94.襲撃
これまでの誘拐は、今回と比べてどんだけ楽だったか思い知らされた。
こんなに手間が掛るんだと知っていたら、引き受けるんじゃぁ無かった。
ただ、そんな苦労もあと少しで終る。
二人の幼児を攫って、領主様の代理のやつに渡せば、オレたちの仕事は終りだ。
あとは、よろしくやってくれるんだろう。
先週、馬を借りて、二人が訪問する日に合わせてマリムに行った。
二人が訪問する工房周辺の路地を調べた。
そして、翌週もその工房を訪問するのか、警備している騎士の人数、魔法使いが居るのかを調べた。
幼児達は、確かに、翌週も、訪問すると言っていた。
幸い、護衛しているヤツらには魔法使いは居なかった。
護衛している騎士は14人。
根城から、団員全員を呼び寄せた。
あいつら、どうせ、仕事なんか無ぇだろう。
その後、襲撃計画を立てて、何度も、計画の見直しをした。
その路地がどうなっているのか。
襲撃に配置する部下の人数と場所。
騎士達を足止めして、逃れようとする二人の幼児を捕えて、逃走する経路。
前日の野宿の場所。
こっちは30人だ。人数はオレ達の方が多い。
騎士の足さえ止めれば、上手く行く。
決行日の3日前になった。
オレたちは、荷馬車を仕立てて、商人の護衛をしている風を装って、マリムに向って進軍する。
野宿する場所で、最終確認をした。
これが上手く行かなければ、オレたちに明日は無い。
どの道、リシオ男爵領が立ち行かなくなったら、もう行くところは無い。
団員に、決して失敗できない事を伝える。
朝になって、マリムに入る。
荷馬車は、街に入ったところに放置した。
二人の幼児は、昼過ぎに、その工房を訪問する。
団員は、街中に散った。
昼に、目的の路地に集結する予定だ。
個別にどの路地に集るのかは決めてある。
二人の幼児が、バシャから降りて、路地に入ってきて一つ目の十字路を過ぎたところで、襲撃する予定だ。
こちらの人数は、騎士の倍だ。いかに現役の騎士とは言え、一人で手練二人を相手にするのは厄介だろう。
襲撃を逃れて、幼児二人が工房に逃げ込もうとするところを攫ってしまえば、後は逃げるだけだ。
魔法使いが居ないのは幸いだ。万が一にも失敗することは無い。
部下たちには早めに昼食を摂らせて、路地に潜む。
しばらく気配を消して、待っていると、路地の前の大通りに箱が止った。
幼児二人と、それを囲うように配置された騎士達がこちらに歩いてくる。
前回の訪問と全く同じだ。
一つ目の路地を過ぎたところで、襲撃を開始した。
先攻する団員が、一団の背後から襲う。
それに呼応した騎士達が、背後に向う。
残りの団員が集団の前方を襲う。
倍の人数のオレ達に、騎士は慌てるだろう。
大きな金属がぶつかる音がしたと思ったら、先攻していた団員の剣が真っ二つになった。
剣が叩き折られてるのか?いや、切られている?
騎士と団員が混戦になった。
まずい。剣が片っ端から折れて役に立たなくなっていく。
分はどう見てもこっちが悪い。
二人の幼児がオレの前にやってきた。
これは、チャンスか?
幼児がニコニコしながら、「オジさん悪い人だよね?」「盗賊団だぁ」と話し掛けてくる。
とにかく攫って逃げないと、全滅だ。
幼児に向って手を伸ばした瞬間、目の前に火柱が上った。
「なっ。魔法!」
幼児越しに、混戦状態の方を見る。騎士は皆、団員と切り結んでいる。魔法を使っているヤツは居ない。
思わず後退したところに今度は水の塊が落ちてきた。
水流に流されそうになって、踏鞴を踏んでいると、目の前に火柱が上る。
逃げようと踵を返すと、また目の前に火柱が上る。
後ろを振り向くと、二人の幼児がニコニコしながら「逃げられないよ。」「ムリね。」と言う。
不穏に感じて、上を見ると、巨大な水の塊が宙に浮いている……。
魔力持ちは、この幼児か……。
団員達を見ると、剣を失ない無力化されて捕縛されたり、魔法を見て立ち竦んだりしている。
大通りに逃げようとしていたヤツは、火柱を見て駆け付けた警備兵に取り抑えられていた。
オレはと言うと、魔法の所為で逃げるに逃げられず、結局騎士に捕まり、後ろ手に縄を掛けられた。
あぁ、オレもこれまでか……。
そのまま、オレ達は、騎士団の詰所へ引き立てられている。
団員で逃れることができたヤツは居なかった。
詰所までの道すがら、何がマズかったんだろうと思う。
思えば、最初から予想外の事が続いた。
宿を確保できなかったため、野宿を余儀無くさせられた。
離れたところに拠点を作らざるを得なかったため、調査に時間が掛った。
襲撃の時にも、即座に団員の武器が無力化されてしまった。
騎士達が使っていたのは、噂だけで聞く鉄の武器じゃないのか……。
そんな高価な武器をオレ達が使えるはずもない。
しかし、この領地の騎士は、皆、鉄の武器で武装しているのか……。
知らなかった……。
そして、極めつけは、対象のガキが魔法使いだったことだ。
あんな年端もいかないガキのくせに、なんて魔法を使うんだ……。
どうして、対象のガキが魔法使いだという情報が入らなかったんだろう。
いや、いくら魔法の素養があったとしても、あの歳で、あんな魔法を使える訳が無かった。
幼児達が魔法使いだと聞いたところで信じなかっただろう。
予想外の事が有りすぎだ。
オレ達は、騎士団の詰所に連れ込まれた。
団員達は、そのまま牢に入れられたようだが、オレは、窓のない部屋に座らされた。
オレが団長だということを知られているのか……。
程無く、騎士と小太りの男が入ってきた。
小太りの男が口を開いた。
「それで、リシオ男爵からは、どのような依頼を受けたのですかな?」
「なっ。」
思わず、驚きの声が漏れてしまった。
これでは自白したのと見做されてしまう。
こんな稼業をしているオレ達にもプライドは有る。例え死んでも依頼主の事は話すつもりは無かった。
どうせ命は無いのだから、精々、謎のまま終らせて溜飲を下げるつもりだった。
小太りのヤツが話し始めた。
「凡そのことは判っているんですよ。
リシオ男爵の手形を持ち込んだ者が居たこと。
そして、商業ギルドで確認して持ち込むように伝えたのにもかかわらず、商業ギルドに確認した形跡が無いこと。
そして、その後、その手形は決済されていないこと。
その何日か後に、宿屋に不審な者達が宿を取ろうとしていたこと。
その者たちは、再三宿屋を訪れて、最初は領民を偽り、その後、商人を偽ったり、職人を偽ったりしていたこと。
結果的に、その者達は、宿泊しなかったこと。
その後、似た風体の者達が、川辺や森や海辺をうろついていたこと。
これが、4ヶ月ほど前でしたかね。
それからは、似た風体の者が、代る代る街を訪ねてきては、アイル様とニケ様のことを聞き廻っていたこと。
跡を付けると、その者達は、アトラス領に隣接するリシオ男爵領で野営していること。
最近は、煩雑にリシオ男爵からの使者が来ていたみたいですね。
催促でもされていましたか?」
なんて事だ、ほとんど全てバレてるじゃねえか。
他領に居たため、事を起すまではと見逃されていた。
実行したときに捕えれば良いだろうと、オレ達は泳がされていただけだったのか……。
「それで、驚かれたでしょう。アイル様とニケ様の魔法には。」
そう聞かれて、頷かざるを得なかった。
「お二人に匹敵する大魔法使いは、大陸中を探しても居ないでしょうからね。
そもそも、あのお二人を誘拐しようだなんて、無理に決ってますから。
どうして、リシオ男爵は、そんな無謀なことを考えたんでしょう?」
あの男爵は、なんて仕事を依頼しやがるんだ……。
オレの心は恨みで一杯になっていった。
そもそも、あの男爵が、こんな依頼をしなければ、オレ達は、普通に護衛の仕事で食い繋いでいられたものを……。
もう、プライドなんざ、知ったこっちゃねぇ。
リシオ男爵と、その背後に居るオルシ伯爵に報復してやる。
オレは、過去の仕事を含めて、洗い浚いブチマケてやった。
裏社会の情報網を侮るなよ。