W0.鉄道
舅殿の宰相閣下から、ノルドル王国の王族の処分か決ったと無線で連絡があった。
まあ、今となっては、ウチにはあまり関りはない。
東部大戦後で国境確定した後の最初の協定違反だったため、かなりの期間、事情聴取したようだ。
協定違反の後の顛末に継がったのは、オレのところの兵器と騎士達なんだが……。
征服された、王国の王族の悲劇は、過去の歴史で繰り返されている。
仕方の無いことなんだが、国王とその配偶者、王位継承権を持っている人は処刑された。
恭順を示した傍系王族が3家ほど男爵に取り上げられたらしい。
まあ、ウチには関りは無いだろうが……。
今は、ノルドル王国西部を王国軍で征伐している。
そのまま、王国軍は、ウチが貸し出した装甲車を使っている。
コークスの燃料はウチが供給するしか無いのでアトラス領北部の港に運び込んで、ノルドル王国北部経由で供給している。
あまり、ガラリア国王内で装甲車を走らせたくないんだそうだ。
魔物にしか見えないため、装甲車が走行した街々で騒ぎになったのが一番の理由らしい。
舅殿は、毎日のように、無線で連絡してくる。
アイルとニケを出せから始まり、何時になったら王都の視察団を受け入れられるのかで終る。
これが、毎日続いている。
こっちはそれどころじゃない。
王国が、オレの侯爵領として定めた境界は、ヒドいものだった。
アトラス山脈の西の領地と言っても、ほとんどが高地だ。
この高地だらけの領地をどうすれば良いのやら。
結局のところ、まともな平地は、アトラス山脈の南側一帯ぐらいだった。
アトラス山脈がまるまるアトラス領になったことで喜んだのは、ニケだけだ。
グルムも妻たちも、顔を顰めていた。
そして、分譲された領地の南半分は、もともとガラリア王国の他領だったところだ。
それまで領有していた多数の領地からの引き継ぎで目が回りそうな忙しさだ。
北部のノルドル王国が領有していた領地も放っておくことは出来ない。
しかし、そこまで手が廻らない。
この前の戦争で、領主の大半は倒してしまっているので、後回しにするしか無い。
そして、一番の問題は、遠隔地だという事だ。
こんな状況で、王国の視察団など、受け入れてなどいられない。
高地の領地を領有していて、領地替えで移動する領主達は、新たに得たノルドル王国の平地に移動することになり、一様に喜んでいた。
アトラス山脈に鉱山を持っていた領主は、ノルドル王国西部の鉱山を任されたと言っていた。
皆、幸せそうで良かったな。こっちは大変なだけだ。
アトラス山脈東部の開発も終っていないというのに、西部ももらっても迷惑なだけだ。
一体国王は、オレにどうして欲しいのだろう。
譲渡されたのは、小規模の零細男爵の土地ばかりだ。領地には農村が一つか二つあるぐらいだ。
何か特産品でも有るか、街道でもあらば、街にもなろうが、総て自給自足している特徴の無い村だった。
唯一東部の村々と西部を繋ぐ街道になっていたリシオ男爵領にリシオの街があったが、今は住人は殆ど居ない。リシオの街を通る街道も、今は、機能していない。
領地全体の計画が出来てから、どうするのか決める他ない。
もう、これは、未開地を開拓するのと変りがない。妙な形で村が有るので、よけいに厄介だ。
アイルとニケに相談をした。
グルムとソドに同席を依頼した。
二人は、まず、住民台帳を作ること。村々に、領の出張所を作ること。東側と同様に、西側も鉱物資源の調査をすること、測量をして正確な地図を作ることなどを提案された。
それらを実施する事が可能かを、グルムやソドに確認してみる。
騎士はどうにかなるとしても、圧倒的に文官の人手が足りていない。
出張所を新たに作るのは時間が掛るので、神殿の手を借してもらうことにした。各地の神殿に、文官を派遣して、当面の住民台帳作成をさせる。
「アトラス山脈の東側は、船という移動手段、輸送手段がある。
比較的調査や測量は容易だ。
しかし、西側はそういう訳にはいかないだろう?」
アイルは、「『鉄道』を作りましょう。」と言ってきた。
「『テツドウ』とは何だ?」
「鉄で出来ている『軌道』の上を『列車』を動かして、人や物を運ぶものです。」
「『キドウ』?『レッシャ』?何だ?それは?」
「アイル。ほとんど単語が日本語になってるよ。それじゃ、何も分らないんじゃない?
模型でも作って見せた方が良いよ。」
ニケが、アイルに代って話をしてくれた。
それは神の国で使われているモノなのか?
アイルが、銀色の金属で、その鉄道という物の模型を作った。
相変らず器用のものだ。
執務室のテーブルに乗っている。
ふーむ。何だ?これは?
「えーと。これは、実物の1/144の大きさの模型です。
この2本の『線路』の上に『動力車』と『貨車』が乗ります。
この『動力車』が動いて、『貨車』を曳くことで、『貨物』を運搬できるんですよ。」
「アイル。やっぱり、日本語だらけで、説明になってないと思うよ。
お父さん。この説明で解る?」
「うーん。これの144倍のもので……この細い線の上を動くのか……?」
突然ニケに話を振られたソドが、口籠もっている。
オレにもさっぱり解らない。
「アイル。やっぱり、見たことのない人に、模型を見せても想像できないんだよ。現物を作って見せないと、ダメなのよ。」
「えぇっ。模型を作れって言ったのは、ニケじゃないか。」
「でも、ちっとも分らないんだから、ダメなものは、ダメなのよ。
実物を作って走らせないと、分らないのよ。」
二人の子供が言い合いをしている。なかなか微笑ましい様子だな。
ちょっと待てよ。この模型は、1/144って言っていたよな。
なんか、とんでもなくデカくないか?
どこかに作るって、どうするんだ?
「だけど、一体どこを走らせるんだ?線路も敷かなきゃならないだろ?」とアイル。
「うーん。あっ。二つのコンビナートを繋げたら。そしたら、コークスを運ぶのに便利じゃない。」
「あっそうか。それもアリだな。」
「ちょっと待て、勝手に決めるな。もう少しちゃんと説明しろ。」
二人で勝手に話が進んでいきそうな状態だったので、二人の会話を止めた。
それから、色々と質問をしていく。
なかなか理解しがたい事なのだが、その鉄道というもので、大量の物資を運ぶことができるそうだ。
人を乗せられるものならば、多くの人の移動にも使える。
そして、馬で移動するより遥かに速いと言う。
「あの、装甲車よりもか?」
「そうです。あれよりも早く移動できるでしょうね。
それは、鉄道が、軌道の上を動くから、地面の凹凸の影響を受けないのが大きいです。
そして、装甲車は、1時に1度コークスを補充しなければなりませんが、それよりずっと効率良く動きます。」
中々に魅力的な提案だった。
ソドによると、ノルドル王国の王都ノルドルからガラリア王国の王都ガリアまで、ノルドル王国の王族の移送に、終日走り続けて、4日で辿り着いたそうだ。
その鉄道という乗り物を使うと、マリムから、アトラス領の最北の地へ、1週間程度で行くことが出来るのかもしれない。
ん?嘗ての王都のノルドルは、今は、ルドルという名前だったかな?
まあ、それは良い。
少し皆で話をして、試しに領都内にその鉄道というものを作ってみることにした。
ニケが提案していた海辺のコンビナートから、コンビナートまで、マリムの街を東西に走らせることになった。
街の管理をしている文官達。測量を手掛けている文官達を呼んで、線路というものを敷設する場所を検討させる。
ニケが、領都の中心部に、『駅』や『操車場』が必要だと言うので、また、大々的に街を作り替えることになる。
まだ、街を作り替えて、2年と経っていないのだが、これが上手く行って、アトラス領内の移動が楽になるんだったら、良い事ではある。
まずは、海辺のコンビナートで、d20,000デシ(=4km)の線路を敷設して確認をすることにした。
1週間ほどして、線路と列車が出来上がったと連絡を受けた。
ソド、グルム、フローラ、ユリアと海辺のコンビーナートに行く。
現地には、鉄で出来ている二本の太い棒状のものが地面に置いてある。棒状のものは、石で出来ている沢山の台の上に乗っている。
そして、先の方に、巨大な道具がその鉄の棒の上に乗っている。
また、デカいものだな。船ぐらいの大きさがある。
装甲車の3,4倍はあるな。
それが幾つも繋がっている。あんなものが……動くのか……?
オレ達の姿を見た、アイルとニケが近付いてきた。
「父さん達。ようこそ。じゃあ、これから動かしてみますね。危いですから、この線路から少し離れてくださいね。」
とアイル。
アイルが、アイルの助手達に合図を送る。
ガシャン、ガシャンという音がしたあと、いくつも繋った道具が、ゆっくり動き出した。
そして、どんどんと速度を上げていく。
装甲車が走っているのを見たときにも、あまりの速さに驚いたのだが、それよりずっと速い。
線路の端に近づいて、この道具は止まった。
その後、反対向きに動き出して、最初に置いてあった場所に戻った。
色々な形をした道具は、全部で、12個繋がっていた。
これだけでも、大量の人やモノが移動できるのは分る。
アイルに聞いたところ、神の国では、d100(=144)個以上の様々なものを曳いて走っているんだそうだ。
最初に先頭にあったものは、『機関車』と言って、後に繋っている道具を曳いたり押したりして動かすことができる。
繋がっている道具は、その形によって、『天蓋貨車』、『無蓋貨車』、薬品運搬用の『貨車』、『客車』と呼ぶのだそうだ。
多分、神の国の言葉なんだろう。聞いたことのない言葉だ。
『貨車』というのは、荷物を積むことができる。『客車』は人を乗せるものだそうだ。
アイルに「乗ってみますか?」と聞かれたので、皆で客車に乗ってみた。
中は、広くて、椅子が沢山並んでいる。座ると、透明な窓から外が見える。
大きな馬車のようなものだ。
席に着いたところで、アイルが指示を出して、列車は動き出した。
皆、列車が動いているのを楽しんでいた。馬車のように揺れることも無かった。
外の景色が、飛ぶように動いている。
そして、列車は止まる。
その後、反対方向に動いて、再度止まった。
めずらしく、グルムが興奮していた。それも分る。オレも、興奮している。
「アイル様、これは、凄いものですな。この鉄道というものを作れば、人や物を速やかに、沢山運ぶことが出来るのですね?」
それから、アイルとニケに、一通り、機関車と貨車と客車の説明をしてもらった。
機関車は、装甲車で使っていた発電機を二回りほど大きくしたものを使っているらしい。
貨車が三種類あるのは、雨を避ける荷物の場合は天蓋車、鉱石やコークスなどは無蓋車、液体は薬品運搬用の貨車を使うのだそうだ。
本格的に、アトラス領に鉄道を敷設することにした。