N7.タマロ・アンフッソ
「タマロ・アンフッソ宰相閣下。北部にて、多数の魔物が現われたという報告がありました。」
騎士団の伝令が、宰相執務室に報告に来た。
北部領地の領主達は、今、アトラス山脈東部に出征中だ。
全く、間の悪い事だ。
報告に来た騎士に、詳細を聞いていく。
魔物が現われたのは、北東部を中心に、北部のかなりの範囲に及んでいる。
マルケス領、ペレーラ領、コルチ領、ボノーミ領、サッサーリ領、レアレ領の各地で魔物の襲撃を受けている。
これらの領地は一斉に魔物に襲われた。
これは、周辺の領地に逃れてきた住民からの情報だと言う。
全て、ノアール川周辺の土地を併合するために、出征している領地ではないか。
国王陛下直々の命によって、これらの領主は領地の騎士を引き連れて、アトラス山脈にある、ノアール川を攻め落して南方に進軍している最中だ。
領地に領主と主力騎士団が不在で、魔物に襲われれば、ひとたまりも無いだろう。
王国騎士団による討伐を、陛下に進言する他無い。
全くもって、間が悪い。
陛下に謁見を申し入れて、北部領地で魔物が発生した事を伝えた。
国王陛下は、込み入った話を好まない。
ただ、王国民の財産を守り、税収を失わないために、王国騎士団で討伐に向わせると伝えた。
陛下に、王国軍の派遣をご承認いただき、王国騎士団を魔物討伐に向わせることになった。
既に、ノアール川流域に送った騎士団と、今回の騎士団で、北部に王国騎士団の半数を派兵することになる。
これだけ、兵が王都を出払うのは、過去に無かったことだ。
陛下は、金の鉱山がどうなったのかをお尋ねになった。
あの件は、隠密裏に実施している。
遠征兵が、アトラス山脈に向かったのを知っているのは、マルケス伯爵の住人だけだ。
それも、ガラリア王国による侵略を阻止するため、とだけ公表している。
結果は、どの領地に伝えること無く、王城にだけ連絡が来るようになっている。
この季節だと、馬を使う事も出来ず、雪深い地を移動しなければならない。
現地から王都ノルドルまでは、1ヶ月以上掛るだろう。
まだ、2,3週間は、金鉱脈確保に成功した連絡は来ない。
その様に上奏すると、陛下は不機嫌そうにしていた。
ーーー
「タマロ・アンフッソ宰相閣下、ガラリア王国が南部国境を越え攻め込んできました。」
また、騎士団の伝令が、私の執務室に報告に来た。
流石に、それは、有り得べからざる話だ。
停戦協定に違反する行為ではないか。
近衛騎士団長のリゾオ・コンタンゾと共に、陛下の元に向う。
部下に命じて、神殿にバレストリエーリ司教を迎えに行かせた。
「何故、ガラリア王国は、攻め込んで来たのだ?」と陛下。
「全くもって、理解できかねます。」
何故なのかは、これから調べなければならない。
ガラリア王国に潜ませていた者からの報告も上ってきていない。
「例の金鉱山が関係しているのでは無いのか?」
アトラス領北部のあの国境地帯の情報は、王都に未だ届いていない。
「いえ、あの場所は、アトラス領の領都から遠く離れております。
ガラリア王国の王都は更に遠方です。
遥かに近い、我王都にも、勝利の情報は届いておりません。
あの件をガラリア王国が知って行動を興したとは考えられません。」
「すると……ガラリア王国による、停戦協定違反では無いか。」
「左様です。これは許し難い暴挙と言えましょう。即座に騎士団を派遣して、ガラリア王国ヘ攻め込むべきかと愚考いたします。」
そこに、バレストリエーリ司教が部屋に入ってきた。
「お呼びと伺い参上いたしました。どの様な御用向きでしょうか?」
司教に、ガラリア王国が、停戦協定に違反し、我々の領地の侵害をしていると伝えた。
「それは……。既に、ノルドル王国が、ガラリア王国の領土を侵害したと伝わっておりますので、ガラリア王国の停戦協定違反には当りませんが……。」
「何時、我が国がガラリア王国の領土を侵害したと言うのか?」
それから、司教が神殿に伝わっている情報の説明を始めた。
2月20日に、ノルドル王国の兵が、ノアール川を渡り、砦に攻め込んだというものだった。
今は、3月14日だ。まだ1月も経っていない。どうしてその情報が神殿に伝わっているのだ?
「その様な事実は無い。それにノアール川で、仮に戦闘が有ったとしても、そこは、大陸の北東の果て。情報が伝わるとしても、何ヶ月も掛るではないか。
偽りを言うものではない。」
司教の説明に異を唱えた。
「しかし、これは、ガラリア王国の王都に居られる、ヴィタリアノ・ファッブリ司教、マリムに居られるヘントン・ダムラック司教の情報による神殿記録となっております。
間違いは無いと考えます。」
これは……一体どういう事だ。
ガラリア王国の王都ガリアにこの情報が伝わっているのだと?
そんな筈は無い。
今、王都ガリアの神殿から、王都ノルドルの神殿に情報が伝わっているのであれば、ノアール川での戦闘が発生して、直ぐにガラリア王国はその事を掴んでいたことになる。
そんな事は有り得ない。
しかし、神殿は、完全に国の立場とは一線を画している組織だ。虚偽の情報では無いのだろう。
一体何が起こっているのだ。
「そうだ、その戦闘の結果は、神殿には伝わっていないのか?」
司教に詰問した。
「それは、戦闘の勝敗についてでしょうか?
その件は、政治の話になります。神殿としては、お伝えすることは出来かねます。
それに、宰相閣下は、ダムラック司教からの、国境侵害の訴えを、ことごとく無視されました。この事は、既に大司教猊下にも伝わっております。
神殿としては、これ以上のお話は御座いません。」
そう言うと、司教は、部屋を出ていった。
「やはり、あの金鉱の件で、ガラリア王国は、我王国に攻め込んできたという事なのか?」陛下は、不安気にそう呟く。
色々納得の出来無い事があるが、どうやらそういう事のようだ。
「まずは、ガラリア王国の侵攻を抑えなければならない。」とコンタンゾが言う。
しかし、今、王国騎士団の半数が北方に出払っている。
戦力不足の状況ながら、ガラリア王国の軍を国境まで押し戻せなければ、王国存亡の危機に繋りかねない。
相当に厳しい状況だ。
とにかく、今は、出来る限りの兵力を国境に向わせて、魔物の討伐が完了して兵が戻るのを待つしかない。
陛下と騎士団長と三人で協議し、残存する騎士の2/3を国境に向わせる事になった。
王都には、通常の兵力の、1/6しか残っていない。
魔物討伐が完了するまで、耐え忍ぶ他無いのだ。
ーーー
考え得る中で、最悪の報告が上ってきた。
北方に向わせた騎士団は、魔物の討伐に失敗し、ほぼ全員が負傷により戦えなくなった。
幸い、ガラリア王国の侵攻速度は落ちついていて、なんとか膠着状態を保っている。
逆に言うと、北方の魔物の討伐に割ける兵は無いという事だ。
北部の領主へは、これ以上の王国軍の派兵は困難であることから、自領の騎士により、魔物を撃退するように伝えた。
ーーー
さらに状況が悪化した。北部の魔物は、その数が6倍に増えたという報告だ。
よりによって、この時期に……。
既に、12近い領地が、魔物に蹂躙されている。
王都周辺には、魔物に襲われた領地からの難民が集ってきている。
初めの内は、難民を王都に受け入れていた。しかし、直ぐに限界となったことで、王都の周辺に難民が溢れ始めた。
まだ、年が開けて、さほど経っていないため、王都の食料が不足し、高騰し始めた。
西にある領地から輸送するしかないのだが、各領地は王都への供出を渋っている。
我が王国への諸外国からの交易路は、いまいましい事に、南のガラリア王国経由の街道しかない。
ノルドル川は、王都ガリアに向っているため、川を利用した輸送も使えない。
戦闘が継続している限り、食料を他国から買い入れることも出来ない。
領都の周辺では暴動が散発し始めた。食料不足が原因だ。
僅かに残っている王国騎士団は、暴動の鎮圧に借り出されている。
今は、じわじわと南部の戦闘領域が北上してきている。
古くからの取り決めにより、農作業の時期になれば、戦争は下火になる。
それまで、なんとか持ち堪えるしかない。
ーーー
嫌な噂を聞いた。北部と東部を占拠している魔物は、ガラリア国王軍だという噂だ。
魔物が襲ってきた領地では、魔物は人を襲うのではなく建物を破壊している。
そこに、白い装備を身に纏ったガラリア王国の騎士達が現れ、領主館を襲撃して、領地を占領しているという噂だ。
ガラリア王国では、魔物を使役しているのか?
魔物を使役できるなどという話は、これまで聞いたことが無い。
流石にこれは有り得無い事だ。
王都警護の騎士達に、王都周辺の難民達から、魔物が襲撃したときの状況を聞き取らせた。
得られた情報は、多少の表現の相違があるものの、領地に依らず、総て同じものだった。
魔物の上には、二人の大魔法使いが居て、土魔法で騎士達に石礫を浴せる。
倒れた騎士は、魔物により下肢を酷く切り裂かれて、動けなくなる。
命には別状が無いのだが、騎士として戦えなくなってりるらしい。
すると、騎士達は、戦死してはいないのか?
そうであれば、怪我が治れば、再起が可能ではないのか?
いや、酷い怪我だと伝わっている。何ヶ月も騎士としては働けないだろう。
この情報の真偽は不明だ。
しかし、現状、南部でガラリア王国と戦っている中、魔物の所為で北部で騎士の数が凄い勢いで減っている。
もし、噂通りに北部の魔物がガラリア王国によるものであるとすれば……。
既に、北部と東部はあらかた魔物に占拠されていて、王都に迫る勢いだ。
これは……南部のガラリア王国軍は陽動で、北部の魔物がガラリア王国軍の主力だったということなのか?
魔物と聞いて各領地に任せていたのは失敗だった。
ただ、今となっては、騎士団の配置を変えることもできない……。
ーーー
遂に、王都は魔物に包囲された。王都の周りに居た難民達は、蜘蛛の子を散らすように、西へ逃れて行った。
難民達は、魔物に襲われる事もなく、逃げ果せたようだ。
王都を囲む、城壁から外の様子を窺ってみた。
250頭の魔物が、王都を取り囲んでいるのが見える。
魔物とは思えない統制の取れた動きをしている。
ガラリア王国では、何時の間に魔物を使役できるようになったのだろう?
ガラリア王国に潜入させていた諜報員からは、その様な情報は全く届いていない。
あやつらは、一体何をしていたのだ……。
何十人かの騎士や大魔法使いが、城壁の外に出て攻撃を試みた。
しかし、魔物には全く無力だった。
騎士は、魔物に乗っているガラリア王国の大魔法使いが繰り出す石礫に悉く倒されていった。
運良く魔物に攻撃を仕掛けることができても、剣での打撃は全く効か無かったようだ。
最後には、魔物に乗っている大魔法使いの石礫に倒されて、無力化されてしまう。
大魔法使いが、幾つもの大岩を魔物に撃つけても、全く効いていない。
即座に、魔物の攻撃により倒されてしまっていた。
魔物1頭に、大魔法使いが2人乗っている。
ガラリア王国には、こんなにも沢山の大魔法使いが居たのか?
これも、情報として聞いたことが無い。一体どうなっているのだ……。
農作業が始まり、南の戦闘が終息するまで、王都の主要な門を総て閉じ、籠城するしか手が無い。
籠城するにしても、王都には、難民達の所為で、食料がほぼ底を突きかかっている。
食料を消費するだけでしかない、王都の住人を、王都の外に追い出した。
魔物の大群の前に追い出された住人達は泣き叫んでいたが、王国の存亡の危機だ。
何が何でも、国王陛下とそのご家族を御守りしなければならない。
どうやらガラリア王国の魔物は、領民に危害は加えない様子だ。
放逐された住民達は、西へ逃れていった。
とりあえず、王族と高級官僚と騎士だけであれば、今残っている食料で3ヶ月は保つだろう。
農作業が始まりさえすれば、南の戦闘は終息する筈だ。
ーーー
魔物達の攻撃が始まった。大門へ凄い勢いで激突してくる。
分厚い木材と青銅で固められた大門は、そう簡単に破られることは無い。
予想に反して、あっけなく、大門が破られた。
青銅は、ひしゃげ、跡形も無くなっている様に見える。
魔物の大群が、王都内に雪崩れ込んできた。
領都に居る騎士達が応戦するが、次々と倒されていく。
騎士たちを王城に引き上げさせ、王城に立て込もることにした。
忌々しい魔物達だ。
王城の門を閉した。王城の門は、青銅製の頑丈なものだ。
しかし、ここもあっけなく破壊された。
王城の中に魔物が突入してくる。
突如、ガラリア王国の騎士の大軍が場内に溢れ出てきた。
この大群は、一体どこに潜んでいたのだ?
我が王国の騎士が立ち向かうが、ことごとく倒されていく。
もう……ダメだ。
陛下とそのご家族だけでも、この場所から逃さなければならない。
西の領主の元へ逃れ、再起を図るしかない……。
私と陛下は、近衛騎士団長のコンタンゾと近衛騎士団の腕利き達とともに、王城の奥へ移動した。
最奥の間には、城外に逃れるための地下への抜け道がある。
なんとか、そこまで辿り着ければ……。
最奥の間に辿り着いたときに、ガラリア王国の兵に追い付かれてしまった。
「ノルドル王国国王陛下と宰相のタマロ・アンフッソ殿とお見受けする。
身柄を拘束させていただきます。」
銀色の剣を持ち、銀色の鎧を着たガラリア王国の騎士が近寄ってくる。
見たことのない剣と鎧だ。
この騎士剣と鎧はなぜ銀色をしているのだ?
追って来たのは、一人だけだ。
ここを切り抜けられれば、どうにかなる。
陛下と私の前に、近衛騎士達が立ちはだかる。
一人の騎士が、ガラリア王国の騎士に襲いかかった。
そのガラリア王国の騎士が、剣を振うと、剣が切り飛され、そのまま倒された。
残りの近衛騎士達が一斉に襲いかかったが、次々と切り倒されてしまった。
その戦いに違和感を感じた。
なぜ、あの剣は切ることができるのだ?
もう、残っているのは、コンタンゾだけだ。
それでも、コンタンゾであれば、なんとかこの窮地を凌いでくれる。
誰にも負けることは無い王国で最強の騎士だ。
「ガラリア王国の騎士よ。見事な腕だ。さぞ名の有る騎士なのであろう。
名を聞いても良いか?」
「私は、今回ガラリア王国軍の指揮官を務めているソド・グラナラだ。」
「グラナラ?そうか、あの東部大戦で名を馳せたグラナラ家か……。
近衛騎士団長のリゾオ・コンタンゾである。
陛下をお守りするために、そなたをここで倒させていただこう。」
「そう簡単にはいかぬと思うぞ。」
そう言いながら二人は、相手を窺う様に睨み合った。
剣を振るったのは、二人ともにほぼ同時だった。
その後は、目にも止まらぬ攻撃と受けを繰り広げている。
相手の騎士の腕も相当なものだ。
両者共にほぼ互角に戦っている。
コンタンゾ頼む……。
突然、コンタンゾの自慢の剣が砕け散った。
そのまま、コンタンゾは切り倒されてしまった。
なっ。なんという事だ。
あのコンタンゾが破…れ…た…の…か。
その後、直ぐに追い付いてきたガラリア王国の兵達に、取り押さえられ、国王陛下は、魔法が使えなくなる首輪と手枷、足枷を着けられてしまった。
王族のご家族や、高級官僚も全て囚われた。
もう、どうにもならない。
600年以上続いた、ノルドル王国は滅亡する。
悪つきガラリア王国……。東部大戦以来、我が国は耐えに耐えてきたと言うのに。
魔物まで使役し、我が国を滅ぼすか。
王都と王城が陥落した翌日。
我々は、ガラリア王国の王都ガリアに移送されることになったと伝えられた。
何故そのような手間の掛ることをするのだ。
王都ノルドルから、王都ガリアまで移動するのには、1ヶ月以上掛る。
我々を移送するのであれば、それ以上の日数が掛るだろう。
我々は、魔物の側に連れ出された。移送するのではないのか?
魔物に殺されるのか?
その魔物の側面に……穴が空いている?
その魔物に空いた穴の中に押し入れられた。
中は、広く、10脚ほどの大きな椅子がある。
なんと……これは……魔物では無いのか……。
国王陛下や、そのご家族も、魔物のようなモノの中に押し入れられていた。
この魔物のようなモノは、直ぐに動き出し、南に向っていく。
移動する速度が尋常ではない。馬を早駆けさせるよりも遥かに速い。
一体……これは何なのだ?見たことも聞いたことも無いものだ。
1時毎に停止して、黒いものが積み込まれる。
食事時には、その椅子に付属したテーブルを使う。
夜間には、シートの背もたれが後ろに倒れて寝ることができた。
別室にはトイレもあり、全く、この魔獣のようなものから外に出ることなく過すことになった。
どれもこれも、これらの仕組みは、見たこともないものだ。
一番の驚きは、この魔物の様なものなのだが、どういう仕組みで動いているのだろう。
そして、騎士が攻撃を加えても、大魔法使いが岩を撃つけても、全く動じる事が無かった。
何時の間に、ガラリア王国は、ここまで進んだ道具を作り出したのだろう。
これでは、何をしたところで、我が王国に勝目は無かった。
この魔獣のようなものは、昼夜を問わず、一向移動し、4日後には、我々は、王都ガリアに到着した。