95.事後処理
例の計画がやっと決行されると、リシオ男爵から連絡が来た。
随分と長い間待たされたものだ。
信頼している裏社会の者に、仕事を依頼したのではなかったのか?
何故、こんなにも時間が掛っているんだ。
まあいい。子供を攫って来さえすれば、あとは交渉だけだ。
儂は表に出ることは無い。
死んだ息子や娘を見るあやつらの顔が目に浮かぶようだ。
しかし、時間が掛って困っていたのはリシオ男爵じゃないのか?
あれから、領民が半分を切ったと言って、領地の運営が出来ないと何度か泣き付いてきた。
ならば、例の計画を急がせろと言っていたのだが……。
随分と金の融通をつけてやったが、そろそろ、あいつは切り捨てた方が良いかもしれない。
ーーー
決行するという連絡が来て、アトラス領の子供を捕えて連れて来るのを待っていた。
かれこれ、半月になるのだが、一向に次の連絡が来ない。
先週、男爵の元に使いを遣ったのだが、そいつも戻って来ない。
一体どうなっているのだ。
そんな事を考えていたら、リシオ男爵が、王国軍に捕縛されたと、宰相が青い顔をして、報告をして来た。
こんな大事なときに、一体、あの男は何をしたのだ。
そもそも、何の罪に問われているのだ。
ーーー
その翌週、宰相が、また、青い顔をしてやってきた。
「国王の使者の方が参られました。」
城の窓から、外を見ると、王国軍が、伯爵領軍を取り囲んでいる。
何が起っているのだ……。
追い返す訳にはいかないことは分った。
謁見の間に使者を通した。
使者に付き従って、何人もの王国騎士が部屋に入ってきた。
無礼ではないか。
「オルシ伯爵。あなたには、陛下より捕縛命令が下っています。」
その言葉を聞いた瞬間、付き従っていた騎士たちが、儂を囲んだ。
抑え付けられて、首、手首、足首に魔法使い用の捕縛具を付けられてしまった。
こうなると、魔法を発動することが出来無くなる。
「一体、どういう事だ。突然、無礼であろう。
儂を誰だと思っている。」
本当に、どういう事だ。儂は、由緒正しいオルシ王国の末裔だ。
「オルシ伯爵。
リシオ男爵のところから、あなたの手形が多数見付かりました。
あなた宛とあなたからの木簡も何個かありましたな。
ラステル男爵のご息女の殺害、ミミック男爵のご子息の失踪などに関与しているといいう証言があります。」
どこから、その情報が漏れた?
いや、直接の証拠は無いはずだ。
「根拠もない、そのような話で、儂にこのような事をして許されると思っているのか?」
「ええ。陛下も大層悲しんでおられました。
これから、王都に連行します。
くれぐれも反抗しようとは思わないように。」
虜囚の身で、王都まで移送された。移送の1ヶ月余りの間、それなりの宿に宿泊を許されていたが、拘束具と監視は緩むことは無かった。
そして、捕縛された本当の理由は、一切教えられなかった。
過去に行なったことの証拠が上がったのか?考えられることと言えば、それぐらいしか無かった。
あとは、計画していた誘拐が不首尾で終ったのか?
いや、あれは、他の件と比べても、対象が幼い。万が一にも失敗は無いだろう。
しかし、あれは、上手く行ったのか?
そもそも実行したのかどうかも分らない。
足元を掬われる可能性があったので、儂は、無言で通した。
このまま陛下の前に引き出されるのだろうが、儂が直接指示した証拠は無いはずだ。
知らぬ存ぜぬを通していれば、陛下も儂を処罰することなど出来ないだろう。
王都に着いて、身を清められて、魔法使い専用の囚人服を着せられた。
以前、謀反を起こそうとした貴族が着せられていたのを見たことがある。何か魔法が発動できないものが服に縫い込まれていると聞いた。
まさか、儂がこのようなものを着せられて、陛下の御前に向うとは……。
謁見の間には、陛下と宰相、近衛騎士団長しか居なかった。
そして、一時以来、顔を見ることのなかったリシオ男爵とともに、陛下の御前に引き出された。
リシオ男爵と目が有ったときに睨んでやった。男爵は怯えた目をしていた。
陛下が儂に問い掛けられた。
「オルシ伯爵。アトラス家嫡男のアイル殿とグラナラ家長女のニケ殿を殺害も視野に誘拐を計画したと聞くが、それは本当かね?」
儂が捕えられたのは、アトラス家の件だったのか。
リシオ男爵がヘマをしたのだろう。あれほど目を掛けてやっていたのに。
もっと早くに、切り捨てておくべきだった。
この件で、儂が関与した証拠は、間違いなく無い。
文書に残した事は無い。
手形も、困窮していた男爵を助けるためだと言えば、誤解も解けるだろう。
「畏れながら、私は、その様な恐しい事を知りません。私が計画したというのは何かの間違いではないかと愚考いたします。」
「そうか?確実な証拠があると聞き及んでおるのだが。」
「そもそも、そのような事は、私は無関係です。証拠など有ろうはずがありません。
もし、そのようなものがあるのでしたら、それは、アトラス家が、私を陥れようと画策したのに違いありません。
ずいぶんと我が伯爵家は、アトラス家から、いやがらせのような対応をされておりました。」
その時、ジュペト・タウリンが、女と一緒に謁見の間に入ってきた。
なぜ、この男が。
女の顔を見た瞬間、息が出来無くなった。あの女は、我が家の侍女では無いか。
その女は、陛下の前で跪いた。
「わたくしは、タウリン様の下で働いているウィリッテ・ランダンと申します。
先日まで、オルシ伯爵の元に潜入しておりました。」
ジュペト・タウリンは、王国の諜報機関の長官だ。
「タウリン!貴様、儂を監視していたのか!」
「ええ。そうです。監視しておいて正解だったようですね。
アイルさんとニケさんは、王国内の最重要人物ですからねぇ。」
「この伯爵であると私と比べて、子爵や騎士爵の幼児の何が重要なのだ!」
「どういう理由で重要なのか伝えることはしません。それに、それらを知っていて裁かれるのは陛下ですから。」
「では、ランダン嬢。証言を聞こうか。」
「はい、国王陛下。今年の5月の事ですが、リシオ男爵がオルシ伯爵を訪ねてきました。……」
侍女だったランダンは、陛下に証言を始めた。
あの時の二人の会話を一言一句全て完全に再現されてしまった。
この女、遠耳の魔法の使い手だったのか……。
なんて女を儂の屋敷に引き入れてしまったんだ。
一生の不覚だ。
いや、まだ、知らぬ存ぜぬで押し通すこともできるはずだ。
「このような証言があるが、伯爵、申し開きすることはあるか?」
「その様な話をした覚えはございません。この件に関しては、私は無関係です。」
「そうか。では、リシオ男爵に聞こう。この伯爵の言うことは正しいかね?」
「いいえ。全てオルシ伯爵の指示により行なったことです。」
そう言うと、こちらを睨んできた。
「なっ。何を言っているのだ!あれほど目を掛けてやったというのに。」
リシオ男爵の顔を見ると、完全に諦めた表情をしている。
どうやら、動かぬ証拠を掴まれているようだ。
そして、儂だけ助かることを許さないつもりだ……。
「オルシ伯爵とリシオ男爵には、他にも暗殺や誘拐の嫌疑がある。
そちらの証拠集めは難しいかもしれない。
しかし、今回の誘拐未遂には十分な証拠があって有罪だ。
このような企てをする貴族は、王国には不要と考える。
あとは、宰相。しかるべく処置せよ。」
なんてことだ。
宰相は、アトラス家と縁続きだ。
そう言えば、近衛騎士団長もグラナラ家と縁続きではないか。
それで、この場には、宰相と近衛騎士団長しか居なかったのか……。
間違い無く、宰相は、儂を許すことは無い。
500年続いたオルシ伯爵家は、根絶やしにされるだろう。
ララック男爵やミミック男爵を脅して、良家に嫁がせた娘も、その子供もみな同じ運命を辿るだろう。
ただ一つ、儂には分らない事がある。儂は一体何をしでかしてしまったのだ。
ーーー
オルシ伯爵家の血統血縁、リシオ男爵の血統血縁は全員処刑された。
その後、両家の領地は、国王の元に戻され、それぞれ代官が派遣された。




