9N.装甲車
国境地帯に雪が積り始めたと無線連絡があったらしい。
10月になって、比較的暖かい海沿いの港の有る場所でさえ、最低気温が氷点下になっている。
ノアール川の上流にある砦周辺の気温は、日中気温が−20℃になった。
馬で物資の輸送を行なう事が難しくなってきたという報告が上がっている。
馬って、どのぐらい寒くても動けるんだろうか……。
開拓時代、北海道で馬を使っていたような話を聞いたことがあるけど……。
ノアール川の近くに建設した港は、幸い凍り付いてはいない。
マリムからの物資の輸送は出来ている。
問題は陸上輸送か。
国境地帯が冬本番になってきて、極夜になる直前らしい。
あと半月もすると、ヘリオは、地平線を昇ることはなくなる。
お父さんの読みでは、極夜になる前に侵攻が始まるか、極夜が明けるあたりで侵攻が始まるんじゃないかと言っている。
人は、暗闇の中で戦うことはできない。
可能性が高いのは、来年の春先らしい。
こちらの兵が、寒さで凍え切ったところで、攻め込む心算じゃないかと予想している。
こちらが、防寒対策について、万全だという事を、敵は知らないと考えているみたいだ。
リリスさんのところに頼んだ防寒装備は、順次、前線に送られている。
今のところ、寒さで動けなくなるという事も無い。
お父さんは、私達に感謝していた。
ふーん。なるほど。
で。何故、私はこの会議に呼ばれているのだろう。
私は、寒冷対策の装備を作るところまでだよ。
出来るのは。
アイルに言わせると、戦争について秘密にしていた事を、私が憤慨していたことになっている。
私の不興を恐れて、慌てたお父さんが、私を参加させているらしい。
まあ、何も知らされないより良いのかもしれないな。
しかし、北の方は、本当に寒いんだな。
あっ。そうだ。使い捨てカイロの原料を送ってあげると、騎士さんたちの役に立つかな。
気密性の袋を準備するのは難しいから、適当な量の鉄粉を紙の袋に小分けして、それを気密性の高い缶の中に入れておく。
その袋に小分けされた塩と、水を加える。
配合は、どうしたらいいのだろう……。実験しておくか。
そんな事を考えて、ボーとしていたら、何時の間にか、陸上輸送用の車両を作ることになっていた。
雪の上を移動する無限軌道車って、それ、雪上車じゃないか?
それから、魔法使いの戦士への対応の話になった。
そうだね。敵の騎士の中に魔法使いが居たら、大惨事だね。
大量の巨大な岩が落ちてくるなんて、シャレにならない。
「いや、アイルやニケみたいに、とんでもない魔法の使い手は、間違っても居ない。
そもそも、大魔法が使える者などほとんど居ないのだ。
魔法使いが、戦場で行使する魔法は、土魔法を使って、石礫を飛ばしてくるぐらいだ。
ただ、それだけでも、何人も居ると、やっかいなことになる。」
お父さんの話では、火の魔法は、近接戦でなら有効だけれども、火の魔法を遠くに飛すことができるなど、聞いたこともないらしい。
水の魔法も、水球をいくつか発生させることができても、ほとんど戦力的には意味がない。
風の魔法でも、人を浮かせる程の魔法を放てる人は、ほとんど居ないんだそうだ。
そうすると、私やアイルは、お父さんが言うように、別格なのか?
意外と、戦争で魔法使いは役に立たないな。
もっと、魔法使いは、とんでもない戦力になるんだと思っていたんだけど……。
ただでさえ少ない魔法使いを戦争に使うのは、あまりに勿体無い。
強力な魔法が使える人は、領地の経営をさせていた方が役立つ。
戦争なんかに駆り出して、消耗させたりはしないんだって。
ふーん。
それでも、今回の睨み合いでは、ノルドル王国は、かなりの準備をして臨んでくると考えている。
なぜなら、ノルドル王国では、金は全く採れないからだ。
目と鼻の先にある、辺境(弱小)領主の土地に、有望な金鉱脈が有れば、是が非でも奪いに来るだろう。
ん。本当に金が採れないんだろうか?
ひょっとすると、金を精錬する技術が無いだけじゃないか?
ウチの金は、銅鉱石から取っているんだけど。
そう言えば、助手さん達が知っていた精錬方法だと、金は合金になって、銅の中に溶けてしまうな。
天然金の鉱脈が無いってことなんだな。
そんな状況なら、砂金は、願ってもないものだろう。
だからって、戦争しなくても良いと思うけど……。
お父さんは、今回の敵の戦力には、領主クラスが参加する可能性が高いと考えている。
つまりそれなりに強力な魔法使いが、戦闘に参加してくる。
領主クラスの魔法の石礫では、青銅の剣や盾が破壊されたりするそうだ。
鉄の盾だとどうなんだろう。
相手次第か。
でも、鉄なら、凹んだり曲ったりしても、割れたりはしない様な気がする。
敵にアイルが居たら……。
何をしてもムダだな。
気が付いた時には、きっと、大量のガレキの下だ。そのまま圧死するんじゃないだろうか……。
何時の間にか、会議が終っていた。
ん。私は何かする事になってたかな?
そんな間抜けた事をお父さんに聞いたら、「お前は、会議で何を聞いていたんだ?」と呆れられてしまった。
そんな事言われてもね。私は、戦う方法なんて知らないよ。
状況が分かるのは有り難いけど、会議に私が参加してもねぇ。
結局のところ、私のする事は特に無いみたいだ。
アイルが特殊な素材が必要になったら供給して欲しいだけだって。
ふーん。じゃあ、使い捨てカイロでも作っておこうかな。
アイルは、雪上車を作ることになった。輸送だけじゃなくて、戦いでも利用するために、色々工夫することになった。
それから、アイルは、雪上車と言うか、装甲車の様なものを組み立て始めた。
うーん。男の子は、装甲車とか戦車とか好きだよな。
カイロスさんもアイルの側に居る。
今回は、馬車の時と違って、誰も反対しないから、好きなように作っているな。
動力は、コークス発電機の電力を使ったモーター駆動だと言っていた。
操縦するのには、発電機にコークスを焼べて発電量を調整する機関士と、運転士の二人は必要になるじゃないかな。
乗員が12人で、後ろの空間は荷物置きか。コークスも積み込めるんだ。なんか、小型バスみたいな形になっているな。
あちこちに、障害物除けが付いていて、窓は、鉄格子のようなものが付いている。
やっぱり、装甲車以外の何ものでもないな。
運転する窓の下に、強力なライトがある。
そりゃそうだよな。極夜で真っ暗な中で動かすんだから。
出来上がったところで、お父さんや騎士さんたちの全力破壊試験が始まった。
出来れば、研究所から、離れたところでやってもらいたかった。
今回は、攻撃する人数が多いから、騒音が酷い。雄叫びと金属がぶつかる音が、研究所中に響いている。
私は、使い捨てカイロの鉄粉と塩と水の配分比率を調べた。
反応が早く進みすぎると、高温になって、直ぐに使えなくなってしまう。
火傷なんかしたら、本末顛倒だ。
長時間使えるような配分を調べるのに、時間がかかった。
だいたい良さそうな配分が決まったので、大量に準備をしていった。
使い捨てだから、継続的に準備しないとならないんだよね。
今は、私が鉄粉を作っていたけど……。
助手さんにお願いして、作ってもらえるところを探してもらう事にした。
出来上がったところで、使い方を騎士さんや、お父さんに教えた。
お父さんは、不思議がっていた。
そりゃねぇ。中身は、単なる鉄の粉だからね。
鉄は随分と色々役に立つんだなと感心していた。
いや、それは、鉄じゃなくても、発熱反応するものは、他にも沢山有るんだけど。
無害だから鉄を使っているだけだよ。
妙な誤解をしているみたいだけど、まあ、役に立つんだからいいか。