N2.虜囚
やけに暖かく明るい場所で、意識が戻った。
どうやら、両足を失なってしまったようだ。
両足の傷の痛みが尋常ではない。
私はベッドに寝ているだが、ここは、何処なのだ。
私の傍らに居た者が、部屋の外に出ていった。
それから間も無く、体格の良い騎士と思われる者がやってきた。
「バルバ・ゴーリ殿。お加減はいかがですか?」
「我が軍は、領主様は、どうなったのだ。」
「あなたの軍勢は、敗退しました。
生き残っていた者は、全て、捕虜として収容し、怪我人は治療を施しています。
ところで、領主様は、魔法を使われましたか?」
「マルケス伯爵は、大魔法使いだ。魔法で戦っていた。」
「そうですか。残念ながら、魔法使いは全て倒させていただきました。」
「なっ。」
「ちなみに、ノルドル王国軍で生き残って、捕虜となった者は、d350(=492)人ほどです。
残りは、戦死しているか、敗走していると思われます。
ただ、この寒さですから、敗走した騎士のうち、何人が故郷に辿りつけるかは分りませんが。」
大敗ではないか。
あの魔物にやられたのだ。
「ガラリア王国では、魔物を使役しているのか?」
「魔物……ですか?有史以来、魔物を使役したという話は聞きませんな。
我が国でも魔物を使役した事はありません。」
「では、あの魔物は一体何だと言うのだ。」
「はて?魔物は居なかった思いますが。」
「そんな訳があるか。戦場を駆けまわっていた魔物が居たではないか。」
「あぁ。あれですか。あれは『雪上車』という道具です。雪の上を移動することができる、乗り物と言っていましたかな。騎士が操縦して動かしていたのですよ。」
操縦?道具?乗り物?なんだそれは?
騎士があの魔物のようなものを操っていたというのか……。
「なお、ノルドル王国軍の越境行為と軍事行為により、我が国は、ノルドル王国が戦線布告したものと見做しております。
これは、既に神殿にも伝えてあります。
一つだけ確かな事は、ノルドル王国は、戦ってはいけない領地に戦線布告してしまったという事です。
陛下がどう判断されるかは、未だ分りませんが、反攻せよと命が下れば、これから、ノルドル王国に攻め込むことになるでしょう。
あなたが、軍指令であると聞きましたので、今後の事について説明しておりますが、これ以上の説明は軍事上の秘密ですのでご容赦いただきます。」
そう、騎士が告げると外へ出て行った。
ガラリア王国は、ノルドル王国を侵略者として、反攻するつもりの様だ。
まあ、その決定も、何ヶ月か先になるだろう。
なんとか逃れた騎士がこの状況を国許に伝えてくれれば、我王国も対処できるかも知れない。
今回は、完全に虚を突かれてしまっていた。
ここで起ったことの詳細が伝わるのを祈るしかないのか。
しかし、この醜態を何としたものか。生き恥を晒すとは、この事だな。
なんとも言えない思いが込み上げてきた。
一週間は経っていないだろう。時間の感覚が無く分らないが、あれからそれほど経っていない。
また、件の騎士が部屋に入ってきた。
「国王陛下からの命が下りました。これより、アトラス領騎士団は、ノルドル王国に侵攻いたします。
ここは、あなた方が攻略しようとした砦ですが、捕虜収容所として使うことになりました。
建物の中の1階部分であれば、自由にしていただいて構いません。
そうは言っても、軍総司令殿は、その状況では身動きができませんね。
捕虜になっている、ノルドル王国騎士を側に付けましょう。
捕虜の方々の追加の食料も、もうすぐ届くと思います。
くれぐれも、反乱などは企てませんように。
反抗する様子が見られたら、警備している騎士が、容赦無く、切り捨てますので。」
「なに?もう、ガラリア国王の裁定が下ったというのか。そのようなバカな話は無かろう。
ひょっとして、国王がこの砦に居るのか?」
「いえ。国王陛下は、王都ガリアにいらっしゃいます。
確かに国王からの命です。これは国王陛下からの命令書です。」
そう言うと、その騎士は、手にしている丸められた獣紙のようなものを見せた。
「では、元から、我が王国を侵略する意図があって準備していたのか?」
「では、これをご覧ください。」
そう言って、この騎士は、命令書を私に見えるように示した。
そこには、開戦の日付と時刻。先に川を越え攻め込んできたのが、ノルドル王国であること、これに対抗して、ガラリア王国が、反抗のためノルドル王国に侵攻すると記載があった。
そして、その書類の発効日付は、開戦の3日後になっている。
何故、今この時に、ガラリア国王は、開戦の日時を正確に命令書に記述できるのだ。
「先日も言いましたが、事の顛末は、神殿にも伝えてあります。
金鉱山を奪おうと、攻め込んできたのでしょうが、開戦する利は、こちらには有りません。
4日前にガラリア国王の反攻の命令書が発布されました。今日より、ノルドル王国に侵攻します。」
「こんな短時間で、命令書が準備できるはずが無かろう。偽造したのに違いない。」
そう反論すると、この騎士は、命令書の余白の部分を見せてきた。
そこには、王都ガリアに居るヴィタリアノ・ファッブリ司教が確認した旨の記述と署名、日付の記載があった。
神殿には、人類の歴史を記録保管する役割を持っていると聞く。こういった国家間に関わる事項については、事の善悪に関わりなく確認と記録をすることになっている。
この文書を偽造することは、流石にムリだ。
それで、この騎士は、神殿に伝えてあるという事を繰り返し言っていたのか。
すると、今回の侵攻を隠密裏に実施しようとしていたことも失敗していたのだ。
国王陛下も、宰相閣下もこの事を知らない。
ノルドル王国は、不意打ちを受けることになるが、先に先制攻撃を加えたのは、我王国だと、周知されている……。
「ゴーリ殿や捕虜の方々は、体調が回復し次第、王都ガリアに移っていただきます。
なに、4日か5日の船旅です。
そして、今回の侵攻の詳細を話していただくことになります。
ゴーリ殿は、随分と血を流されましたので、体調回復に務められますように。」
騎士は、その後、部屋を出ていった。
驚いた。ガラリア王国の船は、ここから王都ガリアまで1週間も掛からないとは……。
ほどなくして、マルケス伯爵の副官をしていたブリャン・タタンゲールが、部屋に入ってきた。
タタンゲールは、右腕を失なっていた。
「ゴーリ様のお世話をするように言われて参りました。」
タタンゲールは、私が両足を失なっているのを見て、絶句していた。
タタンゲールに怪我の具合を聞くと、止血と手当を受けていて、痛みが酷いものの動くのには支障が無いと言う。
我主のマルケス伯爵がどうなったのかを問い質した。
「伯爵様は、討ち死になされました。」
その時の詳細を聞く。
タタンゲールは話辛そうにしていたが、ポツリポツリとその時の様子を伝えてくれた。
「魔物が、一直線に、伯爵様の元に走ってきたと思ったら、敵の騎士が10人ほど飛び出してきたのです。
伯爵様を守らなければと、我々は即座に対峙しました。
敵の剣は、我々の剣とは全く違っていました。
敵の騎士の剣を受けた我方の騎士の剣は、折れて、いや、切られて、そのままの勢いでその騎士は、その剣に切られて絶命しました。
私も、伯爵様を守ろうと剣で防いでいたのです。
しかし、相手の騎士は、剣もそうですが、その……装備が、全く違っている様でした。
相手の動きが、早いと言うか……多分、防寒のために着ている装備が、非常に軽いのではないかと……。
そうでありながら、あの凍て付くような寒気の中で、寒さを感じてはいない様に見えました。
我々の、防寒装備は、とても重いではありませんか。
動きが制限されるというか……私が未熟だったのかもしれません。
どうしても、敵の動きに遅れを取ってしまい……右腕を切り飛ばされて、そのまま戦闘が継続できなくなってしまいました。
そして、伯爵様も、切り倒されてしまわれました。」
私も、ペレーラ子爵が、討たれるところを見ていた。
あっという間の出来事だった。
剣にしても、防寒装備にしても、ガラリア王国は、我王国を凌駕しているという事なのか。
この極寒の地にあっても暖い部屋や、極夜であるにも係わらず明い室内。
そして、あの魔獣と思っていた道具。一週間も掛からず王都ガリアまで移動できる船。
どれを取っても、我王国では、想像も出来ないものだ。
その時になって、件の騎士の言葉が思い起こされた。
「一つだけ確かな事は、ノルドル王国は、戦ってはいけない領地に戦宣布告してしまったという事です。」




