N0.レペの木
火力発電所の検討が一段落着いたので、助手さん達やフランやセドと、クリスタルパレスに遊びに行くことにした。
偶には、息抜きも必要だよ。
もう、私は、大分大きくなったので、自力で歩いて行ける。
あと少しで、5歳だ。前世だと、幼稚園の年中さんだね。
セアンさんが迎えに来てくれた。研究所から、歩いてクリスタルパレスまで向う。
フランとセドは、侍女さんが抱き抱えている。
セアンさんは、今でも、毎日、私の部屋に、花束を持ってきてくれている。
毎朝、新しい花を愛でるのは、嬉しい。
途中で、背の低い生垣の様なこんもりとした木に、白い花が咲いていた。
あっ。これは、冬の時期に、セアンさんが、持ってきてくれた椿の様な花だ。
あの花は、こんな木に咲くんだ。
「レペという名前の木ですね。生垣として良く使う木なんですよ。
冬のこの時期には、他の植物の花はあまり咲かないんですけどね。
この木は、冬に花が咲くんです。」
セアンさんが説明してくれる。
冬だというのに、下向きに椿の様な白い花が咲いている。
生垣になっているレペの木が何となく気になる。
というか、何となく見覚えが有るような……。
何だか思い出せない。
まっ。思い出せない事は、放って置こう。
セアンさんに案内されて、助手さん達と、クリスタルパレスに辿り着く。
今日は、カイロスさんも一緒だ。
アイルの火力発電の設計は、まだしばらく掛るらしい。
最近のアイルにしては珍しいことだ。
電子回路が作れるようになったので、制御回路を検討している。
多分、カイロスさんもやる事も無くて暇だったんだろう。
発電機にも、超伝導素材をふんだんに使用するらしい……。
うーむ。
いかん。いかん。今日は、仕事の事は忘れて、花を愛でるのだ。
夏の間、育てていたゴムの苗木は、他所に移植されて、今は、花々でいっぱいだ。
あの幼ないゴムの木は、可哀想だったな。必要だとは言え、幼いゴムの木を拷問したようなもんだから……。何本かは枯れてしまったらしい。
早く睨み合いが解消すれば良いんだけど……。
いかん。いかん。今日は、仕事の事は忘れて、花を愛でるのだ。
どうも、ワーカホリック気味になっているような気がするぞ。
まだ、幼女なのに……。
「わぁ。お花だゃぁ。」
「お花。お花ぁ。」
フランちゃんと、セドくんは、年相応に燥いでいる。
私には、こういうところが足りないんだよな。仕方が無いけど……。
フランちゃんと、セドくんは、ポテポテと歩き回って、花壇を移動している。
うぅぅ。二人とも可愛い。
助手さんたちも二人をみて笑みを浮べている。
このクリスタルパレスは、一面に花畑状態だ。
セアンさんが丹精込めて、育てていてくれている。
「ニケさんには感謝しか無いですよ。
私の仕事は、領主館の庭の維持と管理だったんですけれど、今は、様々な事に挑戦できます。
海浜公園の植栽も手掛けることも出来ました。
このクリスタルパレスでは、冬でも草花を育てられます。」
真顔で、そんな事を言われると……照れるな……。
「いえいえ。とんでもないです。いつもお世話になってますから。
ところで、豚飼草はどんな感じですか?」
照れ隠しのために、農業試験所での豚飼草の事を聞いてみる。
セアンさんは、そこでも仕事をしている。
「領地内の、豚飼草を集めて、根の部分の糖度が高かった種を選択したところです。来年から、様々な土壌で検査することになります。
まだ、ご期待には沿えていないです。」
そうか。進んでいるんだね。早く砂糖が沢山採れるようになると良いな。
「随分と進んでるじゃないですか。
品種改良は、時間が掛りますからね。
それに、豚飼草は、二年草ですから、なおの事、時間が掛りますよ。
期待してます。よろしくお願いしますね。」
そんな話をしている間も、フランちゃんと、セドくんは、キャーキャー言いながら、ポテポテ動き回っている。
和むなぁ。
一行は、クリスタルパレスの奥の方に移動していった。
周りは、一面の花、花、花。
クリスタルパレスの中央には、テーブルと椅子が置いてある。
時々、フローラおばさんやお母さん、ナタリアおばさん達が来て、お茶会をしているんだって。
うーん。私は、声を掛けてもらったことがないぞ。
このところ忙しかったから、仕方が無いね。
まあ、お茶会と言っても肝心のお茶が無い……。
ん。お茶?
それで思い出した。
私の前世の母は、静岡の掛川の出身だ。母の実家は掛川にあった。
子供の頃、冬休みに、何度か母の実家に遊びに行った。
あの花と、あの木。
そう、何か見覚えが有ると思っていたのは、茶畑だ。
母の実家の周りには、茶畑が広がっていた。
巨大な扇風機が畑の脇に立っていて不思議に思ったものだ。
春先の新芽が霜に当たらないようにするためだと聞いたことがある。
冬に白い花を付ける茶の木。そっくりだ。
えーと、レペって言っていたっけ。レペの木って、茶の木じゃないか?
気になる。気になる……。
でも、嬉しそうにしているフランちゃんとセドくんを放っては置けないし……。
それから、暫く、
「咲いた、咲いた、プリマノの花が。並んだ、並んだ、赤、白、黄色……」
歌って、踊って、魔法を出して、二人の相手をしていた。
気分は、明後日の方に行ってしまっているんだけど。
ひとしきり、二人と遊んだ後、クリスタルパレスを出た。
「何か、気になる事でもあったんですか?」
キキさんが聞いてきた。
うっ。鋭い。この人は、いろいろ気付くんだけど……。
「えっ。何か奇しいところがあった?」
「ええ。なんか、ある時から急に様子が。でも、少しだけですよ。
きっと、誰も気付いてないと思います。」
そうか……気を付けよう。ん。何をだ?
帰りの道すがら、セアンさんに、レペの木の葉をもらっても良いかを聞いた。
セアンさんは、大量に、レペの木の葉を取ってくれた。
「この葉が、どうかしましたか?」
「ええ。ちょっと気になる事があって。確かめないと何とも言えないんですけど。」
助手さん達が、不思議そうにしている。
キキさんだけが納得顔だ。
何となく悔しい気がする……。
研究室に帰って、葉の成分を調べる。やっぱりお茶と似ている。
ただ、新芽じゃないから、ビタミンとかはそれほど無い。
これが、茶の木だったら、とても嬉しいんだけど。
似ているだけでは、断定できないからな。
それ以前に、毒性とかが問題なんだけど、カフェインがそもそも毒なんだよね。
植物アルカロイドの一種なんだけど、植物には多かれ少なかれ含まれていたりする。
私が知っている猛毒と呼ばれるようなものは無かった。
だけど、私は、全ての毒を知っている訳じゃない。
依存性の高い成分が無ければ、大丈夫なんだろうか……。
嗜好品だから、あまり気にする事は無いんだろうか……。
うーん。分らない。
前世で、お茶は千年以上の間飲まれていたから、問題が無いと判っていたんだろうけど……。これは、大丈夫だろうか……。
確認するって言ってもなぁ。どうやったら良いんだろう。
食品の安全性評価なんて、私は知らないしな。
分らない時は、人に聞こう。
セアンさんを呼んできてもらった。
「ニケさん。レペの木の葉の事ですか?」
おっ。聞く前から質問の内容を知っているって、さっき貰ったばかりだよな。当然か。
「それも有るんですけれど、植物で、食用にしては絶対に駄目というものは、知られているんですか?」
「レペの木を食用にしたいという事でしょうか?」
「まあ、それに近い事をしたいと思うんですけど。食用にしては絶対に駄目だという植物については知られているものなんでしょうか?」
「まず、レペの木については、食用にしては駄目ということは伝わってませんね。
そして、どの植物のどの部分を食べてはいけないかについては、詳細に知られてます。」
それから、セアンさんの話を聞いてみると、アトランタ王国が設立した頃に、起った戦争の所為で、食料が底を突き、人類全体が滅びかけた事がある。
なんか、昔、ウィリッテさんに教育してもらった時に聞いたことが有るな、その話。
その時、それこそ、木の皮まで、食用にしなければならなくなった。その所為で、死にかかった人も居る。
そのため、当時から知られていた植物や動物で、絶対に食べてはいけないもの、出来る限り食べない方が良いものについては、知られている。
その後も、食べてはいけないものについては、都度公表されるようになっている。
魔物が、食べてはいけないものになっているのは、そんな理由からだそうだ。
なんと。魔物を食べてみようとした奇特な人が居たという訳じゃないんだ。
飢えて全滅の憂き目に会ったことで、何を食べてはいけないかという事がとても大切になったってことか。
特に、食用にしては駄目というものでなければ、食用にしても大丈夫なんだそうだ。
「でも、いくらなんでも、あの葉を食べたりしませんよね?」
うーん。抹茶アイスなんてものが有ったな。あれは……食べてるな。
「いいえ。少し、加工して、飲食の用途に使おうと思っているんです。」
食べてはいけない物じゃないってんだったら、早速、加工してみよう。
新芽じゃないから、香りとか、味とかは落るかもしれないけれど、どんなものが出来るのか興味があるじゃない。
前世で、祖母が緑茶の作り方を教えてくれた。だから、お茶の加工法は知っているんだよね。
火を使うので、厨房で作業しようかと思って、思い直した。
私が厨房に行くと、ものすごく注目される。
新しい料理を作るときは、それでも良いんだけど、今回はちょっと不味いかもしれない。
似ているとは言っても、品種が違っているかもしれないから、どんなものが出来るのか分らないんだよね。
どうなるのか、興味津々の助手さんたちが居るから、ここで作業するか。
「これは、何ですか?」
とヨーランダさんが聞いてきた。
目の前には、ボロボロになった葉っぱの残骸みたいなものがある。
そう思うよね。
「ニケさんが、気になっていたのは、これを作るためだったんですよね。」
とキキさん。
うん。そのとおりだよ。
それから、沸騰したお湯を準備して、お茶っ葉をそのなかに入れる。
茶碗が無いから、ビーカーで良いや。
色が付いたところで、人数分のビーカーに注いだ。
前世の研究室でこんなことやってたな。
「で。これは何でしょう?」
とセアンさん。
「これは『緑茶』という飲み物です。収穫時期の葉っぱじゃないんで、味にちょっと不安があるんですけど、飲んでみてください。」
飲んでみたら、十分緑茶だった。香りは、少し残念な感じがするが、それでも緑茶になっていた。
助手さん達は、苦いですね、とか、香りが良いです、とか様々だ。
「いいですね。これ。なんか温まりますね。
ところで、この葉の収穫時期って何時なんですか?」
セアンさんは気に入ったみたいだ。
「新芽が出て、それが大きくなった頃なので、春ですね。
その頃の葉は、体に良い成分が沢山含まれていて、香りも良いんですよ。」
「そうですか。じゃあ、その頃に葉を集めておきますね。」
ありがたいなぁ。セアンさんに全面的にお願いしてしまおう。
それから、一つの枝からは、2,3枚に留めておくようにお願いした。全部取ったりすると、木が弱ってしまう。
「あっ。それで、明日になったら、また来てみてください。この葉を洗ったあとで、置いておくと、発酵して、ちょっと違う味わいになるんです。」
「えっ。発酵ですか?細菌が繁殖するんですか?」
とカリーナさんが、聞いてきた。
「あっ。この発酵というのはちょっと違うんです。葉っぱの中にある酵素という成分で、熟成が進むんで、細菌じゃないんです。」
なんか、ほっとした空気が流れる。うーん。微生物が生理的に苦手な人が多いような気もするな……。
翌日になって、発酵が進んだ茶葉を見て、カリーナさんが、「真っ黒ですね。」と驚いていた。
さて、今度は紅茶だぞ。
同じように、紅茶の葉をお湯に入れる。
琥珀色の液体ができあがる。
「あっ。こっちの方が私は好きかもしれない。香りがとても良いです。」
カリーナさんが言う。流石、貴族の娘さんだ。判ってるじゃない。
「一日置くだけで、こんなに色と香りが変わるんですね。」
セアンさんも気に入ったらしい。ただ、緑茶の方が比較すると良かったとも言っている。緑茶派と紅茶派が産まれるね、屹度。
春になったら、本格的に、お茶会をしよう。
それから間も無く、年が明けた。私もようやく5歳だよ。
普通の子供だったら、家業のお手伝いを始める歳だ。
これも、今更だよな。
火力発電所の建築は、年明けの1月末になった。
アイルは、これで、電力事情が改善されると喜んでいた。
それは良いけど……例のブツは、残りが僅からしい……。
もう、観念するしかないのか……。
そんな事をして過していたら、国境から緊急通信が入った。