都の木炭の需給は上手くバランスされるようになったらしい。
夕食前に、アウドおじさんに、執務室に呼ばれた。
鉄道が当初の計画通りに出来上がったことを労われた。
その夕食は、完成祝いになった。同行した文官の人達や、侍女さん達、騎士さん達、商業ギルドや工房ギルドの職員、主立った商店や工房主を呼んで、立食の串焼きパーティーになった。
宴の開始の時に、アウドおじさんが、この鉄道の名称は、アトラス鉄道と呼ぶことにすると挨拶していた。
久々の海鮮料理は美味しかった。
翌々日の夕食時、お母さんが突然、こんな事を言い出した。
「ねぇ。ニケさん、アイルさん。グラナラまで、鉄道を作って欲しいの。」
おぉぉ。初めてじゃないか「さん」を付けられて呼ばれたのは。「ちゃん」はあったな……随分前に。
感動に打ち震えていたら、アイルが返事をしていた。
「ユリアおばさん。グラナラって、旧オルシの街の事ですか?」
アトラス鉄道の路線図を「惑星ガイアのものがたり【資料】」のep8に載せました。
URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/8/