99.希少金属
二人のお広め会は大変だった。
新たに二人の幼児の魔法使いが生まれたのだから、大騒ぎだった。
また、神の国の使徒が現われたと言っている人も居た。
司教さんだ。
もう、その話は、お腹いっぱいだよ。
アウドおじさんから、フランちゃんとセドくんの魔法の教師役をするように言われた。
「ニケの魔法を真似て、魔法を使うようになったんだから、当然だろう。」って、どこらへんが当然なんだよ。
まあ、二人とも可愛いから、毎日相手をするのは吝かではない。
それに、まだ加減の善し悪しが判らない幼ない幼児が魔法を使うのは危ないのは理解できる。
アイルは、あの前後で、完全に沈黙を保っている。
私達の時の、大惨事がトラウマなんだろうか……。
ひょっとすると、小さい子供は苦手なのか?
久々にお祖母さん達に会った。
お父さんのお母さんのジュリアさんと、アウドおじさんのお母さんのロゼアさんなんだけど、領主館から少し離れた場所にある別邸で二人でひっそりと暮している。
過去に会ったのは、私達のお広め会の時だけだ。
その時は、事情を全然知らなかったし、また会うこともあるんだろうと思っていたんだ。
ところが、その後、会うことは無かった。
二人とも、お祖父さん達が魔物との戦いで死去したあとは、別邸に引き籠っている。
息子達に完全に領地の事は任せて、夫の弔いをしている。
なかなか、表に出ようとはしないと聞いていた。
悲しみが癒えないのもあるのだろうけれど、領地経営に、先代が口を出さないという事を頑に守っているのかもしれない。
二人は、フランとセドが魔法を使えた事をとても喜んでいた。
前回会った時は、紹介されて、挨拶しただけで、特に話をすることもなかった。
今回、アイルと二人で、ジュリアさんと、ロゼアさんと話をした。
二人とも、私達のお陰で、領地が発展していると喜んでいる。
亡くなった、私達のお祖父様に、この発展した領地を見せてあげたかったとも言っていた。
隣国との睨み合いが気掛りだと話していた。
引き籠っている割に、世事に詳しいね。
「まだ2歳になるかならないかの子供が魔法を使えることは無いのよ。本当に不思議な事があるわね。これもニケさんのお陰なのね。」
とロゼアさんが言う。
「ウチの家系で、魔法使いが出るのは、本当に無かったから、ニケさんが魔法を使えるのには驚いたけれど、セドくんも魔法が使えるなんて、本当に、ニケさんのお陰だわ。ありがとうニケさん。」
とジュリアお祖母さん。
二人とも持ち上げてくれるのは良いけど、私、魔法の事は良く解ってないよ。
そもそも、何で、魔法があるのかは、最大の謎だ。
それから、私とアイルは、これまでの事を色々聞かれた。
なんか、興味津々だった。
引き籠ってたのは、単に、アウドおじさんや、お父さんの邪魔をしない為なんじゃないかな。
今回も、宴会は随分と盛り上っていた。
8時(=午後8時)になったので、幼児4人は退場だ。
翌日から、暫くの間、私が、フランちゃんとソドくんに魔法を教えることになった。
例の、魔法練習場を借りた。
幼女が、幼児二人に魔法を教えるって、どういう図柄だ……。
大体、コミュニケーションが取れてるようで取れていない。
二人とも片言しか話せないし、意図が伝わっているのか謎だ。
ただただ、二人は、かまってもらうのが、一向嬉しいみたいだ。
何かを正確に伝えるのは……早々に諦めた。
お広めの時と同じで、一緒に歌って踊って、その時に、魔法を見せて、真似させてというのぐらいしかできない。
二人とも、見せた魔法は、真似ることができる。
それは、それで、凄いことなのかもしれない。
同行した、カイロスさんは、全く出来ない。
カイロスさんは、セドに触発されて、私と一緒に踊って歌うと魔法が使えるようになるんじゃないかと思ったらしい。
どうやら、本人が言っていた「魔法はほとんど使えない」は、「魔法は少しだけ使える」ではなくって、「魔法は全然使えない」だったらしい……。
まあ、努力すれば、道が開けるかもしれない。開けると良いね。
1週間ほど、そうやって遊んでやっているうちに、だんだんネタが尽きてきた。
仕様が無いよ。そんなに魔法のバリエーションは無いし、歌って踊りながら見せるとなると限られる。
まあ、飽きることが無さそうなのだけが救いだ。
やっぱり、アイルも混ぜよう。
アイルは、国境で使えるような道具を開発するのに忙しくしている。
その日は、アイルに頼んで、同行してもらった。
アイルに変形の魔法を見せてもらえば、少し目先が変わるかもしれない。
何とか頼み込んで、付き合ってもらった。
二人は、アイルの変形の魔法を気に入ったようだ。
必死に、砂の塊の形を変えようとしている。
出来ないままだと、飽きてしまいかねないんだけど、二人とも頑張った。
球形の塊が立方体になったりしている。
私より優秀かもしれない……。
アイルと二人で、弟妹の悪戦苦闘ぶりを眺めていたら、アイルが聞いてきた。
『なあ。ニケ、金属加工用の刃物の素材を作れないか?』
『それって、硬い金属素材ってこと?』
『ああ。荷車とかに使う軸受を領地で作ろうとして、ことごとく失敗しているみたいなんだ。
今、国境へ船荷とか、ミネアへの物資とかで、輸送量が増えているんだけど、従来の木製の荷車だと、保たないらしいんだよ。
それで、以前、メガネを作る工具のときに作った軸受を使って、鉄製の荷車を作ってみたらしいんだけど、精度が悪くて、とても荷車には使えないんだ。
それで、旋盤とか、フライス盤とか、ボール盤とか本格的な金属加工の道具を作ろうと思ったんだけど、加工用の刃物が無いんだ。』
『ハイス鋼とか、超硬鋼とかが作りたいのね。』
『そう。それ。それ。』
『うーん。魔法じゃなく作るとしたら、超硬鋼は、今すぐは難しいかもしれないわね。ハイス鋼はいくつかの金属元素を手に入れられれば作れるかもしれないわね。』
超硬鋼は、タングステンカーバイドの焼結体だ。
タングステンカーバイドそのものは、融点が極端に高い。
仮に塊を手に入れたとしても、ダイヤモンドやアルミナに匹敵する硬さを持っていて、そう簡単には加工できない。
確か、タングステンカーバイドの粉末にコバルトを添加して焼結していた。タングステンもコバルトも希少金属だ。
焼結用の型も必要になるので、仮に素材が作れるようになっても、加工工具を作るのは簡単ではない。
一方、ハイス鋼は、モリブデン、クロム、バナジウムなどと鋼の合金だ。
こちらも希少金属が必要だが、超硬鋼ほどの特殊性は無い。
クロムは、既に生産しているので、モリブデンとバナジウムを入手すれば良い。
あとは、高温で鋳物が作れれば、どうにか成るだろう。
『何とか出来そうか?』
『うーん。二人の相手をしている時間が問題よね。』
その日の午後に、アウドおじさん、グルムおじさん、お父さんと相談をすることにした。
アイルの依頼で、有用な希少金属の精錬をしたい事。
そのためには、フランちゃんとセドくんの面倒を毎日見ている訳にいかない事。
二人とも、大規模魔法を使ったりしていない事。
そんな事を訴えてみた。
「それで、二人は相変らず、魔法を使えているのか?」とアウドおじさん。
「ええ。火、水、風、土の魔法を一通り使い熟してますね。
アイルの変形の魔法も、私より上手いかもしれないです。」
「そうなのか。ふーむ。どうする?ソド。」
「ウチは、全く経験が無いのでな。ニケはある意味、規格外だしな。
こんなに幼なくて魔法を使っている子供の事については、何か判っていないのか?」
「いや。全く判らないのだよ。そもそも、魔法は、正確に思い浮べて初めて発動するのだが……。あんな幼児にそれが出来るのは、聞いた事が無い。」
「アウドおじさん、お父さん。二人は、私が相手をしていない時はどう過してるんですか?」
「ん。二人で遊んでるんじゃないか?どうなんだ?」
アウドおじさんが、お付きの侍女さんに問い掛ける。
「お二人とも、お菓子を食べたり、互いにおいかけっこしたりして遊んでます。
普通の幼ない子供と変わりません。
その時には、魔法は使うことは無いですね。」
「すると、ニケといっしょの時にだけ、魔法を使うのか?
単に、ニケやアイルの真似をしているということなのか?
まだ、幼なすぎて、二人に聞いても真面な答は期待できないな。」
「アウド。今、アイルと北部対応のための相談をしているだが、あまり時間が無い。
アイルがニケが必要だというのであれば、そちらを優先しないとマズいぞ。」
「そうだな。1週間ほどニケにはそっちを優先してもらって、様子を見るか。」
夕食のときに、しばらく歌って踊って魔法を使うのは、少しの間お休みになるとフランとセドに伝えた。
ブーブー文句を言われた。
きっと二人にとっては、楽しいのだろう。
涙目になっている二人を見ると、なんか可哀想になってくる。
とは言っても、毎日相手をしていると、他の事は殆どできなくなる。
コンビナートに出張もできない。
ん。連れて行けば良いのか?
この前攫われかけた事もあるから……無理か?
護衛の騎士さんが不足しているから難しそうだな……。
とりあえず、夕食の後に少しだけ遊ぶことにして、何とか納得してもらった。
精錬は、それほど難航はしなかった。
既に、テルミット反応で、ステンレスの原料として、フェロクロムを作っていたので、フェロモリブデンとフェロバナジウムを作れば良いだけだ。
選鉱する方法を見付けたら、後は、クロム鉄鋼の代りに、モリブデン鉱石と三酸化二鉄、バナジウム鉱石と三酸化二鉄を原料にテルミット反応させて、それぞれの鉄合金を得た。
やり方だけを教えたら、あとは助手さん達が対応してくれた。
ウチの助手さん達は優秀だね。
コンビナートで専用に、フェロモリブデンとフェロバナジウムを作る炉を立ち上げて、フェロクロム同様に継続生産出来るようにした。
成分の比率を確認して、ハイス鋼を作るのは、あっという間だった。
アイルは、金属加工用の旋盤、フライス盤、ボール盤を大量に作って、貸し出すことにした。
領都の工房に、新しい金属加工の方法として告示すると、沢山の職人さん達が使い方を習うために押し掛けてきた。
鍛冶工房より、木工工房の職人さんが多かったと言っていた。
結局、フランとセドは、私と遊んでいる時だけ魔法を使っているみたいだ。
魔法は、踊りの振り付けだと思っているんじゃないだろうか。




