8.SUPERNOVA
酒が進んできたのか、だんだん大人達の声がデカくなってきた。
両親達は、息子、娘が大きな魔法を使えることが判って、嬉しそうだ。
使用人達も、これで、領地が安泰だと思っているのか、楽しそうだ。
そう言えば、これまで、夜に星空を見たことがなかったなと思った。
いつも、日が沈むころにはベッドに入らされていたので、夜空を見たことが無い。
ひたすら弄られていたのが一段落したので、父さんと母さんに、外に出て、星をみてみたいと告げた。
侍女さんにお願いして、外に連れ出してもらった。
外に出て、空を見上げた瞬間、オレは固まってしまった。
信じ難い光景が見えた。
「わぁ、綺麗。こんな夜空を見るの始めて。」
ニケが楽しそうに夜空を見ている。
『ねぇ、恭平。あの空を覆っている綺麗な雲みたいなのは何?』
『……SUPERNOVAだ。』
『えっ。スーパーノヴァって……』
杏樹も気付いたのだろう。黙ってしまった。
SUPERNOVAと言うのは、超新星爆発のことだ。
この恒星系のごく近傍に、赤色巨星でもあったのだろう。
いつのことか判らないが、超新星爆発が起って、その恒星は粉々に砕け散った。
まあ、原因が、赤色巨星なのか、中性子星なのか、他の原因なのかは判らないが。
ざっと、視角で、60度ぐらいの範囲に、超新星爆発の名残りが見られる。
爆発の影響を受けたのは、もっと広い範囲だろう。
地球の近くでは、ベテルギウスという赤色巨星が、10万年以内には超新星爆発を起こすと予想されている。500光年以上離れているベテルギウスが超新星爆発をした場合に、地球にも少なからず影響が出るのではないかと考えられている。
今見えている、SUPERNOVAは、あまりにこの恒星系に近過ぎる。こんな近くでSUPERNOVAが起ったら、この恒星系、この惑星、月、みな影響を受けたはずだ。少なくとも、地球のこんな間近にSUPERNOVAを起こすような天体はない。
空を見ながら、北と思われる方角を見てみる。
案の定、大熊座も小熊座もカシオペア座も見えない。
見たことのない星空だ。
天の川は、SUPERNOVAの影響は無く、よく見えている。
今は、春で日没からそれほど時間が経っていないなら、天の川のそばに、シリウスや、オリオン座が見えるはずなのだが……全く見えない。
SUPERNOVAの所為で、地軸の向きや惑星軌道が変ってしまった可能性もあると思って、天の川のそばの主だった星を探してみる。
鷲座のアルタイル、白鳥座のデネブ、琴座のベガ、蠍座のアンタレス。
これらのどれかが見えるはずだが。これらも見えない。
つまり、この星空は太陽系から見えるものではない。
オレが無言でキョロキョロしているのを見て、心配になったのだろう、杏樹が声を掛けてきた。
『どうしたの。星空にSUPERNOVAの跡以外に不審なところでもあるの?』
『ああ。ごめん。馴染の星座が見えないかと思って見ていた。』
杏樹は、その言葉で少し安心したみたいだ。
『それで、一つはっきりしたことがある……。
ここは地球じゃない。』
怪訝そうに、こちらを見た杏樹に、順番に、ここが地球じゃないことを説明することにした。
『北はこっちなんだけれど、北極星がある小熊座も、大熊座もカシオペア座も見えないでしょ。』
『それはここが北半球だったらで、南半球だったら、南十字星が南に見えるんじゃないの。』
『ここマリムがある場所は、北半球で北回帰線より北で、北極線より南にある。』
『えっ、なんでそんなことが言えるの』
なんか全然理解していないようなので、これも説明することにした。
『太陽は東から昇って、西に沈むのはいいよね。』
うなずいた。
『太陽は、どこを通る?』
なんとなくバカにされたと思ったのか、不貞腐れぎみに、
『太陽は東から昇って、南を廻って、西に沈む。あたりまえじゃない。』
『いや、もし、南半球に居たら、東から昇って、北を廻って、西に沈む。
南北の回帰線より赤道に近かったら、季節によって、南を廻ったり北を廻ったりを交互に繰り返す。
この一年、部屋にいて、太陽の巡り方を見ていたら、季節によらず、南を廻っていた。
地球と同じ様に、この惑星の自転軸は、太陽の周りを廻っている軸とずれているから、夏と冬で太陽が南中する高さが違っていた。
もし北極線より北にあったら、夏は白夜になって、冬は日が出てこない。』
杏樹は納得してくれたみたいだ。
杏樹は、凄く賢い。なにしろ天才化学者だ。ただ、物理や数学のような理詰めで考えることを面倒臭がる。オレからしたら、化学の方がよっぽど面倒臭いと思うんだが。
『それで、北の空に、さっき伝えた、北極星がある小熊座や北斗七星がある大熊座やカシオペア座がない。』
『たしかに。北斗七星とカシオペア座は、見間違うことはないから……。本当に無いね。』
『もし、SUPERNOVAのせいで、地軸の向きや惑星軌道が変ってしまった可能性もあるから、天の川に見える星を見ていたんだよ。
SUPERNOVAが近くで起ったからといって、流石に、天の川に見える星やその位置まで変らないからね。
それで、大犬座のシリウスや、オリオン座、鷲座のアルタイル、白鳥座のデネブ、琴座のベガ、さそり座のアンタレスといった星のうち、どれかが見えないかなと思ったんだけど、どれも見えない。
だから、今見ている星空は、太陽系から見た星空じゃない。
それに、地球の側に、あんなSUPERNOVAを引き起す星がそもそも無い。』
『えっ、それじゃ、文明復興中の地球じゃなくって、他の星にいるの。
たしか地球に一番近い星って、4光年離れているって聞いたけど。
ひょっとすると地球から、何百光年も何万光年も離れた惑星に居るかもしれないってこと。』
『そうだね。ただ、魔法が有るという事は、別な宇宙ってことも有り得るな。地球と同じ銀河系の中に居るという保証もない。』
『え〜。それじゃ本格的に地球とおさらばバイバイなのね。』
なんだ、おさらばバイバイって、と思ったがスルーする。
『でも、なんで地球からそんなに離れたところに、私達は居るの?』
『それはオレも知りたいよ。大体、魔法が使えるのに、ここが地球ってことは、有り得ないじゃないか。』
『でも、魔法については、地球で、昔から伝承されていたりするじゃない。』
『じゃぁ、今日の昼にしたみたいに、空気中に水の塊を生じさせるのって、いったいどうやって実現していると思う。
オレは、熱力学の第二法則に喧嘩売っている様にしか思えないよ。』
『熱力学の第二法則っていうと、あっ、エントロピーに関しての法則ね。空気中から水を取り出すとして、なるほど、エントロピーが減少しているかも。でも、それって、閉鎖系でしか成り立たないじゃなかったっけ。』
『そうだね。そのうちそういったことも確認することができれば良いんだけど。
まずは、この惑星がどこにあるのかを知りたいかな。
そもそも、物理法則が成り立っているのかどうか……。』
一頻り、話をしたあとで、宴会をしている大広間に戻った。
付いてきてくれた侍女さんは、オレ達が日本語で話をしている間、何か不思議なものを見ているような表情で、傍らに立ったまま待っていてくれた。
大広間に戻った。
アウド父さんに、明日から、しばらくニケがこの館に滞在することと、オレとニケの教育をすることになったと言われた。
二人とも、大魔法が使える。何も知らずに、とんでもない魔法を使われると大事故になりかねない。だからきちんと魔法について教えたい。
そして、二人とも言葉が話せるので、普通なら5歳で始める教育を今から始めると言われた。
それは、この世界を知るのにとても役立つと思って、オレもニケも了承した。
先生になる侍女さんを紹介された。
なんと、あの魔法を見せてくれたお姉さんだった。
自己紹介してくれた。ウィリッテ・ランダンという名前だって。