9.教育
この世界に生れて始めてのお泊りだ。
前世では、どこかに行って泊るというのは良くあったことだけど、今世では始めて。
幼女なので、アイルの部屋でも良いと思ったのだけれども、私の部屋が用意されていた。
お母様は、慣れない部屋で眠れるのか、とても心配してくれた。でも、前世で予約ミスの所為で、海外のボロホテルに泊まったことを思えば、全然平気だ。
あの時は酷かった。シャワーは水しか出ないし、シーツは洗ってあったのかもしれないがシミだらけだったし。部屋の隅には得体のしれないものが固まっていたし……。
部屋は綺麗で、布団もとても綺麗。お風呂にも入れたし。ベッドもとても広いから、ころげ落ちる心配もない。
お風呂といえば、転生ものでは、石鹸が無かったりするけれど、この世界には普通に石鹸がある。
たぶんオリーブオイルから作ったオリーブ石鹸なのだろうな。保湿性もあって快適だよ。
今日はいろいろなことが有りすぎだったよ。
おない歳の領主の息子のアイルが恭平の生れ変りだったのは吃驚だよ。でも、凄くホっとした。化学者無双しようと思っていた。それでも一人でどうにかしなければならないと思うとすごく不安だったんだ。
恭平から魔法のことを聞いて、試してみたら、結果的にとんでもないことになったな。私の場合はともかく、恭平のあれは無いな。
突然、大量の水で、部屋から外に流されるってびっくりだよ。
領主様から、魔法は使い方を間違えるととんでもないことになると言われたけれど。納得だよ。
ふふふ。でも魔法が使えるんだよ。私。
使える人はとっても少ないって言っていたから凄くラッキーじゃない。魔法で、何ができるんだろう。楽しみで仕方が無い。
魔法が使えたことで、両親はとても喜んでくれた。
ウチで魔法の話が聞けなかったのは、みんな魔法が使えなかったからなんて、予想してなかったよ。
親戚に騎士の人が多いのは、そういう家系なんだと思っていたんだ。
でも、そうじゃなかった。魔法が使えないと貴族になれないとか、領主になれないというのも始めて知ったよ。
ここ地球じゃなかったんだな。恭平は流石というか何というか。星を見ただけで解るって、普通じゃないよね。
私は、ここが北半球なのか南半球なのかなんて、考えたこともなかったよ。学会でシドニーに行ったこともあったけど、そんなこと気にもしてなかった。
南十字星はその時に見た記憶がある。星空を見て普通に考えることなんてそのぐらいでしょ。
見た目西欧人だらけの世界で、地球と同じような植物や動物があったら、ここは地球だと思うよね。
時間を飛び越えてしまったんだと思っていたんだけど。
地球じゃなかったら、この惑星に何故人がいるんだろう。
うーん、考えたところで判りそうもないな。考えるの止めよう。
明日からは、教育すると言っていた。楽しみだ。この世界のこと、魔法のこととか、文字とかいっぱい教えてもらおう。
これまでは、会話の中でいろいろなことを知ろうとしていたから、大変だった。
あまり執拗く聞くと、話を続けることが難しくなったし。
明日からは、好きなだけ、いろいろなことを聞くことができるな。
朝になった。
寝る前に興奮したから、寝付けないと思ったけど。流石、幼児。ぐっすりだったよ。
食堂で、恭平と一緒に朝食を食べた。我が家と似たりよったりのメニューだ。とは言っても離乳食よりの柔らかな、お子様メニューの食事なんだけど。
領主の館だったら、お菓子が出てくるかと思って期待していたのだけど、甘いものは果物だけだ。
やっぱりこの世界には『砂糖』が無いのかな。ウチで「甘くて白い粉みたいモノ」と聞いたけれど、全く通じなかったんだよ。
これから、アイルの部屋に行って、そこで、色々なことを教えてもらう予定だ。
教えてもらうことが楽しみでワクワクしている。
教師役の侍女さんとは昨晩挨拶をした。
ウィリッテ・ランダンという人で、かつて、アイルに魔法を使ってみせてくれた人らしい。
そして、王都の魔法学校を優秀な成績で卒業した人だと紹介された。
細身で、理知的な感じの人だった。
アイルの部屋に移動して、アイルと少しおしゃべりをした。
アイルが言い出した話題は、二人の日本語での会話をどうするかということだ。
アイルは、日本語で会話することはあまり大っぴらにしない方が良いと思っている。
『でも、先生に何か教えてもらったときに、この世界の言葉で上手くアイルと相談できないかもしれない。
話の内容自体を先生達に聞かれたら困ることもあるんじゃない?』
『たしかに、この世界に無いものは、それを表す言葉もないだろうね。』
結局、なるべくこの世界の言葉で話す。どうしようもないときには、先生の前でも日本語で話す。どうせそのうちバレるのだから、先生一人に不審に思われてもしょうがないと思おう、ということになった。
結局何も決まったことになってないよね。これ。
ほどなくして、先生が手に何かを持って、アイルの部屋にやってきた。
「昨日、ご挨拶しましたが、ウィリッテ・ランダンと言います。これからよろしくお願いしますね。」
二人そろって、よろしくお願いしますと返事した。
アイルが、
「ランダンさんのことを、これからどう呼べば良いですか。先生と呼べば良いのでしょうか?」
と聞いた。
「私は、先生などというほどの者ではないです。お二人の教育係の仕事を任されただけです。使用人ですから、ウィリッテと呼び捨てしてもらえば良いと思います。」
「じゃあ、「ウィリッテさん」と呼ばせてもらいますね。ボクのことはアイルで良いです。」
「私も、「ウィリッテさん」と呼びます。わたしのことはニケで良いです。
「では、お二人のことは、アイルさんとニケさんと呼ぶことにしましょう。」
とりあえず、挨拶が完了したところで、ウィリッテさんは、手にもっていた紙のようなものをテーブルに広げた。
「今日はこの世界のことを話しましょう。ニケさんのお母様のユリア様に、ニケさんがどんなことに興味を持っていたか聞きましたので、領主様にお願いして、この大陸の地図をお借りしてきました。」
おぉ。私の中で、ウィリッテさんの評価、爆上りだよ。デキる秘書さんという感じかな。
地図は、薄いものの上に描かれていた。羊皮紙かな。ウチには無かったな。
気になって、聞いてみた。
「この、地図が描かれているものは、何ですか?」
「獣皮と言います。牛や豚や羊の皮を薄く剥いで作ったもので、とても貴重です。」
「普通に字を書いて記録するのには、何を使っているんですか?」
「普通は、木簡という木の板に書きますね。特別、大切で、保存しておかなければならないものだけ、獣皮に書きます。」
「木の板じゃなくて、植物で薄いものは無いのですか?」
「それは、知りませんね。あっ、字を書かれた服につかう布はありますよ。」
なるほど。
この世界では、羊皮紙と木簡しか記録媒体は無いんだ。紙は発明されてないんだね。パピルスなんかが有ってもよさそうだけど。無いんだ。
地図を見ると、横に広い陸地があった。あちこちに赤い線が引かれている。国境なのかな。大きな領域が5つと、小さな領域が7つあった。
大陸は、なんとなくまるっとしていて、何箇所か切れ込みのようなものがある。きっと大きな湾があるのだろう。
測量の技術なんて多分無いから、大体の場所が記載されているだけなのだろう。
「大陸は、東西に広くなっています。こちらが西、こちらが東ですね。」
「北の方は、なんか地図ではっきりしていませんね。」とアイル
「ええ、気温が低くて一年中冬のようなところのため、どうなっているのかは分っていませんね。」
「それで、今居るところは、どこになるの?」
「マリムは、この場所です。」
指差したところは、本当に大陸の東の一番端だったよ。
「他に大陸は無いの?」と聞いてみた。
「他の大陸がどうなったのか、分らないのです。
これは、後でお話しするつもりだったのですが、」
と前置きして、この世界の歴史を話をしてくれた。
2000年ほど前、「神々の戦い」と呼ばれる大惨事が起きた。
空は雷が鳴り響き、大地が割けるほど揺れ動いた。
天変地異が去ったあと、南に有った大陸は無くなってしまった。東にあった土地も消えてしまった。北には広大な土地が広がっていたが、誰もいなくなっていた。
私達ガイア神を信じていたアトランタ国以外の異教徒の国は全て消えてなくなっていた。
異教徒で生き残ったのは、交易のために、アトランタ国に滞在していた外国人だけだった。
外国人の半数は、南の大陸に住んでいた太陽神を崇める人達だった。
その異教徒の人達は、自分の生まれ故郷の南にあるはずの国に戻ろうとした。
ところが、東から西に向う海流が強くて、海を渡ることがどうしてもできなかった。
むりやり海を渡った人は、その後どうなったのか分らない。
この大陸の南の海は、とても強い海流が東から西に向って流れている。
北に広がっていた大地には、草一本生えていなかったのだけれども、耕してみると、とても豊穣な土地だった。ご先祖様達は大層苦労して、開拓地を広げていった。
ほどなく、魔法が発見された。
魔法の力は素晴らしく、苦労して水を掘り当てることもなく水を出すこともできた。開墾のために土を耕さなくても、魔法で耕すことができた。
魔法が使えたのは、ごく僅かな人で、時が経つとともに、魔法を使える人が魔法が使えない人達を纏めていった。最初に出来た国は、強力な魔法が使える人が国王になったアトランタ王国だった。
東にある海峡の先に、新たな土地が見つかり、アトランタ王国は、北と東に広がっていった。
1000年ほど過ぎて、大陸の中程まで開拓が進んだ頃。アトランタ王国から海峡の東にあるミケナ王国と北の山脈より北にあったフィニカ王国が、アトランタ王国から独立する戦争が起こった。
この戦争は、西部大戦と言われている。
この西部大戦は300年ほど続き、大陸中が混乱に包まれた。
結果的に、アトランタ王国は、もともとのアトランタ王国と、その東にあるミケナ王国、北にあるフィニカ王国の3つの国に分かれた。
その間、ミケナ王国の東にあって、戦争に加わらなかった国々をテーベ王国が征服していった。テーベ王国は、もともと南や西の国から来てこの大陸にとりのこされてしまった異教徒の子孫の国だった。そのため宗教が他の国とは違っている。
650年ほど前に、テーベ王国がミケナ王国に攻め込んで、中部大戦が勃発した。
この戦争は、ミケナ王国にフィニカ王国とアトランタ王国が加勢して、450年ほど前に停戦になった。
この戦争から東に逃れた人達によって、テーベ王国の東に様々な国が生まれた。
300年ほど前に、テーベ王国が東の小国に侵略を始めた。東部大戦が始まった。
テーベ王国の東は、小国が多く、テーベ王国の侵略を防げなかった。
当時のガリア王国を中心に有力な国が集まり、ガラリア王国を樹立し対抗した。60年ほど前に、ガラリア王国とミケナ王国の同盟が成立し、テーベ王国の侵攻を押し戻した。
この時のガラリア王国とミケナ王国の同盟を成立させたのは、ガラリア王国に助力していたガリム・サンドルだ。
ガリム・サンドルは、ガラリア王国の英雄と呼ばれている。
「ガリム・サンドルは、アトランタ王国の王子の一人だと伝わっています。魔法が使えなかっため、家を出て各国を放浪して、ガラリア王国に来たそうです。
そのガリム・サンドルの息子の一人が強力な魔法が使えたことで。ガラリア国王の娘と結婚しました。そして、最も東に領地を与えられ興した家がアトラス家です。
グラナラ家は、ガリム・サンドルがアトランタ王国に居たころからの盟友だった、モナド・グラナラが興した家だそうです。」
おぉ!二人ともなんかすごい家に生れてんじゃん。
「ガリム・サンドルとモナド・グラナラが各国を放浪して、ガラリア王国で活躍した物語は有名ですね。
確かここにも、木簡に書かれた書籍があったはずです。
字が読めるようになったら、読むことがあるかもしれませんね。
もう、お昼です。午後はお休みにしましょうか。」
「でも、私達まだ字が読めません。」
そういって強請ったら、午後に、字を教えてくれることになった。