N9.大都市マリム
グルム宰相、エクゴ商店のボロス、ヘントン・ダムラック司教のモノローグです。
宰相になって17年。こんな事態が起こるとは思いもしなかった。
アトラス領とノルドル王国との紛争がガラリア王国とノルドル王国の紛争に発展した戦争も、ようやく終結した。
ソド殿も領地に戻ってきた。
アトラス領の騎士達の死傷者は出なかったと聞いた。
祝着至極なことだ。
以前のアトラス領であれば、小国とは言えノルドル王国に攻め込まれれば、ノアール川流域はおろか、北部のアトラス山脈の土地は、奪われてしまっただろう。
その後に挽回しようとしても、手も足も出なかったに違いない。
それが、ほんの2ヶ月余りで、ノアール川周辺どころか、ノルドル王国そのものを征服してしまった。
アイル様も、ニケ様もまだ5歳だ。こんな幼い子供が、これほどの力をアトラス領に齎してくれるとは、ただ、ただ、感服する他無い。
返す返すも、東部宰相会議の時に、まだ、戦争が終結していなかったことが悔まれる。
相変らず、子爵や伯爵といった高位貴族の宰相からは、成り上がり者と言われ、今回の戦争でも、敗退して逃げ帰るのが落ちだと、様々なところで、大っぴらにいやがらせを受けた。
そんな事を言うのならば、自分達の力で、隣国を征服して見せてもらいたいものだ。
先日、領都マリムの人口がd200,000(497,664)人を越えた。アトラス領全体では、d300,000(746,496)人を越えている。
王都ガリアでも、d160,000(373,248)人と言われているので、領都マリムは、ガラリア王国最大の都市になった。
この人口の増加は、お二人が作り出した様々なものが、領都への移民を増やしたことや、ニケ様が作った上下水道と解熱剤の効果に依るものだ。
幼児の死亡率が激減している。
そのため、今や領地の1/3は、子供や幼児で占められている。
この街マリムを故郷とする子供達が成人になる頃には、更に発展しているだろう。
街の中に公園も建設し、夜も明るい領都マリムは、訪問してきた商人達からは、ガラリア王国で最も美しい街とまで言われている。
そして、その人口を支える周辺の農地も豊かだ。農地の改良も進み、今の12倍もの人口ですら許容できるまでになった。
そんな領地に、かつての特産品であった、食料品、海産物だけでなく、鉄、ガラス、紙などを買い付けるために、沢山の商人達が集ってきている。
他領の宰相達には、なかなか認められないが、他領の事情を知っている商人達に褒められるのは、なんとも誇らしいことだ。
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エクゴ商店は、領都マリムで最大の商店だ。
今では、王都ガリアを始め、近隣の主要都市に支店を有している。
どうやら、マリムの人口は、王都を越えたらしい。
するってぇと、ガラリア王国最大の商店と言っても、誰も否定できないじゃねぇか?
3年前までは、魚介類や、細工物を領主館に納めている、しがねぇ小規模商店だった。
オレの才覚で、この短い期間にここまで発展した……。
というのは、嘘だ。
オレは、アイル様やニケ様に、足を向けて寝ることなんて、恐れ多くてできねぇ。
3年ほど前に、ソロバンの販売を開始してから、怒涛の快進撃になった。
あれは、物凄く売れた。どこに持って行っても、こっちの言い値で売れた。
ガラリア王国中の商店が帳簿を数字で書くようになったのは、オレがソロバンを売り歩いた所為だ。
そして、それは今でも続いている。
次は、鉄製品だった。鉄製の農具は、どの領地に行っても売れた。作っただけ売れる。
物凄く高価だってのに飛ぶように売れた。重い製品なので、陸送が難しくなって、船を購入した。
初めて、商店で船を所有したときには嬉しくて涙が出た。
今では、13隻を所有している。今も船大工に船を発注していて出来上がるのを待っている。
次はガラス製品だ。これは、失伝した技術って事で、見たことはねぇが、国宝になっている壺なんかが有るらしい。ガラス製品も、何処へ持って行っても言い値で売れる。
そして、この時から、製品を作るために必要な鉱石の運搬もやり初めた。
領地で金を作るようになってからは、金を含んだ鉱石の運搬だけでもかなりの儲けになっている。
ガラス工房から、工房の言い値でガラスの製品を買って、あちこちへ、持っていくだけで、こちらの言い値で買ってもらえる。これで商売なのかって言うとあまりに芸が無さすぎんだが……。
メガネも売れる、肥料も売れる、パスタも売れる、解熱剤も売れる。
アイル様とニケ様が作るものは、何でも売れる。
噂で、アイル様が、高速で海を移動する船を作ったと聞いた。今、この領地は、隣国と戦争している。それに使っているらしい。
戦争が終ったら、何とかして、貸してもらえねぇもんだろうか。
そうすれば、大陸一の大商店に成れるかもしれねぇ。
……これは……夢なんじゃねぇかと時々思う。
目が覚めたら、前の小規模商店の店主に戻るじゃあねぇかと……。
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新に、他の領地から大司祭が1人、司祭が3人異動してきた。
領都マリムの神殿は順調に発展している。
先日、アウドに聞いた話では、領都マリムの人口が、d200,000人を越えたそうだ。
ガラリア王国では、最大の規模の都市だ。
そして、上下水道が完備されていて、夜も昼のように明るい。大陸中を探してもここ以外には無いほどに、清潔で、安全な都市だ。
1年前、神殿の建て替えを申請したら、二つ返事で了承された。
アウド自身、その時の神殿は、大きくなりつつある領都マリムに似わないと思っていたようだ。
なにしろ、人口が、d10,000(20,736)人であった頃の神殿だ。
とは言っても、今から3年ほど前までは、この地はそういう場所だったのだ。
既に、去年の段階で、冠婚葬祭をするにしても、前の神殿では、規模が小さ過ぎになっていた。
言うだけは、只だと思い、とてつもなく大きな神殿を提案してみたのだが、それもあっさり了承された。
規模が、古くからあった神殿と違いすぎた為、別の土地に建てなければならなくなった。だが、それもあっさり認められた。
領主館に近い、小高い台地に新しい神殿は建てられた。
どこかで、修正が入るものと思って、言いたい放題したため、本当に、とんでもない大きさの神殿になってしまった。
この規模の神殿は、ガラリア王国内には無い。
そして、ここまで、神殿の規模に頓着しない領地も、多分大陸中を探しても無いだろう。
たった一つの領地の力で、ノルドル王国を滅ぼしてしまう処なのだと言うしかない。
この大きさの神殿に、比肩するものがあるとすれば、アトランタ王国にある、ガイア大神殿だけではないだろうか……。
今となっては、司教である私がマリムの神殿長として居ることに、疑問を抱く神殿関係者は居なくなった。
流石、神の使徒が存そがりし地であると言えよう。
そう言えば、前の神殿は、子供のための学校になるのだそうだ。
学校と言えば、この街の若い世代はみな読み書きが出来る。さらにソロバンという道具で、大きな数の掛け算や割り算でさえ出来る。
この領地は、他と違っていることだらけだ。
上下水道自体は、他の領地にも有ると聞くが、大都市で、全ての家屋を対象にした上下水道など見たことも聞いたこともない。
逆に、この都市での生活に慣れ親しんでしまうと、他の土地に住むことが出来なくなってしまうのではないかと心配するほどだ。
そして、これだけの人が居ながら、飢えに苦しむ者が皆無だ。
神殿の重要な業務として、飢えに苦しむ信者の為に、炊き出しがある。しかし、この街で炊き出しをしても、誰も寄りつかないので、止めてしまった。
昨年の颱風の時ぐらいだろうか。久し振りの炊き出しをしたのは。神殿の者たちは皆生き生きとして炊き出しに務めた。
あの時は、神の使徒であるアイル様が嵐を予測し、我大神殿に信徒達が避難した。その為、誰も命を失なうことは無かった。まさに神の御業であった。
親の無い子供も、我々の手で、養育することになっている。その費用は全て領主のアウドのところから出ている。働き手を失なった家庭には、残った者で出来る仕事を与えられる。
働く女性が妊娠や出産のために働けなくなっていても、雇用者から手当が出る。
これらは、神の使徒であるニケ様が指示されたことだと聞いている。ここは、神の国を模倣した、神の国に最も近い場所なのだ。
今、困っている事は、御布施や寄進で金が溜る一方だということだ。
私達は神に仕える身。炊き出しをしなければ、金が溜る一方だ。
溜った金の使い道がない。
最近出来た身寄りの無い老人を介護する施設にでも寄付しようか?