N8.戦勝報告
まずは、戦勝の報告を無線機で王都にしておくか。
「あー。ソド・グラナラであります。先程、ノルドル王国の王宮は陥落しました。
現在、王族を順次捕えているところです。」
「ソドか。まずは、良くやった。
ところで、国王と宰相を捕えたのは、誰であるかな?」
げっ。舅殿が出てきた。
なんか、マズい予感がする……。
「我側近達であります。」
「では、質問を変えよう。ノルドル王国近衛騎士団長を倒したのは、誰であるかな?」
完全にマズい。誤魔化しても、誰かがチクるのに決まっている……。いや。既に誰かがチクっているぞ。これは。
「……ノルドル王国近衛騎士団長のリゾオ・コンタンゾ殿を打ち取ったのは、私であります。」
「ほぅ。それは、それは、大層な武功を上げたな。ところで、お主の軍での役職は何であったかな?」
「はっ。司令官であります。」
「ほぉ。軍の司令官の業務に、敵の首級を上げるというものが有るとは知らなかった。何時から、軍規がその様に変わったのか、教えてもらえるかな?」
「……。」
「おや。ツウシンキの具合が悪いのかな。声が聞こえないが?」
「いえ。その。あれは、偶然と言うか、何と言うか……。」
「なるほど。国王や、宰相や、近衛騎士団長が、敵の軍の司令官の前に偶然やって来たと。そう言うのか?」
それから、四半時ほど、くどくどと、軍司令官の職務についての薫陶を頂くことになった。
通信機は、軍の運用には、この上もなく便利なものだ。
ただ、舅殿達の事を考えると、始終監視されている様で、何とも居心地が良くない。
あれは本当に偶然の事態だった。
王宮に、攻め込み、探索を開始した際に、オレは、王宮内で、部下達の差配をしていた。
その時、目の隅に、一瞬だけ、瀟洒な身形の男を庇うように移動している一団を見掛けた。差配もそここそに、その一団を追い掛けたところ、それが当りだった。
こういった、宮殿には、万一の場合に、高貴な人を逃すための抜け穴が作られていたりする。
そういった処に逃げ込まれると、探索に苦労するのだ。
だから、偶然というのは、嘘でも偽りでも無いのだが……。それが司令官の仕事かと言われれば、反論できない。
司令官が、万一討たれたりしたら、攻勢が劣勢に変ってしまう事など良く有ることだ。
そういう意味では、ニケとアイルが、オレの為に作ってくれた剣には感謝する他ない。
コンタンゾとの戦いは、どちらが勝っても不思議では無いほどに、力が拮抗していた。敵の剣が砕けなければ、こちらが殺られていたかもしれない。
その日、王族や高級文官達を全員捕縛するのに、かなりの時間が掛った。
王宮は広く、それらの者達は、至る処に隠れ潜んでいた。
全員を捕縛し終えたのは、その日もかなり遅い時刻になった。
その際に、電気の照明は、王宮の中を昼の様に明るくする事が出来てとても役立った。
その翌日。ガラリア王国王宮からの命令で、それらの者達を装甲車で王都ガリアに移送することになった。
南部での戦闘は、ノルドル王国王宮が陥落した事を触れ回り、敵の武装解除を勧告していると無線機で聞いた。
多分、敵には、情報が伝わっていない為、そうは簡単に行かないだろう。
とは言え、ノルドル王国がノアール川の国境を侵害した事から始まった一連の戦争は、これで一段落だ。
ノルドル王国の王族や、高級官僚を乗せた装甲車は、高速で王都ガリアへ移動していく。4日目には、ガラリア王国の王宮に辿り着いた。
王宮に到着して、虜囚を騎士団に引き渡す。ここから先は、オレの仕事ではない。
これまでの経緯を報告すれば、アトラス領に帰って、あの可愛いニケやセドに会える。
やれやれだ。
マリムを2ヶ月以上離れていたな。2ヶ月もニケに会わなかったのは、初めてのことだ。
帰着の報告を求められ、王宮の謁見室に呼ばれた。
謁見室には、国王陛下、宰相閣下、舅殿の他に、4人の侯爵、多くの伯爵が揃っていた。
「おお。ソド。来たか。随分と活躍したようだな。」
入室してすぐに陛下に声を掛けられた。
これは、少々ヤバい感じがする……。
それから、報告を促されて、ノルドル王国侵攻の経緯と、捕縛したノルドル王国の王族、高級文官達の内訳を伝えた。
「すると、ノルドル王国の近衛騎士団長以外は、総て生け捕りにしたということだな。
この短期間に、想像以上の成果だ。」
宰相殿だ。
近衛騎士団長を生け捕りなど、出来る訳がないだろう。
どうやら、オレがコンタンゾ殿を打ち取った事が、完全に、伝わっているようだ。
無線機がある。当然と言えば当然だ。
「娘のニケも、息子のセドもあの歳で、魔法が使えるらしいな。
羨しいことだ。
特に、孫娘のニケは、大魔法使いで伝説の魔法を使い熟していると聞いているぞ。」
舅殿だ。
ん。何故、ここで子供達の魔法の話になる?
「今回の成果は、アトラス領で新たに作られた不思議な道具によるものだ。
無線機にしても、雪上車、いや装甲車と呼ぶのか?にしても、鉄の武具、高速で移動する船、耐寒の服、電気という不思議な事象での照明や暖房。
数え切れない数々の物の威力だ。
これらは、其方の娘のニケと、儂の孫のアイルが作ったものらしいな。」
今度は、宰相閣下だ。
何故、子供達の話になっているのだ?
「ソド。そう困惑顔をするな。別にお主にとって、悪い話をしようというのではない。
本当にアウドやお主、その子供であるアイルやニケに感謝しているのだ。」
陛下から、お褒めの言葉を頂いた。
「はっ。ありがたき御言葉であります。」
「それでだな。今後、ノルドル王国の地は、我が王国のものとなる。
ただ、全てを国王直轄地にするには、少々大きすぎる。
領地には、魔法使いの領主が必要になる。
今後、論功行賞をするのだが、事前に、アウドやソドの希望を聞いておきたいと思っていたのだ。」
周りに居た、領主貴族たちがざわめいている。
今回のノルドル王国征伐の主力は、北部から攻め込んだ、ガラリア王国軍とアトラス領軍の混成軍だ。
南部からの軍勢は、ある意味、陽動のための軍隊だった。
論功行賞となると、アトラス領が首功になる。
その所為で、周りの貴族達は、ざわめいているのだろう。
しかし……。
確かに、ニケは言うまでもなく、セドも魔法使いなのだ。そうなると、我グラナラ家は、魔法使いを輩出する家門になった。領地貴族になる道もある。
しかし、グラナラ家は、代々アトラス家の譜代の騎士だ。我家系の祖のモナド・グラナラの意思もある。
どう、応えるべきなのか……。
迂闊だった。こうなる事は、想定できたはずだ。事前にアウドやユリアやニケに相談しておくべきだった。
「我グラナラ家は、東部大戦の後より、アトラス家の騎士の家系。そのままアトラス家の騎士でありたいと願っております。
もし、我が家が領地を拝領することがあったとしても、アトラス家に寄り添える場所であって欲しいと願います。」
「左様か。分った。そう言うと思っておった。此度の戦功には、しっかり酬いなければならん。本当に大義であった。」
陛下のそのお言葉に、周りのざわめきが、さらに大きくなった。
陛下、宰相、舅の近衛騎士団長が退席した。
とりあえず、これで良いのだろうか?
周りに居た貴族達から、戦勝祝いの言葉をもらった。
ただ、今後の事を考えると、少し気鬱になってくる。
一体、この後、どうなるのだ?
その日は、時刻も遅くなったので、諸事は翌日回しにした。
王都に来ないと会えない親しいヤツ等と会おう。
嘗ての同僚で、今はオレの後釜として現近衛騎士団副団長をやっているロス・ギウリオと、王国騎士団に所属している弟のシンド・グラナラを誘って、王都の街に繰り出した。
妹のジュリエッタも舅殿のところで侍女をしているのだが……誘わないのが良さそうだ。
「これで、兄さんも、領主様ですかね?」
「アトラス家も陞爵することになるんじゃないかな?」
二人は、勝手な事を言って、囃し立てている。
そんな、どうなるか分らない事を酒の肴にするなよ。
とは言ってもムリだろうな。
ひとしきり、今回の戦争の論功行賞についての話題で盛り上っていたが、アウドとオレが何かを貰うんじゃないか、という以上には何も分らない。
しだいに、話が堂々巡りになって終った。
「兄さんの剣は、不思議な色をしていますね。これは銀では無いんですよね。」
「そうそう。オレも気になっていたんだ。この剣は、どうして銀色をしているのだ?」
「これは、娘のニケが素材を作って、アイルが剣に仕上げてくれた特別製だ。
ニケが言うには、鋼より硬くて、錆びない金属だって話だ。」
「えっ、この剣は錆びないのか?じゃあ、手入れをしなくても良いのか?」
「いや、汚れが着くと錆びると言っていたな。汚れたら石鹸で洗えって。」
「油を塗るんじゃなくて、石鹸で洗うのか?油を落すってことか?不思議な剣だな。」
「兄さんは、いいなぁ。叔父さんのオレにもプレゼントしてくれないかなぁ。」
そう言えば、シンドの二人目の、娘のセレドは、ニケと同い年だったはずだ。
「そういえば、お前の娘のセレドは、ニケと同い年じゃなかったか?
可愛い盛りだろう。うちのニケも可愛くてなぁ。」
「いやいや、兄さんのところの、ニケちゃんとは比べないでくださいよ。ウチのセレドは、いたずら盛りで、スネたり、怒ったりで、親の言うことなんか、何も聞いちゃいないですよ。」
「ニケさんて、あのニケさんですよね。幼女なのに、鉄やガラスや紙を作ったって噂の。」
噂になっているのか?あまり公表していない筈なのだが……。
「おい。そんな噂があるのか?」
「ええ。商人達の間では有名ですよ。最近王都の商店も、マリムから、様々な商品を持ってきていますから。
領主の幼ない息子のアイルさんと、騎士団長のやはり幼い娘のニケさんの話は、噂話としては有名なんですよ。
ただ、信じているのは、半分も居ないでしょうね。まだ、5歳になったばかりだってところで、殆どの人は、ホラ話だと思ってしまいますから。
そもそもソドの娘だってところでナイなと思ってたんですけどね。」
「何だと、ニケは凄いんだぞ。その上可愛い。」
「そうそう、国王陛下も礼を言っていたって噂になってましたね。今回の、進軍だって、二人が作った……」
シンドの話が、ニケとアイルが作り出した兵器に及びそうになったところで、ロスが口に手を当てて、口を噤むような仕草をした。
「その話は、ここではご法度です。」
そうだな。鉄やガラスや紙ならまだしも、装甲車や空気銃の話は、こんな飲み屋で話して良いものじゃあない。
それからも、領都マリムが、どんな具合に変わったのかを二人は聞きたがった。特に、シンドにとっては、生まれ故郷の話だ。
話はなかなか尽きなかった。
深夜まで、飲んで、二人と別れた。
翌日から、真面目に報告書を作っていた。概要が纏まったところで、残りは、同行した王国騎士達に丸投げした。
もう、御役御免でも良いだろう。舅殿に、マリムに戻りたいと伝えたら許された。
これで、ニケやセドやユリアに会える。
マリムからやってきた小型船に乗って、ようやっとマリムに帰った。