9W.火力発電
冬が近付いてきた。
アイルは、戦に使う様々なモノを作ってたんだけど、それも終ったみたいだ。
今年最後の輸送船が、国境地帯に船出した。
大量のコークスが前線に運ばれていった。
これで、来年の春までは、保つということらしい。
結局、雪上車とは名ばかりの装甲車は、36台が積み込まれた。
コークスの運搬が楽になると良いね。
防寒装備も、リリスさんが無事完納した。
ミシンの御礼の挨拶に、リリスさんが来た。
出来れば、ミシンをそのまま借りていたいという話だったけど、それは、私とアイルの管轄じゃないんだよね。
騎士さんたちの目を守るゴーグルも大量に運ばれていったみたいだ。
前線のあたり一帯は、一面の雪景色で、既に極夜に突入したそうだ。
今のところ何も無い。
やっぱり来年の春先に侵攻してくるんだろうか。
領都では、大浴場が大人気だ。
ふふふ。提案した甲斐があったね。
人気があるってのは、嬉しいもんだよ。
今の施設は、かなり、混み合ってきて入浴制限することが頻発したので、街中に、施設を増やす計画が上った。
そこで、領都の少し北寄りの海沿いに、新たに大浴場を作った。前と同じ様に、海浜公園も作った。
もともと、住居を作るのには、適さない土地だ。
今日は、助手さん達と、のんびりしている。
バンビーナさんは、元々文官さんじゃないから、街の四方山話を仕入れては、教えてくれる。私も噂話は大好きだからね。
これって、私の中身も、バンビーナさんも、オバちゃんだからかな。
仕事を終えた両親が、海浜公園で落ち合って、保育所から子供達を引き取って、大浴場に行く。大浴場で温まって、海浜公園の屋台で夕食を買って家に帰る。
こんな生活が、今の領都の流行らしい。
助手さん達の実家でも、そんな感じらしい。
なにしろ、入浴料を取っていないからね。
領民は只で入浴できる。
石鹸や水着を借りるのは、有料だけど、基本、風呂に入るのは無料だ。
もともと、領都民の衛生環境を改善するためと、防災のために作った施設だからね。
そもそも、建築費や、設備を作るのに、費用が掛っていない。
不良品の木炭や、余剰のコークスを使っているので、費用をそれほど気にする必要がない。
施設維持と、燃料の運搬の人件費が掛るけれど、屋台の売上利益からの税金で、お釣りが出るので、赤字には成らない。
アイルが貸し出している、加工装置が使われ始めて、馬車が街中を走るようになった。
乗合馬車が街中を巡回している。
住人が居住しているエリアが、次第に広くなってきて、街の端から中心部まで歩くと半時以上掛る。
歩いて移動できない訳じゃないんだろうけど、住民は、巡回している乗合馬車を使っているみたいだ。
それに伴なって、街を清掃する仕事が新たに生まれた。
単に、下水溝に馬糞などを水で流し込むだけなんだけど、街中を清潔に保つのは大切だ。
乗合馬車を運行している商会が運営している。
領都民は、街が綺麗になったので、そのまま綺麗に使っている。
乗合馬車を運行している商会に、馬糞や馬尿をどうにかしろと、商業ギルドから指導があったようだ。
へぇ。そうなんだ。
ん。これまで商店で使っていた荷車も、馬が曳いてたんじゃないっけ?
バンビーナさんが言うには、商店への荷卸しをする馬車は、街道から商店街までの道を使う。これまでは、商店街の各商店から、見習いを出して掃除をしていたんだとか。
今回の乗合馬車は、商店街ではなく、住宅街を通っている。
住宅街に放置されている馬糞をどうにかするために、その乗合馬車の商店が掃除をすることになった。
そして、街道から商店街までの道も、各商店から預託金を貰って掃除しているらしい。
ふーん。いろいろ有るんだね。
アイルが研究室にやってきた。
ん。何だろう?
『ミネアの発電所と、マリムの変電所の接続が終ったんだ。』
へぇ。あの距離を送電線で継いだんだ。
大変だっただろうな。
そう言えば、街道沿いに、村が出来ていて、宿も建っているって聞いたな。
そこでも電気を使うんだろうな。
『それで、各場所の発電設備に不具合が発生した場合の電力網の状態をシミュレーションしてみたんだよ。
一番打撃が大きいのは、マリムダムが決壊するとかで、発電出来なくなる場合なんだ。
その場合、マリムと、ミネアを切り離さないと、ミネアまで含めて大停電になりそうだ。
今は、夜、街灯が点いているのが普通になってきてるから、停電になると大混乱になるかもしれない。
やっぱり、補助的にでも、火力発電所を作っておいた方が良いと思うんだよな。』
『まあ、なんとなくは分るけど、それって、私に何か関係があるの?
ひょっとして、例の超伝導素材が足りなくなったとか……?』
『大分使ったから、超伝導素材は、かなり減っているけど、まだ大丈夫だ。
でも、発電機をリニューアルしたいから、その時には、またお願いするかもしれない。』
えっ。また……なの……。
こればかりは、私じゃないと作れないんだよね。普通に作る方法が思い付かない……。
『えっと……そのリニューアルって……何よ?』
『今の磁石を使った発電機を自己励起発電装置に変えようと思ってるんだ。
そうすれば、永久磁石を使わなくても良くなるし、発電機で電圧制御もできる。
そこに、超伝導磁石を使えば、かなり効率的に発電できるんだよ。』
なんか、良く分らないけど、制御回路を作れるようになったってことなのかな?
うぅぅぅ。また、あの苦行をしなきゃならないなんて……。
アイルが言うんだから、領地の為になるんだよな。屹度。
『まぁ……それは……その時に考えましょう。でも、その件じゃないんだよね。ここに来たのは?』
『あっ。そうそう。
火力発電所を作ると大規模な燃焼炉を作るじゃない。
大気汚染が気になるんだけど。
どう思う?』
『コークスを燃料に使うのよね。』
『そうだね。コークスも生産が順調みたいだからね。
戦争用のコークスも今回送ったので当面は大丈夫みたいだし。』
すると、脱硫装置や煤煙除去はそれほど気にしなくて良いか。
あとは、窒素酸化物か。
これまで、小規模の装置だったから、基本放置していたけど、火力発電所を作るんだったら必要かな。
発電所1基だったら、公害っていうほどの事にはならないと思うけど、工場からの排気は綺麗にするのが前提だからな。
今は、アンモニアも入手可能だから、コークス工場の排気と合わせて、脱硝施設を作っておくのが良いかもしれない。
『わかったわ。じゃあ脱硝装置を作るわ。』
『ダッショウ……?なに、それ?』
『窒素酸化物を無害化する装置よ。光化学スモッグの原因物質を除去するのよ。
前世の自動車なんかは、三元触媒で窒素酸化物を還元していたけど、火力発電所や工場だと、それじゃ済まないから、アンモニアと反応させて窒素に戻す装置ね。』
『あっ。ショウって、硝酸の硝か。
ふーん。最近、光化学スモッグって聞かなくなってきたけど、子供の頃、良く聞いていたのは、そういう事なのか。』
最近とか子供の頃って、前世の事よね。
『そうね。前世の世界では、工場の排気に窒素酸化物が出ないように法律で規制するようになったんだと思うわ。』
『それじゃ、オレは、火力発電所の設計をするから、検討よろしく。』
そう言うと、アイルは、自分の研究室に戻って行った。
うーん。きっと、直ぐに火力発電所の設計が終って、あっという間に出来ちゃうんだろうな……。
慣れたけど……何か奇しいよ……これ。
魔法が反則業の所為なんだけど……。
前世なら、設計に3年以上。建設に4,5年かな。
ここでは、現場合わせで作っちゃうから、本当にプラモデル感覚なんだよな。
さて、また、仕事が出てきた。まあ、仕様が無い。
それから、助手さんたちに、今の電力供給の状況や、火力発電所の必要性を説明した。
停電になったら困るのは、問題無く理解してもらったけど、火力発電所の説明が大変だった。
アイルが沢山作っていた小型の発電装置がとんでもなく大きくなったものだと説明したのだけれども、想像出来ないみたいだ。
まあ、それは、アイルが建設したら、分るから良いんだけど……。
大規模な燃焼装置で高温の空気で窒素と酸素が反応して、窒素酸化物が生じることを説明した。
窒素酸化物は、オストワルト法で、硝酸を作っているので、助手さんたちには馴染みの物質だ。
「えっと、じゃあ、また硝酸を作るんですか?」とギウゼさんが聞いてきた。
「いいえ。今回は、有害な窒素酸化物を無毒化するだけです。」
「えっ、でも、勿体無いんじゃないですか?」とジオニギさんが言う。
ふふふ。中々優秀だね。
「でもね、今回の窒素酸化物の発生源は、コークスなのよ。コークスには、色々なものが不純物として残っているから、純粋な窒素酸化物だけが出てくる訳じゃないの。
窒素と水素から純粋なアンモニアを作って、それを酸化した場合とは違って、不純物だらけの硝酸が出来てしまうわね。」
助手さん達は納得してくれた。ただ、この話は半分本当で、半分嘘だ。
窒素酸化物だけ分離できれば、硝酸を作っても良い。
ただ、プラントがとても複雑になる。
アイルの作業に合わせるとなると、そこまで検討する時間も無いし、凄く面倒だ。
正直なところ、面倒なのはイヤだ。誰にも言うつもりは無いけどね……。
問題は、脱硝する方法だ。
一番普及していたのは、アンモニアと触媒で窒素と水に変換するのなんだけど、触媒が要るんだよね。果して私の魔法じゃなくって作れるものなんだろうか?
触媒は、酸化チタンを担体として、酸化バナジウムや酸化タングステンを活性体としたものだ。
別な方法もある。活性炭が触媒になってくれる方法だ。ただ、活性炭が失活してしまうので、再生させながら使用する。
活性炭の形状や、活性炭の移送方法、再生方法を考えなきゃならない。
この場合は、排ガスに二酸化イオウがあれば、活性炭の再生の時に、硫酸アンモニアが取れることは取れる。
どっちも、ハードルが高そうだよな。
そして、もう一つ。反応させるアンモニアの量を、排ガスのNOxの量に合わせて調整する仕組みだ。
そうしないと、未反応のアンモニアをバラ撒くことになってしまう。
こっちは、アイルに作ってもらおう。センサーはジルコニアに電極を付けた酸素濃度計の応用だね。こっちはあまり交換しなくても済むだろう。
NOxセンサーは別にして、NOxの還元方法は、助手さん達と相談するか。
助手さん達に、二つの方式の説明をした。触媒は、交換が必要なので、今の領都の技術で触媒を作れるのかが重要だということも伝えた。
折角だから、ディベート形式でやってみた。
助手さん達を二チームに分けて、片方は、酸化チタン担体触媒。もう一方は、活性炭方式。実験をある程度しながら、双方の利点と欠点を議論してもらう。
これは、前に、木炭の生産方式の時にやっている。
どちらのチームの成果なのかを単純に競っている訳じゃないという事は理解できているだろう。
もともと、これまでも、実験自体は、私が手を出すということはしていない。というか出来ない。幼女に何が出来るっていうんだ。
今回は、実験の方法の検討も含めて、助手さん達主体でやってもらった。
私は、技術書代りだね。聞かれたら答える。インターネットの検索エンジンみたいなもんだ。
やっぱり競争させるのは大事だね。すごい勢いで、開発が進んだ。
ただ、やっぱり酸化チタン担体触媒を作るのは難しかったみたいだ。結局、木炭を使用した方式に決まった。
プラントを製造するために必要なデータを取って、アイルには、NOxセンサーを作ってもらった。
あとは、アイルの設計が終るのを待つだけだな。